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7話 父親の背中

「……ウィル。先日の君の様子を聞いたけど、町中で、ずいぶん派手にやらかしたみたいだね?」


 乳兄弟のヴァルテル青年の部屋に呼び出された、ウィリアム王子。

 ヴァルテルとルートルドの双子を前に、さすがにバツの悪い表情を浮かべて、うつむいていた。

 二対一、多勢に無勢。ウィリアム王子の負けは、最初から決定している。


「何度も言うけど、王子の自覚ある?

馬車に乗らず、東の公爵家の王女と白馬に二人乗りして、王都中をデートするのは、どうかと思うよ?

まあ、護衛騎士を置いてきぼりにせず、きちんと同行させたのは、進歩したと誉めてあげるけど」

「ゴメンナサイ」

「……立ち寄ったのは、すべて東の公爵家の御用達の服飾工房と宝石店とレストランか。

警備の観点や、東の公爵家の心情を良くする点で言えば、これも誉められるが……目撃されたときの言動が問題だな」

「ゴメンナサイ」

「護衛騎士の報告書を読んだけど……『丸一日、歌劇の脇役になったみたいだった』と感想が書かれているね。

どうして、立ち寄った店すべてで、歌劇の名場面を再現してきたのさ?

平民や貴族の目撃情報も、『歌劇の野外公演を使った、お店の新しい宣伝広告だと思った』というものばかりだよ!」

「ゴメンナサイ」


 双子の兄弟は、交互に弟分を追い詰めていく。

 正装した白馬の王子様が、太陽の光を集めたような輝く金髪の王女を連れて、デートしていたのだ。

 しかも、ウィリアム王子本人は、分家王族の王女を結婚相手として見ており、口説く気満々。

 結果的に、有名な恋愛歌劇の名場面が、あちこちのお店や、移動中の馬上で再現されてしまった。


「一番マズイのは、王立劇場の入り口で、白い薔薇を渡して、公開プロポーズしたこと。

貴族に平民、それに加えて他国からの訪問者。どれだけ目撃者が居ると思ってる?

婚約を東の公爵家が断ろうにも、断れない状況になったんだよ!」 

「断られたら、俺が困る! だから、断れない状況を作った。もたもたしていたら、俺は大人たちに潰される。

外堀を埋めていき、一気に本命を仕留めるのは、戦術の一つだと、父上は言った。

父上だって、母上と駆け落ちして、他国の王族の前で結婚式を挙げて外堀を埋めたあと、帰国して本命の母上の両親や親戚たちを説得したんだ」

「……ウィル、あれは悪い王子の例だよ。王子が駆け落ちなんて、しちゃいけない」


 乳兄弟のヴァルテル青年は、微妙な表情になった。

 あの父親は、息子に何てことを教えたんだ!と、胸の中で悪態をつきながら。


「……ウィルなりに考えて、プロポーズしたんだな?」

「そうだ。俺が公衆の面前で口説いた相手は、国母の親戚の娘。

必然的に兄者の……王太子の政治基盤が強くなるから、女ギツネとて、簡単には婚約に反対できない」


 ルートルド青年の質問に、力強く答える。

 ウィリアム王子なりに考えて、考えて、考え抜いたすえに、公開プロポーズを実行したのだ。

 情熱的な赤い瞳には、決意がこもった炎が揺らめいている。


「俺が帰国し、雪の国の王族として表舞台に立ってから、南方の国々との交流は劇的に改善され、友好的になった。

ここ二年間で、交易が盛んになり、我が国の輸出産業が大幅に黒字に転化した実績をたたき出してやった以上、王妃派も簡単に、俺へ手出しはできない!」

「確かに、南方の国との外交のときに、ウィルを同席させるようになってから、向こうの外交官たちの態度が軟化したね。

交渉に前向きになってくれ、ウィルが提案した『お互いに利益が見込める契約』を受け入れてくれている。

……雪の国で暮らす貴族では気付かず、南方の国々のことを旅して知っている、ウィルだからこそ提案できる内容ばかりだよ」

「使える物は余すことなく使って、俺はこの国の王族としての居場所を、確保しないといけない。

兄者の隣に立つには、政治と外交も理解できないと、排除されるんだろう?

俺は王位継承順位が低いから、兄者を脅かすことが無いのも、好都合だ。

貴族たちは俺の婚約を、『王太子の後ろ楯を強くするための、ごく自然な選択』と判断するだろう」


 双子の兄弟は、弟分の主張に、舌をまく。

 アホの子と、軽い絶望を覚えたのが、一年半前。

 あのときと現在を比べると、大幅に進歩した考えを持てるようになっていた。


「ウィル。王立学園を卒業したら、外交官になるのか?」

「外交官? 俺は騎馬隊に入る予定だが」

「……騎馬隊ねぇ……。王妃と国母に勝つために、とことん権力を追及するのか?」

「俺の考えは、最初から変わらん。兄者を支える、強き騎士になる。

政治と外交は、オマケだ。ヴァル兄者が必要だと言ったから、身につけただけで」


 ルートルド青年の質問に、ウィリアム王子は心外だと言う顔つきになる。

 軍事国家の騎馬隊は「大陸最強の軍隊」と呼ばれ、所属するだけでも一苦労。

 分家王族の王子と言えども、特別扱いはされず、自分の実力で入隊を認められなければならない。

 もしも、ウィリアム王子が入隊できれば、周囲の見る目は、劇的に変わる。


 軍事国家では、武術の実力が権力に直結する。

 外交官の才能を持った知性派王子が、最強と呼ばれる軍隊に所属できれば、王妃や国母など簡単にあしらえる立場になるだろう。


「……まあ、何かしら功績を積まないと、騎馬隊には入れないだろうけどね」

「俺も、すぐには入れないと思ってる。最初に所属するとしたら、弓歩兵隊かな?」

「弓歩兵? あー、おじい様の影響か」

「おう。おじい様の弓術は、合理的だ。野生動物は匂いに敏感だから、剣で仕留めるのは、俺でも難しい。

その点、弓術は風下から近づき、矢の一撃で仕留められるから楽だ。食事が豪華になるから、俺も頑張って練習したぞ♪」


 世界中を旅して回った王子は、ヴァルテル青年に向かって、豪快に笑う。父方の祖父は、弓術の使い手だった。

 騎士道物語に憧れ、剣術を習い接近戦に磨きをかける孫たちに、遠隔戦の大事さも説いた。戦術の勉強と言い、弓術も教えてくれた。

 ウィリアム王子自身は、剣術と馬術が得意と思っているが、祖父譲りの弓の腕前も、なかなかのものだ。


「ウィルは、騎士より弓兵が向いている気がするよ。騎乗しながら弓を射るのは、兄妹の中でウィルが一番上手だからね」

「そうか? 俺は剣術の方が得意なんだが」

「剣術一辺倒の騎士は、戦場で役に立たないぞ。

騎兵、歩兵、弓兵の長所短所を熟知し、自分がどの部隊に配属されても、すぐに指揮をとれる将軍に、部下は信頼を寄せて従うものだ」

「あらゆる場面に対応できてこそ、一流の騎士だと言われた。

父上のように、初めて会った部隊でも、すぐに信頼を勝ち取り、指揮して勝利できるように、俺はなりたい」

「東国での稲妻将軍の活躍は、生きる伝説と化したからな」


 ルートルド青年の指摘に、大きくうなずく、ウィリアム王子。

 東国との戦争で劇的な勝利を果たした、偉大なる父親の背中を、息子は懸命に追いかけている。

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