墜ちぬ翼(3)
第一波の航空攻撃により、二隻が被雷し内一隻が酷く損傷を受けて艦隊から落伍しかけている状況にクラウナウピア側は焦りをより一層濃くしていた。もう既に虎の子のシャクザズマはないため、第一波のように大幅に数を減らしておくことが出来ないが、第二波にも撃てたとしても流石に最初のようにうまくはいかないだろう。
「全艦主砲用意、敵航空機群へ目標照準!」
艦隊司令部であるCICからすぐさま戦闘可能なすべての艦艇に遠距離での主砲による対空射撃の命令が下された。殆どの砲が一斉に同じ方角に砲口を向けいつでも砲弾を撃ちださんと待ち構えており、砲撃開始の令が下されればすぐにでも何十発と弾を撃てるように砲術科の隊員たちは息をひそめていた。そして、その時はすぐに来る。
「全艦砲撃始めーっ!」
その命令の直後、海面に波紋を作らんばかりに無数の爆音と爆風とが吹き荒れ、大中の口径の砲弾が空気を射抜くように向こうへと消え去る。されどそれらは決して虚空を撃つものではなく、確かに迫りくる脅威を滅ぼさんという確固たる意志をもって放たれたのだ。
第二〇一水雷戦隊より放たれた砲弾は、オースノーツ海軍攻撃部隊第二波の前方に着水し、幾つもの波紋と水柱とを打ち上げて消えた。命中弾はまったくの皆無だが、これはクラウナウピアの砲術科の腕が悪いわけではなく、第一射で当たること等まずありえないためこれで問題はないのである。それからこの第一射の着弾のデータを基にして風向きと風速、波の高さ、地軸、時点速度、敵機の速度と高度etc...そういったいくつもの条件を同時に計算を行い軌道修正を行って初めてようやく命中弾が出せるというものである。とはいえ、この時代であるため随分とコンピュータ化されているため、大昔のようなアナログな方法を用いるという苦労はないに等しいものであった。
すぐさまデータが修正され砲は向きを微調整すると第二射を発射した。コンピュータの調整は絶妙で、航空機部隊のいる場所を見事に襲っていた、だが何もオースノーツもわかっている修正された弾道を黙って受けるわけではなく、第一射の着弾の直後には既に飛行コースをずらしていたために、またもや撃墜された機は一機も出ることは無かった。何度も対空射撃が行われるものの、一向に被害が出る気配は無く、いたずらに残り少ない弾薬を消費していくばかりであった。そうこうしているうちに、第二波の部隊は艦隊に随分と近づいてしまっていたため、やむなく主砲での砲撃は止めて副砲と対空砲での対応に切り替えられた。
巡洋艦五隻から先ほどよりも短いスパンでの副砲による対空射撃の音が鳴っている。航空部隊はその餌食とならぬよう可能な限り高度を下げて艦隊へと迫る。レシプロの時代ならいざ知らず、戦い方は昔とはさほど変わってはいないもののこの高度をジェット機で飛行するというのはレシプロよりも度胸のいることである。何せ時速七百km以上の速度で海面二十m以下を飛行しているのだから、もし波に煽られ一瞬でも海面と接触しようものなら機体は激しく回転し鉄のように固くなった海面へと何度も何度も叩きつけられて、パイロットごと元の形など残さずに海の藻屑と化すのだ。故に、この時代の攻撃機乗りはトップクラスの勇敢な仕事だという認識が世界でもおおよその共通認識で通じていた。しかし、その危険さのために、死亡率は常に上位に入り続けるほどであるという。
命懸けで迫る攻撃機隊だったが、それほどまでに高度を下げていたとしてもやはり撃墜されてしまうものは出てくる、一機が対空機銃の掃射をもろに浴びてしまい、バランスを崩した直後には機首から海面へと突っ込み激しく前方へと時速数百kmで吹っ飛んでいった。飛び散る機体の破片が海面をバウンドしては消えていく。それでも彼らは跳び続ける。
また別の機が、目の前に着弾した副砲の起こした水柱に突っ込んでしまい、あっという間に海面へと突入、二度と上昇してくることは無かった。また、そうでなくとも少しでも慄いたものは淘汰される。僚機が目の前で撃墜されていったのを目にしたまだ経験の浅いパイロットの機が恐怖に駆られて思わず機体を起こしてしまった。一機だけ高度を僅かばかりとはいえ取ってしまった上に、対空射撃の雨に無防備な腹を晒したマッカランは、その大きな爆弾槽に機銃弾をもろに浴びてしまい、抱えていた魚雷が大爆発を起こして吹き飛んだ。
そしてその熾烈な弾幕を潜り抜けた機は、速度を落としつつ爆弾槽を開いて魚雷を投下した。あっという間に水面下へと潜りこんだ魚雷は海水をかき分けて矢となって迫った。
「魚雷確認!数五!」
再び魚雷が艦隊に迫る。
陣形左翼の艦がすぐに副砲と機銃を水平射にして海面に弾丸を撃ち込んでは魚雷を爆破しようと躍起になっているが、それと同時にもう半分のマッカランが水平爆撃を行おうと回り込んでいき、ロケットを発射した。
各機四発ずつ懸架されていたロケットは切り離されるとすぐにノズルに点火、海面ギリギリを高速で飛翔しあっという間に艦隊へと到達した。海面ギリギリを飛翔する細いロケットに、対空機銃は海面によるレーダーの乱反射と相まって上手く対応できなかったのだ。立て続けに左翼に展開する艦艇に着弾、大爆発を起こして炎上させた。
着弾の衝撃波と爆風で被弾した艦の上部構造物は焼かれ、ねじ曲がり、吹き飛ばされる。五隻に被弾があったものの、三隻が集中して犠牲となり中でも第一艦橋と第一砲塔に直撃を受けた巡洋艦マーティオンの被害は最も大きかった。艦橋にいた艦長以下その場にいた全員が死亡、被弾した第一砲塔内で弾薬が誘爆、大爆発を起こして艦の三分の一にあたる前部がねじ切られてしまった。それだけでなくその衝撃で第二砲塔も砲塔の旋回が不能となり、艦内を駆け巡った爆風によって多数の死者を出した。何より、医務室が全滅したのが手痛い被害であった。
他には、駆逐艦ツァリダーン2が艦腹に二発を受け真っ二つにされあっという間に轟沈、直撃の直後、この艦が大きく跳ね上がったのを他の艦の乗員は目撃しているほどの激しい爆発であったという。他国の駆逐艦と比べても小型であったセルバニオラ・レクゼナメ・フェートリオン9級故のことか。そして三隻目が艦隊右翼に位置しておりこの攻撃から最も安全と思われた駆逐艦キルチュイティテリであった。この艦は上部構造物の根元に直撃を受けた結果、艦体はおおよそ無事に済んでいたにもかかわらず艦橋が十度も傾いてしまったという。根元では炎が燃えさかり、艦橋を支える柱や鉄板が引きちぎられており、いつ崩壊するかもわからない有様で、到底戦闘行動など不可能な状態にあった。
舵も効かぬこの艦は、あらぬ方向へと曲がっていき艦隊から単艦離れていったあと、連絡も取れず誰も知らぬまま消えてしまった。この艦の最期を知るものはいない。被弾時の衝撃で海に投げ出され幸運にも救出されたたった三人の生存者だけが、この艦の生き残りとなった。
他にも被弾した艦は出たものの、甚大な被害を被ったのはこの三艦のみであった。これで、戦闘継続が不可能となった艦は十八隻中四隻、四分の一弱を既に失っていた艦に、更なる悲劇が上と下から襲い掛かるのだ。オースノーツ海軍水陸両用ALと飛行型ALが、残りの艦を始末しようともうすぐ目の前まで迫っていた。それだけでも絶望的であるというのに、飛行型ALを率いるのがあのヴィエイナ・ヴァルソー特務中尉なのだから、最早この艦隊の運命は決したに等しかった……




