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21話:猫脱走。たいへんだ


「そう、こちらは聖女殿の兄君、その亡骸で間違いない」


 重い剣と剣を打ち合わせたかのような、鉄火場(てっかば)の匂いのする声が、私を現実に引き戻します。

 サーリャも後ろで、アリスを抱いたまま固まっているようです。


 目の前にあるのは紛れもなくクソ兄貴、()が男爵家次男、故ボソルカン・ガゥド・スカーシュゴードの顔、そのものの形を切り取った青い彫刻です。なぜか若干の縮小化がされていますが、それはもうこの場では何の指摘点ともならないでしょう。


 そうです……ここにきてまさかそれが、優れた技術を持った誰か彫刻家の作品であるなどとは……私も思ってはいません。


 そういえば、アレの死体は、あまりに酷い状態ということで見せてはもらえませんでした。焼死ならさもありなんと思っていましたが……。


「……これが?」

「最初に黒竜(こくりゅう)会敵(かいてき)した調査隊、その最後の地、聖女殿の兄君が亡くなられた戦場でもある、そこへ、これは残されていたものだ。聖女殿にとっては兄君のご遺体となるが、こたびの事態が解決の兆しを見せるまではと預からせてもらっている。男爵にも許可は戴いている」

「……」

「これはこれひとつのものではない。黒竜と戦闘があった場所には、これと似たようなものがいくつか発見されている」

「え」

「それらは犠牲になった我が隊の兵士の顔だ」

「……っ」


 ……つまり。


「いまだ判明してない黒竜の魔法。それがこれらを生み出す原因になっているのではないか……そう我々は考えている……こたびの竜は宝石に何か縁があるのか? そして」


 一瞬、殺氣が私を射抜く。


「聖女殿が贈られた薔薇色の宝石は、蝋燭の炎を近づけると深紅に変色したと伺っている。そこな侍女、火を借りたいのだが」

「……はい」


 ぎこちない動作で、サーリャが燭台を準備し、蝋燭を立て、ランプから火を移し手渡す。

 もうこの先の展開は予想できている。ここにいる誰もがこの先を知っている。


「この死相を(かたど)った青き石もまた、こうなる」


 蝋燭の炎が、ナハト隊長の手により、人面の青い石へと近付く。すると、石はまるでそれに応じるかのように、血の赤の色を、その表面に浮かべるのだった。

 そしてそれは一瞬……まるでクソ兄貴が生き返ったかのように……目の辺りで赤い瞳のように輝く。……私の背筋が凍る。


「ゆえに私は聖女殿に尋ねよう。何かを知っていないだろうか? 赤き竜にこれと同じ特性の宝石を贈った、聖女よ」







 知らない。本当に何も知らない。


 隠していることとは、全く別の方向から問い掛けであり、正真正銘それについては本当に何も知らない状態だったのが功を奏したのか、しばらく人を殺せそうな程、鋭い視線を私に送ってきたナハト隊長も、やがて諦めたのか、「いいでしょう、何か思い出したのなら、いつでもお待ちしておりますのでその旨、お知らせ頂ければ」と言い残し、テントを出て行きました。


「……サーリャ、このテント、見張られてない?」


 少なくとも、今朝までは大丈夫だったはずだ。あの時、私達は迂闊にもアリスを猫に変身させた。それを見られていたら、問答は今のようなものではすまない……というか普通に考えて現行犯で即、そこで身柄を拘束される。


「……確認してきます」


 サーリャはそう言ってテントを出て行く。この前線基地の実質的最高指揮官が、この私に何かしらの疑念を持っている。その意味を理解したのだろう。


 落ち着こう。


 落ち着いて考えろ。


 なんとなく、隊長の疑いはわかる。

 赤き竜が姿を現さなくなり、黒き竜が猛威を振るうようになった。


 それはまるで入れ替わったかのようなタイミングだった。


 ……というより。


 この状況だと、赤い竜がパザスさんであることを知らない人間からすれば、赤い竜、イコール黒い竜と考える方が普通なのでは?


 黒い竜は、人を青い石へと変えてしまう魔法を使ってきた。

 しかも、そうしてできた青い石は、蝋燭の光を近づけると赤く光る特性を持っている。


 そして……竜害(りゅうがい)より生還せし乙女……聖女である私が、赤い竜に贈った(とされている)のは……光を近づけると赤く光る宝石だ。


 あの宝石は薔薇色だったが、それは些細な差異だろう。


 これは偶然か。


 偶然などではない、そこにはなにかしらの必然がある……そう考える方が自然では?


 黒い竜と赤い竜は同じモノである。


 少なくとも先程の……ナハト隊長の態度は……そういう疑義を隠そうともしないモノだった。


 そこまで考えてゾッとする。


 魔女狩りというワードが頭に浮かぶ。


 私が貴族令嬢でなかったら、即拷問コースもありえたかもしれない。封建社会怖い。


「ティナ様、大丈夫です。近くに誰かが潜んでいることも、テントに何かしらの仕掛けがあることもありません。アリス、魔法的な仕掛けがあったら、わかる?」

「にゃぁん」


 赤毛の猫、その小さな身体の上に、それよりは少しい大きい魔法陣が浮かび上がります。……なんかあくびしながらですけど……大丈夫なんですかね。


 ただ、その呑氣な姿に、私の緊張が少し(ほぐ)れたのも事実です。


 しばらく球形の魔法陣がくるくると回っていましたが、やがてそれと入れ替わるように、大きめの魔法陣が現れ、アリスは人間形態に戻りました。


「大丈夫。というか魔法的な仕掛け以外も、あたしがわかるわよ。生体を感知する探索魔法があるからね。近くにいるのはうちらの護衛が三人だけ。ひとりはサーリャのパパね。そこにも、よほどの大声でも出さなければ、テントの中の声なんて届かない。……あたしに聞きたいことがあるんでしょ?」


 はい。それはもうたっぷりと。


「黒い竜の正体って……なに? 心当たりがあるんだよね?」

「ある。確かとは言えないけど」

「憶測でいいから教えて」


 アリスはその問いに即答しました。


「エンケラウの相棒、ユミファ」


 ……んんん?


「エンケラウって、九星の騎士団のひとり……でしょ?」


 碧玉(サファイア)の騎士。愛馬ユミファと共に天を翔ける闘士……エルフの女王との戦いで受けた傷がもとで、その数年後には亡くなってしまった騎士……でしたっけ?


 ……愛馬?


「そ、エンケラウは竜騎士。四百年前は、まだ馬の二倍程度の大きさしかなかった黒竜、ユミファに乗って戦ったあたし達の仲間よ……ちなみに人間じゃなくて狼の獣人だかんね」


 人類史の闇!? また!?


「ちょっと待って。パザスを呼んでみる」


 するとアリスは、そこで側頭部に指を当て、目を開けたまま考え中……みたいなポーズをしました。

 ……脳内で呼び出し音でも鳴っているんでしょうかね?


「あ? パザスパザス? まだ眠い? うっせいつまで寝てんだ起きろ。昨日遅かった? 知るか。おーい、おーきーろー」


 ……なんだかアリスが自己中なJKかJCに見えます。もう少し良く解釈してギャルゲーで主人公を起こしに来る幼馴染キャラでしょうか。いやそれって良い解釈なのかな。ギャルゲー、微妙に内容を思い出せないのですよね。ヒロインのパンツというかおパンツの色とか。えっちなのはいけないようです。


 ……そういや念話って、スタンプとか使えるんですかね? 覚醒せよ! とか、ならば切腹だ! とか送ってたら怖いなぁ。


「あ、今? こっちは平氣。……全然全然、大丈夫だって。それよりちょっと前に話してた黒い竜のことだけどさー……ん? そんなすぐに見れるわけないでしょ。これからよ、こーれーかーらー。うん……それでユミファのことなんだけど」


 それはそれとして、ノリがめっちゃ女子高生なのは、なんとかならないのでしょうか。外見年齢まだ十二歳くらいなのに。せっかく軍服が多少はフォーマル感出してるのに。今度お嬢様学校みたいなワンピースのセーラー服でも仕立ててあげましょうかしらん。


 ……少し私も調子が戻ってきました。戻すなとか言うない。


「うん、うん。わかった切るね。ばいばーい。んー? 待ったなっいっよー」


 ピッ……なんかそんな矩形波(くけいは)を幻聴します。


「パザスさんはなんて?」

「人を石に変える魔法。それが使えるならやっぱりその黒竜はユミファで間違いないだろうって……あれってやっぱユミファのユニーク魔法だったんだ。あたしが使えないからそうだとは思っていたけど」


 まじかー。


 まじですかー。


 まさかの人類史の闇のご登場ですかー。


「……って、じゃあその黒竜って、四百年歳ってこと? なんで今になって現れて人を襲ってるの?」

「四百年前の時点で既に百歳を超えていたと思うから、五百歳超えてるかも。竜って下手したら千年生きる生き物だし、そこはいいんじゃない? 今になって現れた理由は……多分、あたし達の復活を察したからじゃないかな」

「なぬん?」

「だってあたし達を宝石の中に封印したの、ユミファだし。封印が解けたら伝わる仕掛けでもあったんじゃない?」


 へ?


「……えー!?」


 ……やべえ、一瞬思考が停止しかけた。


「そ、そこの犯人は人間の魔女ドゥームジュディ……じゃないんだ?」

「え? だからそれはパザスを竜にした魔女。全然話が違うじゃない」


 いやいやいや。そんな、「何言ってんのこいつ? バカ?」みたいな口調で返されましても! アリス達って九星の騎士団の関係者でしょ!? エンケラウって九星の騎士団の一員なんでしょ!? 「あたし達の仲間よ」なんでしょ!? ユミファってその愛馬……愛竜(あいりゅう)なんでしょ!?


 そりゃあ何人かは、ルカと同じように敵対したとは聞いていたけどさ!


 なんか想像以上に敵味方がぐっちゃぐっちゃに分かれてない?


「ユミファが四百年間何をしていたのかは知らない。それはパザスも一緒。あたしの知るユミファは、まだ知性もあまり発達していなかったし。もしかしたら、どこかで冬眠していたのかも」


 ああ。


 でもそうか。


 そりゃ言いたくないよなぁ、言い難いよなぁ。自分を育ててくれた人達の、裏切られ、敵対された(元)仲間のことなんて。


 だけど。


 歴史には、殺し合いをしたと記されているカイズとリーンが夫婦で、二人の子供も生まれている。まぁ、子供に関しては一方が一方を強引に……という可能性も無くはないが、アリスの言葉を信じれば二人は愛し合っていたようだ。

 そのことを思えば、四百年前の出来事は、もっと複雑でややこしい事情を孕んでいると、愛憎入り乱れたものであると、そう考えてもよかったのだ。ルカに関しても、ならスライムだから敵対したんだとか、そんな単純な話ではなかったのだろう。


 ともあれ、アリスとパザスさんは、ユミファの魔法によって石にされて? 封印されていた……と? そうなるのか?


 あれ?


 あれでも……クソ兄貴は首だけ石になっていたよな?

 あれでは仮に石から人間の身体に戻れても生首だ。実際問題、もう死んでることに変わりはない。


 アリスとパザスさんはなぜ……。


「パザス、こっちへ来るって」

「え?」

「ユミファが人を襲い、既に多数の被害が出てるなら、放っておけないって。黒い竜なんてありふれてるし、あたしも、あれから四百年も経っているんだから、まさかとは思っていたんだけど……そうと判明したからには、自分が決着を付けるんだって。ただ、向こうでなんかトラブってたらしくて、動けるのは暗くなってからなんだって。だからこっちに到着するのも夜になるらしいんだけど」

「……サーリャ」

「……はい」


 なんだか話がめっちゃ大きくなりました。物理的にも。


「……どうしよう?」


 このままだと怪獣大戦争が始まっちゃいそうです。一方は元人間ですが。


「……ティナ様は、ご自身の身の安全を第一に」


 赤竜(パザス)VS(バーサス)黒竜(ユミファ)。なんだか前者の勝てる未来が見えません。フラグとかキャラの格的な意味で。パザスさんってなんかあれよな、姿とは裏腹に親戚のオジサンみたいな氣安さがあるというか。


「アリス」

「なに?」

「アリスはこれからどうするの?」


 その答えはもう、予測できてました。


「あたしはパザスと合流する。ティナとサーリャは、ここであたし達の無事を祈っておいて」


 そうなるでしょう、流れ的に……でも……アリスがパザスさんと合流すれば、二人の無事は約束されるのでしょうか?


 どちらにせよ、それは武力という点においてほぼ見た目通りの私や、サーリャが参軍したところで、何の意味もない、絶対に足手まといになる戦いです。


 ですが……。


「アリス。アリスは言ったでしょ? 私からは強い陽の波動? が出ているって。それはこの場合、なにかの役には立たないの?」

「……」


 なんだかアリスが、冷たい目で私を見ています。


 ですが、これでも今の私は、男性よりも人の顔色を読むのが長けているとされる、性別女性です。それは視神経か脳の造りかなんかの問題で、精神とはまた違う理由だったと思います。男性は動くものや立体、空間の把握に長けてるんでしたっけ。


 今の私は、心はともかく身体はまぎれもなく女性ですからね。前世のソレに比べて、この身体は確かに、人の顔色の変化に敏感だと思います。


 そのおかげか、それともこの一ヶ月と少し、かなりの時間を一緒に過ごしたおかげか……それともその両方か。

 私にはアリスのそれが、軽蔑や軽視といった、ネガティブな感情から出たものではないと……理解できてしまいます。


 これは、この表情は……嬉しくて笑ってしまうのを我慢してる?


「……役に立たないよ」


 嘘です。


 はっきりとわかりました、これは嘘です。


『我々はその波動を浴びたからこそ封印を解くことができた。それはリーンに比肩(ひけん)する規模の波動の持ち主、その(かたわ)らに置かれたからであり、たまたまである。長い時の中では然様(さよう)な偶然も起こり得よう』


 そもそもが、アリス達にかけられた、黒竜ユミファの封印を解いたのは、私のチートの力なのでしょう。陽の波動とやらが、どのように作用したのかはわかりませんが、そういう類の話を、パザスさんもしていたはずです。


 つまり私のチートには、黒竜ユミファに対抗できる何かがあるのです。


 それがわかっているから、アリスは否定しているのです。

 私を危険にさらさない為に。


 私が、長生きしたいとよく口にしていたから。


「これは四百年前の因縁、ティナやサーリャには関係ない」


 顔全体の感じで嬉しそうとわかる、でも目鼻口の表情だけは冷たい顔のまま……アリスは言い切りました。


 そしてその顔へ、次に浮かんだのは、強がりの微笑みでした。


「もしかしてあたしをなめてるの? あたし、これでもめちゃんこ強いんだよ?」


 そうしてアリスは……どうしたらいいかわからなくなっている私へ、すっと顔を寄せてきて。


「……え?」「アリス!?」


 色の変わる瞳を、今は髪と同じ薔薇色に染め。


「だから、これで十分」


 私の額へ、その唇をそっと落としていきました。


 額と唇の、三秒ほどの接合。それだけでいいと、アリスは言っているようでした。


 離れていく顔に、満面の笑みが浮かんでいます。


「アリス、貴女(あなた)……」


 サーリャが何かを言いよどみ、しかし口を閉ざします。いつもならもう少しぎゃーすかとにゃーすかへ噛み付くだろうに、なぜか。


 突然のキスへ、混乱する私の頭に、サーリャはどうして今、言いよどんだんだ?……という疑問が浮かんできます。


 けど。


「じゃあね、ユミファのことは私達で何とかするから、ティナは変なことしないでね」

「あっ、待ってアリス!」


 その疑問へ、私が何もなんにも答えが出せないでいる内に、アリスはそう言うと、また魔法陣を出現させ、猫になり、あっという間にスタコラサッサとテントを出て行ってしまったのです。


 難しい顔のまま無言を貫くサーリャと、頼ってもらえなかったことが悔しい、私を残して。




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