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敗戦したのは

 穏やかな風の吹く晴れ晴れとした空の下、グラニアス皇帝ユリウスは戦場を見渡せる場所で、馬上から敵であるフィーリア軍を見据えていた。


 太陽の下で輝きを見せる銀色の髪に、冷酷非情と呼ばれるその冷たさを写したかのようなアイスブルーの瞳。

 整ったその容姿はまるで作り物のようで、より彼の冷酷さを際立たせているように見える。



 フィーリアへと進軍してきたグラニアス軍はフィーリアの王都の外に陣を敷いた。

 そして城と王位の明け渡しを要求、なされない場合は明朝に戦闘を開始すると勧告した。


 小国と大国。軍事力の差は歴然であり、すぐに白旗を揚げるだろうと思っていたが、予想に反してフィーリア側は徹底抗戦する方を選んだ。

 これにはユリウスも呆れを通り越し憐憫すら感じた。

 それは王に対してではなく、これから蹂躙される兵士に対してだ。

 グラニアス軍を前に小国であるフィーリア軍が勝つ見込みなど一切ないのだから。



 進軍の理由はすでにフィーリア側に伝えてある。

 しかしフィーリア側は事実無根と反論した。証人である暗殺者も証拠もこちらの手の内だというのに。

 

 ユリウスは、自分に、そして帝国に害をなそうとする者を許さない。

 二度とそんなことを思いすらしないように、そういう者は徹底的に潰すことにしている。

 帝位継承問題で国が荒れた時も、己に反逆する貴族は徹底的に粛正した。それは血の繋がった皇族も例外ではなく、ユリウスと帝位を争った異母兄弟もその中に含まれていた。

 血を分けた兄弟に対しても容赦のない行いに、貴族達からは冷酷だとか非情だとかと恐れられていた。

 しかしそんなことはユリウスは気にしていなかった。

 やらなかったらやられる、あの時はそういう状況だったのだから。


 それは皇帝を継いだ今とて、さして変わらないのかもしれない。

 大国が揺らいだのを切っ掛けに多くの国々がグラニアスに牙を向けてきた。

 ユリウスは国を守るために、まだグラニアスという大国は健在であると示すために、容赦なく敵を屠ることでそれを示すしかなかった。

 無敗を続けるユリウスに、国内の中立だった貴族達もユリウスを認めるようになり、国内は安定した。

 それにより他国から戦を仕掛けられることは少なくなった。


 とは言え、それは表向きのことで、命を狙われることは多々あるのは確かだ。

 表だって勝てないので、暗殺者を差し向けられるのは珍しくない。

 しかし今回のフィーリアが差し向けてきた暗殺者はかなり堂々としていた。

 真っ昼間の人目のある中で旺然と殺しに掛かってきたのだ。

 

 よくもまあ人目のある中、城内の、それも皇帝の近くまで来ることが出来たものだと驚きだが、ユリウスの側近に手引きをした者がいたのだ。

 ユリウスが帝位争いをするにあたり、昔から手を貸し、ユリウスも信頼していた者だったから、それにはかなり驚いたし衝撃でもあった。

 だが、その者の家からフィーリア王と交わしたフィーリア王の王印が押された書簡が出て来たのだから間違いはない。

 こんな言い逃れができない証拠が出て来たのでは、ユリウスとしてもフィーリアに対して口をつぐむという選択肢はなかった。


 今まで暗殺者を仕向けてきた者達への見せしめも含め徹底的に潰すつもりでいた。


 そうして始まったフィーリアとの戦争だが、最初ユリウスは余裕の表情で戦況を見ていた。

 軍への指示も他の者に任せ、勝敗の見えた戦いを退屈に見ていた。


 しかしどうしたことだろうか。

 確かに地の利はフィーリア側にある。

 それに小国と思い、いつもより少なめの兵士で挑んだこの戦い。

 それでもフィーリアには圧倒的多数ですぐに決着は付くと思っていたのだ。

 それなのに決定打に欠け、戦いは予想外に長引いている。ユリウスはそれまで浮かべていた余裕そうな表情を次第に険しいものへと変えていった。



「この戦力差で見事なものだ」



 戦いの最中にも関わらずそう言ってどこか楽しそうに話すのは、ユリウスの側近アルウィン。

 グラニアスの将軍の一人でもあるアルウィンは、女性が好きそうな甘い顔立ちで、フェミニストを有言実行する自他共に認める女好き。

 女性にこの上なく優しいので女性からの人気も高い。

 私生活はただれにただれているが、軍人としては最上級。剣の腕はグラニアスで一、二を争う実力を持っている。

 ユリウスとは幼なじみで、ユリウスが気を許す数少ない人物だ。



 ユリウスと共にこのフィーリアにやってきたアルウィンは、兵力差がありながら善戦するフィーリアに感嘆する。



「凄いじゃないか。こんなに頑張るなんて予想外だったね。さて、どうする、陛下?」


「楽しそうにするな、遊びに来てるんじゃないんだぞ」


「分かってるよ。でも最近は手応えのない戦いばかりだったからついね。まさかこんなに接戦になるなんて思いもしなかった。フィーリアの情報はほとんど手に入らなかったからね。よほど指揮官がいいんだろう。兵達の動きが良い」


「そうだな。まさかこんな小国にまともに兵を指揮できる者がいるとは思わなかった」



 何度も戦争を経験してきたユリウスとアルウィンから見ても、フィーリア軍の動きは目を見張るものがあった。

 大国を前にしても一歩も引かず、士気を維持できているのがすばらしい。



「陛下の命を狙ってきただけの気概はあったってことかな? でもどうしてフィーリアが陛下を狙ってきたのかは分からないけど」



 フィーリアとグラニアスは特に国交もなく、ユリウスが生きていようが死んでいようがフィーリアには何の関わりもないはずなのだ。命を狙う理由が思い当たらない。



「さあな、小者のやることはいつも理解不能だ」


 

 そんな無駄話をしている間に戦況が動いた。



「……おっと、のんびり話してる場合ではなくなってきたみたいだ」



 それまで拮抗していた両者だったが、なんとここにきてフィーリア軍が押してきたのだ。無敗を誇るユリウス率いるグラニアス軍をだ。

 これには、それまでにやついていたアルウィンも表情を引き締める。


 ユリウスはすぐさま指示を出した。



「押されてる部隊をそのまま後方に下げていけ。俺が出る」


「えっ、陛下が出るの?」


「俺の力で一気にすませた方が早い」


「確かにそうだけど、大丈夫なの?」



 ユリウスが例の力を制御できないことはアルウィンもよく分かっていたので不安そうだ。

 何せ以前他国と戦争があった時、その力を使って勝てたはいいが、味方にもけっこうな被害が起きたことがあったからだ。

 アルウィン自身もそれによりやけどを負ったことがあるので、あまりその力を使うことは賛成しかねる。


 ユリウスの持つ力は敵を一気に屠るだけの強大な力がある一方、その強すぎる力を制御できず味方にも被害を及ぼしてしまう危険性もあった。


 その危険性を十分分かっているだろうはずの、とうのユリウスは、小国相手に押されているという今の状況が我慢ならず、力を使う気満々だ。



「巻き添えを食らわせないために味方を下げるんだろうが。とっとと動け」


「はいはい、味方には被害がいかないようにして下さいよ」


「善処はする」



 ユリウスの指示通りに軍が動き出すとユリウスも手綱を持ち、馬を走らせた。

 その後ろからアルウィンとその部隊が後を追う。

 

 味方の兵をかき分けるようにして戦いの中央部の前線へとやってきたユリウスは、剣を抜き馬を止める。

 すぐにユリウスを守ろうとアルウィンの部隊が守りに入ろうとするが、それをアルウィンが止める。



「あまり近付くな、巻き添えを食うぞ!」



 ユリウスはじっと敵の動きを見つめる。

 段々前線が押されフィーリア軍が近付いてくる。

 それでもユリウスは動かず機を見計らっていた。

 前線にいるので時々矢がユリウスの元にも射られてくるが、何故かユリウスに当たる前に矢は力をなくしたようにぽとりぽとりと足下に落ちていく。

 そこに何か見えない壁があるかのようにユリウスは守られていた。


 じわじわとグラニアス軍は押され、最前線はもう目と鼻の先。

 そこでようやくユリウスは動いた。

 剣を横に一閃した。

 するとグラニアス軍とフィーリア軍の戦いを遮るように突然炎の壁が出現した。



「なんだこれは!?」


「火!? いったいどこから!」



 炎はどんどん高くなり向こう側を見えなくするほどの高さとなったが、突如現れた炎にフィーリアの兵は炎の壁の向こうで動揺していると分かる。



 逆に味方側からは歓声が上がる。



「さすが陛下だ!!」


「陛下がいれば負けなしだ!」



 フィーリア軍に押され、少し落ち込み気味だった士気がここにきて一気に盛り上がる。


 しかし盛り上がってばかりもいられない。

 ユリウスはこの力を制御する術を持っておらず、このままでは味方にも被害を及ぼす。


 付き従ってきたアルウィンの部隊が急いで兵達を後ろへ下がらせるが、制御のきかない炎はたちまち荒れ狂い始めた。



「くっ」



 ユリウスは表情を歪め必死で制御しようと試みるが、これまでできた試しはなかった。



「陛下、大丈夫ですか!?」


「あまりもたない。右翼と左翼から回り込んで挟みこめ!!」


「はっ!」



 指示を受けたアルウィンが馬の手綱を引いて方向転換したその時、ごうごうと燃え盛っていた炎の壁が一瞬にして消失。

 それと共に一気にフィーリアの兵が雪崩れ込んできた。



「なっ」



 炎が突然消えるなどということは今までなかったため、ユリウスは体を硬直させて驚いたが、すぐに我に返り、これ以上フィーリア軍を中枢に侵入させないためにもう一度炎を放った。

 しかしまたしても炎は何もなかったかのように消失する。



「どういうことだ……?」



 唖然としているユリウスに、戦場には場違いな高く澄んだ女性の声が聞こえてきた。



「第一部隊は左翼に回って! 中央部隊はそのまま前進!!」



 こんな戦場に女性がいるのかと、はっとしてユリウスが声のした方を向く。

 馬上から指示を出すその女性の姿にユリウスは引き込まれた。

 周囲の喧噪も忘れ魅入っていると、刹那その女性と視線が絡まった。


 宝石のように輝く意志の強そうな紫紺の瞳。


 ユリウスは動けずにいると……。



「陛下、お下がり下さい!」



 アルウィンの声に我に返る。

 直後、味方から放たれた矢が雨のように女性に降り注いだ。



「あ……」



 この時思わず女性の心配をしてしまっていたが、そのことにユリウス自身は気付いていなかった。


 しかし、その心配は杞憂のものだった。

 確かに女性に向けて降り注いだ矢は数が多く、とても防ぎきれるものではなかった。

 だが、そんな矢の雨はまるで彼女を避けるように地面へと突き刺さる。

 どうしたって確実に当たっていたはずの矢すら、明らかに女性に当たる前に不自然に向きを変えて落ちていく。


 矢を射った兵達はその光景に動揺が隠せなかったが、ユリウスは別の意味で動揺した。



「俺と同じ?」



 ユリウスも矢が避けていくという同じ経験が何度もあるので、女性も同じように矢が避けていくことに驚いた。

 これまで自分以外にそんな者と会ったことはなかったから。


 女性はユリウスを見据えると、馬を駆け向かってきた。

 すぐさまアルウィンがユリウスの前に出て、女性が振り下ろした剣を自らの剣で受け止める。



 戦場の最中であることを思い出したユリウスは、気合いを入れ直し女性に向けて炎を放った。



「アルウィン、どけ!」



 巻き添えを食わないよう、アルウィンはさっと避け、炎は女性に当たる。


 女性は手のひらでその炎を受け止めると、燃えるどころか炎は何事もなかったかのように一瞬で消え去った。

 女性の手のひらは一切やけどの類いをしていない。



「なっ!?」



 己の炎が効かない。

 そんなことは今までなかったユリウスはこれ以上ないほど動揺した。

 これまで戦いで窮地に陥った時もこの力が状況を覆してきた。それが効かない。



 すると女性が口を開く。



「どうやら情報通り力が制御できていないようですね。加護を持っていながらもったいないこと」


「加護?」


「精霊達が悲しんでいますよ」


「精霊? さっきから何を言っている!?」


「残念ながら今あなたと話している時間はありません」



 その時、グラニアス軍の後方でざわめきが起こった。



「陛下、伏兵ですっ!! 後方が攻撃されています。それに左翼にも兵が。このままでは挟み撃ちになってしまいます」



 前方、後方、そして左方にも敵。

 このまま囲い込まれたら逃げ道がなくなる。

 これ以上続けても無駄に兵を失うだけになってしまう。

 小国だからと完全にフィーリア軍を甘く見すぎたようだ。


 だが、たとえそれでもユリウスの力があればどうにかできたはずなのにそれすら効かない。


 チッと舌打ちしたユリウスは女性に鋭い眼差しを向ける。

 彼女は軍に指示を出していた。おそらくかなり高い地位にいる者のようだ。



「撤退だ。アルウィン、そう全軍に指示を出せ。拠点まで下がる」


「はっ!」



 ユリウスが指示を出していると、フィーリア軍の後方から女性の元に何騎かの馬が駆けてきた。



「リース様、我々を置いていかないで下さいよ!」


「問題ないわ」


「問題大ありです。姫様に何かあっては困ります!」



 女性はやれやれといった様子で、馬を方向転換させると、ユリウスを振り返った。



「またお会いしましょう、皇帝陛下」



 そう言って女性は人の波の中に下がっていった。



「姫だと?」



 ユリウス治世において初めて敗戦という苦渋を与えたのは、なんと小国と侮られたフィーリアだった。





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