3話:チートの件等、検討を健闘せよ
「え、何? 転生先って、魔法使いが迫害されてるの!?」
「転生先近辺の、大抵の人間種の国家、に限定すればその通りです。例外はありますが、それは、貴方の転生先とは国交も、アクセス方法も無い国々となります」
「エルフは?」
「エルフは国家を持ちません。人間種が住み難い森や寒冷地、砂漠などに、点々と部族単位で暮らしています。これは人間種の主要国家の大多数が、種族的に魔法使いであるエルフを排斥……入国不可としているからです」
「まじかー」
チートの定番といえば魔法チート。
それが地雷ってどんなクソゲーよ。
「どうしても男性になりたいのでしたら、国を出て他人を変身させることのできる魔法使いか、呪いの術者を探すことですね。どちらにせよ高等魔法、高等呪術なので、行使できる術者はめったにいない上に、呪いであれば一回で寿命が五十年は削られると思いますが」
「呪いコスパ悪すぎね!?」
人生五十年って敦盛かよ! 俺の人生なら二回分くらいだよ!
「で、そういう術者ってどれくらいレアなの?」
「魔法使いの方だと、美人で可愛くて巨乳でスタイル抜群で優しくて氣立てが良くて頭も良くて実家が超お金持ちだけど、童貞の貧乏青年を愛してくれる女子高生、くらいにはレアですかね」
「二次元にしかいないレベル!?」
「ドワーフの魔法使い程度にはいますよ?」
「……」
一億分のいち程度……でしたっけ。
なんてクソゲー。まじクソゲー。
「呪術使いの方なら、そこから三、四程度条件が減るといった具合でしょうか」
「それでも出会える氣がしねぇ……」
……いや人生は元からクソゲーか。クソゲーで普通だったな。ああ普通だったよ。白血病って痛いし辛いし苦しいんだぜ。それでも一部の癌よりかは多分マシですよと言われたけど。長期入院仲間のおっちゃんに……腹にすげえ縫い痕がある系おっちゃんに……マジかよ。いや真剣に深刻にガチで知りたくないけどマジかよ。
「じゃあチートってどんなのがあるの?」
「魔法系なら大抵のことが可能といえますが……先述したように、成長する前に排除されることを是とするなら……という前提条件になります」
「是とできねぇ……」
もう早死にしたくはないよー……。
長生きしたい……なぁ……長生……。
あ。
「なら肉体系のチートは? 不老長寿とか」
「赤ん坊から始まるので、不老だと赤ん坊のまま固定されてしまいますが」
「融通利かないな!?」
ていうかいつまで経っても赤ん坊の子供とか、そっちの方が殺され……排除されちゃわない?
「ですがそうですね、女性であれば、いつまでも若々しくありたいと思うのは世の常なのでしょう。令嬢に生まれ変わることへ前向きになられた、その意欲に応え、鷹揚に応用的に答えるのであれば」
「いやそんなわけのわからない言い回しで言われても」
令嬢に意欲的になった覚えはこれっぽっちも無い。
俺にとって、健康な肉体というのは、色々なことに目を瞑れるほど魅力的なモノだってだけだ。病の不都合は既知、性別が変わる不都合は未知、この二択なら、俺は前者を嫌忌する氣持ちの方が先に出てくる。
世の中には、なにを引き換えにしても、もう二度と絶対に味わいたくない苦しみってもんがある。
……そんなもん、わからないまま死にたかったな。
「お好みの年齢、例えば十代二十代の姿のまま固定される……というチートなら可能です」
「……」
それなら赤ん坊のままよりかは、誤魔化しようが無くもない……いやでもいつかは別の意味で魔女と言われてしまいそうな……って違う。
「別に、女の幸せのためのチートが欲しいわけではないのですが」
「……ですが大事なことではないでしょうか? 貴方は貴女になるのですから」
「……なぜか、同音異義語をどういう感じの漢字で言っているのか、すごーくよーくわかるのですが、これは女神の力かなんかですか?」
「そちらの同音異義語、というか漢字の感じもちゃんと伝わっているのでご心配なく。なお、例えば先程から貴方がこだわっている長生きという言葉も、それは長く生きるという意味であると理解しています。長生きが、したいのですか? そういったチートでも構いませんよ?」
「んー……」
いやまー。
肉体的チートが可能なら、丈夫で絶対に病気にならないとか、そういうのでもいいか?
今の俺は出産とかぜってーしたくないけど……貴族だろ?
転生先が、どれくらい女性の権利を保証し保障してくれるのかはわからないけど、貴族階級が存在する社会だってことは、つまりそれはまだ血統重視の社会、時代だってことだ。貴族の娘として生まれるからには、どこかしらの血統、どこかしらの血筋を守る義務が生じるんじゃない?
となると、アレとかソレとかのエトセトラは~……避けられない氣もするし~、転生先の文明レベルは知らないけど、出産はいつの世も大変だって聞く。
そうなると絶対の安産が保証された健康な身体とかも、長生きが目的なら、悪くないっちゃ悪くないんだよなー。
なんせ地球でも、少し前までは、女性の死因の何割かは出産にまつわるものだったらしいしね。
……ソースは長期入院患者達のおしゃべりネットワーク、ウィズナース。
「えと、じゃあ転生先の医療水準ってどれくらい?」
「転生先周辺だと、現状では実験と実証の科学が概念として存在してないので、経験と勘に頼ったおまじないレベルですね」
「暗黒期!」
やっべー。
某音楽の父なバッハ先生がそうされてしまったように、目が悪くなったら針で眼球を何度も何度もぶっ刺される(諸説あります)世界なんて、何その地獄ってもんだ。
とにかくもう病気だけは嫌だ。健康がいい。健康で暮らしたい。
「あ」
「何か決まりましたか?」
「知識系チートは?」
もしくは内政系チート。
俺には医療知識なんて無いけど、回復魔法以上の治療が可能な知識チートとかができたら、病気になっても自分で治せる。
転生先の文化レベルが低ければ、自分で内政に関与して発展させればいい。令嬢とはいえ貴族なんだし。
……アリな氣がしてきたな。
「可能ですよ」
「おお!」
これは(生前の俺以上の)現代知識チート、無双入っちゃう?
あれやこれやを発明して俺SUGEEEしたりとか、ワルキューレの騎行をBGMに軍用ヘリで無双とかできちゃったりする? いや後半は物騒だからやりたくないけど。
「ですが、記憶を失っているわけですから、赤ん坊のうちにチートで知識を得ても理解できません。大部分は脳の発達と共に霧散してしまう可能性が高いですね」
「……は?」
え、何?
記憶を失っている?
「それでも医学の道を志せば、とても才能のある医者となれる可能性は高いでしょう」
「ちょ、ちょっ、ちょっと待った!」
え、何? これって異世界転生じゃないの?
記憶を失う異世界転生なんて聞いたことが無いんですけど!
「……どうして記憶を保持したまま転生できるというのがデフォルトになっているのかはわかりませんが、異世界に、転生はしますよ?」
記憶は無くなりますけどね……って、えー!? えー!? えー!?
「いえ、意外そうに言われても、生まれ変わりは、そもそも記憶を持たずにするモノですよ?」
えー! いや……それはそうかもしれないけど、えー!?
なにその誰得な王道外し!?
「……ああこれですか、地球のフィクション業界では、そういった転生が至極当然なモノになっていたのですね。残念ながら、貴方にとって、これは現実です」
まぁ確かにそうだけどさ、そうなんだろうけどさ!? 女神様っぽいの(眼鏡で女史だけど)に会ってさ、チートくれるってなったらさ! それはもう記憶を維持したままの転生がお約束でしょう!?
なんなら異世界言語翻訳、容量無制限のインベントリ、ステータス参照、神の加護までもがセットでデフォルトでしょ!? 主人公最強タグから作品を探すタイプの読者だと、その程度はチートの「チ」の字にすらならないレベルよ!?
それが何もなしで記憶すら失って転生って……えー!!
「つまり貴女様は女神様ではあらせられない?」
「どういう理屈なのでしょうか?」
そんなデキる女風なのに駄女神なの? ギャップ萌え? パンツはいてる?
「……女神であるか否かは、言葉の定義次第ですが、然様に言われると、なにやら失礼な氣がしてきますね」
眼鏡な女史に、ジトっとした目で睨まれる。どこかの業界ではご褒美ですか。
「そもそも女神っていうか女史だし。女子じゃなくて女史だし」
「これは、貴方の初恋の、中学二年生の頃の委員長が長じた、現在の姿を借りているだけですよ?」
「んっ!?」
「貴方が好意的に接触できる人物像として、利用させてもらってます。まぁ……ある時期から貴方の恋愛対象が、平面的なイメージしかない存在と成り果てているため、大分昔の執着を掘り起こした形となりますが……。とはいえ、平面しか無かった場合はLi●e2D風にしなければならなかったので、それは助かりました」
「……」
委員長……美人さんになったなぁ。
「ちなみに今は弁護士となり母となり、公私とも順調な人生を歩んでいるようですよ」
俺の初恋!?
「え、何? 閻魔様ってこういうシステムなの?」
「とりあえず貴方の罪を裁く権限は持ち合わせてないので、いわゆる閻魔的な立ち位置の存在ではありませんね。閻魔帳的なモノなら資料として参照可能ですが」
……では貴方様は何者なのですか?
なんかさっきから、言葉にしなくてもこっちの思考を理解してる風ですけど。
「私は……私共は、高次元より人間種の魂の指向性に介入して操作し、それによって利益を得る投資家……といったところでしょうか」
「……なんか生臭い話ですね」
「人の魂が株なら、チートという投資でその価値が向上すれば勝ち、価値が目減りすれば負け、それに一喜一憂する、それだけの存在ですかね?」
「……さっき、死亡時刻、日本時間で二月二十九日二時二十九分を記念してチートがひとつ与えられます……と言ってませんでした?」
「ですよ。面白い数字の並びをそこに見たので、記念に投資してみようと思いましたから」
「それダメなオカルトぉ!!」
「オカルトでも、感興をそそられるというのは我々にとって、非常に有意義な動因足り得るモノなので」
「……」
とりあえず待て。
一旦落ち着こう。
落ち着いてよく考えてみよう。
つまりこの場合、転生とは本当にただの生まれ変わりであると。
記憶を失ってまっさらな状態から始まる、本当の意味でのゼロから始まる異世界生活であると。
「って記憶失ったら俺本当に死んじゃうじゃん! 消失に驚愕で憂鬱に動揺じゃん!」
落ち着けなかった。
無いはずの心臓がギシギシと軋んでる。
長生きがしたい。これが現実と知って、その想いはより強くなる。
「ですからもう死んでいるのですが……それに、有性の知的生命体として、男性の記憶を持ったまま女性に生まれ変わるというのは、辛いことではないでしょうか?」
「それはまぁそうなんだけど……ってか、親の顔とかも覚えてたら辛いなー」
お父さんお母さん、先立った不幸をお許し下さい。
……ほんとごめんよ。
「そうですか」
「人の感傷をあっさりと流しやがりましたね」
「正直、親子の情というモノは結局よくわからなかったので」
「……結局?……かった?」
でも。
それでも、だ。
けして長いとは言えなかった俺の人生。
やりたいことが、無かったわけじゃない。
病床で、できないことに苛立ち、しなかったことを後悔した、そんな未練が沢山ある。
リア充でもなければ、特に自分を愛していたわけでもない。
だけど。
それでも、だ。
「でも俺はまだ死にたくない」
「死んでますが、他界されてますが、亡くなられてますが」
「消えて無くなりたくないってことだよ!」
俺の記憶。
俺の思い出。
まだまだ生きたかったこと。
生きれなかったこと。
やりたかったことはいっぱいあって。
できなくて。
やり直したかったこともいっぱいあって。
満たされてなくて。
だからまだまだ生きたい。
この記憶を消したくない。
俺が冒されたのは「若年性」白血病。
全てを諦められる程には、生きていない。
「そうですか。現世に未練を残すは人の業、心頭滅却しても炎に吸い寄せられるは、その身に熱を宿す生き物のサガ、そんなところですか」
「いやそんな説法風のことを言われても」
「ふむ」
すると女史は、何でもないことのように言った。
「ではチートを、それにしましょうか? 記憶の連続性を保持する、チートに」
「は?」