女の子ってなにでできてる?
男の子ってなにでできてるの?
男の子ってなにでできてるの?
カエルとカタツムリ
それと、仔犬のしっぽ
そういうものでできてるよ
女の子ってなにでできてる?
砂糖とスパイス
それと、素敵ななにか
そういうものでできてるよ
『マザーグース 男の子ってなにでできてる?』
「……からまれたなぁ……」
「……申し訳ありません、役に立たず」
王城の回廊を力のない足取りで歩いていたアメリは、二歩ほど先を進んでいるアンディカの声に顔を上げた。
「え? 何が?」
「いえ、今『絡まれたな』と……」
「あ?! 聞こえた?」
少し後ろを振り向いて頷くと、アンディカは歩調を緩めてアメリの横に並んで歩いた。
「ハルならもっと上手くやれたでしょう」
「あー。どうかな……多分ハルも同じ感じになると思うけどな」
アンディカは背が高いので、横を向いて見上げていると首が痛い。
ふへと力なく笑ってアメリは前を向いた。
話だけの名ばかり愛人では意味がないと、ハルかアンディカかどちらかと王城を練り歩く。
王城の裏手に貴族たちの邸宅の並ぶ地区があり、その辺り一帯が『居住区』と呼ばれている。
今回は『居住区』で昼間のお茶会に参加だったので、ここぞとばかりにアンディカに声をかけた。
居住区の位置からだと王城内を歩く距離が長い。だから確実に何かしらのウワサを立ててもらえる。
『騎士団長夫人は全ての大隊長に手を出すおつもりかしら、お盛んですこと』
『あら今度はどなた?』
『第三大隊のアンディカ様……』
といった具合に。
この度のお茶会には、アンディカに果敢に言い寄ってくる件のご令嬢がお呼ばれしている。
アンディカからしてみればアメリと愛人関係にあると見せつけられて都合が良い。
ぴったりアメリの近くにいれば、貴方には興味がないと、はっきりと態度で示せる。
示せるのだが。
「ダメだよアンディカ、もうちょっと近くにいないと」
「……申し訳ない」
「……いいけど、せっかくだからさ、もうちょっと、こう……」
会話がぎりぎり届かない、それでもすぐに駆け寄れる位置で、アンディカは直立不動の姿勢だった。
これではただの警護だ。
他のご婦人方の侍らせている男の人たちは、隣の席に座ったり、すぐ真後ろで和やかに会話に参加したりとなかなかに距離は近い。
ハルはすんなりとアメリを誘導して席に着かせると、お茶やお菓子を運んではあれこれと世話を焼く。ついでに面倒そうなご婦人の相手まで引き受けてくれる。
あちこちに笑顔を振りまき、上々の評判なのは、さすがの一言に尽きる。
「次からはもっと親しげに」
「ありますか、次が」
「アンディカに話しかけてきてたでしょ、割と食い下がって」
「ええ……」
「諦めてる感じした?」
「いいえ、全く」
「……諦めて欲しいの? 欲しくないの?」
「諦めていただきたい」
「……じゃあ、頑張らないと」
「……そうですか」
「腕でも組んでみる?」
「申し訳ない、気付かずに」
すっと出されたアンディカの腕に、アメリは手を乗せた。
女性と歩くのなら、男性は腕を差し出すのが礼式ではある。
「まぁ、おサルと腕を組もうなんて発想がないだろうけど」
「猿? 何です?」
「あ、格好が男みたいだからか。……もっとひらひらした……女装の方が良かった?」
アメリは自分を見下ろして、アンディカを見上げる。
「奥方様の話ですか?」
「おサルの話だよ?」
にやりと口の端を持ち上げて、意地悪く笑うと、アンディカは空いている左手で自分の額をばちんと叩いた。
「誤解しないでいただきたい、奥方様に腕を出す発想がないのです」
「……え? だからおサルだからでしょ?」
「差し出せる立場にはないという意味です。……奥方様がおられない時の総長を、ご存知ないでしょう?」
「ん? どういうこと?」
「こうして奥方様がお茶会に出かけられた後、どれほど総長の機嫌が悪いか」
「なにそれ」
「ハルや私への当たりが……」
「あ、やきもち?」
「……そうです」
「なんだ、てっきりおサルと思われてるのかと」
「猿だなどと……」
「んーでも、そうかーやきもちかー。やめとくように言っとくよー。なんか、ごめんなさい……」
「いや……謝らないでいただきたい」
「総長もこれくらいのことで、やきもちとか……ちっちゃいなぁ」
「総長からしたら『これくらいのこと』では済まないのでしょう」
困ったような顔で、それでも笑っているアンディカにアメリは唸り声で返事をする。
これまでクロノのやきもちについては、何度となく話し合ったが、これといった解決はしていない。
とにかく多方向で範囲も広い。
発生条件が曖昧なのは、きっと優先度と関係しているのだろうと推測はできる。が、それはその時のクロノの状態にもよるので前もって対処しづらい。
常識として『嫉妬』というものは分かる。
ところが、そうだろうなと思っても、アメリ自体がその手の感情に乏しいので、今ひとつ真剣味に欠ける。
結果として後対応になってしまう。
アメリ的にはぴったり寄り添ってにっこり笑って、クロノはちょろいね。で終了。
矛先が別の人に向けば、ただ謝るしかない。
「……総長の気持ちももっともですから」
アンディカは口の中で笑いを噛み殺している。
「いちいち不機嫌にならなくてもいいのに、って思わない?」
「腹に溜めて我慢することが良いとは思えない」
「……それ以前の話だと思うけど」
「奥方様はどうですか」
「どうって?」
「……やきもち」
「うーん……あ、それってさっきの話?」
「……そう……ですね」
「あ! だから遠くにいたの?」
「会話の中に立ち入らぬ方が良いのではと……」
「アンディカ知ってたんだ……あぁ、まぁ知ってるか」
「ええ……はい」
「うーん……だって、キリないでしょ?」
「きり?」
「生きてる長さが違うんだもん」
「……はい」
「そりゃ色々あるでしょうよ」
「今は間違いなく奥方様ですから」
「ああ……そりゃ。……どうも?」
ふわふわ、という形容がぴったりな女性。
小柄で、淡い色がよく似合う。どこもかしこも柔らかそう、そんな風に見えた。
お茶会ではいつも端の方で、中でも気の合う人と和やかに過ごすことが多いアメリは、いつものように端に陣取って大きな会話の輪の中には入っていなかった。
昼間のお茶会によく似合う軽やかな衣装で、アメリの元へその女性は真っ直ぐに歩み寄ってきた。
近付いてくるのと同じに周囲が離れていくのに、アメリは心中で唸り声をあげる。
いつの間にか辺りの話し声も消えて、楽の音がよく聞こえる。
誰とも目線は合わないのに、誰もがこちらに注視している気配がする。
アメリは相手に合わせて笑顔を作り、どんな嫌味を言われるのか、なんの嫌がらせをされるのかと心づもりをした。
受けて立つ気持ちでゆっくりと椅子から立ち上がる。
女性は目の前に来ると、いっそう笑みを深めた。
「初めてお目にかかります、騎士団長夫人」
「こんにちは、初めまして」
「エマルイーズ ギリアンと申します、どうぞよろしく」
ギリアンの名は聞いた事があった。
確か王城付き文官の偉い人のはずだ。
「……ギリアン卿の?」
「ええ、ディナートは私の夫です」
「よろしくお願いします、ギリアン夫人」
「どうかエマルイーズとお呼び下さい」
「エマルイーズ様。では、私のこともアメリッサと名前で」
「ええ、アメリッサ様……座ってお話しましょうか」
「……どうぞ、お掛け下さい」
ハルならここでするっと現れて、お茶を用意しようかとか、相手の人となりをこっそり助言してくれたりするのだけど、とアメリは後ろを振り返る。
アンディカは少し離れた場所で、直立不動。
あえてなのか視線も合わない。
「何か飲まれますか?」
一度立て直そうと考えて、アメリが席から離れようとすると、エマルイーズが上品に片手を上げた。
控えていた侍女が近付いてくる。
「お茶を持ってきてちょうだい……どうぞ、アメリッサ様はお座りになって?」
座り直すついでに大きく息を吸い込んで、気合いを入れる。
「なかなかお話出来る機会がなくて。心待ちにしていたんですよ?」
「そう、だったんですね。すみません、存じ上げなくて」
「あら……誰にも私のことを聞かなかったの? ……まぁ、皆さん意地悪なのね」
「……どういう?」
「ずいぶん昔のことですよ? 私ももう、なんとも思っていないですから」
「……え……っと」
「騎士団長夫人の一歩手前までいきました」
「……ああ……なるほど」
「なるほど?」
「遠くから皆様がこちらを気にしているのが、納得できました」
「……本当ね。殴り合いでも始まると思っているのかしら」
「……しなくて良いですか?」
エマルイーズは上品に手で口を押さえて、肩を少し震わせて笑っている。
「楽しい方なのね、アメリッサ様は」
「そうですか?」
「本当にね、あの人のことはもうなんとも思っていないのよ? 昔のことだもの。ただほんの少し気になっただけ。騎士団長夫人になるには、私に何が足らなかったのかしらって」
「……それは……多分」
「なにか分かる?」
「いえ、そうではなくて……エマルイーズ様より、私の方がもっと色々足りてないんじゃないかと」
「まあ! ふふ! 面白いことをおっしゃるのね」
この調子で終始和やかに、周りからは遠巻きに観察され、ちくちくくるなにかを冗談で躱して終了した。
アメリ的には肩すかしを食らった気分だった。
今もクロノに好意を持っている女性からは、もっと直接的な嫌味を言われる。
過去の話との違いなのか、一歩手前までいった違いなのか、アメリにはよく分からない。
何にせよ面倒で疲れることに変わりはなかった。
そしてアメリにひとつの確信が生まれる。
「クロノってさぁ」
「うん? なんだ?」
いつもの特等席にいると、無理矢理クロノがアメリと背もたれの間に割り込んでくる。
これが就寝前のおしゃべりの時間、始まりの合図。
「こう……柔らかそうな人が好みだよね」
「……なに?」
「ふわふわっとして、甘そうな」
「な……んの話だ?」
「小さくて、おしとやかな感じの」
ぎゅうぎゅうに密着していたはずなのに、ふたりの間に隙間ができる。
「アメリ?」
「中身は置いとくとして、見た目の話ね」
「ちょっと、待て。……何があった」
「だって、今まで何かあったっぽい人、みんなそんな感じする」
「あったっぽい……って」
「ぽいじゃなくて、あったのか」
「な……くはない、と……いうか……」
「おやおや。ほほぅ、隅には置けませんなぁ」
「誰に何を言われた」
「べぇっつにー」
にやにや笑って体の向きを横にすると、アメリは肘掛に頭をのせて、反対側に両足を放り出した。
クロノの気まずそうな顔を見上げる。
「……アメリ?」
「人にやきもちやける立場なんですかねぇ?」
「それと……これとは」
「っぇえええ? 違うかなぁ? ……違うか。私は実行が伴ってないもんねぇ?」
「過去の話だ」
「まぁ、どっちでもいいけど」
ほぼ無意識でアメリの頭を撫でていたクロノの手がぴたりと止まる。
「どっちでも良いとは、どういう意味だ」
「クロノの好みと全然違うよね、私」
「い……今までが間違いだ」
「うわ。凄いこと言った、今! 酷い!」
「そ…… そういう意味ではなくて……」
「じゃあ、どういう意味で?」
「……この話は続けないとダメなのか」
「うん? 止める? やめてほしい?」
「……続きはまたの機会にしてくれ」
「ハルとアンディカに辛く当らないんだったら、もうしないよ?」
クロノからは否とも応とも反応がない。
ただ眉間のしわがどんどん深くなって数が増えていく。
頭の上に乗っている手を、アメリはぺちぺちと叩いた。
その後アメリの愛人(笑)への態度が変わったかどうかは微妙。
いちゃいちゃエンド成らず、残念!!
やきもち妬いちゃうアメちゃんの話と見せかけて。
砂糖多めより、スパイス多めの女の子のが好きだったと、二百年近くかけて気付いたクロへいちゃんの話でした。
嫉妬心が無いわけではないのですが、アメちゃんも。
方向も少なけりゃ、範囲も狭いんです。
基本じぇらっときたら「ずるい」と言うてます、彼女。(本編の「ずるい」登場回数の少なさからもうかがえますな)
クロへいちゃんの女性関係でのやきもちは、全くもって無いです。
ザ☆淡白夫人!!