第二話 新米勇者ミラー
神光歴867年、全世界の者に勇者ロードゼクスが討たれた事を女神により神託で伝えられた。
何のかかわりもない子供を護る為に、勇者ロードゼクスは命を捨てた。
それは尊き行動ではあり、間違いでは決してない。
しかし、それは絶望の始まりではあった。
勇者亡き後、魔物の数は急増した。
滅んだ村も一つや二つではない。
絶望の日々が続いたからこそ、人々は新しい勇者を心より求めた。
神光歴875年、女神より全世界の者に信託が与えられた。
内容は、若き乙女ミラーを勇者に任命するというものだった。
それと同時に、空から一振りの剣がミラーの前に下りてきた。
羽のような白く繊細な印象を持ち、この世の物とは思えないほどの美しさを兼ね備えた剣。
神より直接賜与される勇者の証――文字通りの聖剣である。
私の目の前に並べられたるは、見渡すばかりの食事の山。
町中のテーブルが広場に集められ、見渡すばかりに肉や魚、野菜やパンが所せましと並べられている。
そんな中で主賓席に座り皆から注目されている私は涎を堪えるのに一苦労だ。
夜にもかかわらず町民のほとんどがこの場に集まり、全員が私を見て嬉しそうにしていた。
自慢ではないが、私の村は貧乏である。
生きていけるだけで文句を言ってはいけないし、量だけは満足いくまで食べられた。
ただ……食事の質は非常に質素だった。
そんな生活をしていた私の目の前にあるのは、巨大な肉! 海や池が遠い中での焼き魚! 良くわからない揚げ物!
正直我慢するのが辛い。
だけど、ある程度我慢してキリッとした表情を浮かべ続ける私。
なぜなら私は勇者だからだ。
涎を垂らした上に食事にがっついた事が原因で、勇者の資格を剥奪されました。
なんて事になれば、末代まででも足りない程の恥である。
「よろしいのでしょうか? この様な苦しい時代に、これだけの食事を用意して頂いたの事はとても嬉しいですが、皆様の負担になっていないでしょうか?」
無理やり笑顔を取り繕いそう言葉にする私を見て、この町の町長はにっこりと微笑んだ。
「期限の近い物を纏めて放出しただけですので町としてはそれほど大きな負担ではないですよ。住民皆で協力して用意したので一人の負担も多くないです。それにこんな時代です。たまには私達も羽目を外したいというもんですとも。あと――町を救ってくれたんです。これくらいはさせてください」
そう言った後、町長は傍により、優しい笑みを浮かべながら私にこっそりと話しかけてきた。
「あっちの村から来たならあまり食べ慣れないでしょう。美味しいですよ。ふふふふふ」
「あうー。そりゃ美味しそうだけど、何だが悪い気ががが……」
「良いんですよ。はしゃぐ理由が欲しかったというのもあるので、主賓であるあなたがしっかり食べてくれないと、我々も食べれないじゃないですか」
そんな町長のありがたい言葉の誘惑に負け、私は両手を合わせて合掌をした。
時は町に到着する前までさかのぼる。
「あー。そろそろ寝床どうしようか決めないとにゃー。最悪野宿かにゃー」
そんな事を一人呟いている時、私は壊れた馬車を見つけた。
道の真ん中で、しかも中から赤い液体がぽたぽたと滴り落ちている。
と言ってもその赤い液体は血ではない。
おそらくワインかジュースだろう。
問題なのは、滴っているという事実だ、
まだ時間があまり経っていないという証左である。
私は慌てて馬車の方に駆け寄り中を見た。
中には誰もいなかった。
ただ、食料なんかは全てそのままになっている。
つまり、中にいた人は食料を放置して逃げないといけない理由があったという事だ。
野生動物に襲われた場合、人よりも食料を優先する。
だが食料が手つかずという事は……。
「まだ間に合うかも!」
私は、周囲に襲われている人がいないか探し始めた。
「誰かいませんか! 無事なら返事をしてください!」
そんな事を叫びながら走り続けていると、慌てたような返事が聞こえた。
「助けてくれ! 子供が襲われているんだ!」
その声の方に私は駆け寄った。
そこで見たのは、子供を三、四人抱えている巨大な百足の化け物だった。
「大丈夫! 後は任せて!」
おそらく私を呼んだであろう怪我をしている男性にそう答え、私は剣に手を掛けた。
そのまま十メートルほどジャンプし、ムカデの顔付近に移動し――剣を抜く。
金属の鞘を震わせ、美しい音を奏でる聖剣。
その煌めく一閃は、ムカデの頭を綺麗に切断した。
ごろんと巨大な頭が転がり落ちるのと同時に、ムカデは足をばたつかせ子供たちを手放した。
「よっほっ。っとっと」
私は落ちて来る子供を飛び跳ねながら拾い集め、男性の傍に運んだ。
「はい。大丈夫だった?」
私がそう子供達に尋ねると、子供たちの様子は一気に変わった。
襲われた恐怖からかさっきまで今にも泣き出しそうな表情だったのに、今は目を輝かせて私の方を見ている。
「お姉ちゃん凄い! まるで勇者みたい!」
小さな女の子がそう言うと、私はうっかり笑ってしまった。
「ふふっ。みたいじゃなくて、勇者なの」
そう言って私は冗談っぽく、子供たちに聖剣を見せた。
それがきっかけとなり、町に招待されて歓迎の限りを尽くしてもらう事となった。
私にとってこの宴の時間は、人生で最も幸福な時間となった。
絶品舌鼓大放出の美味しい料理の数々を、好きなように好きなだけ食べられる時間。
でも、それ以上に私が嬉しかったのは、ここの町民が私を受け入れてくれた事だった。
子供達は私を慕い尊敬してくれるし、男の人達は私を娘のように可愛がり、女の人は私とたわいない話をしてくれ、老人の方々は何故か見合い話を大量に持って来た。
勇者になった後もなる前も、これだけ多くの人に可愛がられた記憶は私にはなかった。
彼らは媚を売っているわけではない。
純粋に勇者であり、恩人である私を持て成してくれているのだ。
別に感謝をされたくて勇者をしているわけではない。
そうであっても、現金な事ではあるのだが感謝される事が私はとても嬉しかった。
まるで私の事を肯定してくれているようで――。
「あー。美味しかった。この満腹の気持ちのまま寝たいけど、そうはいかないよね」
宴が終わり私は用意してもらった部屋に戻ると小さく溜息を吐き、荷物の確認を始める事にした。
要するに足りない物資の確認や装備の点検である。
保存食やカンテラ、ナイフから防具と動作確認も含めて点検を済ませ、最後に私は白い鞘を手に取った。
聖剣の手入れはとても簡単……と言うよりは何もしなくて良い。
勇者の剣で神からの贈り物というだけあって、その効果は絶大である。
情けない話だが、強力なだけでなく効果が多すぎて私でも把握しきれていないくらいである。
聖剣の効果は大きくわけて三種類。
剣としての攻撃性能。
鞘を含めた防御性能。
そしてそれ以外の特殊な効果である。
攻撃関連はシンプルに剣の性能強化である。
この剣は羽のような見た目通り、非常に軽い。
木の棒よりも軽い事とは裏腹に、あらゆるものを切り刻めるほどの切れ味を持っている。
その上刃には一切汚れが付かず、また刃毀れも絶対起きない。
防御関連は剣と鞘両方に効果がある。
まず、鞘は持っているだけで毒や麻痺などの効果を一切遮断してくれる。
完全な状態異常耐性だ。
更に抜剣時は小さな傷くらいなら一瞬で治してくれるほどの回復効果も加わる。
最後の特殊効果は、種類が多すぎて一番ややこしい。
例えば、勇者以外が聖剣を使えないという効果がある。
勇者以外は聖剣を持てば、無駄に重たい上切断能力の低い文字通り鈍らの剣と化す。
しかも、持っている間ずっと激痛に苛まれ続けるという最悪の効果付きで。
ただ痛いだけでなく、体が聖剣に汚染されていき、最終的には死に至る。
相当質の悪い盗難防止を内蔵していた。
他にも、魔物特攻や殺した魔物の死体が消滅する。
聖剣の所有者が長時間いない場合は聖剣は神に返される。
移動速度強化、疲労軽減などと上げだしたらキリがないほど、複数の能力を聖剣は持っていた。
これがなければ魔王退治など挑戦する気さえ起きなかっただろう。
だからこそ、メンテいらずとわかっていても寝る前は必ず聖剣の様子を確認して、布で綺麗にすることに私は決めていた。
単純に、剣にありがとうって言いたい意図もある。
どうやって感謝を伝えたら良いか私にはわからない。
それなら綺麗にしたら喜ぶかなーって思い、私は寝る前に毎日キュッキュと剣と鞘を磨く事に決めていた。
「ふふーん。ふふー」
聖剣自体とても美しいからか、磨いていると少しだけ楽しくなってくる。
こんな姿、誰かに見られたら死ねるな。
そんな事を私は考えながら、磨き終わった剣と鞘を仕舞いベッドに入って明日に備えた。
勇者たる者、いついかなる時も油断せずにいるべし!
新米勇者とは言え、私は勇者なのだからそういった自覚を持たないと……なんて事を考えていた。
だけど現実の私はそこまで高尚な人間ではない。
勇者になった二日目の朝、私は普通に……寝過ごした。
「……あちゃー」
私は一人でベッドから体を起こし、すっかり高くあがった日を感じながらそう呟く事しか出来なかった。
これはアレである。
昨日の食事が美味しすぎたのがいけなかったのだ。
なんて現実逃避しつつ、私は頑張って体を動かし出発の準備に取り掛かる事にした。
寝坊したとは言え、せめて昼前にはこの町を出ておきたかった。
着替えた私が最初に向かった場所は町長の家である。
何はともあれ、出発することと、何より昨日のお礼を言わねばならない。
勇者だから持て成されるのは当たり前。
そんな風に思ってしまえば、私はダメになる。
だからこそ、してもらった事には必ず礼を返そうと心に決めていた。
「お、勇者様じゃないか。そろそろ出発かい? 何ならもう一泊していかないかね? そして今晩も一緒に騒ごうぜ!」
昨日見かけた男の人が私に話しかけてきた。
何とも魅力的なお誘いである……が、ここはぐっと我慢をしなければならない。
「ありがとうございます。何もなければこのまま出発して次の町を目指そうと思っています。あんまりゆっくりしていい旅ではございませんで」
「そうかい……。無理しないでがんばっておくれ。あんたが無理しても喜ばない人間がここに一人はいるって事、覚えといてくれ……」
どうして……どうしてこの町の人はこんなに親切なんだろうか。
嬉しすぎて、もっとがんばりたくなってしまう。
私は笑みを浮かべながら深く頭を下げた。
「ありがとうございます。私、この町に来た事忘れません」
私がそう言うと、男の人は少し寂しそうに微笑み、私に手を振ってくれた。
町長宅についた私はノックをして、ドアノブを回した。
「おはようござ……おそようございまーす。町長いますかー?」
「はは。どんな挨拶だいそれは。おはようございます勇者様」
そう言って町長は笑いながら出てきた。
「はは。村では寝坊したら良くそう言われてからかわれたものでして」
「なるほど。まあおはようと言うには、少しばかり朝にしては日が昇っているね。それで、どうかしたのかな?」
「はい。昨日のお礼と出発の報告を――。それと、非常食等冒険の準備が出来るお店の場所を教えていただけたら」
私の言葉に町長は目をくわっと開けた。
「なんと! 勇者様ともあろうものが、この村で買い物をしようてのかい! そんな事俺が町長の間は許さないよ!」
そう言いながら、町長は私を引っ張りどこかにつれて行きだした。
『勇者様が旅の準備をご所望だよ! あんたら何か出しな!』
商店街の前で町長がそう叫ぶと、良し来たの掛け声と同時に、人がわっちゃわっちゃと移動し、私の目の前で道具類の山が築かれた。
それを尊重が厳選してリュック二つ分に纏めて私に手渡す。
「あいよ。あんまり多くても困るでしょ。俺のへそくりも入れといたから、金に困ったら使ってくれ」
「あ、ありがとうございます」
この時の私の感想は、感謝というよりは戸惑いだった。
食事会はまだわかる。
だが、本来金のいる物をタダで、しかも喜んで渡すという理由が、私にはいまいちわからなかった。
そんな私の心境を不安そうな表情で読んだのか、町長は私に微笑みかけてきた。
「勇者様。一番の宝って何だと思いますか?」
私は少しだけ考えた。
富、名声、力。
または伝説の武具や宝石。
色々思い浮かんだが、やはり勇者の答えは一つである。
「平和です」
そう――魔物に襲われない平和な世界。
それこそが私の望みだった。
「なるほど。さすがは勇者だ。ですが、俺の答えは少々違いましてねぇ」
「では、町長さんの答えを教えていただけますか」
その言葉に、町長と後ろの村人は全員が満足そうに頷いた。
「俺らにとって宝とは子供を指すんだ。子供こそ未来そのものだからね」
その答えに、私は自然と頬がにやけるのを感じた。
「……素敵な宝物ですね」
「ああ。自慢の宝さ。だからね、その宝を護ってくれた勇者様に、俺ら町は感謝をして、礼を尽くさないとならないってわけなのさ!」
「――それなら断るもの失礼ですね。ありがたく、受け取らせていただきます」
私の答えに、町長とその他住民は満面の笑みを浮かべた。
その顔は、感謝を示す恩人に対するというよりは、娘を見るような優しい眼差しに私は思えた。
町長と日常のくだらない話をしつつ村の出入口に向かっていた私は、出入り口付近から怒鳴り声が鳴り響くのを耳にした。
「すいません。ちょっと行ってみます」
私は町長に一言告げ、その声の方向に走った。
「去れ去れ! ここにはもう勇者様がいる! 貴様のような者など必要ない! ……ったく。誰か塩まけ塩」
村の門番がイライラした様子でそんな事を叫んでいた。
「こんにちは。どうかしましたか?」
私が話しかけると慌てたような申し訳なさそうな態度でペコペコと頭を下げだした。
「ああ勇者様。すいやせん騒がしくして」
「いえ、構いません。それよりどうかしましたか?」
「いやね。あのガキ……いやそんな子供じゃないかもしれんが……。まあ見知らぬ男がね、この村に入ろうとしたんですよ」
「ふむ。それでどうして追い返したのでしょうか?」
「あいつ『俺は勇者だ。何か困ってたら教えてくれ』なんて言うから……ああ腹が立つ」
――ああ。その手の類か……。
私はこっそりと小さく溜息を吐いた。
神託により、世界中が私を勇者だと知っている。
それでも、自称勇者という存在は割といたりする。
理由は大体三つ。
金銭目当てや勇者の特権目当ての詐欺師。
自分の実力は勇者より上だから自分も勇者だと言い切る自意識過剰。
そして――勇者が嫌いだったり認められなかったりする者。
大体がこの三つに分類させる。
そして当然だが、自称勇者はすぐ偽者だとばれる。
犯罪でこそないものの、自称勇者という存在はは人々から見下される対象となっていた。
だからこそ、勇者を名乗る者の多くはただの愚か者だったりする。
ただ……それでも神託があった次の日にというのは普通考えられない。
私はそれがとても気になった。
「……何か事情があるかもしれませんし、ちょっと行ってみます。どっちに行きました?」
そう言って私は町を出て、門番の人が差した方角に走った。
急いで追い掛けたものの、残念ながらその少年の姿を見る事は叶わなかった。
私は町に戻り、町の皆としっかりと別れの挨拶をした後その町を立ち去った。
見渡す限りの人が門の前に立ち、手を振って私との別れを惜しんでくれた。
とても嬉しいが、不安になる。
これが当たり前だと思ってしまったら、私はすぐにダメになるだろう。
自分を戒める為に頬を両手でぴしゃりと叩き、振り返る事なく道を沿って足を進めた。
ありがとうございました。