1章 エピローグ
帝国へと戻ってきて、応接室でようやく一息吐けたユリウスに、アルウィンはニヤニヤとしている。
「なんだ、気持ち悪い」
ギロッと睨まれても、アルウィンはその程度では怖がらなかった。
いちいち怖がっていては、ユリウスの右腕として立つなどできるはずがない。
「ねえねえ、あの侍女殿とずいぶん仲よさげだったじゃない」
「……そんなことはない」
即答できない時点でかなり怪しい。
「だってさ、ユーリ様だってぇ。これまで陛下のことをそんな風にあだ名で呼んだ女性がいた? そもそも陛下が許さなかったって方が正しいかもしれないけどぉ」
アルウィンの顔はユリウスをからかえることで非常に楽しそうである。
しかし、ヘラヘラとした顔はすぐに引っ込めた。
「でもさ、駄目ですよ。彼女はあくまで侍女。もし敗戦国の人質としてやって来た姫の侍女ならお手つきにしても問題ないだろうけど、フィーリアの姫はラヴィニール王の孫娘でもあるんだから。その侍女をお手つきなんかにしたら、姫を侮られたとラヴィニールが口を挟んで来る可能性がありますからね。本気で好きになる前に距離を置いた方がいいですよ」
真剣にユリウスのことを思っての、真面目なアドバイスだった。
しかし、ユリウスはおもむろに両手で顔を隠す。
「もう遅い……」
もう好きになった後だと、言葉少なに呟いてうなだれるユリウスに、アルウィンは「はあ!?」と、大きな声を上げた。
「なにをやってるんですか! まずいでしょそれ!」
「どうにかならないか……?」
「なるわけないでしょう。フィーリアならまだしも、ラヴィニールが関わってくるんだし!」
「やっぱりそうだよな……」
目に見えて落ち込むユリウスに、アルウィンは友人であり主でもあるユリウスの恋の応援をしたいが、相手が悪すぎる。
「諦めろとしか言えないんだけど」
憐憫を含んだ眼差しで見られ、ユリウスもどうしようもないことなのだと改めて理解させられる。
その時、ノックがされた。
「フィーリアの姫君がお越しです」
一気に緊張感が走る室内。
アルウィンはユリウスの肩に手を置く。
「頼むから平常心で。侍女殿ばっかり見てちゃ駄目ですからね」
「分かってる」
何度か深呼吸をして心を整えてから入室の許可を出す。
そして入ってきた人物に、ユリウスとアルウィンは目を大きくした。
***
無事にグラニアス帝国の宮殿に入ったリース達には、後宮でもっとも格式の高い宮殿が与えられた。
そして、その時点で入れ替わりは終了だ。
ロゼットは着慣れた侍女の服にほっとした顔をしている。
そしてリースも、侍女の服を脱いで徹底的に洗い上げられると、ドレスを着て着飾った。
といっても、もともとシンプルな服装が好みのリースはあまり華美にはしない。
いつもなら「もっと着飾ればいいのに……」と、不満でいっぱいのロゼットも、ドレスのつらさを理解したためか、文句を言うことなく準備を手伝ってくれている。
入れ替わりはリースにとっても利点があったようだ。
そして、着替えたリースが、リースとしてユリウスへ挨拶に向かう。
入室して目に飛び込んできたのは、ぽかんとした顔で固まるユリウスとアルウィンの姿だ。
予想以上の反応に、リースはクスクス笑う。
すると、ユリウスがはっと我に返った。
「は? 一体どういうことだ? どうしてロゼットがドレスを着ている」
「ロゼットはこの子ですよ」
リースは背後に立つロゼットを示す。
さらに混乱するユリウスが声を発する前にアルウィンが発言した。
「え、いえ、ですが、影武者だったとフィーリアの王太子殿下が……あーっ!」
そこでようやくアルウィンは気がついたようで、ユリウスの肩を掴んでガクガクと前後に揺さぶっている。
不敬罪にならないかと心配になる勢いだ。
「陛下! 一杯食わされましたようです!」
「どういうことだ?」
まだユリウスの方は頭が回っていないらしい。
無理もない。
今回の旅で、リースと誰より長くいたのはユリウスなのだから。
「フィーリアの王太子殿下は危険だから影武者をっておっしゃっていましたが、戦争の時なのか、旅の時のことかはっきり断定していなかったでしょう?」
「つ、つまりどういうことだ?」
「どうして急にポンコツになるんです! だから、俺達はてっきり危険だから戦時中彼女が姫の影武者をしていたとい思っていましたが、そうではなく、旅の時に危険だから侍女を姫の影武者にするってことです。なので、目の前にいる方が本物のリース姫だっていうことですよ」
アルウィンは興奮混じりにユリウスに教えている。
リースはよくできましたと褒めるようにパチパチと拍手した。
「ご丁寧な説明ありがとうございます。では改めまして、この度に陛下の側妃になりましたリースと申します。三年間どうぞよろしくお願いいたします」
リースはそう告げて綺麗な礼を取った。
しかし、その言葉に疑問を持ったのはユリウスだ。
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「待て。三年間?」
「ええ。だって正妃と違って側妃は、三年子供ができなかったら実家に帰ることが可能でしょう? 三年もあれば加護持ちの制御の仕方を教えるには十分でしょうから、お教えしたら国に帰りますね」
「駄目だ!」
ユリウスが勢いよく立ち上がった。
「側妃の件はなしだ。正妃になれ!」
リースを逃すまいという執念が見える。
その瞬間、リースの目が剣呑に光った。
「正妃になれ? それは命令ですか?」
にっこりと微笑むリースの笑顔には言い知れぬ圧があった。
「め・い・れ・い・ですか?」
強調しながら再度問いかけるリースに、ユリウスは己の失態を悟る。
「すみません、調子に乗りました、申し訳ありません。お願いですから正妃になってくだい、この通りです」
ユリウスは恥も外聞もなく、その場に跪いてリースのドレスの裾に口づけた。
「ええそうですよね。いくら皇帝といえども謙虚な気持ちを忘れてはいけませんよね。特にプロポーズする時に上から目線で傲慢な言葉を吐くなど悪手でしかありませんもの。百年の恋も冷めると思いませんか?」
「おっしゃる通りです」
ユリウスは全力で下手に回る。
無敗の皇帝が唯一膝を屈した女性だと、一気に噂が拡散したことをユリウスが知るのは数日後になってからだった。
1章はこれにて完結です。
まだまだ続きますが、次の更新まで少し時間が空きそうなので、一旦完結とします。
ありがとうございました。




