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落下


 リースは流れるような剣さばきで敵を屠っていく。

 その剣先に迷いはなく、血しぶきが舞おうとも顔色一つ変えはしない。


 箱庭の中で荒事からは切り離され、大事に育てられた普通の姫ならば卒倒するだろうが、叔父との王位争いの中で誰よりも先頭に立ち戦ってきたリースには今さらすぎる。


 決して気持ちのいいものではないが、血を見て気分を悪くするような段階はとうの昔に過ぎていた。

 ただし、姫でなく仮の姿である侍女としてもリースの姿は異様に映るようで……。



「強すぎん?」


「あれで侍女とかフィーリアはどうなってんだ?」


「兵士だったらもっと強いのか?」



 などなど、奇襲を受けた戦いの中でグラニアスの者達が一番ざわついたのは、リースの圧倒的なまでの強さだった。



「陛下とどっちが強いと思う?」


「え、うちの陛下であってほしいんだけど……」


「けど戦争には負けたよな……」



 その言葉で誰もが沈黙する。

 それ以上へたになにか言うと不敬になりそうな予感がしていたので言及をさけた。

 自国の皇帝の方が弱いなど、口が裂けても言えるはずがない。

 だが、確実に兵士達の心の声は同じだったろう。


 リースの戦いを見ていれば嫌でもその強さが分かる。

 さらには彼女が使う加護持ちという力は驚異以外のなにものでもなかった。



「なんかさ、フィーリアの奴らに話を聞いたらフィーリアの王太子も同程度の力を持ってるとかなんとか……。最初、あんな小国と同盟するなんてって不満はあったんだけど、陛下の判断は正しかったよな」


「あの子一人でうちは撤退したようなもんだし……」 


「さすが陛下、先見の明がおありになる」



 グラニアス兵士の中で急上昇する、フィーリアの危険さが話題になる。



「そこ! なにをのんびりくっちゃべっている! そんな余裕があるなら陛下をお守りしろ!」


「はっ!」



 上官の叱責に兵士達はおのおの剣を持ち振るっていった。

 しかし、場所が悪い。

 崖に添った道は横幅が狭く、横からの攻撃にどうしても弱くなり、対応が後手後手に回ってしまう。


 幸いにもリースの力により弓矢の攻撃で負傷する者はいないが、どうも相手は地の利を知り尽くしているように感じた。


***


「くそっ」

 


 思うように対処できないユリウスは舌打ちをし、苛立たしげに敵を睨みつける。

 そして、手を前に出したところで、リースの待ったがかかった。



「いけませんよ、陛下」



 この修羅場にありながら部屋でお茶を飲んでくつろいでいる時のようなゆったりとしたリースの声に、戦場であることを忘れそうになるが、リースの持つ剣についた血が確かな今の状況を物語っていた。


 リースの言葉でいったん力を使うのを止めるユリウスの顔は不満そうだ。



「どうして止める?」


「ご自分がまだ力の制御ができていないのをお忘れですか? こんな狭い道幅で陛下が盛大にたき火をしようものなら、味方まで丸焦げになってしまいますよ。皆さんを焼き芋にしたいんですか?」


「それは勘弁願いたいなぁ……」



 アルウィンはその光景を想像して口元を引きつらせた。

 たき火などという言葉では済まない火力と勢いになるだろうことは、ずっと側で戦ってきたアルウィンがよく分かっている。



「力を使うなら制御できる自信を持ってからしてください。迷惑ですから」


 びしっと厳しい言葉がユリウスに突き刺さる。



「迷惑……」



 表情には出ていないが、ユリウスはショックを受けている様子。



「あー、ロゼット殿。一応うちの陛下なんで、やんわりお願いしたいなぁ……なんて」



 あまりにも遠慮のないリースに、さすがのアルウィンも黙っていられなかったようだ。

 けれどそれはアグニのように怒る感じではなく、よく皇帝相手にそんな強気な発言ができるなという感心と忠誠心との間で揺れ動く複雑な感情を表していた。



「それは失礼いたしました」



 にっこりと微笑むリースは絶対に失礼などと思っていない。

 事実を言ってなにが悪い、という心の声が今にも聞こえてきそうだ。

 アルウィンもどうしたものかと困った顔をする。


 いつもならばアルウィンが動くより先に無礼者をその手にかけようとして、アルウィンがユリウスを止める方なのだが、リースに関しては何故かユリウスはいつもの調子を失う。



「とりあえず、水ならまだしも火は駄目です」


「水など使ったことがない……」


「では使わないでください。いいですね」


「う、分かった……」



 戦場で無敗の皇帝と近隣国から恐れられる皇帝の姿はなく、そこには年下の少女にたじたじになっているただの一人の男性であった。


 至高の皇帝に対しまるで幼子に言い聞かせるようなリースに、アルウィンの『皇帝だから』という言葉はまったく響いていないのが分かる。

 だが、それ以上に驚くのはユリウスの反応で、リースの注意にちゃんと聞いて受け入れている。

 アルウィンは唖然とするほどに驚いた。



「いや、ほんと、ロゼット殿はどんな魔法を陛下にかけたのやら」



 アルウィンの声には感心とともに、ほのかな喜びが含まれている。

 それはこれまでのユリウスの生い立ちや、普段のユリウスの状況を間近で見て憂いてきていたからだ。

 誰の意見も聞かない、孤高の皇帝。


 アルウィンがいながらも、決して踏み込めない一線を作っているユリウスが、リースにはあっさりとその一線を踏み込ませているのを感じていた。


 リースが関係なく遠慮なしにズカズカ入り込んでいる気もするが、それは人によって判断が分かれるだろう。



「侍女なのが惜しいな。もし彼女が妃になる姫だったなら……」



 ぼそっとアルウィンは残念そうに呟いた。


***


 戦況は膠着状態なまま、グラニアス兵士の力量があればこそなんとか踏みとどまっている状況。

 一つのほころびで一気に崩れ落ちてしまいかねない緊張感があった。

 そこへなにを思ったか、近衛ではない兵士の一人がユリウスに向かって剣を振るったのである。 



「なっ!」



 ユリウスは驚きつつもその反射神経で紙一重に避けることができたが、アルウィンを始め、近衛の兵士の意識が敵からユリウスへ向く。



「陛下!」


「お前なにをしている!? その方は陛下だぞ!」


「気でも触れたか!」

 


 近衛から飛ぶ鬼気迫った声にも、その兵士は我関せずという様子で、ユリウスへの攻撃を止めない。

 しかし、もともとの力量があるからか、あっさりとユリウスに剣を弾き飛ばされる。

 アルウィン達兵士はほっとしたものの、生まれた隙を敵が見逃すはずがない。


 その瞬間を待っていましたとばかりに敵が一斉にユリウスへ攻撃を仕掛けた。



「陛下!」



 アルウィンが慌ててユリウスへ向かおうとするが、多くの敵に阻まれ近づくことができない。  



「邪魔だ!」



 アルウィンが焦りをにじませ剣を振るい向かう先には、ユリウスの姿がある。



「くっ……」



 ユリウスの顔は苦しげに歪められており、手に負えなくなっている。

 ユリウスの剣の腕は誰もが認めるものだが、多勢に無勢だった。

 かなりの敵を倒していたはずなのに、次から次に森の方から湧くように出てくる敵は減ることがない。

 ゆっくりと、けれど確実にユリウスは押されていった。



 いつの間にかアルウィンや近衛から引き離されたばかりか、だんだん谷に追い詰められていくのを感じてユリウスは冷や汗を流す。


 こうなった原因とも言っていい、先程自分に切りかかった兵士を見ると、ニヤリと薄気味悪く笑っていた。



「何故……」



 疑問がユリウスを支配する。

 自分が決して善良な君主であるとはまったく思っていないユリウスだが、兵士は慎重に選んでいたはずだった。

 一人の失態が己や兵士の命を奪うか分からないのだ。


 特にユリウスのこれまでの行いは恨みを買っていても当然だったので、より慎重に近しい兵士の身分や背景は調べつくされていた。

 その兵士も、なんら問題ないはずであり、だからこそ不思議でならない。



「皇帝はここだ! 追い詰めろ!」


「囲め、囲め!!」


「皇帝の首を取れ!」

 


 敵が湧きたつ。

 優秀な兵士で固められたグラニアスの兵士と比べるまでもないが、それでもしっかりと統率が取れている。

 道は狭く、足場も悪いので、グラニアス兵士の疲弊は大きい。



「くそっ」



 こうなっては剣の腕だけではどうにもできないと、力を使おうとしたが、その先にいるアルウィンが目に入って躊躇った。



「アルウィンに当たる……」 



 ユリウスは表情を歪めるとともに、力が制御できていない己の無力さを痛感する。



「うおぉぉぉ!」  



 崖のギリギリに立つユリウスに返り討ちに遭うのもいとわずに、叫びながら向かってくる複数の敵を、ユリウスは剣でいなして行く。


 と、その時、ユリウスが体勢を崩した。

 足場となった道が、わずかに削り落ちたのだ。

 足の踏ん張りがきかなかったユリウスは手を伸ばすが、後少し手が届かない。


 ユリウスが見えたのは驚愕するアルウィンと、直後に感じる浮遊感。

 ユリウスは谷に吸い込まれるようにして落ちていった。

 


「陛下ぁぁ!」



 アルウィンの悲痛な叫びが響く中、リースが動いた。

 リースは谷底へ落ちていくユリウスの後を追って、迷わず谷に身を投じる。


 躊躇いなく飛んだリースの姿を捉えたユリウスは驚き目を大きくする。

 リースがそのような行動をするとはさすがに思わなかったのだろう。

 だが、リースとて勝算がなく飛び込んだわけではない。

 リースの体は風をまとい、加速してユリウスの手を掴むと、その体に抱きついた。



「なにをしている!」



 ユリウスはリースの行動を叱責するが、落ちれば確実に死ぬほどの高さから落下する最中でありながら、変わらずリースは微笑んでみせた。



「しゃべっていると舌を噛みますよ」



 そんな注意になんの意味があるのかと言いたげな表情をするユリウスに、リースはクスリと笑う。

 そして間近に迫った激流に手を向けると、強い逆風が吹き、二人の落下速度を落とす。


 高いところから落ちたとは思えない勢いをなくした二人の体は、ばしゃんと激流に落ち川に流されていった。





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