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6話 公爵家の娘

 雪の国の分家王族、東の公爵家。

 国母になった側室が親戚であるがゆえに、国母派として、政権の半分をにぎる家だ。

 その家の庭に、ウィリアム王子の姿はあった。


 帰国してから早一年半、色々と悩みながら、行動してきた。

 まず進学した学園で、他国の王族や有力貴族の友人を増やす。世界中を旅した影響で、元から知己は多かった。

 雪の国の王子として、政治の表舞台に立った事で、国家関係を重視する留学生は話しかけてくれ、それなりに深い交遊関係を持つにいたる。

 その上、異国情緒を感じさせる赤毛は、南方の国の特徴でもあった。南方の国々の留学生に親近感を持たせ、新しい友人も増えた。

 将来に向けてた、外交に顔のきく王子の足場固めは、着々と進んでいる。


 もちろん、内政にも手を抜かない。王家主催のお茶会や夜会も、出席率は皆勤賞。

 一緒に連れていく幼なじみのエドには、迷惑がられらたけれど。

 国内の有力貴族に、親しくなった他国の友人たちを紹介して、回った。

 国内貴族の支持を集め、将来、排除されないように、さりげなく根回しをする。


 一番の問題は、花嫁探しだった。

 政権を持つ家の娘を花嫁にして、後ろ楯を持つ必要があると結論を出す。


 今日は、目をつけた雪の王女を口説き落とそうと決意して、ビシッと正装を着込んできた。

 もちろん、自分で作った、自信作の王子様ファッションである。


「うーむ、どこに居るのだ?」


 で、現在、公爵家の屋敷に入らず、庭でウロウロしているのは、口説き文句を言う相手を探しているから。


 先ほど公爵家の当主夫妻に、結婚の申し入れをしてきた。

 当事者の王女は同席しておらず、先に家族の許しを得たときに、娘は庭に居ると教えられたのだ。

 ……本人に知られぬよう、先に外堀を埋めにきた赤毛の王子に、当主夫妻は苦笑していたけれど。


 ウロウロしていたウィリアム王子は、素振りする音を聞き付けた。

 足をそちらに向けると、予測通り、幼なじみが剣術の稽古をしている。


「エド、朝から熱心だな」


 わざわざエドの前方に回り込み、視界に入る位置に移動して呼びかけた。

 声をかけられた幼なじみは、木刀での素振りを止めて、返事を。


「ウィル? おはよう、何のご用? ……またお茶会?」


 年下の幼なじみの声のトーンが下がる。

 ビシッと正装した相手を見れば、行き先に検討がつくからだ。


「貴族のお茶会に参加したいなら、前もって知らせてと……」

「違う。今日は、東の公爵家の王女殿下に用事があって、探していた。

俺は庭で待っているから、呼んでくれないか?」


 赤毛の王子は、情熱的な瞳に、真剣な感情を宿す。

 いつもと違う口調に、エドは瞬きをした。そして、短く返事する。


「……しばらく待ってて」


 幼なじみは、いぶかしげな顔つきになったあと、一つに縛った金髪をなびかせながら、屋敷の中に消えた。



 ウィリアム王子は、広い庭をあちこちウロウロして時間を潰す。

 エドに頼んだから、王女は庭に来てくれるはずだ。

 美しく着飾る娘の身支度は、時間がかかると、経験上知っているから、待つのは苦にならない。

 庭に咲いている花々を愛でながら、鼻歌を歌う。よく通るテノールが、庭に広がった。


「相変わらず、歌がお上手ですわね」

「聞きたいなら、いくらでも聞かせるが」


 背後から声がかかり、バラの花の匂いを楽しんでいたウィリアム王子は顔を上げた。


「ウィリアム様。たいへん、お待たせいたしました」

「こちらこそ、突然呼び出して悪かった」


 太陽の光を集めたような美しい金髪が踊り、公爵家の娘は淑女の礼をする。

 燃えるような赤毛の王子も、紳士の礼を返した。


「わたくしに、何のご用でしょうか?」

「二人で歌劇を見に行かないか? 王立劇場の特別貴賓室を押さえた。

公演開始まで時間があるから、あちこち店も巡るつもりだが」


 豪快に笑うウィリアム王子は、大の歌劇好きだ。

 王都の巡回ついでに、王立劇場から、場末の庶民的な劇場まで、色々な所に見物に赴く。

 型破りな白馬の王子様の行動に、最初は国民も驚きこそすれ、一年半も過ぎると慣れたものだ。

 今や城下で毎日見かける、庶民派でオシャレな王子様は、平民たちから絶大な支持を得ていた。

 おそらく、王族で一番人気があるのは、国王や王太子を押し退けて、ウィリアム王子であろう。


「お主は、俺に誘われてくれるのか? それとも、断るのか?」


 情熱的な瞳が、悲しげな感情を宿して、公爵家の娘を見てくる。

 こんな表情をされれば、答えは一つしか無いのに。


「一緒に参りますわ」

「良かった!」


 公爵家の娘の返事に、赤毛の王子は破顔した。

 スッと手を差し出しさず、ひょいっとお姫様抱っこをする。


「お主をこうやって運ぶのは、約一年ぶりか? 王宮で足をくじいて、家まで送り届けて以来だな♪」


 豪快に笑いながら移動する、ウィリアム王子の言葉を、金の髪の王女の耳は素通りする。

 思ってもいないエスコートをされ、思考停止していたから。

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