28話:ZM・炸裂、サスティナー
「なに、それ?」
突然、泣き出して、意味のわからないことを言い出したアリスに、私は戸惑いと若干の苛立ちを感じながら、問い掛けます。どうして今更、それを言うんだと。
「だってこのままじゃ、どんどん時間が過ぎてっちゃう。サーリャのパパだって救わなくちゃ……でしょ? もう、ユミファを倒す……ううん……殺すしか、ないんだよ」
「……」「アリス……」
痛ましいものへ向ける、サーリャの声。
それへも、どこか腹立たしさを覚える自分がいます。
なに言ってるんだ、二人とも。
もう答えは出る。今、出掛かっていたのに。
勝手に、そんな不景氣なシリアス面して、下らないこと言ってるんじゃないよ。
情を残す相手を、優しい心の持ち主が、泣きながら殺さなきゃいけない?
それはなんて悲劇?
そんなモノへは到達させない。
私が向かわせない。
これは、この件は、私が解決する。約束したじゃない、そうするって。
私を信じられないの?
「もういい。あたしはもう選ばなくちゃいけない。あの子の憎しみを受け止めて死ぬか、あの子を踏み越えてティナ達を助けるか……そのどちらかを、決めなくちゃいけない。あたしひとりなら死んでもいい。あの子に殺されてもいい。だけど、ここであたしが死んだらティナ達も死ぬ。そうなっちゃう。それはダメ。それはダメなの。だから……助けるから……ティナにあたしの全部を預けるから……だからあたしに、ユミファを殺して自分のものになれと……命令して」
アリスのか細い声が夜空に溶ける。
応えるから。
あたしの人生、残り全てをティナに預けて、その期待に全部応えるから、だから。
その最初の命令を、今、して。
「アリス」
アリスのその、嗚咽交じりの声に、私は。
「確認。この船は、今自動操縦モード?」
「……え?」
冷たく、言葉を返します。
「今、アリスはぐっちゃぐっちゃに泣いている。だけど船は滞りなく飛び、運航に問題は生じてない。これは、アリスが氣絶でもしなければ、この状態のままだって思っていい?」
「え……うん……方向転換とかが必要なら操縦が必要だけど……今はただ、まっすぐ飛んでいるだけだから」
その言葉を受け、私は前方を良く観察し、しばらくは方向転換の必要もないことを確認しました。
「……ティナ様?」
「ごめんねサーリャ、ちょっと、悪いんだけど」
それから、自分を抱きしめていたサーリャの手を軽く叩き、それを除けてもらいます。
そうして、自由になった身体で、私はすくと立ち上がりました。
船は相変わらずグラグラと揺れていましたが、三半規管が機能を取り戻したのか、アリスも私も問題なく船上で立っています。
「ねぇ、アリス」
「……うん」
おそらくは厳しい顔の私に、覚悟を決めたようなアリスの、今は紫の瞳。
それへ、私は暴れそうになる激情を抑えて、シンプルな言葉を突き刺します。
「ばーか」
「え?」
きょとんと、瞳が黄色に変わるのへ。
「っ!?」
勢い良く、右手でアリスの頬をビンタします。
パシーン……と。
乾いた音が、鳴り響きました。
「……え?」
頬を手で押さえ、何が起きたのかわからない……といった表情のアリス。
それを、その後ろっ首を、猫にそうするように、むんずと掴みます。
「え? え? え?」
そのまま、大してない腕の力で、でもまるで抵抗の無い、細身で軽い女の子の身体を、難なく自分の方へと手繰り寄せました。左手はその腰へと回します。その時。
「んっ」「あっ」
船がグラリと、少し大きめに揺れ。
私達は、そのまま、腰を落とし、アリスが足を開いたまま座り込むのへ、私が正座に近い形(つま先は立っています)で密着するといった格好になりました。
眼前、十数センチ先に、アリスの顔のアップがあります。
左の頬にモミジがありますが、今はその痛みすら感じていないようで、アリスの濡れた瞳はただじっと私を見つめています。
今は薔薇色の瞳です。唇よりも濃く鮮やかな、薔薇色。
幾筋もの涙の痕が、今は私の背にある月の光を受け、銀色に輝いていました。
それを、私は、綺麗だな……と思いました。
薔薇色のツインテールが揺れ、私の背中を黒髪越しにくすぐります。
それに押されたかのように、私は、アリスの顔へ自分の顔をもっと近づけ。
「ほぇ? ふえ? はぇ?……ん!?」「あ……」
唇を奪います。
私は、アリスのその唇を、不意打ちで奪います。後ろでサーリャがビクンと反応しました。
いつか、額にされた不意打ちのお返しをここでしたくなったのか、三倍返しがしたくなったのか、それとも自分の命を私へ預けたいとか、ふざけたことをぬかすその口を塞ぎたくなったのか、それって誰の真似なんだよって腹が立ったのか、よほど腹に据えかねたのか。
それとも泣いているアリスに、単純にキスがしたくなったのか。
とにかく色んな感情を込めて、私は自分の唇をアリスの唇へ重ねます。
「ん」
アリスの熱を、感じます。
する方も、されている方も、目は閉じず、だからアリスの大きく見開いたその瞳が、赤になったり青になったり、ピンクになったりスカイブルーになったり、黄色になったりオレンジになったり、せわしなく変化していく様子が良く見えました。これってどういう原理なのですかね。今はどうでもいけど。
「ん、んっ……」
夜空を飛ぶ船の中。
私達の唇は繋がり、アリスはその途中、一瞬抵抗しようか悩んだようでしたが、それが過ぎると私に身を預け、目を閉じました。
こら。
なにを、そんな風に可愛らしくなんてしているの?
意地悪の炎が胸に灯ります。
「んっ!?」
つい先程ラーニングしたばかりのことを思い出し、軽くその上唇を舌でなぞります。
アリスの身体がビクンと跳ねました。
「んー……」
すると、程なくして、アリスの方からチロと口腔へその舌が入ってきて、どうにかしてほしいと訴えるかように、私の入り口で止まっていました。
どうにかなんて、してあげない。
だから私は、それを舌と上の前歯とで挟み、甘噛みをして追い出してしまいます。
アリスのまぶたが開き、深紅の瞳が私の意地悪を咎めるかように熱っぽく見つめてきました。
そんな目をしたってダメ。
「んんっ!?」
そこで下唇を軽く吸うと、再びその身体が跳ね、アリスの目元がトロンとなりました。
「ぁぁ……」
そうして、二人の唇が、銀色の糸を引いて離れます。
「ティナ……」
紅潮した顔で、息を荒くして蕩けてるアリスが、なんだか名残惜しそうにこちらを見ています。
先程までは時々氣にしていた後ろ、ユミファさんの方へ視線を移すこともなく、藤色の瞳でただじっと私を見上げてきます。
しばらくそのまま、はぁはぁと荒く息をして、アリスは。
「こ、これ……で、あ、あたしは……ティナの……モノ?」
まだふざけたことをぬかしやがりました。
「そ、そ、そ、そ、そんなわけないでしょう!?」
あ、後ろでサーリャが泣いてます。泣くなサーリャ。泣かせたの私? ごめんね、なんかで埋め合わせする。たぶん。いつかきっと。そのうち。
「ちっがーう」
「ち、違うの? じゃぁ、なんで……」
……ふう。
まったくもう。女の子が女の子にキスしたくらいで、うろたえないの。女の子だっけ私。
「二人とも、落ち着け」
はいはいはーい、それじゃ落ち着こうね、今はそれどころじゃないからね。
唐突にキスとかしやがったお前が言うな?
いやでもホラ、アリス、泣きやんでいますよ?
結果オーライじゃね? 代わりにサーリャが泣いてるけど。
「これはただのお返し。数時間前にアリスがしていったことのお返し。アリスはアリスのモノだし、私達は同性で、どちらかがどちらかを娶るとか出来ないの。アリスがどんなにそれを望んでくれてもね」
「……そう……なの?」
自分の胸を押さえ、そこにある何かが出てしまうのを留めようとするみたいに、苦しそうに身体を折るアリス。
「アリス。私が今アリスにしたのは”ひどいこと”。だからこんな酷いヤツに自分を預けるとか、冗談でも考えないで。私はね、アリスに腹を立てたの。バーカって思ったの。うっかり屋さん、私のことを好きなら、もっと私を信じて。アリスはアリスという物語の主人公。だけど私は私という物語の主人公。私を、主人公アリスの覚悟を決めさせる装置に、そんなできそこないのお姫様みたいな扱いに、しないで。そんなの嫌だから。アリスが私をそんな風に扱うなら許さないから。だから酷いことをしてあげたの。意地悪しちゃったの」
「そんなことの流れ弾が私にぃ!?」
「酷……くはないよ……バカなのも、うっかりなのも、ホントだし……」
キスの効果なのでしょうか、アリスがとても素直です。なんか可愛い。違う意味でキスがしたくなるね。ん?……どの意味で?
「そうだね、本当にバカ。まだアリスには未来があるのに。まだいくらだってその先の時間があるのに、殺すか殺さないかなんかで悩まなくていいのに、エルフの、人よりも長い寿命を使って、アリスはアリスという物語の中で、もっと氣ままにゆったりのんびり、猫みたいに幸せを探せばいいのに」
「殺すか殺さないかで……悩まなくて……いい?」
そう。
そのはずです。
それで間違いないはずです。
私は、先程手元まで近付いていた答えを、再び手繰り寄せます。
目の前の少女の物語を悲劇にしないために。
私という物語を悲劇の色で染めないために。
これまで見てきたモノ、聞いてきた話。
白濁した意識の中で、見ていて、見ていなかったもの。
脳裏をフラッシュバックするいくつかの光景。
物理法則を超越するという魔法。
それを証明するかのように、質量保存の法則などを無視したアリスの変身魔法。
『パザスー。宝石の外に出れそう。背中貸してー』
『なにぃ? 我も一緒に出たいぞ』
『だめだめ、外は女の子の部屋だよ。パザスのソレは大きいから入らないよ』
小さな宝石の中にいる間に、アリスとパザスさんは会話をしたという。その再現。
あの再現は、声を出していました。念話などではなく。実際も、だから声に出して、そういう会話をしたのでしょう。
そして、なぜか微妙に縮小化していたクソ兄貴の頭部。その青い輝き。
「クソ兄貴の頭は小さくなっていた。その形のまま小さくなっていた。どこまで小さく出来る?」
「ティナ?……」「……ティナ様?」
結界魔法。
全方位、完全防御しようと密閉式に展開すると、光も音も遮断してしまう結界。
思い出せ。
それが私の目の前で展開され、消え失せた時、周囲にはピンクやオレンジといった、赤系統に光る石が散乱していた。その中には、薔薇色に光るモノ、深紅に光るモノもあった。
だから……。
それならば。
「アリス。最後の質問。完全防御型の結界魔法と反射魔法、それらは同時に使える?」
「え……それは、ティナの力を借りれば……うん」
「なら、大丈夫」
漸く、歯車が噛み合ったように。
動き出した思考が、終結図の輪郭を精妙化させる。
これはそう。
これらの光景はそう。
アリスがユミファのドラゴンブレスを、防御するのに使った密閉式結界魔法。
あの密閉式結界魔法、その殻も、ドラゴンブレスと共に打ち込まれた魔法、雪崩魔法を受け、薔薇色の石に変わっていったのでしょう。あの時はその変化、その破壊速度よりも再生速度の方が上回っていたから、突破されることは無かったものの、その残骸、その破片は、そこかしこに散らばり、転がっていたのです。
深紅に輝いていたモノは、熔けた溶岩の放つ光に反応したからなのでしょう。
つまり、アリスの結界魔法は、ユミファさんの雪崩魔法を喰らうと、薔薇色の石へと変わってしまうのです。そしてそれは、光を浴びると深紅に輝くのです。
薔薇色の石が、光に反応して深紅に輝く。その煌きを、私は知っています。
魔女の瞳のように鮮やかな、深紅の輝き。
ジレオード子爵から私が贈られた、アリス達が封印されていた宝石。
繋がる。
これまで見てきた色んなモノのピースが集まり、それらが結合していく。
「ね、ユミファの雪崩魔法、封印魔法のふたつって、本当に別の魔法なの?」
「……え?」
「同じ魔法で結果だけ違った、そういうことは?」
結界は、円の形に閉じればあらゆる物理的、魔法的干渉をも防ぐ。
その特性が、黒竜ユミファの魔法で石化した後も、残っているのだとしたら?
むしろ強化されて残っているのだとしたら?
先程、私達がユミファに襲われた時は、生体魔法陣でブーストされていた結界魔法の防御力が、雪崩魔法の攻撃力(?)を上回りました。
でももし、完全に閉じた状態の結界魔法が、ユミファの魔法に負け、石化したとしたら……どうなっていたのでしょうか?
クソ兄貴の頭部は、生前より若干の縮小化がされていました。
つまりあの魔法は、対象をその形状そのままに縮小化させてしまう特徴を持っていたわけで……。
そして魔法とは、十代の少女が小さな猫に変身できるほど、通常の物理法則を無視したモノなわけで……。
雪崩魔法が、空間そのものまで縮小化させるのだとしたら?
空氣が存在し、声を出せる、人が生存できる密閉空間そのものまで縮小化させるのだとしたら?
結界魔法は、完全密閉の状態では、丸い宝石のように真円の球形だったのでしょう。
そう。
そうです。そうなんです。
繋がる。我は答えを見つけたり。
「アリス。封印魔法なんて最初から無いんだよ」
「どういう……こと?」
私はこの辺りの推察と仮説を、全てアリスにぶつけます。
封印魔法など無かった。
それは、アリスの結界魔法が意図せず変化したことによる結果でしかなかった。
これが私の答えです。
ですが、やはり最後は専門家の判断を待たなければいけませんからね。
私の言葉に、アリスはどんどんと目を見開いていきます。
さて、めちゃんこすごい魔法使いの反応や、いかに。
「……封印魔法なんて無い? 結界……人を水晶に変える魔法……あらゆるモノを雪崩れさせる魔法……なら結界をも雪崩させる?……ただの物理、魔法的干渉を防ぐ結界から、結界の内部空間の時間の流れさえも止めてしまう結界へ?……あの石からアレキサンドライト効果が消えたのは、あたしの時間が動き出して、あたしの結界が消えたから……あたしの結界魔法こそが、封印魔法の素?……ああ!!」
なんか正解したっぽい、いい反応が返ってきます。
ツインテールがびょいんと跳ね、まだ顔と顔とが凄く近かった私の鼻先をくすぐっていきました。へくち。
「あたしが……あたしとユミファが、ママも使えなかった時を操る魔法を?……嘘」
そう、つまりそういうことなんです。
今まで封印魔法だと思っていたもの、それは、アリスの結界魔法と、黒竜ユミファが先程も使っていた魔法、そのふたつの合わせ技でしかないのです。
光も音も遮断する球形の密閉式結界。
それがユミファの雪崩魔法によって、光も音も、時間の流れさえも遮断する薔薇色の宝石となって、四百年という時に亘り、渡ったのです。
「……あれ? でも……ってことは」
と、この氣付きの、更に先へ行ったアリスが、浮かない顔になります。
「……アリス?」
「ならあの子は四百年前もあたし達を殺そうとしてただけ!? ティアも!?……なんで? どうしてティアは、ユミファは、あたしを殺そうとしているの!?」
おっと、そっちへ進んじゃいましたか。
今はそっちに進んでる場合じゃないよ。
軌道修正しましょう。もうキスはしないけれども。
「アリス! 今は目の前のこと!……ティアは、もういない。いないんだよね? ただの人間だったから、もう、死んでいるんだよね?」
「あ」
怯えた顔のアリスに、文節を短く区切ってゆっくりと話しかけていきます。一瞬、アリスが錯乱しかけ、その動揺に一瞬だけ揺れた船が、漸々と落ち着いていきます。
「だから、その殺意に怯える必要は、ない」
「……うん」
「そして、もしそうなら、今度はアリスが、ユミファを封印することができる」
「……え?」
「できるよね?」
アリスを封印した魔法は、ユミファがただひとつ使える固有魔法、それでしかなかった。先程から、何度も何度もこちらへ打ち込んできていた、その魔法。
かつてアリスは、ユミファの猛攻から身を守ろうと、球形の結界を展開させた。それに全てを雪崩れさせる魔法が打ち込まれ、アリスの結界は、その瞬間から世界よりのあらゆる干渉を四百年も防ぐ封印の殻となってしまった。
ユミファの魔法は反射魔法で弾き返せる。
そして結界魔法の同じ術者も今、まさに今、ここにいる。
ほら。
四百年の実績がある封印魔法。
「……できる」
それは、今ここで再現可能でしょ?
「理屈はよくわかりませんでしたが、つまり?」
「ユミファの魔法を反射させる時! ユミファの周辺にあたしが球形の結界を形成すれば! ユミファを生かしたまま封印ができる!?」
そう、そしてその封印は多分、アリスの意思でいつでも解ける。
まさに今、この時に、欲しいと思っていた手段は、最初からアリスの手の内に存在していたのです。
殺意を滾らせ、船を追ってくる黒い竜。
私はそれを見つめながら、腕の中のアリスへ、決定された未来を告げたのです。
「アリス。ユミファを封印しよう。船を降ろして」
満天の星空の下。
三人の少女が立っている。
ひとりは白い服に黒髪。その細い身体の、白い肌には、黒い線が幾筋も走っている。
ひとりはエプロン姿で金髪。丸みの豊かな輪郭に、頭には白いホワイトブリムを着けている。
ひとりは黒い軍服に薔薇色の髪。そのツインテールから覗く耳は尖り、胸には七つ星を思わせる飾りが輝いている。
「ユミファ! あたしはアンタを助けたかった! 許してもらいたかった!!」
「グァリィィィスゥウウウゥゥゥ!」
それへ対峙するは黒い竜。
黒い翼を羽ばたかせ、地上二、三十メートルの高さで滞空している。
「でも、アンタを助けるのも許してもらうのも、今じゃない! 今のあたしじゃアンタを助けられないから!」
「オマエハワガゴヲゴロジダ!! ゴロジダンダ!!」
「ユミファさん!」
エプロン姿の少女、サーリャがその足を一歩前に出した。
「氣持ちはわかるの! 大好きな人を傷付けられたら、おかしくなるよね! その氣持ちはわかるの! でも! 私にも、私達にも大好きな人がいるの! それを誰にも傷付けられたくないの! だから今は眠って! いつか、きっとこのアリスが! 貴女を助けるから!!」
「うわ、最後は全部あたしに投げたよこの女」
「これは、ユミファさんとアリスの問題……でしょ?」
「まぁね。何も方法が見つからなかったら、この問題はティナやサーリャが死んでからどうにかするよ」
「ワゲノワガラナイゴドォゴヂャゴヂャドォォォ!!」
「それでもいいけど、自分を殺させてあげるとかは、無しだからね」
白い服の少女、ティナがサーリャの横へと並ぶ。
「はーい。じゃ、そんなことがないよう、ティナは死んだら幽霊になってあたしのところへやって来てね」
「やだよ。私は思い残すことが何もないくらい長生きして、やりたいことをやって死ぬんだから」
「そっか。じゃあ仕方無い。あたしも老衰するまで生きてみよっかな。ま、ハーフエルフの寿命がどれくらいかなんて、あたしは知らないんだけどね。さっき聞いたらパザスも知らないって言ってた」
「……この作戦に太鼓判押してくれた伝説の軍師様だけど、なんだか不安になってきた」
「大丈夫だって。あたしも太鼓判押すから」
「……じゃ、三人で文殊の知恵ってことにしておこうか」
「え、私は除け者ですか? ティナ様」
「でもさー、封印が解けて、そこに老衰で死んだよぼよぼでしわくちゃのあたしがいたら……どうなのそれ? 溜飲、下げてくれるのかな?」
「あー……どうだろ? それ、そこで大往生してるのがアリスってわかるのかな?」
「わかるんじゃない? この耳で」
黒い服の少女、アリスが長いツインテールを揺らしながら、その尖った耳を指で弾き、横並びの少女二人よりも更にその先へ、足を踏み出した。
「ギァリィィィスゥウウウゥゥゥ!」
「ユミファ! それじゃあアンタとの因縁は一旦ここでストップよ! あたしには他にやることがあるの! アンタとのデートはお預け! だけどあたしはアンタのことを忘れるわけじゃない! ずっと一緒にいてあげる! 肌身離さず持っててあげる! だからその時がくるまで、さようなら、ユミファ。……また会いましょう!」
「グギャァァァオオオォォォ!!」
アリスの舌鋒に、黒き竜も吠える。天に向かって吠える。
大氣がビリビリと振動して、少女達の髪も靡いた。
黒き竜の巨大な体躯が翻り、そして一瞬でその身が黒い炎に包まれる。
焔型魔法陣。焔の波動を持つ黒竜ユミファの、特別な形の魔法陣。
それへ、アリスはツインテールを揺らしながら、胸元の黒い宝石をそっとひと撫でして、顔に不敵な笑みを浮かべるのだった。
「きなさい、ユミファ。救えるその日が来るまで……眠らせてあげる」




