24話:口直しにダリア
<アナベルティナ視点>
「サーリャ。こっちの牝馬が目を覚ました」
「よかった。これで三人分の馬が揃いましたね」
「……牝馬ばかり眠りから覚めているな? 女にはかかりの薄いまやかしなのか?」
「偶然でしょ」
さて。
唐突ですが、ここでカミングアウトがあります。
ここにいる三人! みんな乗馬が得意です!
意外ですか? 意外でしょう? どやぁ。
……まぁ私はチートのおまけですけどね。
乗馬って、貴族令嬢の嗜みのひとつなんですよ?
白いワンピースの下に白いキュロットを履いたので、格好は若干おかしくなってますが、乗馬の姿勢は綺麗なはずです。
サーリャは騎士の家の生まれで、当然乗馬は家の必修科目。スカートの下にドロワーズを何枚か重ねたようです。
キルサさんに至っては説明の必要もないでしょう。軍人さんですもの。なんだか腰に小瓶みたいなモノぶら下げているのが若干不安ですが。飲酒運転はいけないよ?
「私とサーリャは、竜に近づき過ぎない範囲で第三王女殿下を捜索しつつ、周囲を探索してみます。その間に、キルサさんは兵站ライン下流の後方部隊へ連絡を」
「本当にそれでいいのか? そちらの方が危険ではないのか?」
「私達がこの現状を、後方部隊へ正しく伝えたとして、それを信じていただくことができると思われますか? 今は急を要します。私達に危険があったとしても、それよりも優先すべきは第三王女殿下御身の安全の確認と、その保護です。これは王家の臣下であるのならば、最優先すべき事柄です」
とかまぁ、綺麗事を並べちゃってますが、当然私は真っ正直に、第三王女の探索になんて行く氣はありませんよ。
そう、第三王女のテントはもぬけの空でした。入り口にこそ女性騎士さんが数名が眠っていましたが、中には人っ子ひとりいませんでした。
まぁこれは、予想していたいくつかの展開の内のひとつではあります。
つまり、これは第三王女を狙った陰謀で確定ですね。どやぁ。
……疑ってごめんよ、アリス。
まぁ第三王女の死体が横たわっていなかっただけ、最悪ではありません。
攫うなら、目的が達成されるまでは生かされているでしょうからね。
「そうか……ならばもう何も言わぬ。聖女よ、武運を!」
「キルサさんも!」
ただ、そうなるとこうなると、私の手には余ります。余り過ぎます。
私の女の勘が囁いています、このまま無策でここにいると、何かよくないことが起こりそうって。ちなみに色々な面で不完全なのか、私の女の勘は当たるも八卦当たらぬも八卦ですけれども。……まぁいいのです、最後に信じるべきは自分の勘です。サーリャが信じてついてきてくれるうちは、自信満々で自分の勘に従いましょう。
「ティナ様! 我々も!」
「応よ!」
ここに留まらない選択をするなら、ならばもう、残る選択肢は進むか退くかです。
退く方は、本陣までに築かれた兵站ラインを、逆に辿っていくルートです。その終点には男爵家の砦があるので、こちらは完全なる撤退ですね。あらゆる問題の解決を人任せ、他人任せにしてお家でお膝を抱えるルート。
進む方は、ここ本陣から黒竜の住まう方へと、まっすぐに進む道です。
馬で行けばすぐに黒竜に発見されるでしょう。ですが、その前にアリスが発見してくれるはずです。アリスは今、この道のどこかでパザスさんとの合流を待っているはずです。そして、おそらくですが、探索魔法? のようなものを使い、周囲を、というか追ってくる私達を警戒しているのではないでしょうか? 私達はそれに引っかかればいいだけです。簡単なお仕事です。
それに、仮に。
既にアリスがパザスさんと合流し、とうに黒竜との邂逅を果たしているのなら……その場合でも、私達は黒竜を危険視する必要がありません。だってその場合、話し合いなり戦闘なりが始まっているわけですから。馬で進んでも問題がないというわけです。
はい、こちらのルートは、つまるところ「なんかヤバイからアリスに頼ろう」ルートです。
……どちらにせよ人任せじゃん、とか言わない。
「サーリャ、ゆっくりだよ。アリスは多分そう遠くない位置にいる。そのはず」
「はい。ティナ様と併せ馬。これはいい思い出になりそうです」
「……うん、サーリャが幸せなら私も多分嬉しいよ」
というわけで、選んだのは進む道です。
この問題の解決にはアリスの力が必要です。
なんせ魔法っぽいものを使われてしまっているのですからね。
第三王女を探すにしろ、アリスの探索魔法(?)に頼りたいところです。
……だから人任せじゃん、とか言わない。最大効率を求めるとこうなるんだもの。
そうして夜の道を、満天の星と月夜の明かりの下、あれは山猫座、あれは牝牛座、あれは蓑虫座と数えながら、しばらく走ったでしょうか。
十五分も経たない内に、猫が馬の進行方向を塞ぎました。
……言葉、間違えてませんよ。
本当に、猫が進行方向に入っただけで、馬がその足を止めたのです。
魔法陣は見て取れなかったので、馬の本能がそうさせただけなのでしょうか?
ほどなく猫は、今度は例の黒い魔法陣を出現させて、少女の形へと戻ります。
夜に黒い軍服なので、薔薇色の髪と白い顔、それと胸の北斗七星(違)だけが暗闇の中、浮かんでいるように見えます。あと、なぜかツインテールです。縦ロールではないけど。
……待ってる間、暇だったんですかね。
「やっぱり来ちゃったのね……見張ってて正解だったわ」
「アリス。ごめんね、今はそれどころじゃないの」
「え?」
そんなわけで、アリスの感傷をぶった切って現状の説明と協力の要請をします。
話を聞いていたアリスは、「なにそれ……超展開すぎ」と、身も蓋もないことを口にしました。ですが同感です。展開、とっ散らかっちゃってません? 大風呂敷開いたら中のモン全部滅茶苦茶に飛び散った感、ありません?
「……もう少し近くで張ってればよかったかもね、魔法の発現を感知できたかも。本陣そのものは警戒してなかったから……しくったわ。ちょっと待ってね」
と、アリスが自分の額に指を当てて「頭が痛いわ」のポーズになりました。
パザスさんと念話する氣なのでしょう。
……あれ? 前は側頭部に指を当ててませんでしたっけ?
それもあって、「JKみたいだなぁ」と思ったわけで。
指を当てる場所は、念話的にはどこでもいいのでしょうか。
というかこのポーズ、最近どこかで見かけたような……。
「あ」
んんん?
「……どうしました? ティナ様」
んー?
むむむ?
あれがこうだったら、これがそうなるから、ええと、それはじゃあそういうことで、むむん?
「えー? だから緊急事態なんだって。うん。そんなの知らないってば、パザスがノロマなのが悪いんでしょー」
「……大丈夫ですか? ティナ様」
考え込んでいると、アリスのJKっぽい口調をBGMにして、サーリャが私を心配そうに見つめていました。
マズイことに氣付きました。
「第三王女……加害者なのかもしれない」
「……え?」
「だからね……待ってパザス。……ティナ、どうしたの?」
私は説明します。第三王女の頭に光っていたダイアモンドのことを、王女が時々、それに指を当ていたことも。
それ自体は、それひとつのことだけなら、大したことではないです。
「それ、もしかしたら念話のダイアモンドかも。四百年前には、騎士団のみんなも全部で三つ持ってたよ。まぁそれが特殊なだけで、すっごく貴重なアイテムだってことも言われたけど」
「やっぱりあるんだ、そういうマジックアイテム」
「うん、水切りしたらどれくらい跳ねるのか、やってみようとしたらめっちゃ怒られた」
「人の憧れアイテムで何をしてるの!?」
ですが。
マジックアイテムを所持しているだろう王家という血筋、そして皆が眠りこけた中でひとり失踪していること、この辺りのことを併せて考えると、疑惑は一氣に膨らみます。
動機やその背景などは想像することもできませんが、考慮しておかなければいけないことだとは思います。ハウダニットよりフーダニット、そしてホワイダニットが重要な局面ですね。
「ですが……どちらにしろ、第三王女殿下は探し出さなければいけませんね」
まぁ、これからやることは、どちらにせよ変わりませんが。
「うーん……そうだね……アリス、頼める?」
「いいけど。これってヤバくない? 国のお姫様が誘拐されたのか、それともやべーヤツだったのか、どっちにしろ関わり合うのマズくない?……ん? だからパザスは待ってろってー」
ヤバくてマズいんだけど、ここまで事態が進行したからには、何もせずにいる方が危険です。
幸い、こちらには魔法を使えるアリスがいます。それも凄い魔法使い(自称)さんです。
聞いたところ、範囲睡眠魔法は、アリスには扱えないものの、解除はおそらく可能なのだとか。……まぁ解除にも魔法を使う以上、表立ってアリスに解除して周ってもらうわけにもいきませんが。猫の姿のままで行うにせよ、魔法陣が顕現してしまいますからね。
発見され次第、攻撃されてしまうでしょう。なんなら睡眠魔法もアリスのせいにされて。
「今起きているのがティナとサーリャとその……補佐官の人だけなんでしょ? だったら陣の中心から探索魔法を広げていって、動いてる人がいたらそれが怪しいってことでいいんじゃない?」
「そうだね、それしかないかな?」
そんなこんなので、一応、これからの方針が、漸く決まりかけた、その次の瞬間。
「……っ!?」
アリスが。
あらぬ方向に目を向けます。
それは、夜空に浮かぶ月とは別方向の、星空で。
黒竜がいると言われていた方向と同じで。
「……まさか」
このタイミングで?
「ち。動いちゃったか」
なにが……とは聞きません。
私とサーリャは思わず顔を見合わせます。
その優しそうな顔の中にも、何かを悟った色。
ええ、わかります。わかりきっています。
「集団睡眠魔法の発動を、なんらかの形で感知したのかもしれない。竜は鼻がいいからね。近くで大規模な魔法が使われた。警戒で哨戒しに現れても不思議じゃないわ……それとも、あたしが今、変身魔法を解いたからかな?」
まじですか。
前門の竜、後門の陰謀劇? です?
アリスが空を見上げているってことは、つまり竜は空を飛んできている……ということなのでしょう。
「アリス、ここにアリスや私達がいるってことは……ユミファさん?……に氣付かれてる?」
「まだ竜でいいよ。ユミファって決まったわけじゃないから。……この感じだとないかなー。向こうも探索魔法を使っているけど、これは全方位展開型とかじゃないなー。ひたすら遠い前方、つまり本陣の辺りを探ってる感じ。人の氣配が多い方を、先に察したのかな? 他はこっちの探索魔法を隠せるレベルでスカスカ。ルカの波立たぬ湖面ほどじゃないけど、あたしだって多少の隠蔽は出来るから」
あ、わかるんですね、そういうの。
潜水艦のソナーみたいなものですかね。潜水艦同士の戦いだと、音で相手の動向を読んで動くのが重要……みたいな記述を、前世の何かで読んだ氣がしますでち。そんな感じでしょうか。
聞けば探索魔法は、熱操作と並ぶくらい簡単な魔法のようで、魔法使いであればほぼ誰でも(有効範囲、精妙さに高低と強弱はあれど)使えるそうです。これに関してはパザスさんが得意なのだとか。
「……ここに隠れていれば、竜はやり過ごせるのですね」
サーリャが、難しい顔でそう呟きました。
「でもそれって……」
口にはしませんが、ここにいる誰もが理解してます。
黒い竜は人間に害意を持つ、稀にみる好戦的なモンスター。
それが無抵抗に眠りこける人間の集団を発見したらどうなるでしょうか。考えるまでもなく大惨事です。ここで息を潜め竜をやり過ごすというのは、つまりそういうことです。
「サーリャ……」
アリスがサーリャの顔を見ます。
本陣には、サーリャのパパ……お父さんもいます。
「父は騎士です。ティナ様の命を守るためなら、私は……」
サーリャが、何かを我慢するかのような表情を浮かべます。
……やめろ。
そんな顔は見たくない。
そんな顔なら、前世に、病院の中で見飽きてるんだよ。
「……どうするの? この場所を通り過ぎるまで、あと十分もないと思うよ」
……私は死にたくない。
でも、特に怨みも無い、何十人という人間を。
今、なにかを堪えるかのように、唇を噛み締めるサーリャの、お父さんを。
つい先程、無抵抗で眠りこける姿を見てきたばかりの人々を。
保身のため、あっさり見殺しにできる程には、私は心が死んでいないのです。五歳のあの時、ミアが水を与えてくれて、十一歳のあの時、サーリャが息を吹き込んでくれた、私の心は、それを許すなと叫んでいます。絶叫もしています。
こうして、どうにもならないまでの不可抗力で巻き込まれてしまったからには、役立たずのヒロインがでしゃばってくんな、うぜーぜ……とは言われないでしょう。言わないでください。そもそも私は、メンタル的にヒロインとはいえないんじゃない? だからわりぃけど悪しからずですよ。それに、現状、事態を解決してくれそうなヒーローもいませんしね。屈強な男性の方々は、なぜかみんな眠りこけたままでした。いいからズボンを履け。
「アリス。今度こそ教えて、あの竜に対抗できる私の力って、何?」
「……死ぬかもしれないよ? いいの? ティナ」
「もうこれはいい悪いじゃないの。アリスがそれに責任を感じるというなら……サーリャ」
「……はい」
私に、なにか光明を見たかのようなその瞳。
上向き、潤み、空の星を映したそれは、どこか白い、大輪のダリアを思わせた。
期待されている。
今私はサーリャに期待されている。
胸が熱くなる。
それは私が背負うモノだ。アリスには渡さない。
「私はこれから、サーリャの命をも、私のわがままに巻き込むよ」
「はい」
「私は、間違っている?」
「いいえ。地獄へでもお供します」
「うん。ありがとう、一緒にきて。その命、私が預かるから」
「はい。ありがとうございます」
そうして目の端を拭い、お辞儀をするサーリャは。
このサーリャこそ、たとえ足手まといだからと拒絶しても、本当に役立たずでも、絶対に、私の死地へとついてくることでしょう。今は腰も抜けてませんしね、どうしようもないです。
中途半端に覚えてる護身術、頚動脈を締めて落とす技も、まぁサーリャ相手なら多分できなくもないのですが、その場合は、意識の無いサーリャをここに置いて行くことになります。これもまた危険すぎて選べない手段です。
ならばその命、完全に自分の責任下へ入れてしまう方がまだマシってモノでしょう。
道連れでなく一蓮托生。そう思えば勇氣も出てきます。
「ちょっと……二人とも、それでいいの?」
覚悟が決まったところで。
ここへ私達を連れてきてくれた馬達を開放します。馬具を外し、木に繋いでおいた縄を解きます。あとは竜が近づいてくれば、本能で勝手に逃げるでしょう。ありがとう、生きてね。
「貴女達って……ああっ! もうっ!……あたしは知らないわよ!」
その作業を黙って見守っていたアリスは、馬がこちらを氣にしながらも少しづつ離れていくその様子を見て、ヤケになったかのように言いました。
いいよ。だから全部、私に背負わせて。
これは私のもの。
誰にも譲らない。
「パザス! 予定が変わった! あたし達は今から黒竜につっこむ!……うっさいわね! あたしだってどうしてこんなことになったのか、わっかんないわよ!……ティナ!」
「はいな?」
「氣の抜けた返事してるんじゃないの! 今すぐ!……今すぐその……」
「ほへ?」
「服、今すぐ全部脱いで! 裸になって!!」
……。
ん?
んんん?
んんんんんんんんんんんんん?
「今なんつったぁ!?」




