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第一話 プロローグ

初めてなので頑張ります!どうぞお手柔らかに…!(ガクブル)

皆さんは後悔したことはありますか?

例えばテストの予習をしなかった事。

例えば好きなアイドルの限定版のCDをうっかり買い逃した事。

例えば好きな相手に想いを伝えれなかった事。

例えばーーー妹が死んだ事。

俺はあの時のことを何千、何万回も後悔しているーーー


あれから、妹が死んでもう9年、あと数か月で10年になる。

妹は俺が原因で死んだ。…俺が殺したも当然だ。それが原因で親とは疎遠。

…一人暮らしを始めてから連絡はほぼ取っていない。…あの人は俺より妹の方が大切な人だったから。

そんな訳で俺の恋人は愛猫のミーちゃんと二人(一人と一匹)暮らし。気ままな独身貴族を貫いている。

彼女は居たことはある。だけど皆何故かすぐに同じ台詞を吐いて俺の元を去ってしまう。

「アナタは私の事よりも亡くなった妹さんの事の方が大事なのねーーー」

そんなことを云って、

妹が死んでもう9年、あと数か月で10年になる。

そんなある時、俺の前に後悔が現れた…。


俺の生活はこうだ。

朝起きて仕事に行ってミーが出迎えてくれて寝る、毎日これの繰り返し。

今日も朝はいつも通りミーが見送ってくれて仕事に行った。そしてーーー

「ただいまー」

俺はいつものようにミーが居る部屋に向かって声をかけた。

だが、返ってきた声はミーのものではなく…

「おかえりなさい!ーーーおにいちゃん」

それは聴き慣れた、何年も前に亡くした、妹の声だった。



ーーー、



俺は走る。

脱ぎかけの靴を蹴っ飛ばし、

何度も転げそうになるのを堪えて。

俺は思い出す。

彼女の母親譲りの金髪(ブロンド)を両脇に少量纏め、その髪を風に靡かせて、

俺に笑いかける空を映したかのような真っ青なその瞳を。

扉を開けた先にあったのはーーー、

見知らぬゴシックロリータのドレスを身に纏い、ツーサイドアップに纏められた焔の髪を揺らめかせ爬虫類のような黄金の瞳を携えた、でも顔だけは間違いなく妹の顔をした少女が宙に浮いていた。




「真莉愛」




俺は彼女の名前を呼ぶ。愛しい愛しい妹の名前を。




「お兄ちゃん!」




彼女は俺を抱きしめる。

すると俺の身体がミシミシと音を立て、バキン、と不穏な音が部屋に響いた。

「ぁ、----え?」

痛い。

「ぃっ、あ``あ``あ``、ああ、」

力が抜けて俺の身体が床に落ちる。ガンッと骨が固いものにぶつかった時の鈍い音が俺の頭の中と部屋に響く。痛い。上手く呼吸ができない、体内に何かが溢れる感覚がある。痛い。こつんと軽い音がして、妹が履いているヒールがぼやけてきた視界の中にやってきた。

ーーー痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたい

何故か痛覚だけは鮮明に、どんどん薄れていく視界と比例せず残っていた。やがて視界が完全に真っ暗になった頃、痛みも引いていった。


「ーーーおーい、お兄ちゃん?だいじょうぶ?

…あれ?死んじゃった?ヤバ、じゃあ蘇生魔法~!」


意識が完全に途切れる前にそんな妹の声が微かに聞こえた。




目が覚めるといつもの見慣れた天井が(あぁ、あれは夢だったんだな)と俺を責め立てた。

そこは寝室の天井だった。

薄汚れた見慣れた染みがやけに恨めしい。

どうやら余程疲れていたのか眼鏡をつけたまま眠っていたようだ。

ベッド脇のデジタル時計を見やると時刻はどうやら日付が替わった辺りだった。静まり返った部屋がどうしようもなく俺を責めているように思えた。

妹が死んでもう9年、あと数か月で10年になる。

だからかな、あんな夢を見てしまったのは。

「…ったく、勘弁してくれよ」

ぼそりとそう吐き捨てると寝室の扉がキィ、と音を立てて開いた。




「あ、起きたの?お兄ちゃん。ーーー1000年ぶり」




ーーー、




俺はツキン、と痛むこめかみを抑えながら妹が持ってきたホットミルクをズズ…と飲んだ。

なにか入っているのか普通の牛乳よりココアっぽい感じがしたが俺はホットミルクを飲み干すと妹をじっと見た。

「なぁに、お兄ちゃん。私の顔になにかついてる?」

さらさらと流れる見慣れない赤い髪と、同じように見慣れない金色に光った眼を見て俺は困惑した。

「真莉愛?本当に真莉愛なのか?」

ベッド脇の時計の横に置いてある写真立ての中の見慣れた妹の姿と今現在の妹の姿を見比べる。

写真の中で天使の羽を思わせる髪飾りをして、綺麗に透き通った金髪(ブロンド)をしていた筈の妹の髪は何故か炎を思わせる紅へと根元までしっかりと異質に変わっていた。そして優し気に覗いていたあの碧眼ははっきりと黄金に輝いており、まるで蜥蜴か蛇のようにぎょろりと覗いていた。

服装も大きく胸元の開いた、レースを基調とした真っ黒な膝丈くらいのワンピースドレスを着ていて俺の知る限り妹の趣味ではなかった。

だが、顔立ちは間違いなく妹のものだった。

妹はどちらかと云うとアニメを見ない。なので妹がこんな姿に変貌してしまったのはアニメが原因だとは考えにくいのだが…。

「なに云ってんの、お兄ちゃん。真莉愛は真莉愛に決まっているじゃない」

声も間違いなく妹のものだった。


身長も姿形もなにもかも同じ、…とは云えないまでも完璧に近い数年前に亡くしてしまったあの愛おしい存在が目の前に居た。

コトリ、と空になったマグカップをベッド脇に置くと俺は妹に手を伸ばす。

すると妹は俺にそっと抱き着いてきた。




ーーートクン、トクン、トクン、




規則正しい鼓動の音と確かに感じる温かな温もり、それは俺を”妹は確かに生きている”と実感させた。

ーーー生きてる。

俺の妹は確かに生きていた。

これは夢じゃない。ーーー夢じゃないんだ。

「おかえり…おかえり、真莉愛」

今度は俺がおかえりと云う番だ。

妹は若干気恥ずかしそうにしながら「ただいま」と云った。




ーーー、




「いやぁ、最初焦っちゃったよぉ!

お兄ちゃんに久しぶりに会えた嬉しさでちょっと力加減を間違えてお兄ちゃんをボキンってやっちゃったからさぁ

あ、でもこの世界でも魔法って使えるんだよね?さっき使えたし。

ねぇねぇねぇ、お兄ちゃんはなんの魔法を使えるの?

あ、この世界の精霊ってどんなの?ちょっと契約してこようかなぁ?」

ん?

ちょっと待て。

話が見えない。

まず魔法って何の話だ?精霊?契約?

妹の話から察するにファンタジー世界のRPGかなにかの話だろうが…。

…まさか、俺の妹が厨二を拗らせるなんてそんな馬鹿な。

俺がそんなことを悶々としている間妹は構わずに「それにしても1000年経っても私の元の肉体が残ってるなんてこの世界の人間って意外と頑丈なんだね」とか「ドラゴンってこっちでも居るの?この身体まだ慣れてないからちょっと腕慣らししたいなぁ」とか色々云っている。

困惑した俺は妹の口を塞ぐと頭にある事が過った。

…先程寝ていた時、綺麗な河原に居たことを。

川の向こうでは最近亡くなった父方の祖母が居たような…。

そして意識が途切れる寸前聞こえた妹の言葉。『…じゃあ蘇生魔法~!』あれはなんだったのか。

そして先程の妹の言葉、『ちょっと力加減を間違えてお兄ちゃんをボキンってやっちゃったからさぁ』あの時の意識が途切れる寸前、あの時俺が感じたものーーーそれは”死”だった。蘇生、いや、馬鹿な。ありえないな。

ズキン、と頭が痛くなると同時に俺は更に鮮明に自分が()()()記憶を取り戻していく。

覚えてる、身体がはっきりと覚えている。いやいやいや、ありえないって。

「ーーーあれ、おれ、死んだ…?」

ポツリと消え入りそうに呟いた言葉に妹は反応し、「え?何云ってるの?当たり前じゃん、あれ?もしかしてまだ治せてないトコあった?まだどこか痛むの?」と俺の顔を覗き込む。




「っ、なぁ真莉愛。その髪と目、どうしたんだ?それにお前、俺が帰ってきた時浮いてたよな?どんな手品だ?」

俺は覗き込んで来た妹の肩を掴み、回らない頭で今思う疑問を聞いた。

「んー、髪は初めての精霊と契約した時に変わっちゃって戻んないんだよねぇ、目はドラゴンを片っ端から倒して眷属にしてたら変わっちゃった、これも戻んないねぇ…

飛んでたのはこれのおかげ」

そう云った直後、妹の背中から何かが飛び出した。

それは蝙蝠を思わせる、幅が妹の背丈ほどもある巨大な羽だった。

「これ手に入れてから自在に飛べるようになったんだよぉ、確か800年くらい前に飛行魔人から手に入れたんだったかな?便利だよ。

羽は見た目で威圧する時なんかに出すけど別に出さなくても飛べるね」

そんなことを云いながらくるりと空中を弧を描くように縦に一回転する。

羽は収納したのかいつの間にか消えていた。

俺は頭を抱えながら今考えうる限りの質問を妹に浴びせかけた。




ーーー、




妹を質問攻めにして分かったことがある。

まず初めに妹はこことは違う世界、つまり異世界へ行ったこと。

そしてそこで1000年近くの間暮らしたこと。(どうやらこっちの世界での1年は向こうの世界の100年になるらしかった。)

異世界ではファンタジー世界の様に人外生物が居たり魔法があること。

詳細は俺の嗜んでいる一般的なラノベやゲームに大体似ていたので割愛する。


そんなことをしている内に窓から光がチカリと差し込んだ。

時計を見ると時刻は午前5時半くらいを指していた。一先ず俺は真莉愛に「ご飯食べるか?」と聞くと真莉愛は明るく「うん!」と答えた。




冷蔵庫を見ると碌なものは入ってなかった。卵が数個と納豆が1パック。冷凍庫にはいつかに買ったソーダ味のアイスキャンディと冷凍食品が何個か。

…そういえばここ1週間ほど買い物に行ってないな。

一応キッチンに備え付けられた棚も覗いてみたが即席の味噌汁とカップ麺、そして前に体調を崩したときに一応買っておいたレトルトパウチのお粥が2つ入っていた。

俺はレトルトのお粥を手に取ると賞味期限を確認する。

…どうやら期限は切れていないようだ。

とりあえずそれを鍋に入れ、蛇口を捻って水を入れ、コンロに火を点け湯掻く。




「真莉愛はなにも入ってないのと卵が入ってるのどっちがいい?」

「うーん…、卵が入っているの!」

お粥を湯掻き終えた俺は適当な器にお粥を盛り、スプーンと一緒に真莉愛に渡す。

「熱いから気をつけろよ」

「うん!…ふーふー、あちっ」

不自然にスプーンを握りこみ、不器用に口にお粥を運ぶ姿はまるで子供だ。

この姿は真莉愛が幼稚園児の時の姿によく似ている。

「ほーら、気をつけろよ」

俺は軽く笑いながら真莉愛の頭を撫でた。

途端に真莉愛はお粥を口に運ぶのを止め、もじもじし始めた。

どうしたのか不思議に思っていると意を決したように真莉愛が口を開いた。

「…ねぇ、お兄ちゃん。その…昔みたいにあーんして私に食べさせてくれない?」

上目遣いでそれは反則だと思う。

俺の妹は自慢じゃないが美人だ。いや、自慢の美人の妹だな。そんじょそこらのアイドルより可愛いと思う。いや、可愛い。

俺に似なくて良かった、まぁどのみち血は繋がっていないんだが。

整った顔立ちに透き通る金髪(ブロンド)に碧眼…それだけで西洋の人形を思わせる風貌は見る者見る者を魅了しただろう。

今でこそその見た目は変わってしまっているがまるでアニメキャラクターが現実世界に飛び出してきたかのような外観に若干戸惑いは覚えるものの見慣れた14歳の妹の姿は俺の心を高校生だったあの頃に戻させる。

妹の魅力(チャーム)にやられた俺は真莉愛のお願いを聞いてやることにした。いや、聞くとも!お兄ちゃん真莉愛の為だったらなんでもするよ!

「ふふ、わかったよ真莉愛。ふーふー、はい、あーん」

「あー」

真莉愛は美味しそうにお粥を平らげると「ありがとう、お兄ちゃん!美味しかったよ!流石お兄ちゃんの料理は絶品だね!」と云ってくれた。

…これレトルトなんだけどなぁ。

俺は真莉愛の言葉に若干苦笑いを返しながら自分のご飯を平らげ、食器を洗う。


妹は昔と寸分違わぬ愛嬌で、若干子供っぽさが増した言動で、俺の心を癒してくれた。




「じゃあ真莉愛。お兄ちゃんこれからお仕事だから。出来ればこの部屋に居てくれ。誰かが来ても開けちゃダメだぞ。…それと、お昼はテーブルに置いた袋から適当に食べるんだぞ。勿論、食べる前に手を洗ってな」

時間は無情にも待ってはくれない。だが仕事を休む訳にはいかない俺は泣く泣く妹をマンションの一室に残して出掛けることにした。

真莉愛のお昼ごはんは近くのコンビニで適当に見繕って買ってきた。

…本音を云えば仕事なんて放っぽり出して妹と居たいがそんなこと出来る筈が無い。

はぁ、社会人はなんて辛いんだろう。こんなことを思うのは新社会人になって以来だな。

俺は真莉愛の「いってらっしゃい」を聞くと先程までよりは軽くなった足取りで会社への道を辿る。




ーーー、




「ふんふんふふふふーん」

今、俺は最高に気分が良い。

鼻歌交じりに帰路についてるとご近所さんから白い眼を向けられたが知ったこっちゃ無い。

仕事を定時に終わらせた俺は早く帰りたい気持ちを抑え、そういえば冷蔵庫に碌なものが入ってないことを思い出したので途中にあるスーパーで軽く買い物をした。軽くと云っても袋2つを両手に下げてる訳だが。

俺は料理を全く作らない訳ではない。寧ろ昔、10年ほど前はよく作っていた。

とりあえず奮発してちょっと良い牛肉や最近何かとお高めの野菜、その他諸々の食材を買った訳だが。如何せん少し買い過ぎたな…。

まぁ、いいだろう。今夜は愛する妹にすき焼きでも振る舞ってやろうではないか!




マンションに着き、玄関を開けると鼻を擽る良い匂いに俺はキッチンへと向かう。

「ただいまー…ってなんだこれ!?」

「あ、お兄ちゃん。おかえりなさい」

家に帰ると妹が、俺のエプロンを着て(と云っても大き過ぎるのか、かなり位置が下になっていて付けてる意味が無い気がしたが)料理を用意して待ってくれていた。

なんと幸せな風景だろう。お兄ちゃん、今なら死んでも構わない。

机には卵焼きやなにかの炒め物、唐揚げやみそ汁等の料理が並んでいた。

…全体的に茶色いな。

「真莉愛ね、お兄ちゃんの云った通り一日中ここに居たよ!お昼もちゃんと食べたし…手も洗った!えへへ、えらい?」

「あ、ああ!えらいぞ!!」

感激した俺は妹の頭を撫でた。

「えへへ」

「…と、お兄ちゃん、ちょっとご飯チンしてくるから待っててな」

そう云って俺はさっき買ったものの中からレトルトのパックに入ったご飯を取り出して電子レンジに入れた。

料理を見る限りこの献立ならご飯もあった方が良いだろう。

念の為に買っておいて正解だった。




「じゃあ食べるか」

温め終えたご飯を一応器に盛り、俺は妹の居るリビングダイニングに向かう。

並ぶ料理は作ったばかりなのか白い湯気が立っていて温かい。

俺は唐揚げから手を伸ばした。




妹の料理は一言で云えば絶品だった。

俺は全く料理をしない訳ではない、極力しないだけだ。なのである程度の調味料は置いてあった。

それらを使ったのであろう料理達はしっかりと味付けも施されていてご飯に良く合っていた。

まず、卵焼きは砂糖を入れたのか甘めにされていたが綺麗な黄色をしていて綺麗に巻かれていて、味も問題なく美味しかった。

次になにかの炒め物、これは茶色くテラテラと光っていたが一口食べるとレバニラのような味がした。実際、冷蔵庫に入ってなかったからかニラは入っていなかったが甘辛く味付けされたそれは実にご飯に良く合っていて美味であった。

次に唐揚げ。下味がちゃんと施してあったのでサクサクとした衣と噛むと肉汁が溢れるお肉に舌鼓した。勿論美味しい。

最後に味噌汁だが、これは棚にあった即席の味噌汁を使ったのだろう。

鍋に味噌汁が残っていたので態々鍋で作ったのだろうが妹が作ったと云うだけでこんなにお味噌汁が美味しい。


味噌汁以外は子供っぽいメニューだったが俺は妹の料理を堪能すると「ありがとうな、真莉愛」と礼を云い頭を撫でる。

それにしても妹がこんなに料理出来るとは。

10年以上前、真莉愛が中学に上がったばかりの頃せがまれて料理を少し教えたっけ。

あの時、両親は共働きで家に居ない頃の方が多かったから朝ご飯は殆ど俺が作っていたんだよな…。

俺は思い出に耽り、また心が10年前のあの頃に戻る。




さて、ご飯も終わり気づいたことがある。

…真莉愛の服が無い。

30近くの彼女も居ない独身貴族の俺が女物の服なんて持ってる訳なかった。

持ってたら多分真莉愛に引かれる。…て云うか俺が引くわ。

今の時間は夜9時ちょっと前、そして生憎今日は木曜日。もう既に店は閉まってる時間だし明日俺は仕事だ。

…今時の女の子の服なんて分からないし明後日真莉愛を連れて見に行くか。

仕方がないので俺は自分の服を適当に見繕い、真莉愛に着せることにした。

着せた服はこうだ。

前に間違って買った男性用Sサイズの無地の白いTシャツに、サイズが小さく若干合わなくて着れなくないこともないシンプルな紺色のパーカー、そして久しく着ていないねずみ色の半ズボン。

下着はマッハで近くのコンビニに買いに行った。…何故今日に限って女性店員なんだ。朝は店長のおっさんだったじゃないか…、それもそれで嫌だけどあの女性店員の目はもう思い出したくない。…暫く行けないなあの店。


俺が下着を買いに行ってる間に真莉愛はお風呂に行ったらしく、俺は磨りガラス越しに真莉愛に着せる服と下着を置き、「服、此処に置いておくからな」と声をかけた。


結論から云うと多分及第点。

中学生の体の妹に対し俺は一般男性の平均的な体格だ。それでも30センチ程違う身長差から判るように、先程述べた服装をさせた妹の格好は腿くらいまで伸びたTシャツの袖に膝くらいまで長さのあるパーカー、そして足首程まである(本当は半ズボンなのだが…)ズボンとなっていた。…実は上の下着だけは売っていなかったので着せていない。だからパーカーの前のチャックは閉めさせている。

よし、多分これで大丈夫だろう。…たぶんな。


赤い髪を先程までとは違い、高い位置で一纏めにしてある真莉愛はそのポニーテールを揺らしながら「お兄ちゃーん、あがったよぉ」と俺の気苦労は露知らず、呑気に声をかけてきたので汗だくの俺も風呂に入ることにした。




それから、風呂から上がって自分と妹の髪を乾かした後、妹の髪を三つ編みのおさげにしてやり少しの間妹とまた談笑し合い俺は妹を俺のベッドに寝かせることにした。これに関して妹は自分はソファで寝るだの床でいいだの駄々を捏ねたがお兄ちゃん的にそれはさせられない。

…明後日に買い物行ったときに布団も買おう、そう決意した。

そして俺は今、リビングのソファでブランケットを被り、寝転んでいる。

それにしても今日は色んなことがあった。正確には昨日と今日だが。

まず、妹が帰ってきてくれたこと。これがなにより一番大きい。そして自分が死んだ事、これはにわかには信じられない。そして妹のご飯を食べられたこと等だ。

驚くことから他人からしたら下らないことまで今日は本当に色々あった。

俺はふとなにかを忘れているようなもやっとした感覚に襲われた。

だがしかし、既に睡魔に襲われている俺は霞んで滲んだ視界が更にぼやけていく為考えるのを止めた。

そんなことよりも妹が帰ってきてくれたことの方が嬉しくてしょうがない。

今日は人生で1、2を争う程良い一日だった。




ーーー、




朝起きると妙に身体が重いことに気が付いた。

「こら、ミー…重いって…」

おかしい、押しのけても一向に退く気配がない。

「うーん…めがねめがね…」

俺は手を伸ばし眼鏡を探す。

最初、いつもの癖で真上に手を伸ばしたがそう云えば昨日はソファで寝たのだった。眼鏡を見つけた俺はさっそく眼鏡を付ける。すると霞んだ視界がクリアになり、赤いぼやけた何かが覚醒していく頭でそれが妹であると視認する。

「真莉愛…?お前ベッドで寝たはずじゃ?」

「う~ん…」

どうやら途中で起きて此方に来たのだろう。狭くて横に並べなかったのか、真莉愛は俺の上で胸にしがみつき、涎を垂らしていた。…胸の辺りがじっとり濡れている感覚の正体はこれか。

俺は「仕方ないなぁ」と呟くと気持ちよさそうにすよすよ眠っている妹の頭を撫でながらゆっくりとまた眠りについた。

勿論、その日は会社に遅刻した。




「おーう、大堀ぃ

いつも無遅刻無欠勤のお前が今日に限ってどうしたんだぁ?うりうり」

朝、電車に間に合わず出勤した俺は日頃からお世話になっている先輩から弄られることになる。

午前の10分間の休憩時間、俺は先輩に奢られたブラックコーヒーを啜りながら眠い頭で「へへ…昨日から妹が家に来てるんですよ」と云った。

その言葉を発した瞬間、先輩は急に真剣な眼差しになり、俺の肩にポン、と手を置くと「大堀、今日は早めに帰れ。部長には云っといてやるから」と云われ、困惑した。




「真莉愛~、ただいま…」

「お兄ちゃんおかえりなさい!

今日は昨日より早いね?どうしたの?」

「いや…さ、はは、」

俺は乾いた笑いをし、数時間前のことを思い出す。

あの後、暫くして朝の休憩の出来事も忘れた頃。昼休みも終わりさて午後の業務も始めるか、と席に着くと部長が俺の肩に手を置き「大堀君…キミ、今日は早めに帰って休んで来週に備えなさい」と云ってきた。

…心配そうな眼差しで。

なんとなくちらりと先輩の方を見るとグッと此方に親指を立ててきたので多分先輩が原因だろう。

昔から先輩は他人(ヒト)への面倒見がいい。


昔からと云うのは、実は先輩とは隣の家に住んでいたこともありそれから親交がある仲だ。高校も同じで大学も同じ所に進み、何かと俺には気にかけてくれた為大学の入学祝いと云って(当時、20才ではなかった為俺はジュースしか飲まなかったが)飲みに連れて行ってくれたり、高校時代からほぼ一人暮らしの俺の家に押しかけてくれたりとなにかと様子を見てくれた。…その分トラブルにも巻き込まれたりしたけれど。

なんとなく後を追って先輩と同じ会社に行き、受かったのは偶然か何なのか。

同じ部署に配属されたのは偶然だと思う。

流石に俺の教育係になったのは偶然ではない気がするけれど、正直、気心の知れた人が側に就いていてくれるのは有難かった。

もう俺が今の会社に入社して5年、良くも悪くも先輩は教育係を外れた今も何かと気にかけてくれるのだが…。


正直、その先輩の面倒見の良さが空回りすることも屡々あり、同僚から若干、ウザがられてはいるが先輩の人柄の良さが功を奏してなのか、先輩の悪口を云う輩は居ない。

良い意味でも悪い人ではないのだが…よく先輩の書類のミスを俺が見つけては訂正している話は長くなるので割愛しよう。


そんなこんなで午後の仕事は先輩に手伝ってもらいながら(実際にはミスを連発されたのであまり手伝いにはならなかったが)俺はこうして早く帰ることが出来たのだった。

…うん、実際仕事は他の同僚に託したけどな。


「お兄ちゃん?どうかしたの?」

「あ、あぁ、なんでもないよ、真莉愛。そんなことより今日は買い物に行こうか」

俺は長く耽っていた思い出を振り払い真莉愛と買い物に行くことにした。

時刻はまだ午後4時59分ーーー、十分に店が開いている時間だ。




ーーー、




「ふぁー、いっぱい買ったねぇ!」

「はは…、そうだな」

俺は自分の服には無頓着だ。適当に時期が外れた服を安い時に買う。これが俺流だ。

しかし、女の子の服ってこんなにも高いのか。いつもより多めに金を下ろしたとは云えこれはかなり大きな痛手だ。

…明日コンビニかどっかでまた下ろさないと。

俺は心の中で空になった財布をスリスリと撫でる。…今は両手が塞がっているからな。

「これでお兄ちゃんの弟に間違えられなくて済むねー」

あ、それ気にしてたのか。


実はさっき、家を出た時、近所に住むおばさんに「あら、可愛らしいねぇ。弟さんかい?」と話しかけられたのだ。

まぁ、それも仕方ないことなのだが。真莉愛の服装は昨日俺が貸し与えた件の服装に加え、髪が見えないようにキャップを被らせてその上に更にパーカーのフードを被らせてあったのだ。

男物の服を着せて更に髪が見えないとなるとそりゃあ男に間違えられても無理はない。

ここはアニメの世界じゃない、だから真莉愛の真っ赤なこの髪は悪い意味で目立ってしまう。

「早く帰ろうか、」

俺は真莉愛にそう声をかける。帰ったら次は何しようか。

俺はこれからのことを物思いにふける。

すると、

「にゃーん」

電池が切れそうなのか点滅する街灯の明かりが照らされる真下、一匹の猫が俺達の前に飛び出してきた。


その猫は家のミーとは真逆で、真っ黒な毛並みをしていた。

「うわー、ネコちゃん!」

真莉愛はその猫を見つけると一目散に駆け寄っていった。

…あれ?

そこで俺はあることを思い出す。

「ねこちゃーん」

そういえば、()()()()()()()()()()()()()()()ことに。

ーーーザシュッ、

「み``ぎゃっ」

「っ!?」

そんなことを考えた瞬間、前方から空を切る音とくぐもった猫の叫び声が聞こえた。

何事かと目の前をみるとそこには異様な光景が繰り広げられていた。


妹のーーー真莉愛の足元に広がる赤い水たまり、手元に光る血の付いた銀色のナイフ、無残にも首を切り落とされた黒猫の胴体と近くに転がる生首。

その光景は俺の思考を停止させる。

「お兄ちゃーん、今日の夕飯手に入ったよぉー」

なにも考えられなくなった俺を尻目に、妹は手に持ったナイフを握りしめながら猫の胴体をザクザク切り始めた。

手慣れた様子で内臓を取り出し皮を剥ぎ、猫は生首だけを残して綺麗に捌かれていった。

そして真莉愛は猫の肉の一部を持って、此方に駆け寄ってきた。

そしてなんの曇りも無い笑顔で肉を差し出してきたのだ。

まるで、いつものように褒めてくれと云わんばかりに。

「真莉愛…?」

俺がやっと口を開いて発した言葉は妹の名だった。

「お兄ちゃん、今日の夕飯だよ!ねぇ、真莉愛、えらい?」

その声はいつもと寸分違わぬ声色で、目も一切の曇りも無く、その顔は只々、恐ろしいくらい純粋だった。

「あっ、そうか…血抜き忘れちゃったからね。えへへ、失敗失敗

()()()()()()()()()()のになぁ」

そう云いながら真莉愛は掌の先から魔方陣を出すとその中に、分けられた肉塊や毛皮を入れて行った。

猫は生首だけを残して収納されていく。

辺りには血溜まりが、暗くなった道に、街灯の光を受けて怪しくテラテラと光っていた。

そうだ、何故不思議に思わなかった。

昨日俺は夕飯の食材を買ってきたのに、何故()()()()()()()()()()のか。

「なぁ、真莉愛…、家に居た猫…どうした?」

俺は声を震わせながら聞く、分かり切った答えをーーー。

「え?ーーーあの()()のこと?

それなら昨日()()()じゃない」

どさり、と音を立てて手に持っていた荷物が落ちる。空いた手で俺は自分の口元に手をやった。

「ーーーっぅ、お``え``っ``、」

びちゃりと水音を立てて真下に俺の吐瀉物が落ちる。

仕事を始めてから飼い始めた5年連れ添った飼い猫を食べた、その事実と目の前で起こった惨状に理解した頭がどうしようもなく現実を拒否する。

込み上がる吐き気が我慢できない。

真莉愛は「どうしたの?具合悪いの?」と云いながら慌てて駆け寄って来た。

「なん、で…ころした?」

回らない舌で俺は真莉愛に聞く。

一瞬、何を云われたのか分からなかったのか真莉愛はきょとんとしていた。

暫くして、理解したのか「ん?動物や魔物は貴重なタンパク源じゃない」となんの罪悪感も感じていない顔で云ってきた。

等々電池が切れたのか、点滅していた街灯が消え、人口的な明かりが遠くに見える中俺たちの辺りは途端に暗くなる。

そうだ、何故気付かなかったーーーーーーーーー()()()()()()()()()()()()()()()()妹が()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないか。


収納されなかった道端に転がった猫の生首の目は、月の光を浴びて怪しく光っていた。

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