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妹姫



 ライアン達がグラニアスの拠点から帰ってきたという報告を受けて、リースはライアンの執務室へと向かった。

 扉をノックするが中々返事が返ってこず、再びノックしようとすると中から扉が開いた。


 顔を出したのはグラニアスに行っていたロイドで、リースは久しぶりに会ったロイドの姿ににこりと微笑む。



「おかえりなさい、ロイド」


「ただいま戻りました」


「怪我はなかった?」


「はい、この通り無事です」



 ロイドは元々リース付きの護衛騎士であった。

 グラニアスに潜入するにあたり、信頼の置ける諜報に適した者が皆出払っていたので、ライアンからの要請でロイドを貸していたのだ。



「ロゼットが寂しがっていたわよ」


「後で会いに行きます」


「そうしてあげて。……ところで、宰相はどうしてあんなにお兄様に頭を下げてるの?」



 部屋の中では、ライアンが微笑み、その前で宰相が必死に頭を下げている姿があった。


 一見するとにこやかに見えるライアンだが、妹であるリースには分かる。

 あれはライアンがブチ切れている時の顔だ。



「ああ、あれはですね、皇帝に妃としてリース様をと提案された時に宰相がアイシャ様の名を出し皇帝に薦められまして」


「まさか、皇帝がアイシャに興味を示したんじゃ!?」


「いえ、グラニアスに向かうのは予定通りリース様です」


「そう、それなら良かった」



 リースはほっとする。



「ですが、あの場でアイシャ様の名を出したことをライアン様はたいそうお怒りで」


「まあ、でしょうね。皇帝がアイシャの方がいいなんてことになったらお兄様卒倒してしまうわ」



 何故あれほどライアンが怒っているのかが分かった。


 皇帝がアイシャに興味を示し、妃にはアイシャをなどということになっては大変だ。

 せっかく同盟を取り付けたのに、ライアンがグラニアスに宣戦布告をしかねない。


 繊細で優しい性格のアイシャでは、皇帝の妃としてとてもではないが戦っていけないだろう。

 他の妃達に虐められ泣き暮らすのが目に見えている。

 それが分かっているから、リースもライアンもアイシャをグラニアスにやることを反対しているのだ。


 だが、宰相はリースよりもアイシャを妃として送りたかったのだろう。

 その宰相の行いには賛成できないが気持ちは理解できた。


 今なお怒り狂っているライアンの前で意気消沈している宰相に、リースは仕方がないと助け船を出す。



「お兄様、もうそのぐらいで。宰相ももう分かっているでしょうから」


「しかし、皇帝がアイシャに興味を持ってアイシャを妃にと言いだしたらどうするところだったか」


「宰相の気持ちも理解できるでしょう? 予定通り私が行くことになったのでしたらもう良いではありませんか」



 ライアンはまだまだ言い足りなさそうではあったが、予定通りに進んだ今、これ以上文句を言っても仕方ないと分かったのか、その矛を収めた。


 宰相は最後に深く頭を下げた。



「申し訳ございません。どうしてもリース様を他国に取られることが納得できず、アイシャ様であったらと思ってしまい」


「そう思っているのはあなただけではないし、仕方がないわ。でもグラニアスに行くのは私である必要があるの、それは分かるわね?」


「はい」


「それならいいのよ。私がいない間お兄様をお願いね」


「かしこまりました」



 まだ不満はあるのだろうが、一応は納得したようなので話はここで終わりだ。

 他にも宰相のように納得していない者は多いだろうが、さっさとグラニアスに行ってしまえば後はライアンがどうにかするだろう。



「リース、予定通りお前を側妃としてグラニアスにやる。出発は三日後。準備をしておくように」


「分かりました。行くと分かっていたので、すでにロゼットが準備をしておりましたからいつでも行けますよ」


「……いや、残念ながらすぐは無理だ。お前が嫁ぐと聞いて母上達が張り切っている。嫁入り道具がいるだろうとたくさん用意させているようだ」


「えっ……」



 リースは頬を引き攣らせた。



「お兄様ちゃんと説明したのですか!? 私は正妃としてではなく側妃として行くのですよ、三年もすれば帰って……」


「あの人達が話をちゃんと聞いてると思うか?」


「……私、出発まで旅に出ようかと思います。探さないで下さい」


「こら! テンションが高くなっている母上達をどうする!?」



 グラニアスに行くことより、あの母親達に捕まる方が恐ろしい。

 リースはすぐにこの城から姿を消そうと部屋を後にしようとしたが、目の前で扉が勢いよく開いた。

 そしてそこには三人の女性が興奮冷めやらぬ様子で仁王立ちしている。


 その女性達を見た瞬間、リースは他に逃げ場はないかと周囲を見回したが、あいにく出入り口は女性達のいる扉が一つ。逃げ場はない。



「もう、リースちゃんたら探したのよぉ」


「急に帝国に嫁ぐって聞いたからびっくりしちゃったわ」


「駄目じゃない、こんなところで油売ってちゃあ」


「お、お母様達……」

 


 思い思いに騒ぐこの女性達は亡くなったフィーリア王……リースとライアンの父の三人の側妃達だ。

 リースは、すでに亡くなっている正妃の子であるため血の繋がりはないが、我が子と同じように分け隔てなく育ててもらった。


 この三人は妃になる前からの友人同士で、一人が王の妃として迎えられると、離れたくない他の二人が自分も妃に迎えろと王に直談判して無理矢理妃に収まったという逸話がある。

 それ故、王の寵愛を競うべきライバルであるはずだが、とても仲が良い。


 しかし一人でもパワフルな彼女達は、三人集まるともう収拾がつかず、リースの父は妃にしたことを何度も後悔したとか。



「ほらほら行くわよ」



 一人がリースの手を掴むと、ずんずんと引っ張っていく。



「行くってどこにですか!?」


「もう、何言ってるのよ。輿入れのための準備に決まってるじゃない」


「いえ、それはロゼットがすませていますので」


「駄目よ、ロゼットは優秀な侍女だけど、あの子が選ぶドレスは地味なものばかりじゃない」


「そうそう。あちらでもなめられないように華やかなドレスを用意しなくちゃ」


「私達が選んであげるわね」


「私はシンプルなものが好きで、あんまり華美なものは好きじゃないですから……」



 そんなリースの訴えは母親達には届かず、すでにどんなドレスにしようかと盛り上がっている。



「お兄様、助けて」



 ライアンに助けを求めるが、巻き込まれてたまるかと、さっと視線を逸らされる。

 兄に見放されリースはひどいと絶望するが、人を手玉に取ることを得意とするライアンでも、この母達の前では無力なのである。


 リースはなすすべなくドナドナされていった。




***



 三人の母親達から解放されたのは数時間後。


 彼女達が満足するまで散々着せ替え人形にされたリースはもう疲労困憊。

 戦場を馬で駆け回るより疲れた。


 母親達は血の繋がった娘ではないリースにも良くしてくれて、リースも本当の母親と思い慕っているが、あのパワフルさには時々ついていけない時がある。


 きっと今日だけではすまない。

 あと三日、どう逃げるかを考えていると、廊下をパタパタと音を立てて走ってくる可愛い妹であるアイシャの姿を見つけて、リースは顔を綻ばせる。



「お姉様!」



 そのままリースに飛び込んでくるアイシャを腕に抱く。

 勢いあまって少しよろめくが、アイシャは年の割に少し小柄なので問題はなかった。



「お姉様、グラニアス皇帝の所に輿入れと聞きました、本当なのですか?」


「ええ、そうよ」



 肯定すると、アイシャはその大きな瞳を潤ませる。


 そんな姿を見ると、姉の欲目をひいてもアイシャは可愛らしいと思ってしまう。可憐という言葉がまさに合う。

 現在の王家は国民に好感を抱かれているが、それは王子王女が絶大な人気を誇っているからでもある。


 リースやライアンの場合、自分というものをよく知っていた。

 親からもらった恵まれた容姿。それを使い相手からどう見えるのか、どういう言葉を掛ければ好感を抱かれるのか、それを計算している。

 しかしアイシャの場合はそこに計算はなく、その笑顔にも裏がない。

 真っ白で純粋。それがアイシャだ。

 その計算のない無垢さに人々は好感を抱く。

 そんなアイシャだからこそ、人の笑顔の裏を読むことにたけたライアンが溺愛するのだろう。


 まあ、リース自身もシスコン気味であることは否定しないが。



「どうしてお姉様が行くのですか!? だってお姉様は加護持ちでいらっしゃるのですよ。お姉様はこの国になくてはならない方なのに、行くなら私が行くべきなのに」



 リースが皇帝の元に妃として赴くことは、端から見れば、同盟の代わりに人質として送られるととられてもおかしくない。

 アイシャもそう思っているのだろう。だからこそこんなに悲しんでいる。

 そんな必要はないというのに。



「アイシャを行かせるよりも私が行った方がいいというお兄様の決定よ。私も異存はないわ」


「ですが、皇帝は血も涙もない冷酷な方と聞きます、お姉様があちらでどんな扱いを受けるか」


「だったらなおさら可愛い妹をそんなところに行かせられないでしょう。大丈夫よ、私にはラヴィニールという大国の王であるお祖父様の後ろ盾があるのだから。皇帝も私を悪いようには扱わないわ」



 それでもなお、アイシャは納得ができないようだ。



「でも、やっぱり私が行く方が……」


「アイシャの気持ちは嬉しいけれど、あなたでは駄目なのよ。今回の同盟の取引として皇帝に加護持ちの力の使い方を教えるという決めごとがあるの。それを私が教えることになっているのよ。加護持ちではないあなたにはできないことよ」


「加護持ちならば別にお姉様でなくとも、この国にはたくさんいるではありませんか」


「誰でも良いわけではないの。皇帝はかなり力の強い加護持ちだから、暴走した時のことも考えて、彼の力を抑えられる力の強い加護持ちでなくては。今この国でそれだけの力を持っているのは私かお兄様、そして龍人族の加護持ちぐらいよ。お兄様は次期国王だし、龍人族を他国に出すわけにはいかない。それはあなたにも分かるでしょう?」



 龍人族、それはこの国の最終兵器。

 できるだけ他国には秘密にしておきたい者達だ。



「でも、お姉様はロイドやロゼットをグラニアスにお連れになるのでしょう?」


「あの二人は純血の龍人族ではないし、加護持ちでもないからいいのよ」


「うぅ、でも……」



 アイシャはリースが心配でならないのだろう。皇帝は自国の者達には絶大な人気があるが、他国から見たら恐れの対象だ。

 あまり評判が良いと言えないところに姉が嫁ぐのを何とか阻止したい様子だ。



「そんなに心配しなくていいのよ、どうせ三年もしたら帰ってくるんだから」


「三年ですか?」



 アイシャはきょとんとする。

 嫁いだらそう簡単に里帰りなどできるものではないし、グラニアスとフィーリアはかなり離れている。

 

 それにリースの言い方は里帰りという感じではなく……。



「グラニアスの決まりではね、側妃は三年経っても皇帝の子を身籠もらなかったら実家に返されるのよ」



 正妃はその限りではないが、側妃の場合は子ができなければ実家に帰るという選択肢ができる。

 属国から人質として連れてこられた者など、例外で残されている者もいるが、そうでない者は皆返されているという。

 別に人質として行くのではないリースなら、子さえ作らなければ帰れるだろう。


 ライアンもそのつもりで、正妃ではなく側妃としてと皇帝に強調した上でグラニアスに送ることにしたのだ。



「そうなのですか? じゃあ、お姉様は三年したら帰ってこられるの?」


「そのつもりよ」



 そう聞くと、アイシャは嬉しそうに表情を明るくしていく。



「本当に本当!?」


「ええ、何事もなければね。三年もあれば皇帝に力の使い方も教えられるでしょうし、お兄様も王としてお立ちになって国内を平定しているでしょう。私が戻ってきても問題ないわ。だから三年良い子にして待っているのよ」


「はい、お姉様!」



 元気よくいい返事をするアイシャの頭をリースは撫でた。



 その後アイシャと別れて自室へと戻ったリース。



「おかえりなさいませ、姫様」



 自室に入ると、侍女のロゼットがリースを迎えた。



「ただいま」



 リースはそのままソファーに倒れ込むように座る。



「お疲れ様でした」


「ええ、ほんとにね。お母様達のあのエネルギーはどこから来ているのか知りたいわ。お茶を入れて、ロゼット」


「そうおっしゃると思ってすでに用意しております」


「さすがロゼット」



 ロゼットが淹れたお茶を飲みながら、リースはテーブルの上に置かれたロイドからの報告書を読んでいた。



「そうそう、ロゼット。ロイドにはもう会ったの?」


「はい、先ほど」


「そう、良かった。私の世話なんか後にして二人でゆっくりして来て良かったのよ?」


「いえ、話はグラニアスに行ってからもできますから。それに姫様のアリバイ作りをする者が必要でしょう?」



 リースは報告書をテーブルに置くと、ふふっと笑みを見せた。



「ロゼットには私の行動はお見通しね」


「姫様の侍女ですから」



 リースは残ったお茶を飲み干すと、立ち上がり隣の部屋へ。

 少しして戻ってきたリースは、王女が着るにはかなりみすぼらしい服を着ていた。



「じゃあ、町に行ってくるわ。三日後の朝までには帰ってくるから後のことはよろしくね」

 

「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」



 深々と頭を下げるロゼットを残して、リースは城を抜け出し町へと向かった。







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