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精霊の声


 しばらくその場で待つリース。


 少し離れた場所では、フィーリア側の者達がせっせと野営のためのテントを張っており、グラニアス側の人間が不審そうに眺めている。


 まだ日が明るく、野営の準備をするには早すぎる上に、自分達はなんの指示も受けていないのだから仕方がない。


 それに、それとなくリースに対しても警戒を見せていた。

 指示する上官がいなくても警戒を怠らない姿は素直に賞賛の気持ちが浮かぶ。


 緊張感皆無で、まるでピクニックに来たように楽しくおしゃべりをしながらテントを張っているフィーリアの者達との落差が激しすぎる。


「皇帝はどんな反応をするかしらね」


 風の音で消えるような小さな声で呟くと、リースは肩に重みを感じた気がした。

 実際精霊は実体などないので、本当に気がしただけだ。

 だが、精霊から発せられる人ならざる力によって、重みを感じた気にさせる。


 肩を見れば、先ほどリースに嵐が来ることを教えてくれたトカゲに似た精霊が乗っていた。

 他にも、どこからともなくいろいろな姿をした精霊が集まってくる。

 誰もがそわそわと落ちつきなくしているように見えるのは、きっとリースの気のせいではない。


「皇帝は精霊達を邪険にしていたらしいから、皆楽しみなのね」


 スリスリと肩に乗るトカゲの顎を撫でてやれば、うっとりと目を細めている。


 精霊とは神聖な存在だと、フィーリアでは加護持ちでなくとも幼い頃からそう教えられ育つ。

 実際に精霊は人の枠にははめられない特別な存在だ。

 そんな尊いものを嫌悪して遠ざけるなど、フィーリアでは考えられない行いである。


 フィーリアにおいて、精霊が見える者は等しく尊敬を集めるものだ。

 羨ましがられることこそあれど、不気味がられることはない。


 しかし、それはフィーリアという特別な土壌があればこその価値観。

 精霊というものを知らぬ国で生まれた皇帝は、さぞ苦労しただろう。


 とはいえ、皇帝への憐れみはありつつも、邪険にされた精霊達が感じただろう悲しみの方が、リースは重要であった。


 フィーリアで生まれ育ったリースか、精霊に関して偏ったものの見方をしがちになるのはどうしようもない。

 皇帝より精霊の方がずっと大事だ。


「ちゃんとお説教してあげるからね」


 リースがそう言えば、クスクスと楽しそうに笑う声がそこかしこから聞こえてくる。

 その声が聞こえているのはリースだけ。

 冷たくあしらわれてなお、精霊達はユリウスを嫌っていないことが、その様子から分かる。


 リースの役目はユリウスに力の使い方を教える以上に、精霊との仲立ちをするのが一番重要であった。


 けれど、ユリウスは素直に話を聞くのか、それは実際に会ってみなければ分からない。

 リースはあくまで、ロイドから見たユリウスしか聞いていないのだから。


 精霊が精霊を呼んだのか、どんどん集まってくる精霊達に、さすがに多すぎるなとリースは苦笑する。

 中には興味本位な精霊も含まれていると思われる。


「さすがにこれだけ集まると、皇帝がびっくりしてしまわないかしら?」


 困ったように頬に手を当てるリースに声がかけられた。


「陛下がびっくりするとは?」


 かけられた声に視線を向ければ、先ほど皇帝に話をしてくると去っていったアルウィンがいた。

 その後ろからは、一度見たら忘れないほどに美しい顔立ちの皇帝ユリウスがいる。


 自分の容姿が整っているのを理解した上で、遠慮なく利用し、国民の支持を受けるように振る舞うライアンとは違い、周囲の評価などどうでもいいと言わんばかりに冷たい表情のユリウス。


 冷酷非情という噂通りな印象を受けた最初の邂逅の時とは違い、分かりやすく驚きと動揺を顔に出しているユリウスに、リースは考えを改める。


(思っていたより表情豊かなのね。加護持ちの力のせいでいろいろ溜め込んでいたのかしら……)


 そう思うと、一気に親近感が湧いてくる。

 加護持ちはフィーリアで尊敬されるけれど、だからこその悩みもあるのだ。


「皇帝陛下、お目通りが叶い嬉しく存じます」


 礼を取り、格上の者に対するように頭を深く下げたリース。

 すると、肩に乗っていたトカゲの精霊が頭に

ヨジヨジと移動して、邪魔をするように動き回る。

 とてもじっと礼の姿勢を続けられない。


「……こら。今ご挨拶しているのだから、少し大人しくしていてちょうだい」


 リースは頭に乗っていたトカゲのような精霊を頭からどけて胴体を両手で掴む。

 ぶらーんとなすがまま状態のトカゲを持ちながらユリウスに目を向ければ、言葉をなくすほど驚いた顔をしていた。


 リースはにこりと微笑む。


「陛下はこの子が見えますか?」


「あ、ああ……」


 急に問いかけられ動揺しているようだが、返事はしっかりと返ってきた。

 ユリウスの目はしっかりとトカゲのような精霊に向けられていた。

 けれど、他の者には見えておらず……。


「なにを言っているんだ?」


「アグニ隊長、静かに」


 訝しむアグニを、すぐにアルウィンが窘めている。

 ユリウスはたくさんの護衛に周りを固められ守られているが、邪魔だと言わんばかりにリースに近づいてくる。

 当然まだリースを危険視している護衛の兵士が許すはずはなく、慌てて止める。


「陛下、いけません。危険です」


「そうです。御身になにかあっては……」


 グラニアスは同盟を結んだ国。そちらがなにかしない限りフィーリアが攻撃することはないと断言できるが、それを言ったところで信じてはもらえないだろう。

 彼らにとっては、加護持ちの力は理解の範疇を超えた不気味な力なのだろうから。


 けれど、ユリウスにとっては違うようだ。


 その目に映る、期待と好奇心。そして、すがるような眼差し。


「お前にはこいつらが見えているのか?」


「精霊です」


「せい、れい?」


 初めて聞く言葉なのだろうか。

 ユリウスは理解できない様子。


「加護持ちについての話は今後ゆっくりとお教えいたします。しかし、その前に、嵐が来るので今日は早く野営の準備をした方がよろしいかと」


「嵐? 何故そんなことが分かる?」


 訝しむユリウスに、リースは手に持つトカゲの精霊をずいっと近づけた。

 瞬間、アルウィンと他の兵士が剣に手をかけたが、ユリウスが手で制したため、剣から手を離した。


 そのユリウスの判断のおかげで命拾いしていたことを、アルウィンを始めとした彼らは知らないのだろう。

 もしも彼らがわずかでもリースに怪我をさせていたら、問答無用でロイドに首と胴体を切り離されていた。


 アルウィンはその地位に相応しいだけの剣の腕はあるようだ。

 けれど、ロイドにどちらが強いかリースが問いかけたところ、なんの迷いも躊躇いもなく「自分です」と即答した。


 ロイドは決して自分を過大評価しない。

 同時に、過小評価もしない。


 第三者のごとく冷静な目と価値観で判断するからこそ、リースはロイドを信頼してそばに置いているし、ライアンもまた、グラニアスへの潜入のためにロイドを頼った。


「抱っこしてあげてください」


「え、いや……、それは……」


 ずいっと目の前にトカゲに似た精霊を近づけるが、ユリウスは分かりやすく動揺が顔に出ている。


「ロイドからある程度の話は聞いております。その力を制御できていないことも。ですが、私から言わせればそれは当然だと申し上げたいです」


「何故だ?」


 精霊の名前にすら疑問符を浮かべるユリウスが、その力の根底を知っているはずがない。


「その力は精霊の祝福です。精霊に選ばれた者のみが精霊と対話し、その力のおこぼれをいただくことができるのです。しかし、陛下はこれまで精霊との対話を行ってこなかった。そんな状態で力を使えば暴走状態になるのは当然のこと。今、あなたに必要なのは、精霊たちの存在を認め、受け入れ、対話することです」


 さあ、さあ、さあ。と追い詰めるように、トカゲに似た精霊をユリウスの顔面に近づけていく。

 精霊はキラキラとした期待に満ちた眼差しでユリウスを見つめていた。


 その一方で、ずるいというブーイングが周囲から伝わってくる。

 ユリウスと話したいのは他の精霊たちも同じなのだ。


「ほら、早くなさってください。力を制御したいのでしょう?」


「それはそうだが……」


 きゅるんとしたあざとかわいい表情を作るトカゲに似た精霊は、もう辛抱たまらんとばかりにリースの手から抜け出し、ユリウスの顔面にべちゃりと飛びついた。

 直後、上がるユリウスの悲鳴。


「うわぁぁ!」


 つい数日前まで敵対していた間柄である。

 自国の皇帝が、理由は定かではないが悲鳴を上げた。

 ユリウスになにかしたのではないかとリースに対して警戒度をマックスにして、離れていた兵士達も走り寄ってきて一気にリースの周囲を囲む。


 ただ、かろうじて剣は抜いていなかった。


 とはいえ、ユリウスの反応次第ではいつでも攻撃できるような態勢でおり、リースを見る彼らの眼差しは鋭くきらめいている。


「陛下になにをした!?」


 そう怒鳴るように問いかけるのはアグニ。

 最初からリースに敵意むき出しの彼は、よほどユリウスへの忠誠心が強いように見える。


「返答次第ではただではおかんぞ!」


 空気がびりびりと響くような威圧のこもった声を前にしても、リースは臆することなくにこりと微笑んでみせた。


 それは、これだけ多くの兵士に囲まれ、万が一襲いかかってこようとも、対処可能だという自信がリースにはあるからだ。

 だからこそ、リースの次の返答は、まったく危機感を抱かせないほどに呑気な声だった。


「なにをしたもなにも、なにかしたのは私ではなくその子ですよ? 私は悪くありませんからね」


 場違いなほどの無邪気な笑顔。


「私に文句を言うより、その子を引き剥がせば解決するんですから、早く助けてあげてはどうです?」


「助けるだと?」


 アグニだけでなく、アルウィンや他の兵士もユリウスに目を向けるが、ユリウスは一人なにやらもがいている。


「くそっ! 離れろ!」


 酒に酔って足下がおぼつかない人のようにしか見えないが、それは周囲の者達だけ。

 リースにはちゃんと顔に張り付いた精霊を引き剥がそうと必死になっていると分かる。


「あー、えっと。助けるにはどうしたらいいのかな? 助けてあげるにもなにが起こってるかわからないんだけど」


 冷酷無慈悲とはかけ離れたユリウスの必死の姿を前に、アルウィンが恐る恐る問いかける。


 ロイド情報によると、アルウィンはユリウスにとって気を許せる数少ない人物だという。

 精霊や力のことについてもよく相談しているとか。

 恐らく、誰よりもユリウスのことを知っているのが彼なのだろう。


 だからこそ、普段の皇帝らしからぬ行動を前にしても、唖然としつつも立ち直りは他の者より早かった。


「まったく。仕方ありませんねぇ」


 やれやれという様子で、リースはユリウスから精霊を引き剥がした。


「はいはい。陛下で遊ぶのは今度にしてちょうだいね。嵐が来る前に準備をしておかなくてはいけないんだから」


 精霊は不満そうにしつつも、嵐が来ると教えた張本人であるため、しぶしぶ離れ、空へとすっと飛んでいく。 


「大丈夫ですか? 陛下?」


 リースがにこやかな表情で問いかけると、ユリウスは苦虫をかみつぶしたような顔でじっとリースを見つめた。


「……本当にお前にはあいつらが見えているんだな」


「ええ。あの子に限らず、今この場にたくさんの精霊達が集まってきているのも、ちゃんと見えていますよ」


 リースの言葉を聞いて、ユリウスはなんとも言えない複雑な表情で空や地面に視線を移していく。

 加護持ち以外には見えない、人ならざる精霊の姿を追って。


 すると、いくつかの精霊がユリウスに近づいてきた。

 その瞬間、敵意むき出しの目を向けたユリウスの手を、さっと握りしめるリース。

 驚いたように目を大きく見開くユリウスに、リースは優しく微笑みかけた。


「逃げないで。あの子達はあなたの敵ではありません。ちゃんと声を聞いてあげてください」


 心を落ち着かせるような柔らかなリースの声に、ユリウスは抵抗もせず静かにリースを見つめている。

 それ故、リースがユリウスの手を握った瞬間に剣を抜いて守ろうとしたアグニとアルウィンも、やや困惑気味で見ているしかなかった。

 なにせ、誰よりも警戒心が強いユリウスが警戒を抱いていないのだから。


「耳を澄ませてみてください。聞こえるはずです。彼らの声が」


 リースに言われるまま静かに耳を傾けるユリウスに聞こえてくる声。

 それはリースにも聞こえていた。


『嵐が来るよ』


『先に進まない方がいいよ』


『危ないよ』


『大丈夫、守ってあげるから』


 危険を知らせ心配する精霊達の声は、ちゃんとユリウスに届いたようで、その顔は驚愕に彩られていた。




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