泉は消え、花畑になった
そうやって過ごすうちにあの小さな可愛らしい女の子は、少し幼さは残るものの麗しい少女に育ってしまった。
そうなってしまったあの娘の美しさはもはや高い高い塔でも隠しきれないものなのでしょうね。
ある日の夕方、あの日は確かウッディもリーフもセーラも塔には行かなくて、私ひとりがラプンツェルとお話していたのだけれど、暗くなる前に帰ろうと思ったそのときだったわ。下から声がしたのよ。
「ラプンツェルや、その髪をたらしておくれ」
そういう声が聞こえたから、早く帰らなければ夕飯に間に合わないと思って急いで飛ぼうとしたのをよく覚えてる。
おばあさんは朝昼晩の食事を運びにやってくるの。
「あら、いつもよりも早いわね」
と言いながら、ラプンツェルは無造作に髪をたらしたけれど、
本当に彼女はその声がおばあさんだと思っていたのか、今考えれば怪しいと私は思うの。
その声はおばあさんの声よりも低く艶やかだったんだもの。
あの娘が気づいたうえで声の主を引き上げたのではないことを祈っているけれど。
声の主がひょいと顔を出したとき、あの娘はその美しい声を一瞬呑みこんでしまったし、私は飛ぶことを忘れそうになるほどだったのよ。
男が、立派な青年がやってきたのだから。
あの娘の驚きと恥じらいの混ざった顔といったら、もう一人前の大人の女性になっていたことでしたよ。
青年と彼女は話をぽつりぽつりと交わしていたのだけれど、ラプンツェルは途中でふと気がついて青年に言ったの。
「おばあさんがこれから夕食を持ってくるから、鉢合わせしたら大変よ」って。
その後もふたことくらい何かを言って青年を帰してしまったから、私も安心してようやく家に帰ることができたのよ。
それからだったわ。私の可愛いラプンツェルが変わってしまったのは。
彼女の話題の中心は塔の窓から見える森の話や夢の花咲く詩から、あの青年にとって代わられてしまったの。
「王子様は絵本や刺繍にでてくる王子のように感じのよい方だったのよ」
あの娘は青年を王子様と呼んでいたのだけれどね、本当に飽きもせずずっとあの青年のことを話すのよ。
セーラでさえ呆れるほどだった。
「フィニ坊やの話を目を丸くして聞いていたあの娘が!」ってね。
ラプンツェルの頭の中は小鳥のさえずる閉ざされた泉から、テノールの深みのある声がささやく花畑に変わってしまったのだわ。
「王子様は私の知らないことをたくさん教えてくれるのよ。それに詩もたくさん歌えるの。ここにあるのもないのも!」
あまりに彼女があの青年の話ばかりするものだから、今日は違うお話をしましょうと言った日もあったくらい。