4話 幼なじみ
乳兄弟の助言に従って、優秀な花嫁を探すため、ウィルは社交に力を入れ始めた。
帰国して、まだ二か月。さすがに、一人でお茶会や夜会に出席する度胸は無い。
ずっと祖国に住んでいる、気心知れた幼なじみに、同行を頼む。
渋る相手への報酬は、大陸で最先端の流行を教えること。
ウィリアム王子は、国一番のオシャレな少年だった。世界をめぐってきたから、他国の文化に一番詳しい。
白馬に乗り、王都を練り歩く王子様の服装を、国民や行商人たちが真似しようとする。
今の国内の最先端流行は、男女問わず、首元にスカーフを巻くことだ。
ウィリアム王子が流行らしてみせると、幼なじみに豪語して、三日間で見事に実現させてみせた。
それを目の当たりにした幼なじみは、十日間悩み抜いて、ようやく同行すると頷いてくれる。
そして、現在、王家主催の軽食会。人混みの、ど真ん中。
ウィリアム王子に同行した幼なじみは、激しく後悔していた。
涼しい顔つきを通り過ぎて、氷点下の空気をまとっている。
「ウィル。何人目?」
「……三十八人目」
「名前と顔は?」
「……覚えた」
「本当に?」
「一度覚えれば、二度と忘れん。俺は、記憶力が良いからな」
ものすごい嫌味を込めて、幼なじみは見上げる。氷点下の眼差しで。
力なく見下ろしてくる、赤い瞳。愛想笑いとおべっかを使いつづけた結果、赤毛の王子の情熱的な瞳は、死んだ魚の瞳に変化していた。
二年ぶりに帰国した赤毛の王子は珍しくて、珍獣扱いだ。頼まなくても、向こうから来てくれる。
加えて、王都で話題になっている、オシャレな白馬の王子様。貴族令嬢のアプローチも、ものすごい。
「疲れた……」
「王子の責務は?」
「……エド、痛い」
「ウィル、責務は!?」
「ゴメンナサイ、ガンバリマス」
うっかり愚痴を漏らそうもんなら、幼なじみが静かに足を踏む。ご丁寧に、かかとでグリグリ踏んでくれる。
エドと呼ばれた幼なじみは、黙って王子の仕事をしろと、氷点下のオーラをぶつけてきた。
王子は片言で謝りながら、背筋を伸ばす。
「ウィリアム?」
爽やかな声が聞こえた。紺碧の髪をした二人が、王子たちに近づいてくる。
「うん? アルノール?」
気合いを入れ直したウィリアムは、見る者を魅了する、雪の天使の微笑みで出迎える。
軍事国家の属国である東の国から、第一王子アルノールとその親戚の娘マティルドが留学してきていた。
二人は素晴らしい紳士と淑女の礼をとる。赤毛の王子が、世界中を旅していた影響もあり、三人はずっと前から知り合いだ。
アルノールとマティルドが、赤毛の王子の帰国に合わせて留学してきてからは、親しい友人になりつつある。
「ウィル。次の試験も、私の勝ちだな」
「黙れ、アル。次こそは負けん!」
顔を上げた東国の第一王子アルノールは、口角をつり上げる。
情熱的な瞳に敵対心を宿して、赤毛の王子は、にらみかえした。
何を隠そう、この二人、学年首位と二位のライバル関係だ。
二月前の王立学園の入試の成績は、首位が東国のアルノール王子で、ウィリアム王子は二位。
そして、入学後の実力試験でも、アルノール王子が一位で、ウィリアム王子は二位。
隣り合う国で、同じ王子と言う立場上、二人はお互いが気になり、ライバル意識をもった。
「アル。第二王子殿下は留学してこないのか? お主と同い年であろう?」
「弟は、国内で進学を選んだ」
「そうか。また会えると思って、楽しみにしておったのだが。
確か……『雪の天使を見つける』と意気込んでいたな。我が『雪の国』でなら、雪の天使は見つかると思うのだが」
ウィリアム王子のなにげない質問に、東国の第一王子は飄々とした笑顔を浮かべて、やり過ごす。
「……アルノール様」
「ごめん、マティ。待たせたね。
ウィル、挨拶回りを続けないといけないから、今日はこれで。また明日」
「ああ、また学園であおうぞ」
東国の二人は会話もそこそこに、すぐにその場を離れていった。
まるで、逃げ出すように。
二人を見送ったウィリアム王子は、腰をかがめると、年下の幼なじみに耳打ちする。
「……カマをかけた。あの二人は、南の公爵家に、目を向けておるようだな」
「まあ、そうなるよね。簡単に、ウィルの素性はつかめないから」
「……エド、東国に目を向けておけ。大陸の火種になりかねん。
第二王子ジェスレル殿は国粋主義で、我が国の属国から脱出することを、強く主張する人物だ。
もしも、あれが王太子になれば、戦争が起こるぞ」
「……戦争が?」
「ああ、我が国から独立するための戦争がな」
幼なじみの父親は、国母派筆頭の内務大臣だ。
戦争の可能性をエドに伝えておけば、それを念頭に立ち回ってくれるだろう。
ウィリアムは王子として、国の命運の一端を託すくらいには、幼なじみのエドを心から信頼している。