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第六話 紛い物の勇者


 相対する少年と魔王を見て、私は信じられない思いでいっぱいだった。

 少年と魔王を比べると力量は当然として、それ以外のあらゆる意味で少年は見劣りしていた。

 両手で剣を持ち、剣を振り下ろしているほぼ無傷の魔王。

 それに対し少年は右手のみで剣を持ち、受け止めるだけで精一杯の傷だらけの少年。

 勝ち目などあるわけがなかった。

「君! 早く逃げて」

 私はそう叫び、心を奮い立たせ立ち上がろうとする……が、何も出来なかった。

 手が震え、腰を抜かし立つ事すら出来ない。

 本当に情けない……。

 そんな私より遥かに力量の劣る少年は、私を護る為に魔王に立ち向かい、命を賭けていた。


「ふむ……ほぅ」

 魔王は何やら感心したような声を出した後、剣を構え直し再度両手で振り下ろした。


 ギャイン!


 鈍い音が響くと同時に少年は口から血を吐き出す。

 魔王の一撃は、少年が耐えきれる威力ではなかった。

 それでも、、少年は倒れないどころか一歩も引かなかった。

 勝ち目など微塵も見えない状況、圧倒的な力量差を見せつけられても、少年は魔王を見据えていた。


「くっ。ふ……ふふ。くはははははは! そうだ。そうでないと意味がない! ああ! そなたの事を教えて欲しい。その信念を、その中身を教えてくれ!」

 魔王は高笑いをあげながら少年を見ながら、嬉しそうに尋ねた。

「俺は勇者だ――」

 少年はそれだけ言い、右手に持った剣を構え直した。


「――そうか。そうであろうとするのか。であるならば認めよう。他の誰が認めなくとも、どこの誰に貶されようとも、貴様は勇者であると、この魔王が認めよう! 他に言うべき事はないのか! さあ名乗れ! そしてここまで行きついたその信念を我に教えてくれ!」

 やたらと機嫌の良さそうな魔王に反し、少年は笑いもせず魔王をただ見ていた。

「何も。俺には何もない。信念も誇りも何一つ持っていない。俺は勇者で、魔王を倒す。他に何も望んでいない」

「であるか。ふむ……世界がどうでも良いだけでなく我すらどうでも良いという事か。少々妬けてくる。一体誰にそこまで思い入れているのか知らんがな」

 その言葉に少年はピクリと反応したが、それ以上反応は示さず魔王に一歩ずつ足を進めた」


「おい。早く下がれ」

 少年は私に対してそう呟いた後、魔王の方に走り剣を振りかざした。


「そうか。勇者殿は剣での語らいを望むか。ではその申し出を受けよう。簡単に折れてくれるなよ?」

 魔王は嬉しそうにそう呟いた後、剣を思いっきり振りぬいた。

 それは私と戦った時より数倍も鋭い斬撃だった。


 少年は斬撃を剣で受け流しつつ、左手で魔王をぶん殴った。

 魔王はその拳が見えているはずなのに、受けようとも避けようともせず楽しそうに見ていた。

 拳が魔王の顔面にめり込み、それでも止まらず少年は拳を振りぬいた。


 そのままよろめいた魔王に少年は剣を振り、魔王は少年の斬撃を剣で払いのけ隙間を縫うように少年を蹴り飛ばした。

「ああ。良いじゃないか。それでこそ人だ。それでこそ勇者だ!」

 そう叫びながら、魔王は蹴り飛ばした少年に襲い掛かった。


 一進一退の攻防。

 双方体の傷を増やしながら致命傷だけは回避し踊るように戦いあっていた。

 少年は私よりも遥かに弱い。

 それなのに、魔王と対等に戦えているのだ。


 これこそが、魔王の言う気迫や意思というもの――私に足りない物なのだろう。

 言われてみれば、私は納得出来てしまった。

 魔王や少年は譲れない何か大切な物を抱えている。

 戦いを見て私はそうだと理解出来た。

 一方私には、何もない……そう、何一つ私は持っていなかったのだ。


 平和と口で言っているだけでそこに対する深い思いも戦う覚悟も、戦い意味もなかった。

 立ち上がる事も出来ずにこの場でへたりこんでいる事こそが、何よりもその証明になっていた。




 繰り返される斬撃同士がぶつかり合う金属音が響き渡り、魔王の顔に微笑が浮かび少年の顔に焦りが生まれる。

 確かに少年は圧倒的な格上である魔王と対等に戦う事が出来ていた。

 それでも、実力差という残酷な現実は消えたわけではなかった。

 その拮抗は、徐々に崩れ始めた――。


 せめて武器だけでもまともならまだ何とかなったかもしれないが、少年の持っている武器はなまくらとしか呼べない鉄塊だった。


 疲労が蓄積し、目に見えて動きが鈍くなる少年。

 それでも、魔王は一切の手加減をせず少年に剣を振り続ける。


 ブチン!

 魔王の斬撃を少年は受け流しきれず、剣に伝わり右腕に痛みにも似たダメージが響く。

 それと同時に右手に巻かれていた包帯が切れ、少年が隠していた右腕が露出した。


 少年の右腕を見て、私は目を背けた。

 その右腕は紫色に変色し、まるで別の生き物のように大きく脈動を繰り返している。

 とても人間の腕とは思えないそんな状態を見て、魔王は小さく呟いた。

「神剣――いや、聖剣の後遺症か……」

 そう、少年の持っている剣は正真正銘本物の聖剣だった。

 あり得ないはずの二振り目の聖剣。

 ただし聖剣は勇者にしか使えず、それ以外の人が持ったらそれだけで激痛に苛まれる。

 それは、少年は今まで激痛を抱えながらで戦い続けていたという事に他ならない。


「今からでも遅くはない。普通の剣を持たぬか?」

 魔王の言葉に少年は小さく呟いた。

「勇者が持つ剣で、聖剣以上に相応しい剣は存在しない」

「――そうであったな。無粋な真似をした。許せ」

 魔王はそう答えた後、剣を思いっきり横に薙ぎ払った。

 少年は剣を盾にして防ぐも、その衝撃に耐えきれず大きく後方に吹き飛ばされる。

 すでに、少年には踏ん張って戦うほどの体力は残されていなかった。


 そんな状態になっても、少年は必死に魔王に挑み続けた。

 ふっ飛ばされ、傷を増やし、疲れ果て動きが鈍くなっても少年は最初の時と変わらず魔王だけを見続け、戦い続けていた。

 そんな少年に魔王は心の底から嬉しそうにしていた。


 もう魔王は私の事など眼中にない。

 少年の事しか見えいないと自信を持って言い切れる。

 今なら私でも不意打ちくらいは出来るだろう……だけど、私はそんな事するつもりがなかった。


 目の前の戦いが、少年と魔王の戦いなら、私は勇者として不意打ちでも何でもしていただろう。

 多少の罪を背負ってでも、世界を平和にする義務があるからだ。

 だが、違うのだ。


 目の前の戦いは、勇者と魔王の戦いそのものだった。

 紛い物の勇者は少年ではなく……私の方だ。

 神様に認められ、人々に褒められ、その気になっただけの町娘、それこそが私。

 本物の勇者とは、その行いのみで勇者だと認められなければならない。

 そう――目の前の少年のように。


 私は握りこぶしを作り、勇気を振り絞って叫んだ。

「勇者様! がんばって!」

 勇者を応援する町娘。

 それこそが、いやそれだけが今の私の役割だと思えた。




 世の中には不思議な事がある。

 誰かを助ける為に起きる奇跡、本当に稀ではあるが、そう言った奇跡は確かに存在する。

 もしそうなのだとしたら、蔑まれながらも勇者として生き、今魔王と対峙している少年はそんな奇跡を受けても良いのではないだろうか。


 それが、神の認めていない勇者なのだから、神による奇跡の代わりに、誰かの起こす奇跡が起きても不思議ではない――いや、奇跡は当然起きていいはずだ。


 突然、少年の変色し痛覚以外全ての感覚がなくなった腕は綺麗な元の腕に戻り、同時に聖剣が輝きだす。

 更に、少年の振る剣の速度が急に跳ね上がり驚く間もなく魔王が吹き飛ばされた。


「ぬっ!」

 受け切る事が出来ず後ろに飛びながら、魔王は小さく微笑んだ。

「神か、そこの者か知らぬか、なかなか気の利いた事をする。そうだ。それこそが勇者なのだ。聖剣に拘り勇者に拘り諦めなかったが故に、意思を貫きとおしたが故に、今があるのだ!」

 魔王が絶叫し少年を褒めたたえた。


 少年は聖剣を見ながら茫然としていた。

 羽のように軽くなった剣を見て驚きを隠せない様子である。


 私は自分の聖剣を鞘に入れ、少年に投げた。

「勇者様。使ってください!」

 少年は驚きながらも左手で私の剣を掴み、鞘から抜いた。


 聖剣二刀流。

 歴代、どの時代の勇者であっても二振りの聖剣を所持した者は一人もいなかっただろう。

 そんな奇跡が目の前に繰り広げられていた。


「なるほど。最後を締めるに相応しいな……。さあ、闘争の果てを我に見せてくれ!」

 魔王はそう言葉にして、大剣を輝かせ、全力で少年の脳天にまっすぐ振り下ろした。

 少年は私が渡した左の聖剣で軽々と魔王の大剣を切り落とし――右手の聖剣(父の残した剣)で魔王に振りぬいた。


 肉が切れるような音と同時に魔王はよろめく。

 そのままふらふらとした足取りで後ろに足を進め、そのまま玉座に座った。


「ああ。良き語らいだった――」

 そう呟いた後、魔王は玉座の上で消滅した。




 正直に言えば、私はその瞬間を見惚れていた。

 二振りの聖剣を持つ、誇り高き真の勇者が目の前にいるのだ。

 見惚れてしまうし、尊敬してしまう。

 それくらいしょうがないだろう。

 そんなぽーっとした様子の私に、少年はそっと話しかけた。

「すまないが頼みがある」

「は、はひ! なんでしょうか!」

 驚いて慌てる私とは対照的に、少年は申し訳なさそうに呟いた。


「お前、いや貴方が勇者という事は知っている。だけど、今回魔王を倒したのは勇者ロードゼクスという事にしてもらえないか」

 その言葉と、もう一振りの聖剣で、私は少年の事情を(うっす)らとだが察する事が出来た。

「いえ、私は何も出来ませんでした。ですが、貴方では駄目なんですか? ロードゼクス様の残した貴方が魔王を倒した、の方が話としても――」

「ダメだ。僕はそんな物受け取ったらダメなんだ。そんな事をしたら、僕は何も返せなくなってしまう……。僕は何ももらったらだめなんだ」

 私には何もわからない。

 だけど、少年の重く切ない表情から、それこそが少年の芯の部分だと予想出来た。

「――わかりました。勇者ロードゼクス様が現れ魔王を倒したと、勇者ミラーが伝えましょう」

 私は嘘が苦手だけど、それくらいはがんばってみよう。

 少年が私の言葉に笑みを浮かべた時、私はそう心に決めた。


ありがとうございました。


次で終わります。

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