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二人だけの時間


 天幕の中には、ユリウスとアルウィンとアグニがそろっていた。

 丸いテーブルと椅子があり、ユリウスがそこに座り、その隣にアルウィンが立ち、反対側にアグニがいる。

 アグニは一歩後ろにいることから、やはりアルウィンとの明確な差があるように思えた。


 リースはまず先にユリウスに一礼してから視線をアグニに移すと、リースの顔を見るや複雑そうな顔をしている。

 それをリースはにっこりとした笑みで受け止め、チクリと刺すように言葉を投げかけた。



「嵐、来ましたね?」



 ゆったりと、強調するように話しかけるリースに、アグニは苦虫を噛み潰したような顔をしつつも反論できずにいる。

 できるはずもない。

 実際に外は酷い嵐なのだから。


 アグニの表情を見るに、もしリースを信じずに進み続けていたら今頃どうなっていたか分からないほど愚かではないようだ。

 リースはこれ幸いと畳みかける。



「人の話を聞かずに進んでいたらどうなったことでしょうか? 怖いと思いません?」


「そ、それは……」



 言葉に窮しているアグニはプライドが邪魔しているのか、素直に認められない。

 いまだにフィーリアを敵として見ているせいもあるだろう。



「皇帝陛下が冷静な判断ができる方でよかったですねぇ。そうでなければ、今頃グラニアス軍はどうなっていたことやら」


「ぐ……」



 ニコニコと邪気のない笑顔で話すが、実際は悪意まみれだ。

 リースは全力でアグニを口撃しにいっている。

 アグニが面白いように顔を赤くしたり蒼くしたりと表情を変化させていくので余計に反応を楽しんでいた。



「ロゼット、それぐらいで」



 もう少しアグニで遊びたいところだったが、ロイドの邪魔が入った。

 仕方ないと、追及をやめればアグニは途端にほっとした顔をしている。

 本当なら、今どんな気持ち? ともう一声上げたかったが、今後機会はいくらでもあろう。

 代わりにアグニからユリウスへと視線を移動させる。


 ユリウスはリースが入ってきた時からずっとリースから視線を外していなかったため、自然と二人は見つめ合う形になった。

 無表情でリースを見つめ、なにを考えているかは分からない。

 それゆえ、リースはにっこりと微笑んでみせた。


 すると、あからさまに動揺を顔に表すユリウスに、リースは笑いそうになる。

 ユリウスは幾人もの側妃がいるので、女性を知らないわけではないだろうに、この初々しい少年のような反応はどうしたことか。


 しかし、リースはユリウスの気持ちが分からないでもなかった。

 加護持ちという言葉さえ知らない中、異端の者として生きてきたユリウスが初めて出会った自分と同じ力を持つ者。

 興味を持たないはずがない。


 逆にリースもまた、ユリウスに興味が湧いていた。

 周囲から恐れられ怯えた眼差しを受ける中、加護持ちの力で皇帝への道を切り開いた人。

 人を殺す時ですら表情を変えない冷酷無慈悲と噂されながらも、その言葉通りではない心の危うさがあるように思えた。

 本当はどんな人なのか、リースの好奇心がうずくのを感じる。

 まあなんにせよ、これから加護持ちについて教えていくのだから、悪い印象を与えていないならそれで十分だとリースは考える。

 そしてリースはユリウスに話しかける。



「陛下、今から少しよろしいでしょうか? 加護持ちの力についてお聞きしたいこともおありでしょう?」



 待っていましたとばかりに、ユリウスのアイスブルーの瞳が濃く色づく。



「分かった。できれば二人で話したい。構わないか?」


「えっ?」



 素っ頓狂な声をあげたのはアルウィンだ。

 どうやら初耳らしい。


 リースもやや驚いていた。

 ユリウスは誰かの顔色を窺うようなことはしない。

 強い皇帝であるためにあえてそうしているのかもしれないが、他人の都合を聞くような人間ではないとロイドからの報告で聞いている。

 だというのに、ユリウスは誰になにかを言われるでもなく、リースの意思を確認した。


 それはグラニアスの者からしたらかなりの衝撃を受けるような行いなのだろう。

 今にもひっくり返りそうなほど驚いているアルウィンとアグニ。

 そして、無表情ながら言葉を失っているロイドの様子を見れば、いかにユリウスがリースに配慮しているかが分かる。



「私は構いませんよ。ロイド、外に出ていてちょうだい」


「はい」



 即答してすぐに出ていくロイドとは違い、アルウィンとアグニはまだその場にとどまっている。

 その姿を見て、ユリウスは目をすがめる。



「お前達も出ていけ」



 傲慢な皇帝の命令に異を唱えたのは、案の定アグニだった。



「いけません! 陛下とこの女とを二人きりにするなど危険すぎます!」



 失礼なと文句を言いたいリースではあったが、もっともな意見である。

 皇帝の意見に何度も反するアグニを問題視すると同時に、きちんと駄目だと思うものは駄目だと諌めることができる人材は貴重だ。

 特に、身内ですら手にかけ皇帝に上り詰めたユリウスに対し、臆することなく意見を言える者は少ないはず。

 多少考えなしなところが目につくも、アグニをそばに置いているのは、そういった点が評価されているからなのだろう。


 ただ、これがもし兄であるライアンならば、とっくの昔に閑職に回されている。

 臨機応変に対応できない頭でっかちな無能など必要ないと、慈悲など皆無に判断するはずだ。

 心意気は評価するが、対応力はマイナス点なので少し惜しい。



「いいから出ていけ」



 たった一言に込められた王者の威圧感がアグニを黙らせる。

 ユリウスの迫力にぐっと圧倒されるアグニは、どうしたら分かってくれるのかと悩むように眉尻をさげている。

 そんなアグニに、アルウィンが肩に手を置いた。



「行くよ、アグニ隊長」


「しかしっ!」


「彼女の力はその目で確認したはずだ。その気になったら俺達がいようがいまいが関係ないと思わないかい?」


「…………」



 悔しそうに歯噛みするアグニは反論しない。

 することができない。

 それなりの軍隊が野営するほどの範囲に大樹を作り出して嵐から守るなど、到底人間のできる技ではないのは明らかだ。


 アルウィンの言う通り、この二人が護衛として残っていたとしても、リースには簡単にユリウスを制圧する力を持っている。

 加護持ちとしての力の強さはさほど差はないように思うが、いかんせんユリウスは肝心のその力の使い方を知らないのだから。



「これはひとり言ですけど、もう少し頭を柔らかくしないと上には上がれませんよ」



 リースが誰に対してその言葉を投げかけたかは歴然。

 アグニは顏を真っ赤にして怒っているが、アルウィンに羽交い絞めにされながら連れていかれた。

 それをリースは笑顔で手を振りながら見送った。

 恐らくアグニの中でリースの好感度はどんどん下がっているだろう。

 だが、些末なことだ。

 リースがグラニアスへ行く目的はアグニで遊ぶことではないのだから。



「さて、では加護持ちについて少しずつ勉強していきましょうか」


「ああ」



 素直に頷くユリウスは、隣の椅子をトントンと指先で示した。



「ここに座ってくれ」


「あら、エスコートはしてくれませんの?」



 リースはこてんと首をかしげた。

 すると慌てたように立ち上がり、リースの椅子を引いて、リースを座らせる。

 あまりに素早い動きに、リースはクスクスと笑った。

 自分の席に戻りながら、ユリウスは不思議そうにしている。



「なんだ?」


「いえ、なんでもありませんよ」



 ユリウスが気づいているのかいないのか。

 いくら女性をエスコートするのが貴族社会では普通のことだとしても、ユリウスは皇帝で、今のリースはあくまで侍女のロゼットなのだ。

 どこの世界に使用人をエスコートする君主がいるだろうか。


 アグニがこの場にいたら激怒していただろうに、本人はいたって普通だ。

 その場で無礼だと怒って切り捨てられても当然の無礼をリースは口にしたというのに、まったく怒る素振りすらない。



「あなたはきっと本来は優しい方なのでしょうね」



 柔らかに微笑みかけるリースに、ユリウスは目を見張った。



「なにを馬鹿な……」



 ふっと顔を逸らすユリウスのその行動は、リースには照れているようにしか見えなかった。



「よかったです」



 思わず零れた言葉に、ユリウスが反応する。



「なにがだ?」


「あなたとならこれから上手くやっていけると確信を持てたからです」



 その地位に胡坐をかいて、傲慢で他者の話を聞かない者だったら、教えたくても教えていけない。

 そうなれば早々に国に帰る判断を下さねばならなかったが、ユリウスはリースが思っていた以上に融通が利く性格のようだ。



「どうしてあなたは冷酷無慈悲だなどと言われているのでしょうか?」



 素朴な疑問だった。



「事実だからな。これまで数えきれない者の血で染まった俺にはお似合いの言葉だ」



 自嘲するユリウスの表情に影が落ちる。

 皇帝となるからにはそれなりに手を染めなくてはならなかったのだろう。

 リースとて伯父との王位争いの中、ライアンを王にするために幾人もの血で手を汚してきたので、理解できることは多い。


 正直、ユリウス以上に多くの命を奪った君主は他国に何人もいるのだ。

 その中で何故ユリウスだけがこうして言われてしまうのか。

 それはユリウスが誰よりも先頭に立って戦っているからだろう。


 戦場の中で優しさは命を脅かす。

 非情な選択を強いられることも多いだろう。

 そしてユリウスはきちんと選択して責任を果たしてきたからこそ、周辺国から恐れられる反面、自国民からは英雄のように慕われている。



「ままならないものですねぇ」



 ふう、と息を吐いて、リースは目の前に置かれた空のポットをちょんとつついてから、ポットの隣に伏せて置かれていたカップと茶こし、そして茶葉の入った瓶を開けて、勝手にお茶を淹れ始めた。

 そのあまりにも自然な動きをじっと見ていたユリウスは、少し間を置いてからはっとする。

 見逃していたことに気がついたのだ。



「ちょっと待て。今なにをした?」


「なにって、お茶を淹れているところですが」



 見ればわかるだろという空気を発するリースに、ユリウスの鋭いツッコミが飛ぶ。



「そんなもの見れば分かる! それ以前の問題だ。そのポットは空だったろう? それなのにどうしてそこからお湯が出てくるんだ!?」



 ユリウスはリースからポットを取りあげると、蓋を取る。

 そこにはないはずのお湯が入っており、湯気が立っている。

 驚くユリウスを眺めながらこともなげに言った。



「加護持ちの力を使えば、水を生み出しお湯に変えるぐらいは簡単ですよ。むしろ初歩の初歩で教えられる力の使い方です」


「……初歩の初歩。つまり、俺にもできるのか?」


「ええ。できるようになってもらわねば困ります。それらを教えるために私はグラニアスに行くのですから」



 リースは不敵に笑ってみせた。





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