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入れ替わり

 グラニアスへと出発した、ユリウス率いるグラニアス軍と、この度輿入れすることとなったリース姫一行。


 侍女や護衛はグラニアスに着いたらきちんとした者をつけてもらえるという話だ。


 だが、希望するなら自国から何人かは連れてきてもいいという好待遇っぷり。

 それはフィーリアに限ったことではなく、敵対していた敗戦国にも同じ条件を与えているのだから、冷酷非情と呼ばれているのが少しかわいそうにすら思う細やかな気遣いだ。

 もちろん、発案者がユリウスかどうかは別としてだが、許している時点でかなりの懐の大きさを見せていると言える。


 そして、グラニアスの気遣いをこれ幸いと、ほとんどの妃は実家から侍女や護衛を連れていっているのだとか。

 それはまあ、当然かという感想をフィーリア側の誰もが抱いた。


 ユリウスの妃はほとんどが、敗戦国からの人質としてや政略的理由から迎えられた王族か高位の貴族女性だ。

 国のため人質として後宮に入れられると考えるだけでも、どんな扱いをされるのか分からず恐ろしいだろう。

 さらにその上、日常的にグラニアスの女官に世話をされたら、気の休まる時間はないと考えるのは想像にたやすい。

 自国の信頼できる者で身の回りを固めて、日々の生活をできるだけ心穏やかに過ごしたいと考えるのは不思議ではなかった。



 リースは正直、グラニアスの女官相手でもうまくやれる自信がある。

 そのため、行きたくないならそれでもいいという気持ちで、希望者がいれば連れて行くけれどどうするかと、自分付きの侍女や護衛に伝えたところ、全員から「えっ、行く気満々なんですけど」という顔をされた。

 むしろ連れて行かない選択肢があったことに驚愕されてしまう始末だ。


 無事に同盟国として契約が結ばれたとはいえ、軍事力が高い大国相手への輿入れについてこいなどと言われたら、悲壮感を漂わせつつ決死の覚悟をするものだが、誰一人としてそのようなことはなく……。

 それどころか、侍女は他の侍女仲間から帝国で人気の化粧品や香水を、護衛は同僚から帝国で人気の酒を送ってくれとお願いされて和気あいあいとしていた。


 数日前まで戦争をしていた敵国へ行くというのに緊張感の欠片もない。

 しかし誰も危機感を抱いていないのは、リースがいるなら大丈夫だと安心しているからでもある。

 加護持ちへの絶対的な信頼は、おそらく加護持ちが身近な存在であるフィーリアで生まれ育った者にしか理解できないかもしれない。



 同盟締結の際の取り決めで連れて行く侍女や護衛の人数を伝えたところ問題なく受け入れられた。

 さすがに百人単位だったなら待ったがかかりそうだが、逆に少なさに驚かれ、他の側妃達はいったいどれだけの人数を連れていったのか気になった。

 小国といえど、一国の姫としては圧倒的に専属が少ないとは言われていた。

それは、リース自身がほとんど身の回りのことをしてしまえるので、特に不便を感じないからでもある。

 ということで、リースが問うより前に出発の準備を終えていた侍女と護衛も一緒にグラニアスへと向かうことになった。


 その中にはグラニアスでの諜報活動がバレたロイドもいる。

 当初、リースは連れていくか迷っていた。

 皇帝を助けるためとはいえ、スパイだと周知させた以上、グラニアスの者と生活していくのはやりづらいのではないかと考えたのだ。


 とは言え、リースにとってロイドは、子供の頃から共に過ごしてきた信頼する護衛である。

 慣れぬ土地で共にいてくれたらきっと心強い。

 そこで、連れていきたいことと、ロイドの意志を尊重することを一緒に伝え問いかけたのだが……。


「ロイドはどうする? ロイドが望むならフィーリアで留守ば――」


「一緒に行くに決まっているでしょう」


 と、そのような感じで、食い気味についていくことを望んだ。

 一緒に来てくれるのは嬉しいが、グラニアスで近衛まで上り詰めたロイドには知り合いも多かっただろう。

 いろいろと言われてしまうのではないかと心配したが、そもそもが皇帝の身を守るための諜報活動であり、実際にユリウスを賊から守ったのだからそれほど悪く言われることはないだろうとのこと。


 少々楽観的過ぎやしないかとも思ったリースだが、ロイドの実力もメンタルの強さもよく分かっている。

 その他大勢からどうこう文句を言われようと、きっとひょうひょうとしているに違いない。

 そう思ったら心配するのが馬鹿らしくなって、それ以上重ねて問うことはしなかった。


***


 ガタガタと揺れる移動中の馬車の中からリースが外を窺っていると、フィーリアの軍服を着るロイドの姿に、グラニアスの兵士達は最初どう接していいか分からないというような様子だった。

 だが、グラニアスの将軍アルウィンがロイドに話しかけ、二人が穏やかな空気で他愛ない会話を続けている内に空気も和らいでいったように感じた。


「ねえねえ、庶民と思っていたから我流だと思っていたけど、その戦い方はフィーリアで教えられたのかい?」


「はい」


「ロイ……じゃなくて、ロイドだっけ? ロイドの強さはフィーリアではどのくらいの位置なんだい? 当然上から数えた方が早いよね?」


「いえ。俺などまだまだです」


「またまた~。謙遜しちゃって」


 仲よく話している光景――アルウィンが一方的にへらへらと笑って話しかけているようにも見えるが、その様子に、これなら大丈夫そうだなとリースも少し安心する。

 もしかしたらロイドが過ごしやすいようにと、アルウィンが気を遣ってくれているのかもしれない。



 窓を閉め馬車の中に視線を戻すと、中にいるのはリースと侍女のロゼットの二人だけ。

 他は誰も同乗していない状況だ。

 フィーリア側の者にはライアンから口止めがしてあるので、恐らくグラニアス側に生まれているだろう勘違いを訂正する者はいない。

 今はまだ知られるわけにはいかないと、きちんと分かっているのだ。


 ガタガタと揺れる車内で、リースは指をパチンと鳴らす。

 すると馬車の中に結界が張られた。

 これで外に中での会話が漏れることはない。


「もういいわよ、ロゼット」


 そう言ったのは、出発前にロゼットと紹介されたはずの侍女だ。

 向かいに座るドレスの女性は頭から被っている厚いベールを乱雑に脱ぎ捨てた。


「あっつい! 暑いですよ、姫様!」


 ベールの下から現れた顔は、リースの侍女であるロゼットであった。


「仕方ないわ。グラニアスに着くまでは人前でベールをしておくようにってお兄様の命令ですもの」


「分かってはおりますが、この厚さのベールを被るのはつらいものがあります」


 手でパタパタと扇ぐロゼットを見て苦笑するリースは、人差し指をクルクルと回した。

 そうすれば途端にどこからともなく冷たい風が起こり、馬車の中の空気がひんやりと冷たくなる。


「うはぁ、生き返ります……」


 おっさん臭い声と、ぐでっとだらけた態勢を取るロゼットに、結婚前のレディーがそれで大丈夫か心配になったが、ここにはリース以外にはいない。

 グラニアスの者の前ではしっかり一国の姫らしい深窓の女性で振舞ってもらわなければならないが、幼い頃から主従というより家族のような時間を過ごしてきたリースの前でぐらいは問題ないと、リースも注意することはない。

 むしろ、こんな状況に巻き込んでしまった申しわけなさが勝つ。


「冬場ならまだしも、もう春も終わる頃ですもの。ごめんなさいね。お兄様が無理を言って。今度しめておくから」


 そうは言っても、ライアンもまた強力な加護持ちなので素直にやられてはくれないだろうと、リースもロゼットも分かっている。

 なので、ロゼットは冷静に諭した。


「それは城が壊れるのでやめておいた方がいいと思います。宰相様がまた泣きますよ」


 破天荒な兄妹に振り回されている一番の被害者は宰相だった。

 宰相は、ライアンが王位を継いだら隠居すると言っていたが、優秀な宰相をライアンが逃がすとは思っていない。


「別に私は構いません。姫様を危険にさらすぐらいなら、このくそ暑いベールも我慢いたします」


 そう言いつつ、ロゼットは、親の仇かのように分厚いベールを憎らしげに睨んだ。

 今にも引き裂きそうな目つきである。


 侍女の服を着て、ライアンからグラニアス側にロゼットと紹介されたリース。

 そして、ドレスに厚いベールを被ってリースのふりをしている侍女のロゼット。


 こんなややこしいことになったのは、ライアンからの命令によるものだった。


 町から帰ってきてすぐに呼び出されたリースはライアンから、グラニアスに着くまではロゼットを影武者にして侍女として過ごすようにと言われたのである。

 皇帝の周りがきな臭いからというのが一番の理由だ。


 フィーリアに罪をかぶせるようにして実行された先の皇帝暗殺未遂事件。

 あらかじめその予兆を感じ取り、ロイドを向かわせたのはライアンだ。

 フィーリアの疑いは晴れたものの、計画した犯人はいまだ捕まっていない。


 ライアンとリースはその加護持ちの力によって犯人を知っていたが、残念ながら証拠はなかった。

 フィーリアでは認められる加護持ちの力も、一度(ひとたび)外に出てはなんの証拠にもならないのだ

 お前が犯人だと言ったところで言い逃れられるだけだろう。

 相手が相手なので国際問題に発展してしまう。


 リースの本心としては、そんなの関係なく潰してしまえばいいだろうという気持ちはあるが、立場上そういうわけにもいかない。

 できるだけ戦争をこちらから引き起こすようなことはしたくはなかった。

 まあ、向こうからやって来たら完膚なきまでに叩き潰すつもりだが。


 むしろ、ライアンはそれを望んでいるふしがある。

 ライアンに目をつけられたが最後、先の未来は真っ暗だということに、あの者達はまったく気がついていないだろうと考えると、憐みすら浮かぶ。





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