エピローグ 贖罪の旅路の果てに
数日後、女神より神託が降り、魔王が倒れた事を世界が知った。
これにより、魔物はもう増えない。
そう、女神から全世界の民に伝えられたのだ。
そんな平和の訪れとなる神託と同時に、追加で二つの神託が下された。
一つは私に対する神託。
『勇者ミラーは人類の平和の為にもうしばらく勇者を続けて欲しい』
そういう感じのものだった。
魔王を倒せなかった紛い物の勇者だけど、それくらいはしてみよう。
何もなかったからっぽの私だからこそ、もう少しがんばっても良いんじゃないか。
そう思い、私はそれを受け入れた。
もう一つは全人類に対する神託、というよりも忠告だった。
『私はここで、いつまでも皆を見守っている。それを忘れないで』
そんな脅迫は思ったよりも効果的だったようで、魔王が倒れた後に戦う予定だった国家戦争は休止となったそうだ。
そして私は今どうしているのかと言うと……。
少年と共に旅をしていた。
魔王を斃した直後、少年は再び勇者でなくなり剣が持てなくなった。
その時少年は私にこう頼んできた。
「魔王の玉座付近にこの剣を刺してくれないか? ロードゼクスが倒したという証を残したいんだ。本当は墓に備えたかったが、持てない僕ではそうもいきそうにない。僕が持つには聖剣は、重すぎるし辛すぎるんだ」
少しだけ疲れた表情でそう少年が乾いた笑いを見せた。
そんな少年に、私は首を横に振った。
「良くわかりませんが、勇者様がその聖剣を墓にお供えしないのでしたら、私が墓まで持って行きましょうか?」
まさか私がそんな提案をするとは思ってなかったらしく、少年は少し驚いた後、優しく微笑んだ。
「ああ、それは良いね。お願いしても良いかな?」
少年の言葉に私は喜んで頷き、こうして二人で旅をすることになった。
すっかり棘が取れた……というよりも追い詰められたような様子のなくなった少年は私に色々と教えてくれた。
自分の事、ロードゼクスという偉大な父親の事、贖罪の旅だった事。
そして、旅を終えてもまだ自分が許せそうにないという事を――。
それらを聞いた後、私は少年にこう伝えた。
「勇者様。私はあなたを本物の勇者であると思っております。いつの日か、必ずまた勇者様は聖剣を持ち戦う日が来ると思います。それまで、勇者様が認めて下さるなら私は勇者様の剣持ちとして付いて行きたいと考えてます」
私の事に少年は驚き、首を横に振った。
「僕はただの僕だよ。勇者じゃない」
「ですが、私にとっては命の恩人で、カッコいい勇者様なんです」
そう言って微笑む私に、少年はそっと顔を反らした。
「僕は勇者になれたかな?」
「はい。少なくとも、私にとっては世界で一番立派な勇者様でした。勇者様にとってロードゼクス様がそうであったように」
顔は見えないが、少年は耳まで真っ赤になり、体を震わせて泣いているようだった。
そんな少年に、私は言い表せない感情がふつふつと湧いてきた。
泣いているのに申し訳ない、というか泣いているからこそ、胸が高鳴ったのかもしれない。
「勇者様、一つお尋ねしたいのですが、お幾つになりますか?」
「ん? ああ。孤児だったので良く覚えてないし誕生日も適当だけど、恐らく今十三歳くらいだと思う」
少年は泣き顔を誤魔化しながら、そう答えた。
小娘である私が言うのもなんだが、思ったよりも若い。
「あの、単純な疑問なのですが、二つくらい上の女の子の事をどう思いますか?」
私にしては珍しく遠まわしな質である。
断られたら気まずいし、何より相手の年齢が低すぎるから急いだらダメだろうと良心が言っていた。
それでも、尋ねたくなるのが乙女心というものだった。
そんな私の質問に、少年は後ろを向いて弱弱しい声で答えた。
「……一緒に墓の前に来てくれるなら」
それは、贖罪の旅を終えるという少年にとって最後の、最も大切な場所である。
「……ん? 勇者様、それってどういう意味です? 別にどこにでも私はついて行きますが――」
が、私はその発言の意図が読めずそう尋ね返した。
少年は真っ赤な顔で荷物を私に投げつけ、寝袋に入った。
良くわからないけど、目的の場所までは一緒に旅してくれるらしい。
私は微笑みながら、別の寝袋に身を包んだ。
「おやすみなさい勇者様……」
「……うん。おやすみ」
少年はとてもやさしい声でそう答えてくれた。
短いですがこれにて終わりとなります。
最後までお付き合いください、本当にありがとうございました。