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追っ手



 誰もが寝静まった深夜、リースはなんの前触れもなく目を開け、ゆっくりと起き上がる。

 その目はいつにない真剣さがあった。

 そんなリースにかけられる声。



「どうした?」



 横を見ればユリウスが同じように身を起こそうとしている。



「起こしてしまいましたか?」


「そもそも寝ていない」


「どうしてです? 寝ないと疲れは取れませんよ」



 リースはこてんと首をかしげ、ユリウスはリースが疑問を投げかけること自体に不満を待っているようだ。



「この状態で寝られると思うか? お前はずいぶんと気持ちよさそうに寝ていたがな」



 その言葉には嫌みが含まれ、やややさぐれている感がいなめないが、リースはどうしてユリウスの機嫌が悪いのか理解できずにいた。

 そして、最終的にまあいいか、とあっさり流す。



「寝つきはいい方ですから」


「羨ましい限りだ」



 そう言って、ユリウスは疲れたようにため息を吐く。

 


「ですが、すぐに起きてくださったのは助かります。今すぐ出ますので、準備してください」



 リースは早々とベッドから下りると、身支度を整える。

 と言っても、持ち物は着ていたワンピースと靴ぐらいなものだ。

 それはユリウスも同じで、靴を履いてしっかりと紐を結ぶ。



「追っ手か?」



 余計な説明はいらないと目で伝えてくるユリウスに、理解が早くて助かるとリースは口角を上げた。

 


「こんな真夜中に大勢で無粋ですこと」


「大勢……。そんなにいるのか?」


「ええ、予想以上に。あちらも見つけるために手当たり次第なのでしょう。私達がここにいると確信があるわけではなく、あの川の下流にある村や町を順に追っているようですね」



 リースは窓からそっと外を窺う。

 部屋には灯りがないので、向こうからこちらは見えないはずだ。



「ユーリ様、見えますか?」


「松明の火がいくつか見えるな」



 リースはおもむろにユリウスの手を握る。

 ぎょっとし、驚きのあまり反射的に振り払おうとしたユリウスだが、リースはそれ以上の力でぎゅっと握る。

 


「私が誘導します。もっと目に力を集中させてみてください」



 そう言われるまま、ユリウスは抵抗することなくリースに従い、リースはユリウスの力を感じながら、力を制御できるように補佐する。


 一見すると手を繋いでいるだけのように見えるが、加護持ちの力を誘導して力を使わせるのには、相当の経験と力量がいる。

 誰もができることではなく、ユリウスのように強い力の加護持ちならばなおのことだった。


 リースはライアンよりそういったことが得意だったので、わざわざリースが選ばれた理由でもあった。

 ライアンの王位を確実にするための準備として、リースの存在が邪魔だったのが一番の理由ではあるが、決してそれだけが理由ではないのだ。



「あ……」



 小さく声を上げたユリウスは、驚いたように目を見張っている。

 そして、その目は確実に闇夜に身を隠す敵の姿を追っていた。



「見えましたか?」


「ああ。夜なのにはっきりと見える」


「それはよかったです。手を離しますが、維持できますか?」


「少し待ってくれ」



 そして言われた通り少し待つと、ユリウスの方から手を離した。



「問題なさそうだ」


「では、すぐに出ましょう。この家の方にご迷惑をかけるわけにもいきませんから」


「分かった」



 リースとユリウスは足音を立てないように気をつけながら、そっと裏口から家を後にした。

 しばらくして、松明を持った敵が先程までいた家の扉を乱暴に叩いているのを離れたところから確認する。

 


「皆、もしあの無礼者が村の人に手を出しそうになったら助けてあげて」



 精霊達は迷わず手を挙げて了承すると、村のあちこちに散っていった。

 


「ユーリ様、私達も行きましょう。闇夜でも問題ありませんか?」

 

「ああ。真昼のようにはっきり見えている」



 筋がいいなと思い、リースは微笑む。



「行きましょう」


***


 入れ違うようにして村から抜け出した二人は、真っ暗な森の中を灯りもないのに難なく歩いて行く。

 ユリウスは物珍しそうにきょろきょろしていた。



「ユーリ様、そんなにあちこち見ていては、転んでしまいますよ」



 せっかく加護の力により昼のように周囲が見えていても、足下がおろそかになったら意味がない。

 その時、リースの耳が動物の鳴き声を捉えた。

 


「ちょっとマズいですね」


「どうした?」


「恐らく狼か犬の類いでしょう。匂いで後を辿られてしまいます」



 ユリウスの表情も厳しいものになった。

 ここまで追ってきたのも調教された動物の嗅覚を頼りにやって来た可能性がある。

 リースだけならば加護の力でどうとでも逃げる自信があるが、ユリウスにはまだ難しいだろう。

 四足歩行の動物相手に、人間の足ではすぐに追いつかれてしまう。

 リースは急いで隠れる場所を探す。

 


「どうするんだ?」



 追われていながら焦りや動揺をあらわにすることなく、冷静でいるユリウスが問う。



「こういう時こそ加護持ちの力の見せどころですよ」


 リースは目の前をふよふよと浮かぶ精霊の後を追いかけ走っていくと、そこにはユリウスの身長より少し高さのある洞窟の入り口があった。



「ユーリ様、ここに入ってください」



 無駄口を叩かず入ったはいいものの、ユリウスもそれで大丈夫だなどと思ってはいない。

 


「どうするんだ?」


「こうするんです」



 リースがトンと地面を叩くと、蔦がズルズルと伸びて入り口を隠し、さらには岩が盛り上がって入り口を覆った。



「これは……」


「しっ」



 驚いた声を上げるユリウスの口を、リースは慌てて手で覆った。

 そのすぐ後に、狼の鳴き声が近くで聞こえてきて息を潜める。

 さらには人の声もしてきた。

 


「見つかったか?」


「いいや。だが近くにおるはずだ。さっきの村のある家に、商人を名乗る夫婦が訪れたと言っていたからな」


「なら、方角からしてこちらか」


「夜ならそう遠くには行けないはずだ」



 そんな会話の中、狼のはっはっとした息遣いが近くで聞こえ、息を呑む。

 さすがのリースでも動物は欺けないが、人間に動物の言葉が理解できないのは幸いだった。



「ほら、なにしてる。そこはただの岩壁だ。なにもないぞ」



 その者達はしばらくして周辺を探してから先に向かったようで、声は聞こえなくなった。

 ほっと息を吐くリースとユリウス。

 しかし、まだ他にいないとも限らないので声を小さくする。



「馬鹿な相手で助かりましたねぇ」



 場にそぐわぬ緊張感のないのんびりとした声を発するリースに、ユリウスもだんだんリースの性格を理解してきたのか、なにか言いたそうにしつつも口をつぐんだ。



「馬鹿でも外に出るのは危険だ。下手をすると村の住人を人質にされかねない」



 そんなユリウスの言葉にリースはクスクスと笑ったが、ユリウスはどうして笑われているのか不思議そうにしている。



「村の人が人質になり得ると思われているんですね。冷酷な皇帝陛下なら、他国の人間など取るに足らないと切り捨ててしまうでしょうに」



 途端に苦虫をかみつぶしたような顔をするユリウスは、今になって自分の発言がらしくないと思い至ったらしい。



「やはり噂と現実は違うものですね」



 まるで春の温かな日差しのような柔らかい笑みがユリウスに向けられる。



「そんなんじゃない……」



 ユリウスは不服そうだが、ユリウスの言動がそれを裏切っていた。



「やはり偽物はしょせん偽物ですね」


「どういう意味だ?」



 リースの小さな呟きを拾ったユリウスが訝しげな顔をする。

 しかし、本当の意味は知らなくていいと、リースは首を横に振る。



「こちらの話です。気にしないでください」



 もしリースなら、迷わず切り捨てただろう。

 リースにとって大事なのは自分に関わりのある者だけであり、その中に関係ない他国の者は含まれていない。


 先程村の人を守るように精霊に頼んだのも、一宿一飯の恩義であり、それ以上の理由はない。

 たとえ人質に取られたとしても、リースは天使のように慈愛に満ちた笑顔で彼らを見捨てる選択ができる。


 浮かべているのは、人によく見られるようにした偽物の笑顔。

 見た目からすると虫も殺さなそうなリースだが、本来ある性格は冷酷だ。

 ユリウスを冷酷無慈悲などと知らぬ者が評価するが、あくまで本当のユリウスを知らぬ者の評価でしかない。

 きっと元来の性格は優しさで溢れているのだろう。


 だが、リースは違う。

 リースをよく知る者こそ、リースを冷酷だと評価する。

 ライアンもしかり。

 多くの者が見た目に騙されている。

 真に優しいのは誰なのか、他人は表面的なものでしか計ろうとしないのが、リースはおかしくてならなかった。



「どうして同じ加護持ちなのにこうも性格が違うのでしょうね……」



 何度となく抱いた疑問だが、それは精霊から答えはもらえなかった。



「えーっと、なんでしたっけ?」


「この後どうするかだ」


「ああ、そうでしたね。とりあえずは夜明けを待ちましょう。その間に付近からはいなくなっているでしょうから」


「どうしてそう言える?」

 


 あまりにも断言したためにユリウスは不審がっている。



「精霊に彼らを森から追い立てるようにお願いしておきましたから」


「いつの間に……」


「精霊とは実際に声に出して意思疎通するだけではないのですよ。頭の中の考えを伝えることも可能です。ユーリ様にはまだ早いのですけど」



 少々残念そうにしているユリウスからは、だんだんと精霊への苦手意識が薄れていっているのが分かる。

 この調子でいってくれることを願うばかりだ。




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