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精霊とは

***


 順調にグラニアスへ向かって平原を進んでいた一行だが、突如馬車内に六枚の羽を持ったトカゲのようなものが現れる。

 ふよふよ目の前で浮かぶそれに、リースは一瞬だけ驚いたように目を見張ったが、すぐに何事もなかったように微笑む。


「どうしたの?」


 人でも動物でもないそれが、なにかを訴えかけて見つめると、ふわりと小さなそよ風がリースの頬を撫でる。

 その風の力から伝わってくる意思。

 伝えたいことを理解したリースは一つ頷き、トカゲの顎をスリスリと撫でた。


「ありがとう」


 そうすれば、トカゲは満足そうにして空気に溶けるように消えていった。


「精霊ですか?」


 先ほどのトカゲの姿をロゼットは見えていない。

 そんなロゼットからしたら、リースの行動は奇怪に見えるはずだ。

 それでも驚かないのは、フィーリアでは珍しくない、むしろ選ばれた者だけに起こりえる神聖な出来事であるからだ。


「ロゼット、窓を開けるからベールを被って」


「はい」


 素早くベールを被ったロゼットを確認してから、リースは窓を開ける。

 顔を出してきょろきょろと辺りを見回すと、馬に乗るロイドと目が合い近寄ってくる。


「リ……、ロゼット、なにかありましたか?」


 危うく『リース様』と呼びそうになったロイドに、リースは苦笑してから周囲に聞こえない声量で話す。


「今間違えそうになってたでしょう? 駄目よ、気をつけないと」


「はい、申し訳ございません」


 とはいえ、絶対に知られてはいけないとライアンに厳命されているわけではないので、ロイドも謝りつつその表情に切羽詰まったものはない。


「ところで、なにかございましたか?」


「嵐が来るわ。今日は進むのを止めて野営の準備を始めた方がいいみたい」


「承知しました。グラニアス側に伝えてきます。……話を信じてくれるかは分かりませんが」


 苦い顔をするロイドが、何故そんなことが分かるのかとリースに無意味な質問を投げかけることはない。

 他のフィーリア側の人間も、同じくリースの言葉を微塵も疑ったりはしないだろう。

 しかし、他国の人間はそう簡単にはいかないことを分かっていた。


「まあ、信じない可能性の方が高いでしょうね。だから私が直接話すわ」


「その方が確実ですね。さすがにもう皇帝陛下にお会いすることはできないので、先に将軍に話をしてきます。姫が休憩をしたいと申していると言えば、とりあえずは進みを止められるでしょうから」


「お願い」


 グラニアス側は、リースが大国ラヴィニールの孫娘であることを知ったので、その威光をここぞとばかりに利用する。

 ラヴィニール王にかわいがられていることも伝えているので、グラニアス側はリースをへたに扱えない。

 リースとしては、今後も必要とあらば遠慮なく使うつもりである。

 利用できるものは利用する。


 もちろん、それによって祖父であるラヴィニール王に迷惑をかけるようなことをしたりはしない。

 ある程度の自重はちゃんと心得ている。

 むしろ、祖父ならば、多少こっちに迷惑をかけてもいいから遠慮なく利用しろと言ってくれるだろう。

 リースは自分を溺愛する祖父を思い浮かべて、そういえばグラニアスに嫁ぐことを伝えていなかったなと気づいた。


「グラニアスに着いたら、おじい様に手紙をお送りしないといけないわね」


 歴代の国王でもっとも優れた君主と言われている現在のラヴィニール王。

 ちょっとやそっとのことでは動じない人だが、孫娘の突然の結婚報告を聞いたら、さすがにうろたえまくるだろうなとリースは静かに申し訳なくなった。

 そうこうしている間に、ロイドから話が伝わったようで、軍の進行が止まった。

 そして、ロイドが迎えに来るのが、開いた窓から見える。


「姫様、少し待っていてくださいね」


 リースは侍女としてロゼットに声をかける。

 姫になりきったロゼットがこくりと頷いたのを確認して、馬車から降りた。


「皇帝にはお会いできる?」


「先に将軍がお会いすると」


「まあ、警戒されるのは当然よね」


 なにせ、リースは戦場でユリウスの攻撃を無効化したのである。

 しかも、フィーリア側の軍を指揮していたのがリースだと知っている以上、むやみに皇帝に近づけさせたくないのは、皇帝に仕える者としては当たり前の判断だ。

 むしろ、ここですんなり皇帝と会わせられる方が、警備面は大丈夫なのかと心配になってしまう。

 ロイドの後ろについていくと、戦場でも見かけた若い男性と、その隣に強面のがっちりとした中年の男性がいる。


「貴様がロゼットか?」


 そう問いかけてきたのは強面の男性だ。

 腰に剣を差し、軍服を着ていることから、軍人であると察せられる。

 しかし、戦場では見ていない。


「待ってください、アグニ隊長。そんな怖い顔ですごんだら彼女が怖がるじゃないですかー。自分の顔面破壊力をちゃんと自覚しないと」


 射殺しそうな目を向けてくる強面の男性からの視線を遮って止めに入ったのは、戦場で皇帝の近くにいた男性である。

 軽薄そうにも感じるヘラヘラとした笑みを浮かべ、軽い調子の話し方をするその人物のことは、ロイドの報告にあったため、リースはすぐに誰か分かった。


「怖いとはなんだ! 私は普通に話している!」


「その顔が怖いんですってば~。……いや、マジで怖いんで、近づけないで……」


 ずいっと強面の顔をさらに凶悪にして顔を寄せるアグニ隊長と呼ばれた男性から、顔を背ける若い男性は口元を引きつらせている。

 これでは話が進まないと、リースはやれやれと息を吐いて口を開く。


「直接お話しするのは初めてですね。ロイドから話は聞いております、アルウィン・ローエン様。今後ともよろしくお願いいたします」


 そう言ってリースは礼を取る。

 ピタリと動きを止めた二人は、リースをまじまじと見つめる。


「俺の名前はご存じでしたか。ま、そうですよね。こちらこそよろしく~」


「ふんっ! 私は敵国とよろしくするつもりはない」


「こらこら、ラヴィニールが関わってくるんですから下手なことを言わないでくださいよ。ラヴィニール国からなんか言われたら、アグニ隊長が責任持てるんですか?」


「う……」


 あまり好意的ではないアグニ。

 少し前まで命のやり取りをしていたのだから当然ではあるが、少々感情的すぎる。

 アルウィンの言う通り、リースの後ろには大国ラヴィニールがいるというのに、あからさまに敵意を向ける。

 それによって自国に不利になるかもしれないというのに、その考えにすぐに至らない未熟さが見える。

 年齢はアルウィンよりずっと上のようだが、アルウィンが将軍で、アグニが一隊長という地位にある理由も分かる気がする。


「すみませんねぇ。この人は皇帝直属の部隊の一つを任せられているアグニ隊長っていうんです。陛下への忠誠心は篤いんですけど、この人はどうも直情的っていうか、イノシシのように猪突猛進なんで、無視していただいていいですから~」


「なんだとぉ! むがっ……」


 アルウィンはなおも騒ぐアグニを羽交い締めにしながら口を押さえる。


「それで、ロイドから話を聞きましたが、嵐が来るんですって?」


「ええ。ですので、今日はこの辺りで野営の準備をした方がいいと思います」


 やっと本題に入れると、リースはこくり頷く。

 しかし、アルウィンもアグニも、リースの言葉を信じていないのがすぐに分かった。


「うーん、どうして来るって分かるのかな?」


「精霊が教えてくれましたので」


「精霊?」


 聞き慣れないのかアルウィンは首をかしげる。


「皇帝陛下はよく周りの者には見えないなにかが見えていらっしゃるのでしょう? それが精霊です」


 リースの説明に驚くのはアルウィンで、アグニはいまだ信用できないと言わんばかりの視線である。

 どうしてアグニが文句を口にしないのかは、アルウィンに口を押さえられたままだからだ。

 なにやらムガムガ言っているようだが、アルウィンはリースの言葉に集中していて黙殺されている。


「君はあれがなにか知っているのかい?」


「知っているもなにも、加護持ちならば見えて当然です。けれど、皇帝陛下はその知識がない故に精霊達を毛嫌いし、そのせいで力の制御ができていらっしゃらない。私はそれを教えるために帝国へ行くのですから、早いうちに皇帝陛下とお目通りさせていただきたいのです」


「うーん、君のお願いを聞いてあげたいのはやまやまなんだけど、まだ君を陛下に会わせるのを反対する者が少なくないんだよねぇ」


 アルウィンはちらりとアグニ見る。

 恐らくその筆頭がアグニなのだろう。様子を見ていれば分かる。

 決して歓迎されてはいない。

 だが、そんなことは織り込み済みだ。


「そうでしょうね。ですが、この同盟の対価として力の制御を教えるのが契約にある以上、それをあなた方の勝手な判断で止めるのは皇帝への反逆ではありませんか? 最低限、陛下に話を通してください。決めるのは皇帝陛下です」


「……それを言われると反論できないなぁ」


 アルウィンは困った顔をする。


「分かった、陛下に話をしてくるよ」


「将軍! 本気ですか!?」


 ようやく口を解放されたアグニが、責めるようにアルウィンを怒鳴る。


「仕方ないじゃないか。そもそも同盟を決めたのは陛下なんだし。これまで未知だった力の正体をアグニ隊長だって知りたくないですか?」


「それは……」


 アグニからは激しい葛藤が見える。

 加護持ちについて知る国は少ない。

 特に、皇帝のように強い加護を持つ者に制御方法を教えられる人間は限られているのだから、最初からアルウィン達にリースの提案を拒否する選択はないはずなのだ。


「少し待っていてくれるかな?」


「ええ」


 リースを置いて去って行ったのを見届けると、リースはロイドに目を向ける。


「ロイド、野営の準備をしていて」


「皇帝陛下の判断を待たなくてよろしいので?」


「別に同じ行動をする必要はないでしょう? どっちにしろ嵐が来るのは間違いないんだから、早めに準備をしておけばいいわ。私の話を聞いた上で皇帝が軍を進めるというなら止めはしないし、話を聞かなかったあちらが悪いだけよ」


「確かにそうですね」


 ロイドは納得したようだ。


「では、他の者達に野営の準備をするように伝えてきます」


「ええ、お願い」



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