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第三話 偽者勇者



「オーガ……ですか?」

 私の問いに、二つ目の町の町長が頷いた。

「そうです。この辺りはそれほど強いモンスターはいなかったはずなのに、突然オーガが、それも群れで現れまして……」


 確かに私の生まれた村からこの辺りまで、まだまだ魔王城から遠い。

 その為か、強かったり大きかったりする魔物は今までほとんど出現していなかった。

 現に私もオーガを見たのは一年ほど前に一度きり、それも一体だけの時だ。

 その時は、大人が十人がかりくらいで弓での引き撃ちを続けた倒したような記憶がある。


 それと、魔物の呼び方だが実は複数存在する。

 魔物、モンスター、魔王のしもべ、邪悪なる獣、人の敵、忌むべき者。

 長い歴史があるからか恨みが混じったからか、色々な呼び名が残っていた。

 この町では魔物をモンスターと呼ぶらしい。


「わかりました。私が退治します。その代わり……一つお願いをしてもよろしいでしょうか?」

「はい……我々の町が出来る事でしたら」

 町長は苦渋の決断をするような表情で頷いた。


「戻ってきたら寝る場所とお風呂をお願いします。血が付いて帰ってくると思いますので」

 私がウィンクしながらそう言うと、村長の絶望したような表情が一気に逆転した。

「わかりました! 温泉……とまではいきませんが、大きな風呂を貸し切りにしていつでも入れるよう準備させていただきます」

「まあ! それはやる気が出ますね」

 割と本心である。

 大きなお風呂に一人で入るのは、やはり憧れがあった。

 これでも一応女の子だから……って言ったら笑われそうだから、私は言葉にしないでおいた。




 オーガ。

 身長は小さい個体でも三メートルを越える人型で、全身が赤かったり青かったり肌色だったり黄色だったりとカラーバリエーションの豊富な魔物である。

 頭に小さな角が二本生えており、道具を使う程度の知能を保有している。

 と言っても木の棒を持ちやすくしてこん棒にするくらいの知能で、意志疎通が取れるほどではない。

 相当な力持ちでこん棒の一撃は人が当たれば即死するだけでは済まず、二桁メートルは空の旅をすることになるだろう。


 そんな強敵が一度も最低でも十匹ほどはいるそうだ。

 確かに脅威で、少々怖い。

 勇者と言えども新米であり、しかも未熟者である。

 だけど、魔王退治の事を考えると逃げるわけにもいかないし、ちょっと危ないけど自分の実力で何とかなる範囲でもある。

 経験という意味でもちょうどいい相手とも言えた。




 言われた場所に向かっている途中、私を二匹のオーガと出会った。

 おそらくあの村に対する斥候の役割でも勤めていたのだろう。

 オーガは獣のような獰猛な咆哮をあげた後、私に向け邪悪な笑みを浮かべながら襲ってきた。


 振り下ろされるこん棒。

 それを私はステップで躱す。


 ドゴッ!

 ちょうど私がいた場所に振り下ろされたこん棒は地面を強く叩き、強烈な音を立てながら地面を揺らせる。

「うっへえ。当たったら痛そうだ」

 勇者じゃなければ当たったら即死だなぁ。

 そんな事を考えながら私は――聖剣を解き放った。


 眩い閃光のような一閃はオーガの大木のような胴をやすやすと切り裂いた。

 ほとんど血は流れず、真っ二つとなったオーガはそのまましゅぅぅと音を立て、酸に溶かされたように消滅した。

 事前に血に染まると言っていたが、ぶっちゃけ血に濡れる事はほとんどない。

 多少衣服に血が付着するだろうが、その程度である。


 聖剣は切った瞬間から魔物を浄化していく。

 命を奪えば血は飛び散らず肉すら残らずに消滅させていくほどだ。

 偶に消滅しない魔物の部位もあるが、そういう物は大体高価な物で消えられると困る物である。

 宝玉だったり逆鱗だったり、または剣だったりと貴重な物が該当する。


 あっという間に相方が倒され一体となったオーガは少し驚きつつも、さきほどまでと変わらず邪悪な笑みを浮かべて私に襲い掛かってきた。

 そう、武器を作る知恵は確かにあるのだが……。

 不利だったら引く、勝てない可能性があるなどと言った事を考える頭は彼らにはないのだ。

 彼らが考えている事は、人は殺すか食べるかくらいである。


「ま、だからこそ私も良心が苦しまずに戦う事が出来るんだけどね」

 そう言いながら、私は斬り上げでオーガの腕を飛ばし、そのまま垂直に跳びオーガの首を切断した。


「はい二体終了。さて、さくさくっと進めていきましょう」

 そう言って私は剣を収め、足音を殺して静かに奥へと向かった。




 キンッ……ガシン!キンッ……。


 隠密行動する私の耳に、一定の速度での金属音と何かがぶつかる音が響いた。

 私はその正体を探る為、草むらから顔を出しちらっと覗いてみた。

 そこにいたのは一人の少年と、四体ほどのオーガだった。


 助けに行こうと一瞬思ったが、私はその足を止め様子を見てみた。

 理由は、予想外な事に少年は四体のオーガと互角の戦いをしていたからだ。

 ――おー。凄いなあの子。

 私は驚きつつも感心した。

 少年は右手だけで剣を振るい、左手で石を投げたり殴ったりと戦う不思議な戦い方をしていた。

 そんなセオリー無視の変わった戦法なのに、拮抗してはいる上に安定して立ち回れてる。

 ミスらない限りは倒せてしまいそうだ。


 

 少年の詳しい年齢はわからない。

 私と同じくらいな気もするが私よりも少し背が低いから年下かもしれない。

 そもそも、顔の下半分をターバンのような物で包み隠している為良くわからない。

 少年は巻かれるのが好きなのだろうか。

 少年の右手から右腕まで、全く露出しないほどしっかりと包帯が巻かれていた。

 剣の滑り止めにしては仰々しすぎる見た目である。


 そんな少年の事をじっと見つめ、私はある()からこの少年こそが最初の町で追い出された偽者勇者であると理解した。

 それは少年の持っている剣である。

 その剣は、私の持っている聖剣と非常によく似ていた。


 ただ、斬ると血飛沫は出るわ切れ味は悪いわでとてもではないが同じ物とは思えない。

 どうやら見た目を良く似せた代物らしい。

 それにしても、その剣は聖剣に良く似ていた。


 オーガの一体がこん棒ろ振りかざす。

 それを少年はうまく誘導し――もう一体のオーガを殴らせた。

 オーガの脳天にガツンとこん棒は直撃し、殴られたオーガは怒り狂ったように殴ったオーガに襲い掛かった。


 そして少年は、同士討ちを始め目を反らしたオーガの首を、二つ纏めて同時に飛ばした。

 見事な一閃で首が二つ宙を舞い、噴水のように血が噴き出し周囲に赤い雨を降らせる。


 残り二体……と思いきや、オーガの援軍が現れた。

 その援軍はオーガ八体。

 これで合計十体となった。

 ターバンに隠していてもわかるほど、少年は苦々しい顔をしていた。


 そんな様子を見て、私は草むらから姿を現し少年の背に立った。

「少年。助けに来たけど余計なお世話だったかな?」

 私が現れた事に少年は酷く驚いた後、私に背を向けてオーガの方に剣を構えた。

「ちっ」

 少年は舌打ちをして、私の存在を見なかった事にした。

「あら。嫌われてるのかな」

 と言っても、邪魔もの扱いしているわけでもないし、背中を任せたとも見れる様子に私は気にしない事にした。

 


 少年との共闘は思った以上にうまくいった。

 あの後、都合三度ほど援軍が来やがったが、特に苦戦する事なくその全てを返り討ちにし殲滅することに成功した。

 数体は少年が倒していたが、それ以外の大半は私が斬り伏せた。

 その差は実力というよりは、聖剣の差と言って良いだろう。

 最終的には合計三十八体という異常な数となった。

 これだけのオーガの大量発生は、今まで長い事勇者がいなかった事が一番の原因だろう。


 偽者勇者とは言え、私はこの少年に何か特別なものを感じた。

 というか、普通に強いのだこの少年。

 大の大人だと仮定しても強すぎるくらいだからもしかしたらけっこうな年齢なのかもしれない。

 そう思えるくらいには、少年は強かった。

 オーガ数十体と渡り合う剣士レベルは英雄譚になるほどと言っても過言ではない。


 ――うーん。気にある。

 なので私は話しかけてみる事にした。


「ねぇねぇそこの少年。君の名前を教えてよ」

 少年は剣を包帯で丁寧に拭きながらこちらの方を見て、一言だけ返した。

「勇者だ」

「――いやそうじゃなくて、あなたの名前を教えて欲しいの。あなたの名前はなんて言うの?」

「名前などない。ぼ――俺は勇者だ。ただそれだけでいい」

 そう言いながら少年はいつ変えたのか血まみれになり汚れた包帯を捨てた。

 顔はターバンで隠し、右腕は手の平まで全てを包帯で覆い、勇者の持つ聖剣のレプリカを持った少年。

 控えめに見て、十分個性的である。


 今度は好奇心という別の理由から少年の事が気になりだした。

「少年は私の事を知ってる?」

 私の質問に、少年は今まで似せた事のない表情を浮かべた。

 読み取れる表情は憎しみに近い。

 だけど、どうも少々違うようだ。

 恨みのようでもあるが、そうでもない。

 それは嫌悪の表情だった。


 正直良くわからない。

 そもそも――少年がそんなネガティブな気持ちををぶつけているのは私にではないようだ。

 私の方にある何かに恨みをぶつけているというのが一番近い表現だろう。


「ああ。知ってるよあんたの事。――あんたが悪いわけじゃない。だけどな、僕はあんたの存在を絶対に認めない」

 そう言って少年はどこかに走り去っていった。


「あー。普段は少年、僕って言ってるんだろうなぁ」

 そんなどうでも良い事を考えながら、私は去っていく少年が見えなくなるまで手を振り続けた。


ありがとうございました。

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