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看板娘の外面VS鎧の余所行き猫被り  作者: 丸晴eM
小さい村の道具屋事情
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秘密の塗り薬

 最初に目に飛び込んできたのは、腕を回しきれない程太いひと際立派な木だった。5メートル程の高さのその木は、登りやすいように足をかける窪みが刻まれている。得意げに指さすミアと対照的に、ディーンは思い切り顔をしかめた。


()()()()()って言わなかったけ!?」

「ちゃんと梯子もあるわよ、上を見て」


 ミアの言葉に促されるようにしてディーンが視線を上へ向けると、木のてっぺんに縄が引っかかっていた。葉っぱに邪魔されて上手くカムフラージュされている。山の裂け目の入り口は人が2人並んで両手を広げられる程あり、100メートル程進むと緩やかに繋がっていく。村の子供の探検場所として重宝されているので、見つからないように隠してあるのだろう。


 縄は山という名の壁から突き出る大岩と繋がっていて、その先にはほぼ垂直に垂れ下がる粗く編まれた縄梯子が続いていた。縄は山肌の土のほぼ同化しており、意識して見なければ気付かない。


「縄の先、しっかり繋がってる?大丈夫?姉ちゃんが1人でやったの?」

「大丈夫よ。縄は牛を引きずっても千切れなかった店で一番いい縄だし、強度を上げる魔法かけてもらったし。三重に固定して途中5か所も杭を打ってあるから大丈夫よ」


 話しながらも、ミアは既に木を登り始めていた。


「スカートで登るのやめてくれない!?」

「いいじゃない。女の冒険者で水着みたいな服の人とかいるんでしょ」

「せめて俺を先に行かせてくれ」

「いいわよ」


 ディーンに先頭を譲り、2人は山を登った。普通に山道を歩けば40分かかる道のりをショートカットした結果、10分ほどで目的地に到着した。


「何だ、山頂までは繋がってないんだな」


 山頂へ辿り着くには、まだ3メートル程の山壁を登らなければならない。


「これぐらいならよじ登れるでしょ、甘えないで」

「あ、そうか道を作ったらバレるか。ここも姉ちゃんの秘密の場所だもんな」

「そういう事。さぁ籠いっぱいに草を採ってちょうだい、根っこは抜いちゃだめだからね」


 太陽は遮られているが、風通しのいい崖の上の土壌。質が良く回復効果が高い薬草がぎゅうぎゅうに生えている。


「ギルドから仕入れた薬草より、ここの薬草の方が効くんだけどね。仕入れないと怪しまれるから仕入れるけど本当は必要ないのよねぇ」


 薬草は、その葉をすり潰して傷口に塗って使う。怪我の多い冒険者達は、毎度10枚程の薬草を無造作に鞄に詰めて冒険へ出る。安くて持ち運びやすい必需品。どこの道具屋でも一番売れる商品だ。

 森を探せば自然に生えてあるので、5枚で2オルクと大変安価で売られている。


「瓶貸して、私は樹液を集めてくるから」


 ミアは背負っていた籠をディーンに託し、空瓶を回収すると山壁をよじ登っていった。


 山頂の日当たりのいい場所に生える黒っぽい幹の木。この木の樹液には殺菌作用と、少しの粘り気がある。すり潰した薬草とこの樹液を混ぜ、家の庭で育てている白い花の花粉をまぶせば傷薬の完成だ。


「こんなもんでいいか?」

「そうね、じゃあ帰りましょうか」


 薬草でいっぱいの籠と樹液でいっぱいの瓶をぶら下げて、慎重に梯子を下る。


「これさ、縄を片手でつかんでこう…滑り降りたら早くないか」

「…私にはできないわねぇ。やってもいいけど、荷物落とさないでよね」

「まぁ急いでないからいいんだけどさ」


 最初の予定通り1時間ほどで帰り着くと、ミアは店に戻らずにキッチンに入った。


「お茶にしましょう。クッキーあるわよ、食べるでしょ」

「ん、ありがと」


 お湯を沸かす間に、クッキーを出す。コップを用意するついでに、大きな鍋も出す。茶葉、綿棒、秤、すり鉢。大きな机に色んなものが置かれ始める。


「薬作るの、手伝わないからな」

「安心して、これ私にしか作れないから」


 手際よくハーブティーを入れて、お茶会が始まる。


「他の道具屋で置いてないでしょ。うちのオリジナルなの」

「確かに塗る傷薬はここでしか見たことないな」


 ギルドの扱う商品としての傷薬は、飲むタイプだ。小指程の小瓶に入っていて、飲むと瞬時に傷が癒えていく高性能。もちろんお高い。打撲の痛みが引く程度の一番効果が薄いものでも、一瓶200オルク。出血を伴う切傷を癒す中級レベルで300オルク。えぐれた肉を元に戻すには一番性能のいい500オルクの瓶が3本は必要だろう。


 ミアが作る塗る傷薬は、平べったい手のひらサイズの容器に入っていてひとつ100オルクで売られている。効果は速攻ではないが、じわじわと1時間ほどで切り傷を塞いでしまう程。この村では一般家庭でも重宝されていて、立ち寄った冒険者は全員買って帰るというコスパのいい人気商品だ。

 今回採取してきた材料で50個分はできるので、なんともありがたい商品だった。因みに村の人は容器を持ってこれば30オルクで販売している。


「ディーンは買ってくれないよね、まぁ使ってみてよ。これお代と傷薬ね、あげるわ」

「怪我するような場所にはまだ行かないようにしてるからな…、まっ、ありがたく頂戴するよ」


 駆け出しのディーンは慎重派で、確実に倒せる魔物しか相手にしない。無茶をする子が多い若い冒険者の中では中々理性があり、将来有望株だったりする。 


 ディーンが帰ると全ての薬草を丁寧にすり潰して、ジャックと店番を交代する。本を全て読む事はできなかったようで、おかげでまた店番を頼むことができそうだ。


 その後は閉店時間の18時まで仕事をし、家に入る前に庭に寄る。

 手のひら程の花弁を持つ、微かに発効する美しい白い花。葉はなく、しなやかに伸びる茎は普通の花よりも太く、力強く感じる。


「よしよし、今日もちょっとだけ分けてね」


 声をかけると、瞬きをするように花が一度閉じ、開く。

 ミアは花をそっと揺らし、花粉を集める。


「明日の朝は美味しいミルクあげるからね」


 ミアにしか作れない傷薬の材料は、ミアしか知らないのであった。



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