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加護持ち同士の共鳴


「声が……」


 ユリウスの驚きが伝わってくる。

 まずは第一歩というところだろうか。

 精霊を避けていては力の制御も教えられないのだから。


「嵐が来ると言っているのが聞こえましたか?」


「ああ。これほどはっきりと言葉として認識できたのは初めてだ。今まではよく分からない生き物の鳴き声のような、理解できない騒がしくて鬱陶しい声でしかなかったのに……」


 まさに唖然とした表情でこぼした言葉に、リースはやや眉根を寄せる。


「それはあなたが精霊達を拒否していたからです。だから、精霊達の声が届かなかったのですよ。これまでにもあなたに助言をしてくれていたでしょうに」


 ユリウスの置かれていた環境を考えると、精霊を受け入れられないのは仕方がないと理解しつつも、リースは自然と責めるような声色になってしまう。


 これまでユリウスに避けられ、怒鳴られ、悲しんだであろう精霊達の心を考えるからこそだ。

 ユリウスにはその辺りのことをしっかりとこれから理解していってもらわねばと、リースも意気込む。


 もう、精霊を邪険にしようなどと二度と考えないように教育が必要だ。

 それはユリウス自身のためでもあるのだと、理解させていかなければならない。


 問題はユリウスが素直にリースの言うことを聞いてくれるかである。

 皇帝として至高の存在にあるユリウスはきっとプライドも高いことだろう。

 そんな彼に言い聞かせるにはどうすべきか……。


 などとリースが考えていると。


「すまない……」


 意外にもすんなりと謝罪の言葉を発したユリウスに、リースはわずかに驚いて目を見張った。


 だが、リース以外の者は、わずかどころではない衝撃を受けた顔をしている。

 その表情を見るだけで、いかにユリウスが非を認め言葉にすることが貴重なのかが分かるというもの。

 とはいえ、今はそんなことを気にしている場合ではなかったと思い出したリースは、改めてユリウスに目を向ける。


「このお話しはのちほどいたしましょう。とりあえず精霊の声は聞こえましたね? 嵐が来るので早々に野営の準備をする必要があります」


 リースがチラッと視線を向けると、フィーリアの者達が野営するための天幕はすでに張られ、リースの影武者役を務めているロゼットが、その中でも一番大きな天幕へ入っていくのが見えた。


 きっと天幕に入って人の目がなくなった瞬間に、ベールもドレスも脱ぎ捨てるはず。

 普段自分がシンプルな服装を好んで着るのを不服そうにするロゼットだが、これをきっかけに理解してくれるに違いないと、リースは淡い期待を抱いた。


 そんな余分なことを考えてから、ユリウスに視線を戻す。


「こちらはすでに終えていますが、そちらはどうなさいますか? 信じずに突き進むという選択肢もありますが、私としてはお薦めいたしません。精霊が注意を呼びかけてくるほどですから、責任は取れませんよ?」


 まだ日は高い。

 グラニアスが進むというなら止めはしないが、リース達がここで逗留するのは決定事項だ。

 それだけ精霊から伝えられた加護持ちの言葉は、フィーリアでは強い影響を持つ。


 皇帝だからとか大国だからと配慮する気など、リースも他のフィーリアの者達もさらさらない。

 だが、グラニアスはそうではないので、アグニが声を大きくした。 


「進みましょう! 陛下! こんな奴らの話など信用できません」


「ここから先は山を超えるために崖に面した山道を進む必要があります。雨でぬかるんだ道は進行を遅らせ、地場を悪くして巨岩が落ちてきてもしりませんよ」


 すかさずリースが言葉を挟むと、アグニにギッと睨まれ、リースはやれやれと小さく笑う。

 どんなに睨まれようとリースは意に介さない。

 その程度で怖じ気づくほど柔な精神をしていたら、一国の軍を率いるなど不可能だ。


 リースにとってはかわいい子犬がキャンキャン吠えている騒がしさしか感じない。

 なので、リースはアグニをさらっと無視した。


「どうしますか、皇帝陛下?」


 どこか挑発するように、そして彼の判断を見極めるような不敵な笑みで見つめるリースを前に、ユリウスの判断は思いのほか早かった。


「今日の進行はここまでにする。アルウィン、すぐに野営の準備を始めろ」


「陛下!」


「よろしいのですか?」


 不満を訴え声を荒らげるアグニと、反応を窺うアルウィンに、ユリウスは一点の迷いもない眼差しを向けた。


「ああ、命令だ」


 わずかな気持ちの揺れも感じない言葉に、アルウィンは仕方なさそうに胸に手を当てた。


「御意。それが我が王のお望みとあらば」


 一礼して、周囲の兵士に指示を出そうとするアルウィンの言葉を止めるように、アグニが声を大きくする。


「陛下、本気ですか!? こんな小娘の言うことを信じると!? 精霊だかなんだかよく分からない空想の存在に従うというのですか? 正気ではない!」


「アグニ隊長!」


 アルウィンが叱責するように声を上げたが、一足遅かった。

 アグニはすでに言葉を発し終えてしまった後だ。

 ユリウスのアイスブルーの瞳が鋭く細められる。


「アグニ。それは俺が正気ではないと言っているのか?」


 自らの失言に気がついたアグニだったが、少し遅い。


「見えないものの言葉を信じる俺はまともではないか?」


「あ……、いえ、それは……」


 まるでその視線だけで人を切り殺せそうな目を向けられたアグニは、まともな言葉を紡げないでいる。

 それだけユリウスの威圧感は周囲すら飲み込むほどの圧倒的な強さを持っていた。

 しかし、ここには空気を読まないリースがいる。


「はいはい。そういうのは後にしてくれませんか~。ぜひ、私の関係ないところで」


 張り詰めた空気を簡単にぶち壊してしまうのほほんとしたリース声に、一気に緊張感がガラガラと崩れていく。


 なんとも言えない複雑な表情が一斉にリースに向けられた。

 その中には何故か身内であるはずのロイドも含まれている。


「数日前まで敵同士だった私の言葉も、見えない存在の言葉を信じられないのも当然です。ならば、見えれば問題ないわけですよね」


 リースはアグニに向かってにっこりと微笑んだ。

 そして、リースはユリウスに願う。


「皇帝陛下、両の手のひらを挙げて私に向けてくださいますか?」


「え、ああ。こうか?」


 イメージとはかけ離れた素直さで、ユリウスはリースの言う通りに手を胸の辺りまで挙げて、両の手のひらをリースに向ける。


「失礼しますね」


 そう言うや、リースは両の手のひらをユリウスの手のひらに合わせ、力を流した。

 静電気のようなビリッとした感覚が一瞬だけ襲い、直後ユリウスの中の力とが反発して弾かれたように、力が波紋のように一気に広がっていく。


 直後、これまで感じたことのないだろう違和感に、ユリウスはさっと手を引いた。


「なんだ、今のは……?」


 ユリウスは訝しげに自分の手を見ているが、そこになにかあるわけではない。

 影響があるとするなら、それは周囲だ。

 リースはユリウスからアグニへと視線を移す。


「これで納得しましたか?」


 リースに問いかけられたアグニは、答えることができないほどに驚き、目を大きく見開いて空を見上げていた。


 だが、それはアグニだけではない。

 アルウィンも、他のグラニアスの兵士達も、その表情は驚愕に彩られており、誰もが言葉をなくしている。

 ただ一人状況を理解できていないのがユリウスで。


「どうしたんだ? アルウィン?」


 アルウィンは口元を片方の手で隠しているが、それでも驚いている様子が分かり、リースはどこかドヤ顔だ。


「……陛下。……これが、精霊なのかい?」


 空に目を向けたまま発するアルウィンの言葉に、目を見張ったユリウスが身を乗り出す。


「見えているのか!?」


「俺の見えているのが陛下の言っていたものと同じか分からないけど、空にたくさん浮かんでいるのが見えるよ。他に地面にもたくさん」


「よっこいしょ」


 リースは足下近くにいた、子豚ほどの大きさの角の生えた兎を精霊を重たそうな声を発しながら持ち上げる。

 精霊に重さなどありはしないのだが、気持ち的なものだ。


「将軍、この子がなにに見えますか?」


「角の生えた兎?」


 語尾が疑問形なのは、一般的に知られている兎とは大きさも角の存在も異なっているからだろう。

 だが、外見だけを言うなら正解だ。


「はい、そうですね」


 にっこりと笑い、抱っこを促すようにアルウィンに兎もどきを差し出す。

 アルウィンは恐る恐る受け取ろうとしたが、兎もどきの精霊は、アルウィンの手をすり抜け、さらには体もすり抜けて走って行ってしまった。


 もうそれだけで、その兎もどきが実体を持った生き物でないことを証明している。


「おい、見えてるか?」


「見えてる……。夢じゃないよな?あそこに空に浮かんでるのなんに見える?」


「羽の生えた牛……。って、やっぱり皆同じものが見えてるんだよな?」


「ああ、俺にも牛が見える」


「えっ、あれが昔から陛下のおっしゃってる異形の者ってやつ?」


「嘘でも幻覚でもなかったのか……」


 そんなグラニアスの兵士達の会話が聞こえてくる。


 ユリウスを唯一の皇帝として仕えてはいても、やはり精霊というユリウスにしか見えないものの存在までは信じられなかったのだろう。

 けれど、今精霊の姿は、加護持ち以外の目にも見えるようになっている。


「わっ! めちゃくちゃ精霊様がいるぞ」


「ほんとだー。どうして急に?」


「どうせ、グラニアスの奴らが因縁つけてきたんじゃねぇか? お見せするのが一番早いし」


「ああ、確かになぁ」


 という、なんとも緊張感に欠ける会話をしているのは、フィーリアの面々だ。

 彼らは精霊を見るのは初めてではない。

 だからこそ、見えていること自体に驚きはないが、その数にはさすがに驚いているようだ。


「これで皆様精霊の存在にご納得されましたね?」


 リースが再度問いかけると、アグニは呆然とした様子で「ああ……」と、力なく頷いた。

 それを満足げな表情で確認し、リースはユリウスに視線を移す。


「このようにおっしゃってますし、早く野営の準備をされたらどうですか?」


「いやいやいや、ここで、はいそうですねって流すわけにはいかないんだけど!?」


 アルウィンの鋭いツッコミに、まったくその通りだと周囲のグラニアス兵士達が何度も頷いている。

 ユリウスも焦燥感にも似た表情でリースに詰め寄った。


「これはどういうことだ! どうして他の者にも奴らが見えてるんだ!?」


「加護持ち同士の共鳴。それを利用したのです」


「共鳴?」


 ユリウスは理解不能という表情をするが、それも当然である。

 精霊も加護持ちという言葉すら知らないユリウスが知っていたら逆に驚きだ。


「加護持ち同士の力をぶつけ、周囲へ力を飛散させて、一時的に精霊を見えるようにするんです」


「そんな方法があるのか……」


「本当に一時的なものなので、もうすぐ見えなくなりますよ」


 そう説明している間に、周囲から「あ、消えていく」という声が聞こえ、段々とその姿が薄れていき、最後になにもなかったように、リースとユリウス以外の者に精霊の姿は見えなくなった。


「我が国では、建国祭時に、必ず国民に精霊の姿を見せる儀式があります。だからこそフィーリアの国民は精霊の存在を信じているし、加護持ちに対して畏敬の念を持っているのです」


「そう、か……」


 どうやらユリウスにとってかなり衝撃だったらしい。

 これまで自分しか見えていなかった世界を周囲と共有する。

 否定され続けてきたものが、これを機に真実と証明された。

 しかし、衝撃を受けたのはユリウスだけではない。


「すごいな。陛下はずっとあんな世界を見ていたのか……」


 ユリウスに近しいアルウィンもまた、大きな驚嘆を受けていた。


「ありがとう、侍女殿。おかげで陛下の世界を私も垣間見ることができた」


 リースに向けるその笑みは上辺のものではない、心からの感謝を伝えてきていた。


「どういたしまして」


 リースもまた笑みで返す。

 すると。


『早く早く』


『もうすぐだよ』


『来ちゃうよぉー』


 急かすような精霊達の声が聞こえた。


「あら、急がないとまずそうですね」


 そう言ってリースはユリウスを見る。

 まだ動揺が見えるが、ちゃんと精霊達の声はユリウスに聞こえたらしい。


「アルウィン、さっさと準備を始めろ。アグニ、お前もだ」


「御意」


「御意……」


 もう、反論する者はいなかった。

 いや、実際にその目で見た後でできるはずもない。 


 まだ夢から覚めたばかりのようなふわふわとした気持ちで作業するグラニアスの兵士達を一瞥して、リースは空を見上げる。


「さすがに天幕だけでは心許ないかしら?」


「そうですね」


 特に答えを求めたわけではなかったが、ロイドが同意が返ってくる。


「ふむ……」


 リースは少し考えるそぶりをした後、まだその場に留まっているユリウスに目を向けた。


「せっかくなので、皇帝陛下もご一緒にいらしてください」


「どこへ行くつもりだ?」


「別に遠くへ行くわけではありませんよ。少し雨風を避ける屋根を作るだけです」


「は?」


 意味が分からないというようにぽかんとするユリウスに、リースはクスクスと笑った。


「冷酷無慈悲な皇帝と噂にありましたが、しょせん噂だったようですね。ずいぶんと表情が豊かでいらっしゃる」


「なっ!」


 一気に顔を赤くするユリウスから、冷酷などという言葉は似合わなかった。


「ふふっ。それでは行きましょうか」


「ちょっと待て! まだ行くとは言ってない――って、待てと言ってるだろ!」


 文句を言いつつもついてくるユリウスの後ろから、アルウィンも慌てて追いかけてくる。

 そして、当然のようにリースに付き従うロイドに話しかけた。


「ねえ、ロイド。うちの陛下、なんか普段と違うくない?」


「そうですね。リ……ロゼット相手では仕方ないかと」


 危うく名前を間違えそうになりながら、ロイドは苦笑を浮かべる。


 リースにかかれば、よくも悪くも振り回されるだろうことをロイドはなんとなく察知していた。

 だが、まさかここまで変化があろうとは、さすがのロイドも予想外であった。






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