28 瓶底メガネ令嬢ですよ
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第二部スタートです。
瓶底メガネは奮闘致します。
雨上がりの朝、1人の少女が王立学園の門を見つめて立ち止まっている。
グレージュの髪を三つ編みにし後で一纏めのお団子頭をしている。よくメイド達がやっている髪型だ。分厚い瓶底のメガネのお陰で顔や表情はあまり分からない。
「この時がようやく来ましたわ」
瓶底メガネ少女はブツブツと呪文のように何かを呟いている。そのせいなのか、風貌のせいなのかわからないが、少女の横を通る生徒達から避けられている危険人物状態だった。
だが、そんな事は一切気にしない。
それがクリスティーヌ・エレノーワ。
世間では変わり者の令嬢、怪しい者とつるんで悪巧みをしている。魔獣を使って何人も殺している、数年前の王都の事件の首謀者はクリスティーヌの魔獣だとか、何処かの山を破壊したのだとか、一部は合っていても殆どは有りもしない噂だ。
実際はただの魔獣と魔草大好き、領民と楽しくお仕事しますよ、と気さくな少女なのだが、貴族の集まりには何故か瓶底メガネをかけ野暮ったい格好で出席するという、その理由は一部の親しい人物のみぞ知るのである。
しかし、貴族の間ではそんな事実はどうでも良いのだ。悪役が必要であり、変わり者を標的とし面白おかしく囁く事が重要であり粋なのだ。
「あ〜ら、ごめんなさい」
後ろから体当たりをされ、瓶底眼鏡の少女ことクリスティーヌは前に転けてしまう。水の音が聞こえ、服がジワジワと冷たくなる。
どこかの誰かさんによって、水溜まりに突っ込んだのである。
「やだ〜まだ寒いのに水遊びですか〜?クリスティーヌ様は何でもお早い事ですわね」
オホホホ、ウフフフ、クスクスと周りから笑い声が聞こえてくる。
「ジェシカ様、このような者を相手をするのもなんですし、あちらに行きましょう」
何処か見覚えのある令嬢が、ジェシカという貴族を連れ学園に入って行った。
クリスティーヌは起き上がり、泥水がついた制服を見てため息をつく。
こんなちょっとの泥水がかかっても何とも思いませんのに。残念な頭の方ですわ。
それもそうである。クリスティーヌのマヌマヌの森での野外泊は数知れず、少々の汚れなど全く気にならないのだ。
さて新入生でこれで良いのか悩むこと3秒。
このままで良し!との結論を出したクリスティーヌ。
泥水の汚れと共に講堂へと向かうのだった。
講堂へ入るとそこには椅子がいくつも壇上に向かって綺麗に並べられている。
席順は一応成績順である。が、ここは王立学園。爵位がモノを言う世界。
前列はジェシカとか言う侯爵家の娘とその取り巻き達が陣取っていた。
関わると面倒なので、一番後ろの末席へと座る。そこは爵位があれこそ裕福でない伯爵家や男爵、平民のお金持ちの商家の娘や息子が座っていた。
一応言っておこう。クリスティーヌはれきっとした公爵令嬢である。ニズカザン帝国にはなくてはならないエレノーワ公爵家のご令嬢である。ましてや2年前の王都モルテリリー事件の功労者である。
クリスティーヌが席に座ると何やら講堂の入り口が騒がしい。女子達が黄色い声を上げだし入り口付近が瞬く間に人だかりができたのである。
「来ましたわ!何て格好いいのかしら」
「学年の挨拶をなさるんですって」
「はぁ……なんて麗しいんでしょう」
何だろう?
そんなイケメン一度で良いから拝んで見ようとクリスティーヌは後ろを見た。
茶色の髪をしたアイスブルーの瞳。そこには2年ぶりに見るアレクシスの姿があった。2年前より随分と背が高くなり男の子から男性へと変わる段階の少し大人になった顔付きだ。容姿端麗とは流石、この国の第2王子である。
その隣には見覚えある顔だが少し雰囲気や背丈が違う人物もいる。
「きゃぁぁぁ、もうなんて格好いいのかしら」
「フラン様がこっちを見ましたわ!」
「アレクシス様と目が合いましたわ!」
アレクシスと関わるときっとロクでもない事が起こるだろうと予想してしまったクリスティーヌ。身体を前に向き直した。
ぎゃぁぎゃぁと煩い女子達を尻目にクリスティーヌは、スペンサーお薦めの最新刊の調合薬書ー極みーを開けて静かに読書をする。内容は極みとあるように調合薬の最高峰超難関な本だ。お薦めと言うが、著者はスペンサーなのである。
煩い集団が前に移動し、クリスティーヌは平和な時間を過ごす、と思いきやまた後から何やらぎゃぁぎゃぁと盛りがついたメス猫みたいに女子達が騒ぎ出す。
「ダニエルさまぁ、今度私と行きませんか?」
「いえいえ、私と行きましょう」
「駄目ですわ!ダニエル様は私と行くのですわ」
耳障りな名前を聞いてしまったクリスティーヌは悪寒をしながら読書に励む。
「君達と行きたいのは山々なんだが、愛するマーガレットが焼きもちやいちゃうからなぁ。気持ちだけ受け取っても良いかい?」
ウインクをされたお花畑の令嬢達はきゃぁぁぁと叫び更に騒ぎ出す。すると、1人の令嬢が口を開く。
「ですが、ダニエル様はご婚約者がいらっしゃいましたよね、確か…そう。瓶底令嬢!」
「あぁ。家同士が決めたものだから関係ないさ。僕としては瓶底…いやクリスティーヌよりマーガレットのが良いんだけれどね」
「そうですわよね」
「マーガレット様の方がお綺麗ですし、ダニエル様と並ぶには相応しいですわ」
ウフフフ、アハハハ、クスクスと悪意ある笑い声と共に悪意ある言葉ばかりが聞こえる。
バカ女共には、散々この2年間色々な表舞台で嫌味や嫌がらせをしてくれたものだ。ダニエルは庇う事なく次第にクリスティーヌを粗末に扱う。クリスティーヌがそれを狙っていた事はここにいる誰も知らない。
クリスティーヌには嫌がらせは全く効かないのだ。だが、忘れてはいけない。クリスティーヌ・エルノーワはやられたら100倍にしてやり返すご令嬢だと言うことを。
「あら〜ここに瓶底令嬢がいらっしゃいましたわ」
1人の令嬢がクスクスと笑いながら、クリスティーヌの読んでいる本を取り上げ床に投げつける。クリスティーヌは静かに椅子から立ち上がり、投げられた本を取りに歩くがすぐに転ぶ。別の令嬢がクリスティーヌの足を引っ掛けたのだ。それに加え目の前で大事な調合薬書ー極みーの本を足で踏まれている。
講堂がザワザワあちらこちらで雑談している中、殺気のある魔力のオーラが漂いだした。
魔力の強い者や感の良い者は何ごとかと反応をする。
「そこの誰だかわからない方、足をどけなさい」
クリスティーヌは怒りのオーラを纏いながら低い声で1人の女生徒に言う。しかし女生徒はニヤニヤしながらその本を持ち1枚1枚と本を破り始めたのだ。
「あら?この汚いモノかしら?」
周りも、もっとやれと言わんばかりに一斉に笑い出す。
「ダニエル様?こんな瓶底女と婚約なんて破棄されてはいかがかしら」
そこには、今朝ジェシカと言う令嬢の側にいた見覚えのある女がいた。
「マーガレット……やはりそうだな。こんな瓶底いらないな。クリスティーヌ!君との婚約は破棄する。ここにいる皆が証人だ」
ダニエルは高らかに声をあげ、光悦とした顔でクリスティーヌに言い渡した。
「ダニエル?様付けなんて貴方には勿体ないですわね。良いですわよ。今まで貴方がしてきた愚行の後始末をさせられたと思うとせいせいしますわ。後殆ど、父からそちらに正式な書類を遅らせて頂きますわ。色々な付属をつけましてね」
ニコリとクリスティーヌが笑顔で言い、人差し指でくるくると円を描くと早便の手紙が用意され指でパチンと鳴らせば手紙が消えた。
ダニエルはワナワナと震え何か叫んでクリスティーヌを罵倒している。側にはマーガレットが勝ち誇った顔をしていた。
「さて、ダニエルなんてどうでも良いとして、そこの貴方。本を踏んで破った代償はきっちりと払って頂きますわ」
クリスティーヌはダニエルを無視し、掌を口元に寄せフゥと息を吹きかける。すると周りにいる者達も急に騒ぎ出した。目の前に無数の餓が発生し、本を破っていた令嬢には蜘蛛が数匹這っているのだ。虫に抵抗などない令嬢や令息は馬鹿みたいに騒ぎ出す。
よく見れば幻覚だと分かりますのに、この程度でわたくしに喧嘩売るとはいい度胸ですわ。
ほんっとあほぅ共の相手は面倒臭いですわ。
その間にクリスティーヌは静かに本と破られた切れ端を回収し、何事もなかったかのように席に座る。
はぁ……
調合薬書が破られてボロボロに。
ですがこちらから婚約破棄を言う前に、ダニエルから仰って頂けるなんて儲けもの。
これからは手加減無用ですわ。お父様に言われた通りにきっちり落とし前つけさせていただきますわ。相手から言わせるようにする事が本当に大変でとても長かったですわ。
クリスティーヌの頬から涙が伝う。
肩を小刻みに揺らし、嬉しくてくるくる回ってステップを踏みそうな気持ちをひたすら抑える。一部の生徒はこのような仕打ちを受け、更に婚約破棄など、さぞ悲しくて泣いているのだろう、さぞ悔しくて肩が震えているのだろう、と全く検討違いな誤解をし同情していたのだ。
その騒動を見ていた2人の人物は、裏事情を知っていたので笑いを堪えるのが大変だったという。それはまた別のお話。




