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龍の指輪の物語【短編版】

作者: 雨井蛙

 大陸の山脈が連なる麓に小さな村落があった。村落のエインという少年は山に狩猟にでていた。


「しまった、見失ったか?」


 木の影に隠れ声を潜めて言う。両手には弓が握られており、腰には短剣がある。


 真新しい獣道をみつけて、獲物を辿ってきたものの、獣道も獲物も見失っていた。夢中で獣を追っていたものだから、山の最奥まできてしまっていた。


 太陽が真上にあるからといってうかうかとしていられない。山の天気は荒れ安く、道という道はない、太陽の位置と勘を便りに村へ帰るしかない。幸い、村の近くに仕掛けた罠に野ウサギがかかっていた。保険はある。


 エインは自分が欲張ったせいで帰りが遅くなるのを案じていた。


(本当は野ウサギだけで良かったんだ。俺が大物を欲張ったせいでこんな最悪の森にくるなんて)


 こんな言い伝えがある。


 遥か昔、山脈に太陽より明るい星が天から落ちた。流れ星は最初は一つだったが二つに別れ、一つがこの山に落ちた。以来、ここら山脈には二匹の龍が住んでいて、お互いを探しあっているのだという。山からくる清らかな水も片割れを想う龍の涙であり、土地を潤し作物が取れるのもその龍のおかげだと言われている。


 無意味に山脈の森に足を踏み入れると、龍の怒りを買い、戻って来れなくなると言われていた。


(……そう、最悪の森)


 ガサガサ。

 エインがほうけていると、遠くの茂みから物音が聞こえた。ハッとして正気を取り戻したエインは鋭い眼光で辺りを見渡す。その仕草はまさに狩人だ。


「いた……」


 エインの目に映ったのは猪だ。素人では見つけられないほどの自然の変化であった。


 ギリギリと弓を引く。この距離でもエインの腕であれば、一撃とはいかないまでも致命傷くらい与えられる。一度矢が刺されば出血し、その血を辿れば、力尽きた猪に会える。


 矢尻に反射した光がチラつく。エインは片目をしぶり、矢を放とうとした。


(……な!? 子連れだったのか?)


 フゴフゴとエインの狙っていた猪の脇からもう一匹の小さな猪が現れた。一匹また一匹と数匹の瓜坊が顔を出した。子連れだろうと関係ない。狙うは体の大きな親猪、目的は変わらない。


「親子……か」


 矢尻に反射した光がエインの目を妨げる。目に映る瓜坊をみて少し目をすぼめた。


(——っ!)


 矢を放とうとした瞬間、矢尻に反射した光がエインの視界を完全に塞いだ。


 エインの視界は白く包まれ、そのまま矢は放たれた。


 エインは視界が戻るのを数秒まってから矢の行く末を確かめる。矢は猪から外れ、近くの木に突き刺さっていた。フゴフゴと猪たちは驚き逃げるように去っていく。


「外したのか」


 エインは緊張から解き放たれ少し呆然と立ち尽くす。狩りに失敗しながらもエインは少しも悔しそうではない。むしろ安堵の表情をしていた。


 狩り損なってもエインには罠にはめた野ウサギがいる。もともと、狩りというのは成功するか失敗するか不確かなものだ。エインは野ウサギがいるという保険があったからこそ、大物を求めたのだった。狩れても狩れなくてもどっちでも良かった。


 エインは山菜でも採りながら帰宅することにした。あと、矢尻の鉄。鉄は貴重だから、エインは矢の回収に行った。


(思ったより深く刺さったな。猪に当たってたら一撃だったかもしれない)


 逃した魚は大きい。エインは今頃になって後悔する自分が少しおかしくなる。ただ、やがらの木にはひびが入っていた。この矢はもう使えない。


 腰にある短剣を取り出し、木を堀り、矢尻をえぐりとる。その短剣も鉄でできたものだ。狩りに使うのではなく捕らえた獲物をしめるのに使う。鉄は高価だからあまり刃こぼれをさせたくないのと、もう一つ。


 エインは矢尻を回収すると、山菜を採りながら家路につく。


 ごうごうとした日の光がエインの体に突き刺さる。大地を熱くした熱がいまごろになってエインをほてらせる。来るときに使った獣道は見失っていた。太陽の位置からだいたいの方角を予測する。あとはエインと目と勘で進む。来るときにきた自分の痕跡を狩りと同じ要領で見つける。

 だが、その痕跡すらエインには見つけられなかった。


「しくったな。水くらい持ってくればよかった」


 エインに映る陽炎が一本の木を二本や三本にみせていた。

 木の影をつたって進む。ときおり耳を済ませ、水の音がないか確かめた。エインは木にもたれつつ、少しでも水分をとるために採った山菜をしぼり舐めた。

 それでもエインの意識は遠くなり、脱力した体は木から滑り、気を失いつつ。


 深い、深い、森の奥へと落ちていった。


 ***


(……川? 水の流れる音が聞こえる。ここは……)


「!?」


 エインは意識を取り戻すと仰向けに寝かされていた。先ほどまであった倦怠感はなく、むしろ森に入ったときよりスッキリしている。


「誰かが助けてくれたのか……?」


 エインがあたりを見渡すと、エインの知る森とは別の世界だった。


 苔にまみれた木々が優雅に立ち、ほのかに薫る蜜のかおり、一面に咲き誇る花畑。木々の根は剥き出しで、お互いの根が絡みあい、そこに溜まった水が流れを作り小川になっている。清らかな水が流れていて、魚が泳いでいた。


 エインは小川から少し水を掬い上げる。透明、水を掬ったのにまるで空気をのせているような感覚。エインはゆっくりと唇を近づけると冷たい感触がしたので飲んでみた。微かに甘い。その甘さは一面に咲く花によるものだ。


 そしてエインは目にした。

 木々の隙間から漏れる木漏れ日がカーテンのようになびいていた。

 木漏れ日のカーテンが漂う花畑の奥に大樹の切り株がある。


 その大樹の切り株の上に、猫のように丸くなって眠る少女の姿があった。



 エインは触れもしない木漏れ日のカーテンをのけるように少女に近づいた。


「綺麗だ……」


 少女は純白の衣を纏っている。年頃は10代、エインと同年代だと思われた。白く透き通る肌に、ピンク色の唇、腰まである金色の髪は流れるようにサラサラで、時折、風になびいている。


 エインは少女に手を伸ばした。


「おい。あんたが助けてくれたのか?」


 エインが少女に触れようとしたとき、少女の目が開き、エインと目があった。その瞳は瞳孔が縦に開き、青色の透き通る目をしていて、エインは思わず引き込まれそうになった。


「え? あなたは?」


 エインは少し見惚れていて返事ができなかった。そのまま手が吸い込まれるように少女に触れようとした。


 少女は驚いて左手でエインの手を払う。そのとき少女の左手からキラリと光る黄金色の何かが落ちた。


「きゃあ!」

「いや、すまない。驚かすつもりじゃなかったんだ。ただ、お礼が言いたくて」


 エインはすこし恥ずかしくなったのか顔を隠しながらいった。顔を伏せたエインは落ちた何かに気づいて拾いあげた。


(これ、金だよな。指輪? もしかして貴族の方なのか?)


「おい、あんた。これ落としただろ——あれ?」


 心地よい風がエインを吹き抜けた。

 エインが見るとさっきまでそこにいた少女は消えていた。

 そこにあったのは確かに少女がいた温もりと心地よい風だけであった。


 少女は幻のように消えたのだった。


***


(なんだったんだ? 狐につままれた気分だ……幻でもみてたのか?)


 エインは弓を担ぐと帰路を探した。


 導くかのように小道があり、それに従って進んでいくと、村にでたのだった。不思議なことにあの幻想的な空間では昼のように明るかったのに、村につくやいなや夕暮れになっていた。


 エインは罠にはめた野ウサギをしめると、血抜きの間、別の場所にもう一度罠をかけて家に帰った。


「ただいま。母さん」

「おかえりなさい。エイン」


 優しい声がしたが、どこか弱弱しく感じた。返事をしたのはエインの母パウリであった。病気を患い床に伏せている。


「今日はウサギがとれたよ。それと山菜を少し。猪も見たんだ。瓜坊がね、三匹も連れて歩いてた。逃しちゃったけどね」

「まあ、瓜坊? 私も見てみたいものね。きっと可愛いでしょうね」

「母さんもみれるよ。もっとお肉食べて体力つければ、きっと」

「エイン。母さんはもういいのよ、エインがお腹いっぱい食べれたら、それで」

「それはダメ。何回もいってるけどそれは俺が許しません」

「ふふっ」


 エインは夕ご飯の支度をしながら母パウリにいった。その口調は母親ゆずりのものだ。


 エインは夕ご飯が煮立つまで表にでた。


『ヘルマノ墓。此処ニ眠ル』


「本当は眠ってないんだけどな」


 そう言って椅子のように並べられた岩のひとつに腰をかけた。正面にあるのはエインの父ヘルマの墓である。墓といっても、ヘルマの体はそこへは眠っていない。


 失踪した。正確にいうと狩りにいったまま帰ってこない。二年前、あの最悪の森に行くと言ったきり帰ってこなかった。以来、エインはあの森を最悪の森と呼ぶようになった。


 隣人のおじさんが墓標をたてて父のことは忘れろと言った。この村ではあの森は神聖なものとされていた。人間が踏み入って帰って来なくなっても仕方のないことだと。


 後日、おじさんが森でヘルマの遺産をもってきた。エインがもっている狩猟道具たちだ。エインが狩猟道具を大事にするのも父の形見だからだ。


 腰から短剣を取り出し、布で磨きながら語りかけた。


「ねえ、父さん。今日、大猪をみたんだ。とびっきり大きいやつ。ごめん、父さんの言いつけ守らなくて、森の奥にはいかないよう言われてたのに……。でもさ、大猪さえ狩れれば母さんだって体力つくし……なんて、帰れなくなったら仕留めたとしても持って帰れないや、ごめん、これは俺の言い訳。……俺、矢が当たらなくて正直ホッとした。父さんを奪った龍みたいにならなくて良かったなんて、思ってしまったんだ。ねえ、父さん、父さんならあの猪に弓をひけた? ……なんて、聞いてないか。ねえ、父さん」


(あの森にいるのは本当に神様なのかな)


 エインは顔を伏せたまま狩猟道具の手入れをする。


 その目は常に乾いている。帰ってこなくなって二年という月日が経つ。遺体をみていないせいか父を失ったとう実感がない。もしかすると、父はまだあの森で迷ってるのかもとエインは少し思ったりする。


 エインは一通りの手入れをすると、鍋が煮立つからと墓標の父に言って家に入っていった。


「まあ、美味しいわ。エイン」

「そう? それはよかった」


 ウサギの肉と山菜に米をいれた雑炊だ。農業もしている村だったから穀物はある。小さい村ながらも例の龍の恩恵か作物には困らなかった。


 ヘルマが残した田や畑もあった。結局、エインは農業の勝手が分からなかったし持て余すのもなんなので村人たちに貸し出している。その代わりとして、エインと母パウリの分のごく少量の取り分だけ貰っている。


 本来は余ったものを市場に売って貨幣と交換する。その貨幣を使って別の物を買う。しかし、エインは母と二人分の少量しか貰わなかった。貸してるとはいえ、育てた人も苦労している。変に問題を起こさないための計らいであった。

 しかし、いまとなってはエインには後悔があった。


(お金さえあれば、母さんの薬だって買えるのにな……)


 今更取り分を増やすなんて言ったら、すこしは問題になる。じゃあ貸し出しませんと言えばいいが、どうせ持て余すのなら有効に使ってほしい。いつか帰ってくるヘルマのためにも綺麗に残しておきたいとうエインの思いだった。


 夕飯が食べ終わったあと、後片付けをして母を寝かせる。月明かりの差し込む窓に腰を下ろした。今日、拾った金の指輪をみる。


(あれは本当に幻だったのか? この指輪を売ればいい薬だって買えるのに……なんて、これはあの子の指輪だ。できれば返したいんだけど)


 今日の幻を思い出す。幻想的な空間に幻の少女。エインは半ば白昼夢でもみていたのだと思っていた。


 あれは現実か、それとも夢か、答えは出てこない。


 この世界では落とし物は拾い主の好きにしていい。売って母の薬を買うのも、持ち主に返すもどっちだっていい。


 エインは自分の指にはめようともしたけど、指が大きくて上手くはまらない。女性用、しかも少女用のもの。


(あれ? ただの金の輪だと思ってたけどよく見ると装飾してある。これは蛇? いや龍? 龍が自分の尻尾を噛んでいる形をしている。こんな小細工、街の職人でもできないんじゃないか? やはり、貴族かそれ以上の階級の人だったとか? でもなんであの森に?)


 考えても答えはでてこない。でも、一つ答えが見つかった。エインはあの少女が現実か、幻か気づいた。


「あ、そっか。この指輪があるということはあの子は幻なんかじゃなかったってことだ」


 金の龍の指輪を持ち主の少女に返したいとエインは思った。いや、これは願いだ。

 はやる気持ちも抑えつつ、エインはその指輪を大事そうに握って眠った。

後書きにいろいろ思うことを書こうとしました。

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