墜ちぬ翼(2)
オースノーツ海軍航空部隊による空襲を受けている第二〇一水雷戦隊では大わらわの事態に陥っていた。艦隊は現在作戦行動後に補給のために同盟軍共用海軍基地へと帰投する最中であり、燃料及び弾薬を消費した状態で、長時間に及ぶ航海もあって乗員に戦闘の疲れも見えていた頃に襲撃を受けたのである。
レーダーに敵航空機の影が映るや否や疲れていた乗員を叩き起こして大急ぎで対空防御の陣形をとって航空攻撃に備え、各艦の機銃座はすぐにでも発射できるように銃身を持ち上げた。当然ながら全ての機銃座は自動化されており、人間が外で直接引き金を引くような真似はしない。
巡洋艦を中心に、輪を描くように駆逐艦がその周りを大きく囲むとレーダーに反応のある方向を皆が注視する。短くも長い時が海原に流れ、遂に陣形の一番左端に位置するセルバニオラ・レクゼナメ・フェートリオン9(エルカテ)級駆逐艦ファーブラ8(サビ)の見張り員が双眼鏡に低空を突き進んで迫る敵航空部隊を視認し、無線機に叫ぶ。
〈こちら第二観測所!!十時方向より高度二百m付近を敵航空機部隊が接近中!〉
観測所からの報告により、ファーブラ8の艦橋内がざわめきそれはCICよりすぐさま全艦隊に通達、共有された。続けてファーブラ8より敵の機種と数などが事細かに送られてくる。それによって判明したのが接近する航空機部隊は艦上爆撃機マッカラン二十二機と、艦上戦闘機ミナイト八機でそマッカランが低空で侵入していることが判明している。
さらに、第二波と思わしき部隊が後ろに続いているという模様も知らされる。旗艦サルベーリン級巡洋艦一番艦サルベーリンの艦橋では、砲術長の指示のもと、多弾頭対空ロケット・シャクザズマBの発射用意に移行しており、サルベーリンと同級巡洋艦ビエナバの二隻の後部ロケットタレットが起動し、照準を十時の砲口へと合わせた。一度に発射できるのは三発、二隻ともに一基ずつ積んであるため計六発のロケットが発射できる。これだけ放てばほぼ確実に先発の部隊は撃滅しきれるだろう。
だが、問題は第二波である。このシステムは装弾数六発であるため一度目の発射後に時間は多少かかるが二弾目が発射可能となっているのだが、先ほども述べたようにこの艦隊は帰投中なのだ。つまりもうタレット内にはそれぞれ三発ずつしか残ってはいない。そのためこれを撃ち尽くした後は通常の対空砲で対応しなければならないのである。
「シャクザズマ、用意!」
副艦長レブ中佐がシャクザズマの発射用意を号令する。目標はすでにセットが完了しており、あとは発射を待つのみであった。それから時を待たずして発射の令が下された。
「発射!」
彼の命令と共に、サルベーリンのタレットから三発の弾頭が順番に発射された。人間よりも大きな弾頭は、白煙を引きながらまっすぐにオースノーツ海軍航空機部隊目がけて飛翔していく。
「ビエナバ、発射!」
立て続けにビエナバにも命令が下され、同じように三発の弾頭が艦より勢いよく飛翔していった。文字通りあっという間に航空部隊の進路上に到達してしまうと、センサーにより第一射目が部隊の進路上にて起爆した。起爆の直前、弾頭の蓋が脱落すると、周囲に大量の爆発を起こす小弾頭がばら撒かれ、広範囲に大規模爆発を起こし航空部隊の先頭を飲みこんだ。
後方の部隊はすんでのところで回避ができたものの、それでも大多数が飲みこまれてしまった。損害を確認し部隊を再編する必要があるが、第二射は待ってはくれない。すぐに二度目が彼らを襲うがみすみす二度もなすすべもなくやられるオースノーツではなかった。生き残った戦闘機の一機から、何やら二発の小型ロケットが切り離された。それは艦隊の方に向かっているように見えるが、実はそうではない。発射された謎のロケットは発射後十秒と待たずに中途半端なところで起爆すると、薄い煙を辺り一面にあっという間に噴霧した。これで目くらましをしようというわけではない、起爆直後ですら向こうが悠々透けて見えるような煙にそんな効果は無く、これの真価はこの煙に含まれている成分にあった。
オースノーツのみが有する特殊な薬剤、エルティカリノスA2は未だ改良の途にありながらも周囲にセンサー類の全てを殺す機能がある。それらは空気と混合して薄められたとしてもある程度の濃度が維持できていればしっかりと効果を及ぼす。
そして今も確かにその能力を両軍に存分に発揮して見せた。先んじて噴霧された薬霧に飛び込んだシャクザズマは、それまで正確な機動で飛行していたにもかかわらず突っ込んだ直後唐突にバランスを崩し始めそのままあらぬ方向へと飛び去ってしまった。恐らく、霧が起爆用センサーだけでなく飛行用の精密なセンサー類にも影響を及ぼしたことによるのだろう。第一射の時は距離が近く間に合わなかったものの、今回ばかりは間に合って護衛戦闘機部隊の面目が少しはたったというものか。
虎の子のシャクザズマを撃ち尽くした水雷戦隊は、想定よりも少ない損害を敵に与えることが出来ずに接近戦に挑まなければならなくなってしまった。
「対空戦闘よーーい!」
全艦に対空戦闘の発令がなされる。
臨時的に再編された航空部隊の内、魚雷装備の四機が水面の魚群が見えるのではないかという高度まで機を降ろすと、爆弾槽を開く。紺色の長い魚雷が一本外界にその姿を晒し敵の船を沈めるのは今か今かと鎌首をもたげているようだった。
「進路良し、高度良し、ヨウソロ……撃て!」
次々と魚雷が切り離されていき、時速二百八十kmで水面へと突っ込み放った機体は大きく旋回して艦隊を離れていく。一旦深く潜った魚雷は、しばらく進むと深度を浅くとり始めスクリューを超高速回転させながらまっすぐ艦隊へと迫り行く。艦体の方でも魚雷の発射は検知されており、すぐさまコースの割り出しと回避運動がとられていた。
「取舵ーー!いっぱーい!」
旗艦のCICにて割り出された魚雷の予想進路から命中の危険性のある艦六隻が選ばれ、、陣形後方に位置するレッケス級巡洋艦マーティオン及び駆逐艦五隻が大きく回避運動を起こしていたが果たして間に合うか。幸いにして、これらは皆動きの軽快な中~小型の機動艦艇であったため旋回自体は魚雷到達前に済ませられた。そのまま舵を維持して魚雷が無事通り過ぎてくれることを願うばかりである。
まずもっとも近かった駆逐艦ツァリダーン2(ジダ)の両舷を二本の魚雷が無事通過していった。ツァリダーン乗員が胸を撫でおろしている間にもう二本がツァリダーン2の左舷と左舷側にいるヘルクレメの両舷、そして更に左であり陣形最後尾にいたベジャナイダの右舷との隙間を通過していった、かに見えた。何が起きたのかは不明であったがともかくベジャナイダの右舷ギリギリを通過していくはずの魚雷が進路を曲げ右舷に接触、大爆発を起こしたのである。
「ベジャナイダ被雷!!」
ベジャナイダからは大きく黒煙が上がっておりやはり被弾した右舷側に大きく傾き始めていた。救助艇を出したいところではあるが、この状況下では出すこともできず、ただ乗員の無事を祈ることしかできなかった。そこに艦隊にもう一発のダメージが発生する。最後の一本が陣形の右後方にいたセバルナーッタの左舷に直撃を起こしたのだ。衝撃がセバルナーッタの乗員を揺らし恐怖に陥れるが、爆発音のようなものは聞き取れず、艦がベジャナイダのように傾いたような感覚もなかった。すぐさま被害を確認すると、なんと左舷をぶち抜いた魚雷は内側まで突き刺さったまま爆発することなく止まっていたのだ。
「セバルナーッタより報告!左舷中腹に被雷なれど不発、しかしながら待機室に浸水しており現在中で待機中であった乗員の安否の確認中とのこと!」
おくられてきた電文をレブ中佐が読み上げると、艦隊司令フェグナリオ大佐は陣形を戻し第二波に備えるように命令を下した。




