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おチビちゃんの両足。






このお話は


15歳未満の閲覧にはふさわしくない表現


及び


子どもに対して酷い扱いがあったことをイメージさせる表現がされています。



直接的な表現は控えていますが、読まれる方はご注意と心の準備をお願いいたします。


15歳未満の方、内容に不安がある方は閲覧を控えて下さいますように。



時系列は本編よりも後、季節は冬でございます。






よろしいでしょうか。



では、





どうぞ。














数日後に春の訪れを祝う祭り『春節祭』を控えた町は、冬の間とは違い、活気があって賑やかに感じられた。


長く厳しかった冬が終わる。

町中が浮き足立っている雰囲気にアメリも清々しい気分になってくる。


ここしばらくは城都から離れていたので、クロノにとっては三年ぶり、アメリにとっては二度目の春節祭。


大きな行事を人に任せていた分、今回クロノは張り切って祭りの前にも町に巡回に出向いた。

アメリも同行して町をあちこち見て回った。


ハイランダーズと町の人々によって大通りの雪は他所へ運ばれ、神殿までの道もきれいに避けられ、陛下お出ましの準備はほぼ整った。


あちこちから甘い花の香りや美味しそうな食べ物の匂いが漂っている。


出店や色とりどり鮮やかな色の花を準備する、祭りの裏側も見ることができた。



春が間近とはいえ、風はまだまだ身を刺すほど冷たい。


ふたりは寒さからひと時でも逃れようと、通りかかった食堂に入ることにした。


表の大通りから少し離れた、それでも裏通りとも言えない食堂は、昼どきを過ぎても満席に近い状態だった。

観光の客が多いのか、話し方や服装が様々なように見える。


空いていた席は表に近い、店の角の場所。


小さな卓に向かい合わせて座って、少し遅めの昼食を取り、食後にお茶を飲んでいた。


静かに会話を楽しんでいたクロノは、食事の最中から、それよりも前、店に入った時からアメリに注視している人物が気になっていた。

気付いたからわざわざアメリが背を向ける側、クロノがその人物に対する位置に座れるように運んだ。


色香が立つ、と言えるような男だ。


飾り立てられていない、落ち着いた雰囲気の服装。仕立ては立派で高級そうなものを身にまとっている。

身形に気を使っているのがひと目で分かる、髪はきちんと整えられ、姿勢も美しい。


印象的なのはその目。

愁いを帯びて伏せられ、時の流れがその人物の周りだけ違うのではないかと錯覚させる。


男はしばらく離れた場所からアメリを見ているだけだったが、ふと立ち上がると真っ直ぐこちらに向かって歩き出した。


ゆったりとした足取り、薄っすらと笑顔を浮かべている。


間違いなくここに来るのだと確信したクロノは、用心すべきか迷って眉間にしわを寄せた。


「久しぶりだな、ピーニィ(おチビさん)……」


幼い子どもが『小さい生き物』を指すときの言い方で、アメリをそう呼んだ。


男は指先でするりとアメリの肩を端から端まで撫でて、そのまま顎の先を持ち上げて自分の方に向けた。


アメリは驚いたように数回まばたきを繰り返して、そして、思い出したようにすうと息を吸い込んだ。


「……ユリス」

「ああ、ピーニィ。……想像以上に美しくなったな」

「……失礼だが、彼女と関係が?」


遮る手を出そうとするクロノに目線を配ってそれを止めさせた。

ユリスと呼ばれた男は、クロノに口の端を片方だけ持ち上げてみせると、再びアメリに目を向けた。


「ああ……昔馴染みと言えばいいか?」

「昔馴染み?」

「初めての男と言った方が分かりやすいか?」

「……何?」

「はは……そう怖い顔をしないでくれ。今さらどうする気もない。……ただ、懐かしくて声を掛けただけだ。ピーニィ、会えて嬉しかった。ではな……」


ユリスは来た時と同じ足取りで、ゆったりと去って店を出て行った。


黙ったまま後ろ姿をふたりで見送る。


ふうと息を吐いてアメリは席を立った。


「アメリ?」

「……ちょっと。……すぐ戻る」


ユリスを追って店を出た後、言葉通りすぐにアメリは戻ってきた。





屋敷に戻ると、アメリは暖炉の前に大きな椅子を引きずって運び、腰掛けると、しばらくは静かに思い耽った様子だった。


無理に後ろに回り込むように椅子に座って、クロノはアメリを抱え込む。


「……何も覚えてないと思ってたけど……忘れてただけだった。だんだん思い出してきた」

「……うん」

「ユウヤやサヤは『前のことはもう忘れなさい』って何度も何度も言ってたから」

「そうか……」

「素直に聞いてた私はすごく単純だって驚いた!」

「アメリの良いところだな」

「びっくりした……」

「うん……」

「冬は寒いんだって、思い出した」

「……思い出した?」

「暖かいところに居たら忘れちゃう……。クロノ、私ね。建物の隙間で動けなくなってたんだった……」




建物の間の、狭い、路地とも言えないほどの隙間は、奥の方には雪は積もらない。


上から降る雪は屋根や風で遮られて、その代わり吹き込んだ横からの雪が、端の方で氷のように固まる。


昼でも薄暗くて、芯まで冷える路地の奥。


いつから、どれだけそこに居たのか、それ以前は何も思い出せないとアメリは微かに笑った。

四つか五つの歳だったはずだと、でも定かではないと他人事のように話す。




とうに歩ける状態ではなかった。


空腹の状態は通り越し、糧を求めて身体は内側から身を食い破り始める。

眠っているのか、起きているのか、意識は遠い彼方にあった。


通りかかったユリスがアメリを見付け、そのまま自分の娼館に連れ帰った。


『色持ち』が今にも切れかけの命を繋いだ。


ユリスの娼館は、男娼しかいなかった。

相手は女性でも男性でも、そこに居る男娼たちも年齢は様々、アメリのように小さな子どもから、成人を迎えたような者まで。

十数人が共同で暮らしていた。


連れ帰られたアメリは、マリオンという名の年嵩の少年に丸投げされる。


冷えた身体を温めるのと、汚れた身体をきれいにするためにマリオンに抱えられて風呂に運ばれる。


浴室で服を脱がされている途中で、マリオンは驚いた声を上げて浴室を飛び出して行った。


遠くでユリスに女の子だと叫んでいる声が聞こえる。

ここに女の子は置かないと言ってなかったか、とも聞こえた。


しばらくやり取りして、マリオンは戻ってくると、今度こそ全部の服を脱がせて、アメリを隅から隅まで丁寧に洗った。


マリオンは男娼たちの中で、一番に優しく、小さな子どもの世話をするのをひとつも嫌がらなかった。


食事の世話も、風呂の世話も、眠る時まで。

マリオンが仕事で出かける以外は、いつもアメリを側に置く。

面白がって寄ってくる仲間の男娼たちを追い払う役をしていた。


娼館でしばらく過ごすうち、徐々にアメリはふつうの子どものようにぷっくりとした体になってきた。


艶のかかった髪の毛を持ち上げ、ユリスも満足したように、上等な服と、さらに充分な食事をアメリに与えた。


食事を得るためには仕事をすること、どうせ仕事をするならより上等な客を取ること。


体の扱い方は、ユリスに。

心の扱い方は、マリオンに。

同時にふたりから言葉使いも教わった。




アメリのような美しい子どもを好きな者は沢山いたが、性質が悪いと評判の客はユリスが端から相手にしなかった。


アメリだけではなく、ユリスの娼館にいた誰もが、悪質な客を取らないように、きっちりと顧客は選りすぐられていた。


ユリスの娼館は、貴族や金持ちを相手にする、高級な部類。


それでも時には暴力を振るわれ、傷を作って帰ることもしばしばあった。


そうなると厳しく説教をされ、どちらがどんなふうに悪かったのか話し合い、客の場合はもう二度と会うことも無く済んだ。

自分の落ち度の場合は、どんなに古株だろうが練達者だろうが、立ち直れなくなる手前までユリスに泣かされる。


誰もユリスに逆らわない。

誰のおかげで屋根の下で眠れるのか。

お腹いっぱい食事ができるのか。


仕事は厳しいし、声高には言えないが、大事にされているのは皆分かっている。


ここに居るほとんどが、ユリスに拾われて命を助けられた者たちだった。




町中でネルに見付け出されるその日まで、アメリはユリスに生かされていた。



今までそのことを忘れていたと、アメリは情けなさそうに笑う。


「……追いかけて、何を話したんだ?」

「連れ戻さないでくれて、ありがとうって」

「……連れ戻す?」

「ネルが迎えに来てくれた時……。ユリスは多分見てた。窓の側に居たの、私、知ってた」

「……それから?」

「幸せかと聞かれた」

「どう答えた」

「……ふふん」

「何がおかしい」

「どう答えたのか気になる? 分からない?」

「……予想通りだと良いなと思うよ」

「クロノの予想通りだと思うよ?」

「だと嬉しい」

「マリオンにも会いたくなった」

「……そうなのか?」

「お礼を言わなきゃ」

「世話をしてくれた礼か?」

「それもあるけど」

「なんだ」


アメリは急いで長靴を脱ぐと、靴下も取ってクロノの前に見えるように足の先を持ち上げた。


「ここら辺、傷があるの、見える?」

「……気付いていた」


指先から足首にかけて、甲の上を稲妻のように走る大きな傷は、薄っすらとしているが、確かに見えるし、肌の触り心地も違う。


「クロノ知ってる? 寒いところにずっといるとね、手とか足とかぱんぱんに腫れるんだよ」

「……ああ」

「特に足が酷かった……ものすごぉ……く痛いし、歩けなかったし、靴なんて脱げないし、紫色になって、中からなんか変な汁が……」

「凍傷だな」

「お医者は両方足首から先を落とさないと、体中腐っちゃうって。……どうせ娼婦なら足の先なんて要らないだろうって」

「……それをマリオンが止めた?」

「そう! マリオンもおんなじだったんだって。けど、僕は治ったし、足の無い娼婦を買うなんてロクでも無い奴しか居ないよ。って、止めてくれた……汚い足をきれいに洗って、手当もしてくれた」

「……ありがたいな」

「でしょー?」


振り向いてそのまま横向きに座ると、アメリは裸足の足を肘掛の向こうへ放り出した。


ぱたぱたと膝から下を動かしている。


「うーん。……今まで自分の事ながら、娼婦だったって実感が薄かったんだけど、ユリスに会って、色々たくさん思い出して濃くなった気がする」

「……そうか」

「……クロノは変わらない?」

「……どうだろうな、もう過ぎた事は、良くも悪しくも変わらないからな」

「……だね」

「アメリがよく無事でいてくれたと、感謝しかない」

「話した甲斐がありましたなぁ……」


にこにこと笑うとアメリは機嫌良くクロノの腰に腕を巻き付けた。


「クロノものすごく怒ってたね、めちゃくちゃ顔が恐かった」

「元々こんな顔だ」

「……ユリスは最初の男だけど、クロノも最初の男だからね?」

「な?! ……何の話だ」

「気持が良いって知ったのは、クロノが初めてって話」

「は?! そ?!……そ……そうか」

「……顔真っ赤っか」

「……う。……参りました……」





アメリは勝ったと得意げに笑い声を上げる。


クロノは顔を背けて、つるりと片手で撫で下ろす。太い息を思い切り吐き出した。










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