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面白い人認定

 

 それから、話はのちほどと言って、もっと詳しく話を聞きたそうなユリウスを振り切ってきたリースは、ロゼットのいる天幕に入った。

 そこには予想通り、ベールとドレスを脱ぎ捨てて侍女の制服に着替えているロゼットがおり、リースは呆れかえる。



「ロゼットったら、誰か入って来たらどうするのよ」


「別にベールをかぶっていたのですから、気づかれませんよ。それよりも、ずいぶんと機嫌がよいようですが、なにかいいことでもありましたか?」



 ロゼットはリースの顔を見るやそう問いかけた。

 そんな指摘をされると思わなかったリースは目を瞬かせる。



「……そんなに機嫌がよさそうに見える?」


「はい。ものすごく」



 ロゼットは考える間もなく即答した。



「そんなつもりはなかったんだけど、皇帝が思ったより面白い人だったからかしら」



 リース自身も自覚なく、その口元は自然と緩んでいた。

 にじみ出る空気もどこか楽しそうだ。

 王族ゆえに普段から弱みを見せないよう、徹底的に教育をされてきたリースは、普段から笑顔を絶やさないが、物心つく前から一緒にいるロゼットはリースの心の機微を敏感に察してくる。

 主従関係だが、それ以上の深い繋がりがあるとリースは思っており、ロゼットも同じ思いでいるのは疑いようもない。

 だからこそリースにとってロゼットは、素直に心情を吐露できる重要な存在だった。



「姫様からの面白い認定を受けた皇帝がかわいそうになってきました」



 そして、遠慮もない……。



「失礼な。面白い人と言っただけでしょうに」


「そして遊んでこられたのではないですか?」


「…………」



 無言は肯定を意味している。

 ロゼットの目がそれ見ろと言わんばかりだ。



「だって、反応があまりにも面白くって」


「認めましたね。どうしてアイシャ姫様以外の王族方は一癖も二癖もあるのでしょうか。喧嘩を売ってきたグラニアスが不憫でなりません」



 強大な軍事力を誇るグラニアスを不憫と評するのは、ロゼットのようにフィーリアという国を知る者だけだろう。



「お兄様と一緒にしてほしくないのだけど?」


「ご自覚がないだけで似たようなものです」



 加虐趣味の変態と一緒にされて不満でいっぱいのリースがじとっとした目を向けたが、ロゼットはばっさりと切り捨てられる。



「酷いと思わない? ねえ、ロイド?」



 いつの間にか天幕に入って来ていたロイドに気づいていたリースが、ロイドに問う。

 しかし――。



「俺もおおむね同意見です」



 顔色一つ変えずに答えるロイドに、リースも諦めて深いため息を吐く。



「まったく、誰も彼も……」



 リースとしては自分はまともな分類だと信じて疑っていないというのに、周囲の評価がそれを否定してくる。

 まったくもって不満でしかない。



「そりゃあ確かに、純真無垢なアイシャと比べるほど厚顔無恥ではないけれど、王族の中ではまともな方よ?」


「本気でおっしゃっているのでしたら、ただちに医師を連れてまいりましょうか?」



 ロゼットの顔は冗談ではなく本気の顔だ。

 リースはやれやれというように肩をすくめた。

 どうやらこの議論が解決することはなさそうだと理解する。


 諦めてロゼットのお茶を飲んでいると、次第に風の音が激しく聞こえてきた。

 どうやら雨も降っているようで、伝えに来てくれた精霊に感謝の念が生まれる。



「嵐が来たわね。他の天幕はどう?」


 いったん様子を見るために外に出て戻ってきたロイドにリースが問う。



「リース様が作られた大樹のおかげで問題ないようです。雨からも風からも守られております」


「そう、よかった」



 すると、リースはカップを置いて立ち上がる。



「どちらに?」


「あのアグニという隊長の顔でも見に行こうと思って。本当に嵐が来てどんな顔をしているか気になるでしょう?」



 ふふっといたずらっ子のように笑うリースに、ロゼットとロイドはそろって呆れたようにため息を吐いた。



「やっぱり姫様は間違いなく王太子殿下の妹君だと実感いたしました。半分しか血が繋がっていないのにどうしてこんなに似ているのでしょうか。不思議でなりません」


「ロゼットに同意です」


「失礼な」



 二人に嫌みを言われつつ、外に出て様子をうかがう。

 天幕の外はゴーゴーと風の音が激しく耳に届いてきていたが、野営のために張られた天幕は揺らぎもしていなかった。

 リースが作り出した大樹の枝や葉が、雨風から守るように覆っているからだ。

 しかし、一度大樹の守りの外に出れば、体を持っていかれそうな風と、痛いほどの雨にさらされることになる。


 フィーリアの面々は特に気にした様子はなく、日常の風景のように当たり前のこととして素直に受け入れ、夕食の準備に勤しんでいた。

 彼らにとっては嵐よりも今日の夕食の内容の方が気になるのだ。

 その反面、グラニアス兵士達は、まだ信じられないようにぽかんと口を開けて立ち尽くしている。


 その様子を確認したリースは苦笑を零す。

 一応ユリウスは常人が持たぬ力で戦争を勝ち抜いてきたが、彼が使うのは決まって炎だ。

 それ以外の力の使い方を見たのはこれが初めてだろう。

 驚かぬ方がおかしい。

 そうなってくると、がぜん気になるのは、散々リースに食ってかかって来ていたアグニの反応だ。

 どんな表情をするだろうかと考えただけで口角は緩む。



「ふふっ」



 耐えかねて小さく笑い声を漏らすリースを、ロイドは呆れた様子で見つめる。



「アグニ隊長は実直な人間なので、ほどほどにしてあげてください。まだまだ帝国までは長い旅なのですから」


「分かっているわ。仕事に支障が出て帝国までの行程が遅れて困るのは私の方だもの」


「今のあなたの顔を見ていると本当に分かっていらっしゃるのか疑問です」


「口うるさいところは本当にロゼットと似ているわね」



 ややげんなりしながらも、いつものことだとあっさりと流すリースは、ユリウスの天幕へとやって来た。

 出入口の左右を固めるグラニアス兵は、リースを見るやわずかに怯えを見せた。



「アグニ隊長はいるかしら?」



 リースが問いかけると、ビシッと背を伸ばして張りのある大きな声で答えた。



「はい! お呼びしてきますか?」


「ええ、お願い」


「かしこまりました!!」



 グラニアスの兵士からはリースへの警戒が消えていた。

 自分達の敵う相手ではないと、この嵐から自分達守る大樹を目にして理解したのだろう。

 抱いているのは、怯え――いや、畏怖という方が正しいだろうか。

 本能がリースに逆らうなと訴えかけているのだ。



「もう少し時間がかかると思ったのだけど、案外スムーズに行きそうね」


「ならばどうしてそんな残念そうになさるのですか?」



 苦い顔をするロイドの目線の先には、がっかりと言わんばかりの表情をするリースがいる。



「だって、態度が悪いようならどちらが上かはっきりさせるために、なにをして分からせようか、いろいろと考えていたのよ? 試せないじゃない」


「試さなくて結構です」



 ロイドは淡々と反論する。

 リースは至極残念そうにしていると、先程中に入った兵士が出てきた。



「どうぞ、中へお入りください」


「いいの?」


「ええ、どうぞ」



 てっきりアグニかアルウィンが出てきて外で話すことになるかと思っていたリースは、あっさりと中に入ることを許されたことに少し驚く。

 だが、入っていいというなら問題ないと、遠慮なく天幕の中へ足を踏み入れた。






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