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第四話 魔王と勇者

 

 幾つもの町、村を通り人助け、魔物退治の旅を続けてきた。

 その期間、およそ半年。

 長い度の中で、私はあの少年と何度も鉢合わせになった。

 少年はそのたびに私の方に変わらない恨みのような感情を向けてきた。


 私は何故少年に嫌われているのか理解出来ない。

 わかるのは、魔王の城を目指す私と何度も鉢合わせをしているという事くらいだ。


 そう、少年は勇者である私と同じように、行く先々で人々を苦しめる魔物を退治していた。

 違うのは、少年が戦っている事を知っている者は誰もおらず、誰からも感謝をされずあざ笑われている事くらいだ。

 少年も戦ってくれた事を村や町の人に話した事もあった。

 だけど、誰も信じてくれず結局少年は馬鹿にされてたままだった。


 右腕を包帯で巻き、顔をターバンのようなもので隠した少年は、人々にあざ笑われ続けても人を護る為に戦い抜いていた。

 だからこそ、私は解せなかった。

【どうして勇者に拘っているのだろうか】

 少年の技量は尋常ではない。

 それこそ、人類最強に足を踏み入れているのではないかと思うくらいだ。

 ただ、勇者である私は例外となるが――。


 勇者となった瞬間から、私は二つの力を手に入れた。

 一つは聖剣を扱う力。

 この剣は文字通りの聖なる剣で、世界最強の剣である。

 もう一つは、肉体の成長率だ。

 元々戦い才能に優れていた私だが、勇者になってから更に磨きがかかった。

 今の私は常人の百倍程の速度で成長していると言っても過言ではない。


 そんな私が魔物を退治しながら進む旅の速度に、少年は食らいついている。

 それは本当に驚異的な事であり、それだけの力があれば十分に英雄になれるだろう。

 何より、マトモな武器を持てば少年は化ける。

 今使っているなまくらを捨て、きちんとした剣を持てば、それだけで今の十倍は強くなるだろう。

 もしかしたら、勇者である私に並ぶか追いつくかもしれない。

 そう思う程度には、私は少年の事を認めていた。


 少年の持つ聖剣に似た剣が何なのか私にはわからない。

 ただ、一つだけわかっている事は、あの剣が恐ろしいほどのなまくらであるという事だ。

 同じ重さなら、鉄の棒を振り回した方がまだ有効だと思えるほどには酷い剣と言えた。


 少年が魔物を切り裂いているのは、己の技術と剣気のみである。

 あのなまくらでそんな事が出来るのなら、木刀ですら同じ事が出来るだろう。


 少年とはこの半年で何度もすれ違い、私は何度も話しかけたが、何も答えてくれなかった。

 だから、少年の事は会うたびに、わからない事ばかりが重なっていった。




 しかし、ここ数日はその少年に出会えていない。

 理由はわかりきっている。

 私の速度に少年が追い付けなくなってきたからだ。


 魔王城が近くなるにつれ、魔物の強さも凶悪度も高まってくる。

 最近では空を飛ぶ魔物はもはや当たり前、目を合わせるだけで石化させてくる魔物など危険な魔物が蔓延っていた。

 私は勇者だから石化や毒などには一切かからないし、成長速度が早いからか大した苦戦もせずに進めている。

 だが、少年はそうではない。

 むしろなまくらの剣で今まで私に追いつけていた事が凄いと言っても良いくらいだ。

 だけど、これからはそうはいかないだろう――。




「――ああ。やっぱりちょっとだけ、寂しいな」


 少年に会えないとわかると、何故か私はそう思ってしまった。

 ずっと睨まれ、嫌われても、私はあのひた向きに人の為に戦う少年が嫌いではなかった。


 おそらく、一週間ほど待てば少年とは会えるだろう。

 少年の足が遅くなる事はあっても、諦めて立ち止まる事はないと私は信じている。


 それがわかっていても、私は足を止めるわけにはいかなかった。

 今の私は自由な村娘ではない。

 私は勇者なのだから……。




 それから更に、三か月ほど独りの旅を続けた。

 どの町、村からも歓迎されたし丁寧にもてなしてくれた。

 だけど私は独りだった。

 少年のおかげで気が付いた事がある。


 どこに行っても皆、私ではなく【勇者】を見ているのだ。

 少年の事を私が嫌いになれず、むしろ嫌われていても好意的に思えていた理由に気が付いた。


 少年は勇者を憎んでいた。

 だからこそ、勇者ではない私も少年は見てくれていたのだ。

 それが恨みのような感情だったとしても、私に感情を向けてくれていた事に変わりはなかった。


 それでも、私は皆を護る為の義務があった。

 それが勇者としての私の使命だからだ。




 独り旅の足は重く、この三か月は闇夜に光なく進むような不安な気持ちの旅路だった。

 それでも、どれだけ寂しくて辛くても、私は足を進み続けた。

 例え遅く、重たい足取りだったしても進む事に確かに意味はあった。

 ついに私は目的の場所に到着したからだ。


 魔物以外何も存在しない……絶望的なまでに生き物の住めない環境になってしまった死の荒野。

 その中に存在する不釣り合いな石造りの巨大な城。

 この場所こそが、旅の終点である魔王の城だった。


 私が城に入った時に私が最初に感じた感想。

 それは『空虚』だった。

 ここには何もないし、誰もいない。

 魔物すら何故か中に存在してなく、気配はたった一人だけだ。

 私には、ここが国を治める城とはとても思えない。


 ここは棺桶なのだ。

 ただ独りで最後の時を待つ、それだけの場所のよう……そう私は感じた。


 カツン、カツン。


 自分の足音だけが響き渡る。孤独しか感じない静寂を壊す自分の足音。

 それでもまだ、この世界は孤独に溢れていた。

 私の向かう場所はただ一つ、この城の主の元だ。

 私が孤独を感じているからだろうか。

 少しだけ、寂しい城の主である魔王に興味を抱いた。




 部屋にある玉座はただ一つ。

 そこで足を組み気だるそうに、そして退屈そうに青年は座っていた。

 黒い髪に黒い瞳。黒い装飾をした衣装を身に纏った青年。

 見た目だけなら二十代だろう。

 だが、その風格や威圧感は青年期のソレではない。

 魔王はこれまで一度も倒されておらず、代替わりなどもなかった。

 そうであるなら、目の前にいる男は最低でも数千年は生きている事になるだろう。


「あなたが魔王?」

 私の質問に、魔王はまゆをぴくっと動かし、ゆっくりと顔をこちらに向けた。


「ああ。そうだとも。待ちくたびれたぞ勇者よ」

 魔王は気だるげな表情の中に一瞬だけ、歓喜の表情を浮かべた。


「私は平和を求めています。ですが、あなた方を滅ぼしたいわけではありません。魔物を人里に入れないようにして、土地をうまくわけて共にこの世界で暮らす事は出来ないでしょうか?」

 私はそんな事を口に出した。

 ずっと考えていた事だった。

 もしかしたら、戦わずに平和に出来るかもしれない。

 滅ぼすだけが勇者の仕事ではないと、私は思いたかった。


 だが、魔王から帰ってきたの悲しそうな表情だった。

「そんなつれない事を言わないでくれた。我は魔王で、そなたは勇者。することは一つであろう。ついでに言っておこう。魔物は我の意図関係なく増え、勝手に行動する。我を滅ぼさない限り魔物は増え続け人を襲うぞ」

「――ごめんなさい。あなたを討ちます。許してなど言いません。恨んでください」

 存在が罪などと、生きる事が罪などと……認めたくなかった。

 だけど、私には他に方法が思いつかなかった……。


「構わない。そして滅ぼされる事に恨みなど持つわけがない。感謝をして逝こうとも。だからこそ、私に勇者の――神に認められた者の輝きを見せてくれ」


 そう言いながら魔王はゆっくりと立ち上がり、巨大な剣を掴み――構えた。

 私もそれに呼応し、輝かんばかりの聖剣を抜き、魔王に向ける。

「さあ来るが良い勇者よ。我の屍の上にしか、人類の平和はないぞ」

 魔王の言葉を皮切りにして、勇者と魔王の戦いが始まった――。




「せいっ!」

 私は渾身の力で剣を振りぬく。

 絶対に折れないとわかってる上に、重さを感じない聖剣だからこそ出来る雷鳴の如くなる一閃。

 それを魔王は大剣で受け止める……が、勢いを殺しきれず魔王は後ずさった。


「ふむ……」

 魔王が小さく呟くのを無視し、私は更に追撃を叩きこむ。

 踏み込みと腕の力を最大限に利用に放たれる、人の知覚出来る速度を超えた二連続の突き。

 同時にしか見えない突きを魔王は飛び退くように回避し、私に向かい斬りかかる。

 私はそれを避けず、そのまま剣を横に薙ぎ、打ち払った。


 これで分かった事がある。

 身体能力は私の方が高いという事だ。

 速度も威力も負けてない。

 それどころか、私の方が勝っているくらいだ。

 それは魔王もわかっているはずなのに……魔王に焦りは見えない。

 魔王の瞳は、私に対する侮蔑の表情だった。


「つまらん。なんだそれは」

 魔王は蔑むように呟いた。

「何が気に入らなかったの?」

「全てだ! ああ認めよう。実力は高い。歴代最高に匹敵するかもしれんな。若い身なのに良くそれだけ練り上げた。だが、それだけだ。貴様にはソレしかない!」

 強がりや悔し紛れではなく、心底魔王は私を軽蔑し、同情していた。

「何が――何が私に足りないって言うの?」

「――全てだ! 一身に賭けた気迫も、情熱も信念も、勝ち抜くという意思も! 貴様には何一つないではないか!」

「私には、世界を平和にする義務があるっ!」

 私は吠え、魔王に斬りかかった。

 多少の焦りこそあったものの、その一撃は今までと比べても劣らない、最高の斬撃だった。

 だが、魔王はそれを剣で払いのけ、そのまま私を蹴り飛ばした。

「がっ!」

 私の口から血がこぼれ、そのまま壁に打ち付けられる。


「我は自己犠牲を否定しない。己の生涯をを捨て世界の礎になる者も、逆に己の為に魔王を殺そうとする者も、共に評価しよう。だが、貴様のような脆弱な意思で……半端な者は評価に値せん。どっちにも振り切れず、中途半端に悩んだままで魔王に勝てると思っていたのか?」

 そんな魔王の言葉に――私は何も言い返せなかった。


 それから信じられない事に、私は防戦一方となった。

 私の方が実力は上だし、魔王も何か凄い力を使ったわけでもない。

 それなのに、私は魔王の攻撃を凌ぐだけで精一杯だった。


 ――実力は負けていない!むしろ私の方が上なのに……。

 私は歯噛みしつつ、魔王の猛攻を耐える。


 実力差を覆すほどの何かがあるのだと、私は知った。

 この結果は、魔王が凄いのではない。

 私が空虚なのだ。

 何となく、それがわかってしまった私には……もう魔王に勝つ手段はなかった。


 恐ろしいほどに重たい魔王の斬撃を私は受け切れずにいた。

 打ち合う度に私は揺さぶらせ、十、二十と数を重ねるごとに耐える事すら難しくなってくる。

 そして三十を超えた辺りで私の足は踏ん張り切る事が出来ず、飛ばされそのまま尻もちを付いた。

「巻き込んですまんな。もう終わらせよう。恨んでくれても構わん」

 倒れ込んだ私を見つめる魔王の瞳は同情を宿していた。


 ――ああ。この人から見る私は、勇者ですらないのか。

 そう気づいた時、私は自嘲気味な笑顔を浮かべた。

「何か言い残す事はないか?」

 魔王の言葉に対し、私はたった一つ……正直な気持ちを伝えた。

「まだ、死にたくないな」

 自然と涙がこぼれた。

 情けない、勇者らしくない。

 だけど、私の心からの言葉だった。


「そうか……すまんな」

 そう呟き、魔王は剣を振り上げる――。

 私は怖くなり、下を向いて目を閉じた。


 ガギン!


 だが、そんな魔王の剣は私を襲う事なく、激しい金属音を立てただけだった。

 私は何が起きたのか知る為、恐る恐る目を開く……。


 そこにいたのは少年だった。

 勇者と自称していた少年が歯を食いしばり、私に振り下ろされようとしていた剣を精一杯の力で受け止めていた。


ありがとうございました。


最初の予定よりも一話伸び、あと二話で完結します。(せんでした。あと三話で完結になります)


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