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5話 操り人形


 ウィリアム王子が、王立学園に入学してから、半年。

 半年間の婚活で、早くも疲れた。打算や政治の駆け引きに、疲れた。


「政治や外交を理解していない貴族の娘が、兄者の妻になれるわけなかろうに。

国が傾きかけた現状では、なおさら、知的な娘を求めると言うもの。なぁ、エド」


 ウィリアム王子は、婚活に力が入らず、投げやりな気持ちになってしまう。

 話しかけられた幼なじみは、無言だ。赤毛の王子の愚痴に、耳を傾けてくれる。


「兄者は、側室を絶対に持たぬよ。正室を決めれば、その娘一筋に生きようぞ。

現国王の花嫁たちのせいで、この国が乱れる様を見て育ったからな。

由緒正しきな血筋で、立派な教育を受けた娘でなければ、俺も王太子妃と認めない!」

「……そういう、ウィルは?」

「教養は欲しいな。それか軍事に詳しくて……」

「嘘つき。ウィルの本音、何度も聞いたよ?」

「ぐっ……兄者ではなく、俺を見て欲しい。俺だけを見てくれる妻が欲しい。

心から俺を思ってくれる娘と結ばれたい! それが、望みだ」


 幼なじみの指摘に、王子の声は小さくなる。

 大きな背中を丸めて、泣きそうな声を出す。


 婚活は、ウィリアム王子に厳しい現実をつきつけた。

 国内の有力貴族や分家王族の娘たちはが見つめるのは、いつだって王太子なのだ。

 ウィリアム王子を利用して王太子と親しくなり、いずれは王太子妃になろうと考える、玉の輿思考の娘ばかり。


 国外の娘にも目を向けたが、燃えるような赤毛と情熱的な赤い瞳が邪魔をする。

 ウィリアム王子の顔は、異国情緒が強すぎて、お友達にはなれても、そこから一歩先には進めなかった。

 両親や兄妹たちのように、この国の王家の特徴が出れば良かったのにと、己の容姿を呪ったこともある。


「……異端の外見の俺を見てくれる者など、この世のどこにもおらぬよ」

「弱気だね。男は中身で勝負って、言ってなかった?」

「……王太子の兄者に、外見でも、中身でも負けている俺に、何が残る?」

「剣術に、弓術に、馬術。ウィルなら、騎士見習いを飛び越えて、正騎士として、十分やっていけるよ。

よっ! さすが、軍事国家の白馬の王子様!」

「……お主だけだ。そんな風に言ってくれるのは。お世辞でも嬉しく思う」

「失礼な! 心から言ってるよ!」


 昔から自信喪失しかけたとき、茶化しながら励ましてくれるのは、幼なじみのエドだった。

 ウィリアム王子は、心の置けない幼なじみを、心の底から誇りに思っている。


「励ましてくれた礼だ。これを、お主にやろう」

「ありがとう♪」

「今年の冬は、男女問わず、花柄の刺繍(ししゅう)を施した手袋が流行るはずだ」

「……ウィルが流行らせるの間違いだよね?」

「うむ……そうとも言うな」


 赤毛の王子は、世話しなく動かしていた手を止めた。

 完成した手袋を幼なじみに手渡し、針と刺繍糸を、裁縫箱に戻す。

 ……そう、針と刺繍糸を裁縫箱に戻したのだ。


 外国生活が長い、ウィリアム王子。実は、裁縫ができる男だった。

 旅の道中で、衣類がほころべば、自分で縫って直す。

 旅先で気に入った布地があれば、購入し、自分で洋服を仕立てる。

 その方が、経費節約できるからと、なんとも合理的な理由で。


 ファッションリーダーである、オシャレな白馬の王子様の衣服は、どこで手にいれたものなのか、国民や行商人は推理しあう。

 けれども、誰も、真実にたどり着けない。

 将来有望な剣士として名を馳せ始めた、大柄な王子が、針と糸を持って花柄の刺繍をする姿なんて、誰も想像しないだろう。


「次は何を作るの?」

「アルとマティ姫の手袋だな。この国の冬は初めて迎えるゆえ、故郷との寒さの違いに驚こうぞ。

手袋で、少しでも寒さがしのげれば良いのだが。暖かい故郷への帰国は、あり得ぬしな」

「……東国を調べたけど、危ういね。ジェスレル王子が、貴族と国民の心を掴んでいたよ。

帰国すれば、アルノール王子とマティルド王女は殺されかねない」

「……東国の現国王は、我が国の軍事力を知っている。だから、開戦を主張するジェスレル殿を、王太子にしたくないのだ。

実際に戦い、負けて、東国をこの世から失いかけた経験があるからな」

「そう。ウィルの父親に負けたから、東国は属国になったもんね。

さすが、電光石火の稲妻将軍! 憧れるなぁ♪」


 エドは行儀悪くソファーに座り、足をブラブラさせていた。

 軍事国家で育った子供らしく、戦場の英雄に、大きな尊敬を向けている。 


 少し昔、この国と東国で戦争が起こった。

 騎馬隊を率いて、東国との戦場へ向かったのは、ウィリアム王子の父親。

 神出鬼没の軍隊は、あれよあれよと言う間に、東国の王都まで攻め込み、戦争を起こした国王を生け捕りにしてしまう。

 東国は全面降伏して、ウィリアム王子の国の属国になり、なんとか存続を許された歴史を持つ。


「ジェスレル殿は、傀儡(くぐつ)の王子だな。あれは、頭が空っぽだ」

「うん。貴族の誰かが、操り人形の国王を作るために育てたようだと、おじい様は評価していたね」

「ふぅ……ずる賢いタヌキやキツネは、どこの国にでも居ると言うことか」


 傀儡とは、操り人形のこと。

 正室の子供、第一王子アルノールは、東国の現状をしっかり把握していて、軍事国家からの独立は難しいと考えていた。

 それに対して、側室の子供、第二王子のジェスレルは「偉大なる国家を取り戻すべき」と、主張する男である。


「エド。そろそろ、鍛練に行くか?」

「もう待ちくたびれたよ!」

「すまん、すまん」


 裁縫箱を片付けた赤毛の王子は、木刀を手に取った。

 素振りに行こうと誘いにきていたエドを伴い、自分の足で歩いて、部屋から出ていった。

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