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クロノの日。






「まぁ? お前がそう決めたなら、俺がどうこうできるモンでもないしな」


マーヴィンは動かしていた手を止めて、剣を肩に担ぐと、反対の腕で額の汗を拭った。


充分ではないけど、もう相手はしてもらえないのだと感じ取って構えを解く。


「皆はなんと言うかな、クローディオス。腰抜けだ、ヘタレだとうるさそうだが」

「……もう言われた。それから……」

「なんだ?」

「クローディオス、は、止めてくれ」


あーはいはいと苦笑いしながらマーヴィンは背を向けて、鍛錬場の端に寄る。

柵に寄りかかった男にクロノはため息で返事をした。


駄々を捏ねる子どものようだというのは、分かっている。

それでも父と母から同じくもらった名の片方だけしか呼ばれないのは、気分が悪い。


「お前は辺なところで強くこだわるから、余計な苦労をしそうだな」

「……そうと分かっていれば、苦労ではない」

「はは……楽しい休暇をな」

「楽しめると思うか?……すぐ戻る」


いくつかある縦長の木箱には、様々な意匠の柄が見えている。


決して整頓されているとは言えないその木箱に、クロノは無雑作に剣を突き立てる。


マーヴィンは分かりやすく怒ったような声をあげた。刃を潰してある練習用だろうが、雑に扱うことは見過ごさない。


怒ると分かってやっている。

八つ当たりだし、誰かに怒られたい気分だった。













12歳の祝いが間近に迫ったある日、両親は他所からの帰り道で地滑りに巻き込まれて、ふたりとも文字通りの帰らぬ人となった。


悲しむ余裕もなく訳も分からぬまま、叔父に連れられて、王城に登った。

すぐに領主の座が変わったと国王陛下へ御注進申し上げる。


拝謁した若い王は、両親に向けた弔いの言葉のすぐ後に、子どもの領主か、面白いと声を上げて楽しそうに笑った。



それからは父の従者や屋敷の使用人に頼り、何かと口喧しい親類の、差し出がましい態度を不本意にも受けながら、領地を切り盛りすることになる。


自分の出来ることはたかが知れていた。


難しい決断は従者の言を優先したし、領民も子どもの領主などあてにしない。本当に困って切羽詰まらない物事はたいてい、叔父を頼っていった。


経営を学ぼうが領地を知ろうが、どんなに努力したところで、自分がしているのは決定事項が記された書類に、了承の署名をすることだけだ。


不満ではあったが、仕様のないことだと理解はできる。


尽力した所で、所詮12の子どもなのは変わらない。相手の思う所も想像できるし、自分の知識の範囲もまだまだ狭い。


出来ないことが多過ぎる。


それは経験が足らないからだと、従者は困ったように笑う。

年を経れば無理をせずとも、苦労なく出来るものです、とも言った。



しばらくは大人しく過ごしていたが、翌年の誕生日が近付いてくると、両親を失った日のことを思い出す。


慌てて登城したこと、その時、初めて『騎士』という存在に触れたこと。


そこからは早かった。


見聞を広めるためと適当な理由でも、親類たちは喜んで城都に送り出した。


混血の上に子どもの領主など、厄介者でしかない。


騎士見習いとして身を立てられるよう、あらゆる手を尽くして、無理にでも走り回る親類たちがおかしかった。


父系出自は文句無しでも、母系出自がいただけないと王城騎士への勤仕は叶わなかった。


それで良い。

そもそも王騎士たちのあの横柄な態度は、どうも好きになれない。


領主の交代を上申するために城内を訪れた際、城壁の内側に屋敷を構えていたブライスの元でしばらく過ごした。

彼の人柄は好ましかったし、その彼の小さな子どもと思い切り遊んで、とても楽しく心が安らいだのを今も忘れていない。


新しく作られたばかりの『ハイランダーズ』という仕組みにもとても興味があった。


城には王のための騎士。

国には民のための騎士。

そんな考えの元に組織された騎士団に心を惹かれた。



13の誕生日を待たずに再びブライスを訪ねて王城に行き、特に難しいこともなく『ハイランダーズ』に入ることができた。


環境が変わろうと煩わしい周囲が居なくなることは無かったが、やることがたくさんあったのには救われた。


くたくたになるまで身体を動かす日々。

それでも鍛えられているんだと思えば面白い。少しずつ強くなっているんだと実感できた。


他人の言うなりで、言動に自信が持てなかったのが何故だったのか。

これが経験を積んだ、ということなのか。

目に見えるように分かるから日々楽しくて、ますますのめり込むようになる。


領地や領民のこと、自分が領主であることも、ほとんど意識の外に置いていた。




『ハイランダーズ』になって10年目、23の歳を迎えた時、知らせが届いた。


今まで放って置いたツケが今になって一気に回ってくる。


遊山はいい加減に、そろそろ領主の使命を全うすべきと、知らせには書かれていた。


この頃よりとうの前からハイランダーズの方にこそ使命感を持っていたし、陛下の本への『載名』も視野に入っていた。

領主の仕事よりも、陛下や国に尽くすことにこそ、己の命の意義を感じていた。




ケリをつけるべき時が来たのだと、心を決めて領地に戻る。

何があろうと決心は揺らがないと、屋敷に乗り込んだ先に、代理で領地の経営を任せていた父の弟が待ち構えていた。


叔父の少し後ろには、初めて会う女性が少し隠れるようにしていた。

寄り添うような立ち位置に、随分若い人を後妻に迎えたもんだと呆れる。


照れたように笑うと、その人は衣装の裾を少し持ち上げてきれいに膝を折り曲げて礼の形を取った。


後妻ではなく、自分の婚約者だということはすぐに叔父の口から告げられた。



しばらくは我慢して過ごしたが、屋敷に居ると経験の乏しかった、子どもの頃の自分に戻った気がする。


気が立ち、難しい顔をして、これから先を叔父と顔を合わせる度に言い争った。

とても余裕のある態度でいられない。


もうしばらく考えさせて欲しいと、言い逃げの形で領地を後に、城都に戻った。


それから半年も経たないうちに、屋敷の従者から知らせが届く。


ろくに知りもしない、ほとんど会話もしなかった、もちろん指一本として触れていない婚約者が、身ごもった。


相手は考えるまでもない。


丁度良いと案じて手紙を返す。

父方の、他国と混ざっていない純粋な血筋。領地を維持するにも子は必要だったし、これならさっさと自分は領主の座を退くことができる。


自分は騎士を続け、叔父ももうしばらくは領主でいられる。

痛い腹を探ぐる必要も、無駄に争う理由も無くなった。


これで心置きなくお互いに価値のある結果が得られる。


正式に自分の妻に迎えると知らせを返して、引き続き叔父に領地を任せると付け加えた。


上司と親しい数人にありのまま伝えて、名ばかりの領主の上に『ヘタレ』と冠を頂いた。






「……それからというもの、傷心のクロノは泣き続け、流したその涙でおおきなおおきな湖ができましたとさ。おしまい……」

「……今までの話のどの辺りからそうなるんだ」


寝台の上でうつ伏せの格好で枕を抱えているアメリが、くくと意地悪く笑っている。


ふにふにと頬を摘むと足をばたつかせて、声を上げて笑う。


「総長への道『立身編』だっけ」

「昔の話を聞かれたんじゃなかったか」

「……だって、思ってたのと違うんだもん」

「思ってたの?」

「小難しく考えるクセに、上手く立ち回れてないクロノの話だった……。今とそんなに変わらなくない?」

「……間違ってないから余計に腹が立つな」

「もっとね、ちっさい時の話が聞きたかったのに。何が好きだったのかとか、どんなことが楽しかったのかとか。お父さんとお母さんの話も……」

「そうならそうと……」

「忘れたの? ヘタレた旦那さんの奥さんは話が下手くそだったんだけど?」

「ああ、そうだったな」


はふとあくびをかみ殺すと、アメリはもぞもぞと掛け布に潜ろうとする。

引っ張り上げて、肩の上にかぶせる。


そのまま正面から抱え込んでも、眠いのか、それとも冷えるからか、大人しくされるままになっている。


「……総長への道『出世編』はまた今度だな」

「……うーん……聞きたい話と違う……」

「そうか?」


アメリの髪を撫でて、こめかみの辺りをくすぐる。やめてと笑って鎖骨におでこをごりごりと擦り付けている。


痛いのはそっちのけ、困ったことに可愛いとしか思い付かない。


口付けて力一杯抱きしめて、そのままの流れでアメリに覆いかぶさる。服の中に手を忍ばせて身体に這わせた。


「あ、そうだ」


手を突いて押し退けられ、アメリと目を合わせた。


「……なんだ」

「最初の奥さんはどうだった?」

「どう、とは?」

「好きだった?」

「……嫉妬でもしてくれるのか?」


くくと笑って、アメリは片方の口の端を持ち上げる。


「……惜しいことしたよって教えてあげたい」

「私がか?」

「違うよ、最初の奥さんの方」

「何を教えることが……」

「ここまで嫁に甘いと知ってればねぇ」

「……甘いか?」

「クドいくらい」

「……アメリにだけだ」

「何人に言ってきたのかなぁ」

「……アメリにだけだ」

「へぇぇええ?」

「……信用できないか?」

「二百年近く生きてたら色々あるでしょ?」

「……そうだな」

「私みたいので妥協していいのかなぁ?」

「……怒らせたいのか?」

「やる気を削ぎたいの」

「……それは大きな誤算だな」


うわぁと漏らすと、失敗したと声を上げて両手で顔を覆った。うんうん唸ってから、何か思い付いたのか、ぴたりと声が止んだ。


ちゃちゃっと済ませてねと何食わぬ様子で言って、潔く両腕と両脚を広げてふんぞり返る妻を見下ろす。


肺の中の空気を全部吐き出して、横に寝転がって同じようにふんぞり返る。


「やる気 削げた?」

「嫌ならそうと言ってくれ」

「嫌じゃないけど」

「何だ」

「もう遅いし、明日早いし……」


遠出をするのは少し前から決まっていた。


領地に出かけて、両親の墓地を訪れる為に。


あの時から祝わなくなった私の生まれた日を、これから先は祝う為に。


墓前に報告に行こうと言い出したのはアメリからだった。




ごろりと寝返って、いつものように後ろから抱きかかえる。首の後ろに口付けをした。


安心したようにほうと息を吐くと、アメリの身体から力が抜けていく。




「おやすみアメリッサ、良い夢を」

「おやすみ。クロノも良い夢を」




旅の間に話をしよう。


何が好きで、どんなことが楽しかった子どもだったかを。




総長への道『出世編』の後にでも。



















はい。

というわけで、クロへいちゃんの過去話の巻でした。


登場人物の誕生日は特に何月何日とは設定していません。そもそも日付けなどの時間に関する情報は具体的にしておりませんもので。

クロノはざっくり秋生まれですね。




ブライスの名が出ていましたが、ハイランダーズの中で彼はクロノよりも年上なのでした。

ちなみにクロノが遊んだブライスの子は長男です。その下の4人は生まれる前。



ハイランダーズ立ち上げ時の騎士団長や、クロノの上司 (マーヴィン)や同期っぽい騎士たちは年を経るうちに自ら戴名を解いたり、戦場に散っていったり、袂を分かったりしています。


クロノより年上は数える程にしかいません。(陛下含め、王城サイドは年上が多いです。続いた歴史の差です)


『出世編』 (やり出すと歴史超大作になるのでナシですが)になるとハルや愉快な仲間たちとの出会いや六翼の爆誕が展開されるという寸法です。




ではなんのための過去話かというと、次への流れの為です。


本編中に盛り込もうにもタイミングを逃した感が満載の、アメちゃんの(避けては通れぬ)過去話。




楽しい話ではありませんが、どうか御一読くださいませ。











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