1話:竜よこんにちは
こんにちは、はじめまして、私はティナ、十三歳、一応貴族令嬢です。
ティナという名前は、西欧諸国だと、日本の花子とかに相当する、ありふれたクソダサな名前なんだとか。ありふれてますかね、花子。
まぁ異世界転生モノが○○太郎や○○花子で表現される風潮もありましたし、お似合いとはいえますね。
はい。私は異世界転生者です。
元々は、だから今とは色々違う人間だったのですが、それは一旦措いておきますね。
まぁなんていうか、今はそれどころではないのです。
私、花子、もとい、ティナは、現在生命の危機にさらされています。
パクッ、ガブリ。
今にでも、そんな可愛らしい効果音が鳴ってしまいそうな、捕食系バッドエンドの危機です。可愛らしい?
なにがどうしてそんなことになっているのかというと……。
今、私の目の前に赤い竜がいます。きゃー! でっかーい! こわーい!
いや比喩でもなくなんでもなくて。
超でかいトカゲっぽい爬虫類の顔が、眼前を完全に塞いでいますよ。
でっかいおめめにぎょろんと見られています。睥睨されてます。へぇー、げぇぇぇ。
まだ、そのお口は閉じていらっしゃいますが、アレが開いたら、サイズ的に、私の身体なんかはひと呑みにされちゃうんじゃないでしょうか。
バッドエンド:こうして私はドラゴンのうんぴとなった、シット!……何か、あとひと操作したらそんな画面に飛んじゃいそうな雰囲氣です。
心臓が、先程から早鐘のようにバックンバックン鳴ってます。
うなじの産毛が緊張かなにかで逆立ってる氣がしますね。
熱いんだか寒いんだかわからなくて、全身の震えを抑えるために氣を張り詰めてないといけません。つまりは総じておそろしかとですよ。
そもそもこの竜はどこから出てきたのでしょう?
氣が付いた時には、窓を割って壁も割って、顔の部分だけが部屋の中に入っていました。というか身体の部分が見えません。
最初見た時の感想は、ああこういうトリック画像、前世で見たことあるなぁ……という、現実逃避なモノでした。トリックアートとか、アルファチャンネルで透過させたPNG画像とか、そういうアレ。マイルーム的なホーム画面をカスタマイズできるゲームだと、壁のネタパーツとしてたまにある感じのアレ。
それくらい場違いな感じに、壁から赤い竜の首が生えていますよって。
あのさぁ……。
女の子の部屋に無断で押し入るのは最低だって、ママに教わらなかったの?
それにぃ、こういうことはちゃんと伏線をはってからにしてよぉ。いくらあたしが女優だからって、いきなりじゃ氣分なんて作れないんだからねぇ。女優じゃねぇ。俺まったくもって女優じゃねぇ。そら神様(?)にお願いしたチートは優れた女になれるっぽいモノだったけど……でも違うんじゃーい。
おっといけない、また現実逃避に走ろうとしていました。
「お、お、お、お嬢様、お、お、お、お下がり下さい!」
側ではメイドさんが腰を抜かしています。
いわゆるビクトリア調のヴィクトリーな、クラシカルでクリティカルなメイド服ですよ。私のお手製です。裁縫チートが一晩でやってくれました。
さて現状、その、私が仕立てたメイド服の、紺の生地部分には、特にこれといった変化はありません。白いエプロンにも現状、異常は見当たらないですね。
ですが……そのスカートの下の、絨毯の方には……まぁアレなシミができちゃってますね。ふむ黄色い。主人がこうして平然としてる風を装いつつ、心底ではガクブルしつつ、それでも足を踏ん張って応対しているというのに、ダメなメイドさんですね。
とはいえ、彼女には下着とかも洗ってもらっていますし、それ以外でも大変お世話になっています。見なかったことに、してあげましょうかね。
そういうわけで、横を見ているわけにもいかなくなったので、私は貴族令嬢らしくキリッと顔を整え、目の前の赤い竜に向き合うこととします。あ、ちょっとかほりが届いた。
「で、なんか用? ってか喋れる?」
ちなみに竜のサイズは、正面から見た顔の縦横が三メートルくらい。金色に光る瞳と真っ黒な白目部分(矛盾はしてない)、そこから推し量れる眼球のサイズは人間の頭くらいかしらん。
で、さっきから、その眼球がグリングリンと動いています。どこかの遊園地のなにかのアトラクションにありそうですね、こういうの。
「お、お嬢様、危ないですからお下がり下さい! 後生です!」
で、やがてその目は、一瞬、メイドさんの方を見て、嘲るような色を見せ(見なかったことにしてあげるのが優しさだよ)た後、ぎゅるんと回って私をロックオンしました。ひぇぇぇ。げぇぇぇ。
ほんと、何がどうしてこうなったのやら。
転生して十三年。
命の危機は、だからこれが初めてではないとはいえ、流石にここまで荒唐無稽な死を予感させる状況には、初めて陥ったよ。
長生きしたくて、チートも平和なモノにしたのになぁ。
背中の古傷が疼くぜ。
前回死んだ時は、どんな感じだったかなぁ。
ちょっとその辺も含めて、ここに至るまでのことを思い出してみることにしましょうか。
……これが走馬灯じゃないことを祈りつつ。