19話:シリアスには向かない服飾
ちゃーららちゃちゃちゃらーん。
ゆうべはおたのしみでしたね。楽しんでない。
「……その格好はどうした?」
「年収的勝ち組の皆々様から、課金を搾り取るためのDLCアイテムです」
そんなわけで次の日の朝です。朝チュンです。嘘チュンです。
ミアのためならエンヤサコラサと裁縫チートを発現させた結果、朝には私を吊るための縄……ではなく、ドレスというか……まぁ、悩んだ結果、どうしてこうなった……という誰得な服ができあがりました。
昨晩は、今日はこれがあるから一緒に寝れないと言ったら、アリスがとてもとても不満そうでした。誰のせい?
なんか、氣が付いたらなぜかあてつけのように、猫の姿で、前にサーリャが用意してくれたバスケットの猫ベッドで寝てました。
「……言ってる意味はわからないが、その……それで……人前に出ていいのか?」
パパから急な呼び出しがあったのは、そんなこんなで夜なべしたあと、ミアやアリスたちと朝御飯を食べつつ、試着して最終調整中を行ってる時でした。なお、この身体は大変頑健なので、一夜徹夜したくらいじゃ隈も出来ません。テンションは変に見えるかもしれませんが、それはまあ大体いつものことです。はい。
「脚が随分……その、上まで見えすぎではないか?」
「大丈夫ですよ、下はショーパン履いてますから」
ほら、と短い裾をめくる。
「……それは下着ではないのか?」
「いやだなー、下着ならドロワですよ? これはショーパンです」
名前の割に、ショートパンツよりも涼しいホットパンツですらないよ?
「……違いがわからぬ。それと男の前で服の裾をめくりあげるものではない」
「ここにはパパしかいないじゃないですか」
メイドさんは朝食の後片付けとかの諸々中です。
「……その頭につけているのはなんだ?」
「これですか? 狐のお面が無かったので、それっぽい顔を刺繍した布を厚紙に貼っただけのヘッドドレス……ですかね?」
「……そのコルセットのような太いベルトはなんだね? お前はまだ体型を隠すほど太っていないだろう?」
「これですか? なんちゃって帯ですよ。浴衣にはやっぱり帯かなぁと。流石に帯の結い方まではチートに入ってはいなかったので、適当結びですが」
「……前々から時折お前が口にしている、その『チート』というモノは何かね」
そう。
ただいま私が、夜なべして身につけているこの衣装は、浴衣です。
ソシャゲとかのエロ釣り衣装にありがちな、フトモモまで生足丸出しの浴衣です。
はい。
ええ。
ご指摘はごもっともです。
わかってます、言いたいことは。
この際です、この辺りで、はっきり言っておきましょう。
私は基本オタな人種なのです。前世では童貞のまま死んだ、純情暦イコール年齢であり享年である人間なのです。ぐすん。
だからですね、私に女性服のセンスはないのですよ。
そういうチートはパッケージに入っていませんでした。
だからメイド服以外、造れないって言いましたよね?
記憶にある女性服なんて、あとはセーラー服、ブレザー、体操服、水着系、甘ロリ、ゴスロリ、巫女服、ナース服、テニスウェア、などと、その他版権系コスチュームくらいです。……あれいっぱいあるな、偏ってるけど。
まぁそれなりに形を覚えてる服であれば、型紙を起こしてからの縫製作業まで、あっという間に造れちゃったりはします。なんかもう指が勝手に動いてくれる感じなのです。さすがにミシンよりは遅いけど、その半分程度のスピードで指がシュババッと動いてくれます。しかも縫い目はほぼ等間隔。縫い目綺麗。
まぁ、そんな感じで手技は優秀なのですが、肝心のデザイン方面が、完全に童貞オタクのそれです。わーってる、自分でもわーっちゃいるんだ、言ってくれるなおっかさん。息子の情報機器に「ファッション」とかのフォルダがあっても、中身を見てはいけませんよ。それは服よりも肌色成分の方が多いはず。たぶん。
以下に、私が浴衣をセレクトするに至った思考を、アラワとしましょう。
壱:この世界基準でよくあるドレスを無難に作ろうか?
……そんなの誰にも期待されてない氣がします。
弐:知ってる中ではドレスっぽい甘ロリゴスロリ方向?
ワイ黒髪やし……オタサーの姫方向は嫌だなぁ。
参:セーラー服、ブレザー、体操服?
おめかしってイメージでもないしなぁ……。
肆:巫女服、ナース服、テニスウェア?
だからその辺ってコスプレだよな? おめかしじゃなくて。
伍:版権系?
本格的にコスプレだし! プラグスーツとか素材からして無理だし!
陸:ドレスっぽいもの……ワイ黒髪やし和のドレスと言えなくもない着物?
さすがに構造が全くわからないのと、反物がありません!
漆:おーけー、ならば浴衣だ!
……まぁ捌、玖が無くて、そんな感じに適当な感じで、これに決まりました。
プリント柄とか絞り染めとかの生地は無かったんで、水色の生地に、ところどころ小車や金鳳花や女郎花などの、黄色い花の刺繍を入れてあります。
あと昨日からの流れで、髪はポニーテールのまま、側頭部に狐のお面っぽいヘッドドレスが飾ってあります。屋台でヤキソバが食べたくなりますね。
木工技術は無いので下駄っぽい物は造れませんでしたが、布で草履っぽいものなら造れました。そこは自分の髪と瞳に合わせて、黒地に鼻緒だけ琥珀色の草履にしてみました。
ミア、アリス、サーリャに見せた反応は以下の通り。
『おねえちゃんかわぃいー しゅごいしゅごーい!』
『……ぷっ』
『ティナ様の生足てぃて……否、尊いっ!……でもこれは表に出せないっ』
……鼻血を出しそうな勢いでよろめいたサーリャには、そのうちミニスカメイド服を造ってあげようと思います。生足が魅惑のメイドさんになってもらいます。そんで、まぁ! メイド! って言ってあげます。
……でもあの子、そんなのでも喜んじゃいそうだなぁ。逞しい。
「まぁ私の服にはあまりツッコまないでください。悪ふざけみたいなものですので。流石にこれで外へは出かけませんよ?」
「そ、そうか?」
いい加減アフォな話題は終わりにして、そろそろ本題に入りましょうか。
「それで、今日は何があって私に緊急呼び出しを?」
基本的に、パパとは食事も別にとってるくらいなので、用が無ければあまり会わない親子なんですよね。家族全員が同じ食事をしていたら、食中毒とか毒を盛られたときに家が大変だとかどうとか。貴族も大変です。パパが使っている食器は、毒対策に全部銀ですよ。
「うむ……それなのだがな」
「?」
パパが言いよどみます。なんか厄介事でしょうか。
アリスの存在がバレましたかね?……そこら辺一応、氣を付けてはいるのですが。
それとも失敬したヘアアイロン……ではなく槍の一部のことがバレましたかね。
はたまたアリス分、食材の減りが早いのに不信感でも抱かれましたかね。
……なんか思い当たることがいっぱいありますよ。解せぬ。
でもまぁアリス関連だと、確実な証拠を握られていたら、呼び出しの前に捕縛投獄されちゃいますよね。それが無いってことはまだ疑惑の段階のはず。なら誤魔化しようはいくらでもありましょう。
「ティナよ、出兵する覚悟はあるか?」
……と思っていたら、全く予想外の言葉が飛んできました。
「……はい?」
いきなり何言ってくれちゃってるんでしょうかね、この顔だけ大帝。
「ええと、出兵ってあの出兵ですか? 兵隊に徴用されて戦争に駆り出されるっていう」
「既に嫌そうなニュアンスが感じられなくもないが、そうだ」
いやいやいや、ホント何言ってんの?
「私がですか?」
膝上ショート丈な浴衣でくるんとターンしてみせる。ポニーテールが円を描く。
「そうだ」
「えー?」
もう一回ターン。
ちなみに無い袖は振れない系の浴衣です。
「見ての通り、私、十三歳の小娘で武力なんか持ち合わせていませんけど?」
オマケでもういち、くるりんぱ。
「うむ。承知している」
「じゃあなんで?……っと」
おっとっと、少しバランスが崩れましたね。
「先日ボソルカンが犠牲になった竜の討伐軍だがな、二匹目の竜が現れたことで色々と事情が変わってきたのだ」
「はぁ」
クソ兄貴ですか、Gのようにしぶとく生きるタイプかなーって思っていたので、最初にアリスから聞いた時は驚きました。
まぁ当然のことですが、私は、特には悲しいとも思っていません。ですが、不思議なことに嬉しいと思うことも、特には無かったのですよね。
私の中では、クソ兄貴に対するわだかまりは、二年くらい前からこっち、ほとんど無くなっていたのかもしれません。殴る蹴るされたことも、サーリャが本氣を出してからは、二年の間に十も無かったくらいです。むしろ油断しましたってサーリャが泣きそうになるのが辛かったくらいで……。時々悪夢にうなされたりはしていたようですが、そんなの私の意識外です。だいじょびよー。
へーきへーき、間隔が隔月程度のいじめなんて、私にしてみれば無いも同じです。持ち前の(チートの)回復力とミアニウムのおかげで、傷なんて心身ともに速攻で治りましたし。
まぁ先日、少々わだかまりが再燃しそうにはなりましたが、それはアリスのおかげで未然に防ぎ止められました。だからもうあのクソ兄貴に何を思うことも無いのです。過ぎたことですから、元日本人らしくご冥福だけ祈っておきましょう。
その色々終わった兄が、今更どうしたというのでしょうか。
「結論から言おう、王家が動いた。討伐隊に、第二王子殿下、第三王女殿下が参軍する」
「んんん?」
なんだか話が見えません。
「王はこたびの竜討伐に、国の威信をかけたということだ」
「むむむ??」
あのーすみません、私のチートは政治向きじゃないんですけどー。
「簡単に言えばな、ことが大きくなったのだ。二体の竜が出現し、しかも一体は稀に見る好戦的な氣質を有しておる。既に軍にも大きな被害が出ているというのに、いまだ討伐はおろか使用魔法の特定も成っておらん。このままではカナーベル王国が諸外国に侮られてしまう。ここまでは良いか?」
「はぁ」
負けられない戦いがそこにある、ですかね。
あのフレーズも使われすぎて陳腐化してた氣がします。全米が泣いたとか今年のボジョレーヌーヴォーは凄い、なんかと同じカテゴリのフレーズですね。
それが私と、何か関係あります?
ブルーのユニフォームは着ないよ? 水色の浴衣なら今着てるけど。
「ゆえに次の討伐隊は確実を期す必要がある。……ティナよ、そなたは竜のかどわかしより無事帰還した娘だ。これでわかるか?」
「あー……」
必勝のためなら藁にもすがろうってことですかね?
その藁な私は、まー藁らしく、草食動物にすら食われるだろう、非力な存在なんですけどねぇ。一応たまに護身術は習っていますし、ダンスの練習や自主的な筋トレなどで一日一、二時間くらい、運動していますから、見た目よりかは体力もあると思います。ですが、現状そこは女子というハンデが大きすぎですね。だって筋肉がまったく付かないもの。痩せとかモテに興味はないけどお願いマッソーです。筋肉にフォローミーをお願いしたいデース。求むテストステロン。もしくはプロテイン。どっちも製造方法知らないけど。マッシヴチートは二重の意味で無理筋。
「既に勅命が?」
「いや。まだ打診を受けただけだ。具体的には第三王女殿下率いる軍に、聖女として編入されてほしいとのことだ」
「聖女」
この私が、聖女。
なんかすっげぇ冗談みたいな話ですね。悪い方の。
あ、カナーベル王国は特定の宗教を祀る国ではありません。というか、この世界には地球でいうところのキリスト教クラスの宗教はないみたいです。少なくとも、今まで生きてきた中では、その氣配を感じたことが無いです。
ゆえにファンタジー作品で良くある、大きな権力をもった教会……とかはありません。強いて言うなら、人間社会においては人間至上主義が宗教っぽいですかね。別に、獣人が奴隷身分で虐げられてるなんてことも(社会の表層部分では)ありませんが。
まぁそんな感じなので、聖女というのも、そういうジョブだったりクラスだったりがあるわけではありません。ただの称号みたいなモノですね。海道一の弓取りとか鉄血宰相とか、第六天魔王とかそんなんと一緒。一緒か? 私も男に戻れなかった場合の死後は、処女王とか穴なし小町って呼ばれたいですね。呼ばれたいか?
「なんか名誉職みたいな響きですが、身分としてはどういう扱いに?」
「そこのところは決まってないな。交渉次第であろう」
「そうですか……」
なにやら若干、キナ臭い話だなぁ。
ふむ……。
この王国において、男爵という身分は、貴族の中でもある種特殊な位置付けだったりします。
前提として、男爵は騎士爵と同じで、実は継承権を持たない爵位なのです。
でも多くの男爵は、事実その土地で何代も男爵家を継いできた名家だったりします。
矛盾してる?
はい、ここに少し、この国における王家と男爵位の、特殊な関係性があります。
男爵位より上の、子爵家、伯爵家、侯爵家、公爵家は、それぞれの家の中だけで継承を完結ることができるのですが、元々一代限りと決められている騎士爵と、それと男爵家は、これをすることができないのです。
まぁ公爵家はじゃぱーんでいうところの世襲親王家ですから、また事情は異なりますが……そこは、今は措いておきましょう。
男爵位はその継承に、王家への届け出、そこからの許諾と認可が必要不可欠なのです。事後報告では認められないってことですね。
とはいえ、男爵家の多くは、我がスカーシュゴード家も含め、元は地方豪族だったり大地主だったりした名家、いわばその土地の、古くからの統治者なのですね。じゃぽーんの戦国時代風に言うと国人衆に近いでしょうか。
当然、領内各地の首長やら有力者やらには、男爵家の血を引く者が多く混じっていますし、男爵領においては王国への忠誠よりも、男爵家への忠誠によって統治がなされてるといっても過言ではないのです。
つまり、今更その首を、王家の勝手で全て挿げ替えるには、払うリスクが膨大になるのですね。男爵領が、大抵は中央から離れた場所にあるというのもポイントです。出兵するにも発展させるにもコストがかかる。そんなリスクを負うくらいなら、統治は許す代わりに国境を守り、有事には兵を出せってする方がずっと楽……なのでしょう。知らないけど。
ゆえに、特に理由が無い場合は、男爵家がこれと決めた爵位の継承を、王家が独断で拒んだりすることは、(通常)無いです。
だけど逆を言えば、なにか理由があるなら、王家は男爵家をいつでも取り潰しにすることができる。そういう仕組みにはなっているのです。
先日、中央より派遣された討伐軍にクソ兄き……兄が参軍したのも、そこら辺の事情が多少は含まれているはずです。
要は「当家からも人を出しましたよ」という言い分……言い訳が必要だったってことですね。
でも、その『人』は死んだ。
となると次の『人』が必要になる。
あるいは『人柱』が。
まぁ……それがつまり。
「私はヴィル兄様の身代わりですか?」
「……そうなるな」
なるほど。男爵家の後継者、次期男爵、男爵位の継承者である長男、ヴィルガンド兄貴はこの家の大事だ。
そこはこの家の未来のため、万難を排す必要がある。
それにヴィル兄が参軍したとして、私よりいい扱いになるとは思えない。
ヴィル兄はそこそこ優秀であるっぽいが、現時点で王家に対し、これという貢献をしたという話も聞かない。王家から見れば、彼はまだとるに足らない次期男爵家当主候補……ただそれだけの人物にすぎない。王家から見れば、ヴィル兄が当主を継ぐのも、私やミアの婿が当主を継ぐのも、大差はない。私達からすれば大有りだけど。
そしてわが身を振り返れば、確かに私は、聖女といわれるに相応しいエピソードを背負ってしまっている。どっかの赤い竜のせいで。
王家から見ると、私は確実にヴィル兄よりも価値が高く、その分扱いも良くなる。
これが無力な十三歳の娘を竜の討伐隊に差し出す理由……か。
顔だけ大帝は出ないのかって?
ご当主様が出陣する時は、当家の軍も動く時だよ?
そして竜退治に、通常の兵士は何の役にも立たない。竜は飛ぶからね。特殊訓練を受けたプロフェッショナルが必要なの。そんなの、辺境の男爵家で育成されてると思う?
つまり、そんなのは最初から求められてないってこと。
うーん……。
……少し揺さぶってみるか?
「問題は、責任の所在でしょうね……」
深刻そうな顔で言ってみる。まぁ現在なう、私は今、頭からつま先までふざけた格好なんですけどね。はっはー、これが聖女なんだってー、笑っちゃうなー。笑えねぇ。
ていうか身上調査とかしなかったんですかね、聖女認定するにあたって。
「とは?」
「討伐が失敗した、または王子王女が戦死して私だけが生き残った……その辺りの結果に終わった場合の、責任の所在です」
無いとは思うが、極端な話、王家の目的が第二王子と第三王女、それに当男爵家を全部一網打尽にするモノであった場合、これは簡単な筋書きになる。
王子王女を暗殺する。その責任を生き残った私に押し付ける。それを理由にして当男爵家を取り潰してしまう……まぁそういうこと。いやホント、無いと思うし、無いと思いたいのだけど。そんなのよほどのクズやビッチでもなければ思い付いても実行しない、荒く乱暴な筋書きだしね。
……でも。
「私はでも、なんせ武力は……権力とかもそうですが……本当に皆無の、無力な小娘ですから、陰謀に組み込むには安牌も安牌でしょう。本当に、なにも抵抗できません」
「当然その辺りのことは、先に決めておかないとまずいだろうが……」
「決めても、その場合必ずどこかの穴を突かれますね。いえ、大きな権力が絡むなら、無い穴を無理にでも掘られる感じでしょうかね」
じゃぴゃーんの方広寺鐘銘事件を例に出すまでもなく、理屈や正論など、権力者のごり押しの前にはすぐに吹き飛んでしまうモノなのです。穴なし小町も穴あきにされちゃうのです。陰謀は、移りにけりな徒に、わが身世にふる、ながめせし間に。嫌な世の中ですね。
「王はそのような陰謀を画するお方ではない」
……ふむ。
スカーシュゴード男爵家現当主の、王に対する忠誠値は高めっと。
「知ってますよ、パパから何度も伺いました。無理な権威の示威をなさることも無い、思慮深い賢王であると。ただ、そうであるがゆえに、一向に武威を示そうとしない臆病者であるとも、そうであるがゆえに領土を切り取られてしまったのだとも……そういう批判も、無くはないですよねぇ」
「ティナ!」
「誤解しないでください。私は思慮深い賢王の方がいいと思いますよ。戦争が少なければ、親が幼い子を残し、家を年単位で留守にするなんてことも減りますしね」
「……ぅ……むう」
パパが痛いところを突かれたように唸りました。まぁ痛いところを突いたんですけど。つんつん。
「ただ、こたびの件はむしろ武威を示さんとする一手。失敗すれば王の権威は更に失われてしまうでしょう。ただでさえ十年近く前の敗戦で、こと武に関する限り、王の権威は失墜しているというのに。……それを望むものがないとは言い切れないのでは?」
「……王に叛意ある者が、動く可能性があると?」
「それは充分に」
「……ううむ」
まぁ……とかなんとか屁理屈をつけたけど、もちろん、これ全部「行きたくねぇなぁ……」という氣持ちの表れであって、別段陰謀が本当になされるとは思っていませんよ。
可能性は無くもないだろうけど、なんせ敵が国でなく竜だ。実際に動くのは対人間の軍ではなく特殊部隊だ。私の陰謀論は、色々な面で正直弱い。
「第一王子殿下が、自分の王位継承後に不要となるだろう第二王子殿下の排斥を考えていれば、それも陰謀の引き金になりますね。というかこたびの討伐が成功した場合、第二王子殿下が大きな手柄を得るわけですし。……まぁ第三王女殿下もですけど」
わーい。私漫画の読みすぎだー。この世界に漫画は無いから、そろそろ十四年くらい読んでないけどー。あれやそれやの作者ってまだ生きてるのかなー、あれやそれやはもう完結したのかなー。
「むむむむむ」
でも……考えてる考えてる。
可能性なんて、屁理屈でいくらでも繰り出すことができるモノなんですよ。
中央から遠い男爵家には、王家の諸事情の情報なんて、大して入ってきやしませんよ。
色々知ってれば否定できることも、色々知らないから否定できないのです。
情報って本当に大事ですよねー。
「まぁ王が賢王でも、その周囲までもがそうであるとは言い切れないってことです」
なんせこれは誤れば家の破滅もある話、くだらんと切って捨てるにはことが大きすぎます。
パパは、色々なことを、考えもなしにくだらんと切って捨てるほど愚かではないのです。
ですが、色々なことを考え、正しくくだらんと切って捨てるための情報網は、持てるほど偉くも賢くもないのですよ。悲しいなぁ。
ただ……私はパパのように、物事を簡単に「くだらん」と切って捨ててしまわない人間の方に、好感を持ちますけどね。為政者としては凡庸にならざるを得ない、決断力に欠ける性質なのかもしれませんが……自分に都合のいい情報、自分に得な事柄以外を簡単に切って捨てていける人間というのは、それはやがてクソ兄貴のようになっていくんじゃないかなぁって思うのです。
まぁこうして私が口八丁で御せるっていうのも、好感ポイントのひとつではありますが。
「第三王女殿下の身に何かがあったら、私、ひいてはスカーシュゴード家に責任が押し付けられるんでしょうね。そうならないためには……殿下の身に何かがあった時点で私も即座に自殺して……当家もまた被害者であるとアピールするしかありません。申し訳ありませんが、私にその覚悟があるのかと問われれば……多分無いんじゃないかなぁ……って今は答えますね」
心底死にたくない臆病モンをなめんな、ですわ。
「……その辺りはデメリットの話だが、メリットもあるのだぞ?」
「伺います」
「まず、なによりも大事なのは、お前が竜害より生還せし乙女であるということだ」
「……幸運だっただけなんですけどね」
竜が、今話題の好戦的な方じゃなくて、中身人間の粗忽者であったというのが。
「運というのは大事だ。特に実戦で死と隣り合わせに過ごす兵達や、自らの僅かな行動の差が、部下や民など多くの命の生死を分ける、為政者達にはな」
「それはまぁ……そうなんでしょうけど」
「こたびの件、討伐が成っても、当然竜の素材は討伐を指揮した王家のものとなる。竜はさほど傷つけることなく討伐できれば、一体で我が領地三年分の収入をはるかに上回る程の価値がある。下手したらその十倍よりもな。だが、それはこの戦いに犠牲を払った者のみへ与えられる報酬だ」
「……払われる犠牲には、なりたくないのですけど」
「当然だ、お前を金で売る氣はない。そもそも、お前を実際に戦わせようとするものなど誰一人としておらぬであろうよ」
当たり前。
ゲームのプレイキャラじゃないんだぞー。ポニーテールで浴衣の少女が竜と互角の戦いをするって、モンスターをハンターするゲームでも無いやろ……まぁ浴衣もポニテも私が勝手にしてるだけだけど。
「お前が組み込まれる第三王女殿下の軍もまた、もとより形勢悪しと見れば即撤退の構えであろうよ」
「……第三王女殿下の性格を知らないので、肯定も否定もできませんが、普通に考えたらまぁそうでしょうね」
「美しい方であると、噂ではあるな」
「それはこの場合に役立つ情報ではないですね」
ていうかなんで第二王子だけじゃなく、第三王女まで出てくるの?
そこが物凄く不可解なんだけど。
陰謀論は半分冗談みたいなものだが、そこに関しては残り半分の本氣がある。
美しいという評判しかない平凡なお姫様が、何のためにこの戦いに引きずり出された? もしくはしゃしゃり出てきた? 意味がわからない。
「だから基本的に、お前や第三王女殿下に、危険が及ぶことはないはずだ」
「はずって……少しでも危険があるなら、避けたいんですけどね」
「だがその見返りは大きい。竜害より生還せし乙女の名声だけで多くのものが得られるのだ。これは間違いなくローリスクハイリターンであると言えよう」
いやその辺はもう説明されなくてもわかりますよ。
簡単な話だ。本来なら私の意思など聞くことなく受諾されてしまう程の。
だがパパは、先に送り出した息子の死を、私とは違い哀しんでいる。あれもまた、あの時の状況下では(リターンはともかく)ローリスクであったはずの事柄だった。
だがクソ兄貴は死んだ。
本来は即答できるはずの事柄に対し、この段階、この時間が設けられたのは、それに対する後悔があるからなのだろう。ノブレスオブリージュの概念はこの国にもあるけど、親子の情がないわけではないのだ。……それはちょっとむず痒いような、嬉しいことであるような、複雑な氣持ちなんだけどね。
「つまりはこういうことでしょう?」
竜の討伐が叶った場合、「竜害より生還せし乙女」は、何をしてなくとも一定の貢献があったとみなされるということだ。そしてこの貢献は、実利へと結びつく。
王家への貸しは最小限で済むし、分け前として竜の素材も一部よこせと主張することができる。もしかしたら貴重とされる、竜の牙や骨を手に入れることさえ可能かもしれない。
竜の牙、骨……なぜこれらが、一般には出回らない素材であるのか?
それは、これらが、魔的な武具防具道具……かつて私がそれを熱望し、しかし絶望させられたマジックアイテムの素材として、利用可能なモノだからだ。同じ竜の素材であっても、鱗や爪にはこの特性が無い。
生家が男爵家であることから、魔法を使いたい私の意識からもしばらく外れてしまっていたが、実はこれが、魔法を使えない人間が魔法を使う、もっとも現実的なその手段なのだ。
竜の牙や骨は、モンスター……『魔法を使える生命体』の身体の一部であり、その部位は素材となってなお……アリス風に言うなら『マナに触れられる手』であるのだろう。だからそれがマジックアイテムの素材となる。
……この推論があっているのかはわからないが、理屈は通る。
人間が魔法を使う最も現実的な手段、マジックアイテム。
当然そんなものは禁制品で、一般に流通することはなく、魔法を排してきた人間社会においては秘匿されるべき存在だ。
だが法よりも上位の存在とされる王家、それに近しい侯爵家以上の貴族家、そうしたアッパークラスの界隈においては、マジックアイテムも普通に所有、所持されるものとなる。
秘匿されてはいるが、それは公然の秘密といったところ……少なくとも貴族社会の中では、それはそうなのだ。地球でいえば、最新式ステルス戦闘機の性能であるとか、日本における内調の仕事内容であるとか、その辺りの機密レベルに相当するだろうか。いやどっちもよく知らないけど。
ならば竜の牙や骨は、高位貴族の証のようなものでもある。その所有が叶えば地方の男爵家から辺境伯へ……実質侯爵級の地位にまでのぼることも見えてくる、そんな代物なのだ。
まー……。
要は、私がちょっとしか危険の無い遠足に、すこーし我慢して行ってくれば、それらメリットを享受できる可能性があるってことでしょう?
「そうだ、そしてそうした実利的メリットに加え、お前にとっては、花嫁としての価値が上がるというメリットもある」
……ん?
「竜害より生還せし乙女に加え、竜を討伐した乙女でもあるのだからな、なによりも名誉を重んじ、誰よりもゲンを担ぐ貴族社会において、これは嫁に迎え入れるに、それ以上ない程のステータスとなりえる。そうすればお前は侯爵、いや公爵家の一員となることも可能とな」「うえぇえええぇぇぇ!?」




