帝都強襲(5)
勝負はそう長々とは続けてなどいられない、一瞬における決着をつけなければならないのだ。こうしている間にも敵歩兵部隊やAAが高貴なる城内を蹂躙し、皇帝陛下の御身に危険が迫っている状況にある、それなのに親衛隊のAL部隊を率いる指揮官がこんなところでうだうだと時間をかけているわけにもいかないのだ。
少佐は一旦身を引くと、手早くスイッチ類を弄って出力配分を持久力重視から瞬発力に調整した。これによりガソリンエンジンの発電量が平時よりも急増し、通常の三割増しでの馬力を発揮することが出来るようになったものの、その分燃費は悪化しておりこの最大出力調整で稼働し続ければものの十分もせずに満タンのガソリンですら燃料タンクを空にしてしまうだろう。それに、このリガネウォースィンは細身のフォルムであるために、他の機体と比べるとより燃料や噴射剤の搭載容量も限られてくる。
彼はパルスキャノンの用意をすると、敵機の足元目がけて二発のパルスキャノンを発射した。例え直撃弾でなくとも、着弾時に周囲に形成されるパルスフィールドに掴まれば効果は発揮されるのでそれを狙ったのだ。脚部を破壊してしまえばあとは盾で守りつつ接近すればいい、そう思っての攻撃であったのだが敵はそれを予期していたかのように少佐が身動きをした時にはスラスターを吹かしており、急速に敵機は後方へとすっ飛んでいった。引き摺られている足が地面を抉り返す。
「逃がすわけがあっ!」
遠ざかりゆく敵機が逃亡を企てていると思い込んだ少佐はそう吠えると、素早く飛び出してペダルを思い切り踏み込んだ。一見慌てて飛び出したようにも見える機動であったが、実際はそうではなくしっかりと盾を斜に構えて角度を付けており、重騎槍の火薬カートリッジは再装填が為されいつでも再点火が可能な状態にあった。
敵機もただ間合いを取るだけではなかった、高速で後方にすっ飛んでいくという荒業を見せながらも前方に銃を向け同時に牽制射も行っており、それだけでなくその牽制も牽制と言うよりはむしろ撃破をしにかかっているのではという程に正確な射撃制度を誇っていた。もしリガネウォースィンの盾が異常に堅牢でもなければとっくに少佐は残骸として城の庭に部下たちと共に亡骸を晒していただろう。
正体不明の敵機のメインカメラがバイザーの隙間から怪しく光る、リガネウォースィンの流線形のカメラが光を流す。高性能炸薬弾の雨が傷ついた盾を何度も激しく叩き、盾の表面は一層ひどく形を変えていき、表面に彩られた厳かな紋様は今や見る影もなく消されていた。それでも尚、盾は銃弾から機体を守っていたが、それを保持しているALの腕のほうが先に限界を迎えてしまう。
あまりにも激しい衝撃を一身に受け続けた左腕が悲鳴を上げ、関節エンジンとモーター、油圧シャフト等が一斉に故障を始め、それでもどうにか保持していた盾の角度が僅かに外側にずれてしまったのだ。それによって機体の右側が露出してしまい、無防備な右腕に数発直撃をもらってしまった。
当然、右腕は吹き飛んだだけでなく、固定武装のパルスキャノンと重騎槍をいっぺんに失ってしまったリガネウォースィンは丸越しとなったまま敵機に突っ込んでいった。その残った盾と左腕も最早正常には動いてはくれない。それでも親衛隊は守らねばならなかった、先ほどまで右腕のあった付け根からオイルを噴出させながら吶喊する姿は勇ましい、そう、盾の破れた穴から飛び込む銃弾を受け装甲を、内部を粉砕されながらもその進撃を止めぬ姿はとても美しく、気高かった。
いくら広いと言えども、ALのような巨大な物体が縦横無尽に動き回れるほど城内も広くはなかった。鬼気迫るオーラを放つリガネウォースィンに気を取られ壁が後方より迫っていることに気が付かず、モニターの一つにひびが入るほどの衝撃を受け激突した敵機のパイロットはむせかえってしまい、目前に迫るリガネウォースィンに照準を合わせることが出来なかった。
満身創痍となりながらも壁際まで追い詰めることに成功した少佐は、敵が壁に激突して動きを止めたのを見てこれが最後で最高のチャンスと見たか、最後の増速をかけ一思いに突っ込んだ。
勝てる、そう思い込んだまま激突する直前敵機は肩部に備え付けてあったロケットを発射していた。そのロケットポッドは巧妙に偽装が為されており、知らないものが見ればどう見てもそれは肩部アーマーの一部にしか見えないほど自然且つ小さく収まっていたために、歴戦のフィルローログ少佐でさえその存在には気づけなかったのである。それゆえに、彼はその直撃を受けた後ですら何が起きたのか気づくこともできずに何故大爆発が生じたのか困惑していたのだ。ただ、彼はそんなことを思いめぐらせる余裕などない状態にあったのだが。
「う、ゴホッ……ゴホアアッ……クソ……」
非常灯すら消滅した真っ暗なコックピットの中の唯一の明かりは歪んだコックピットブロックに出来た隙間から垂れている千切れたコードが発生されているショート光くらいであった。完全に停止したリガネウォースィンの内部で、少佐は目を覚ます。気を失っていたのはどれくらいの時間であろうか、手元の腕時計を確認したが、軍支給のそれは画面が割れてしまっており使い物になりそうもない。
体中を支配するあまりにも強い痛みに、彼は鎮静剤を打ちたかったのだが右腕も左腕も動かない。眼をやるとしっかり体についてはいるようだが、両腕とも酷く痛み、特に左腕に関しては途中で変な方向に曲がっていることからどうやら骨折しているようだ。通常なら痛みは相当のものであるはずなのに、際立ってそう思えないのは全身に走る痛みが強すぎたためだろう。
腕はどうにかなりそうであったが、足の方はどうやらあまり良くないようだ。左足が完全に感覚がなかった、いや、あることにはあったのだがカーっと熱い痛みが付け根当たりに感じられるくらいで、それ以上のものを感じられないのだ。痛む首を押して下に目を向けると、破壊された機械が左足を押しつぶしているではないか。これはもう二度と自分の足で歩くことは叶うまい。右足が残っているのが救いと言えようか。
(せめて、せめて敵機をやったのか……それだけでも)
こんな生死の境ともいえる状況にありながらも彼の意識は皇帝の身の安全であった。歩兵部隊に関しては、味方と最初に分かれたサー准尉のALが掃討してくれているはずなので、この最後のALさえ撃破すればひと段落がつくというもの。
「痛い……腹がい、痛む……」
少しずつ感じられるようになってきた腹部の痛みに、彼はようやく自分の腹に割れたモニタの大きな破片が突き刺さっていることに気づいた。どうして先ほど足を見た時に気づかなかったのだろうと思えるほどの大きさのが。
「これは、はあ……これは………なんと」
ダメだ、直感で確信していた。潰れた足からの出血に加え腹部の出血と内臓の損傷はもう自分が助からないことを確信していた。もうすぐ自分が死ぬことをわかっていながらも、少佐の心はやけに落ち着いていた。皇帝陛下のために死ねるなら本望であるといわんばかりに。
寒気を感じ始めていた少佐は市外に住む家族のことを思いながら静かに息を引き取った。誰にも看取られず、誰にも気づかれず。
ニベシャ城の一角、セルキエ門のすぐ隣に二機のALが折り重なるようにして横たわっていた。城壁を食い破ったその二機は、それぞれの任務遂行の半ばでその場に佇んでいる。この二機が沈黙して六時間後、ようやく鎮圧された。多数の死傷者を出してしまったものの、皇帝ラローフチュール八世は怪我一つ負うことなく済んだのは不幸中の幸いであろう。
残念ながら城内に侵入した正体不明の敵部隊は全員が殺害され、生き残った者も自害をしてしまい自白させることはできなかった。身体的特徴も、皆様々な人種で構成されておりまた武器にも所属の分かるような刻印などはなかった。
しかし、ALのエンジンの波長と特徴からオースノーツ共和国またはそれに近しい位置にある国の部隊の物であることが判明した。これにより、報復措置としてオースノーツ共和国首都では大きな力によって供与された高性能の爆弾を用いたレジスタンスによる大規模爆弾テロが発生し、自動車にて移動中であった副大統領ビーサイノ氏と産業大臣レッキンマン氏並びにグン全国鉄道連盟会長らなど市民や護衛を含む二百六十名が死傷した。
世界はより一層、悪夢に包まれていく。この星の人々がそれに気づくには取り返しのつかないほど深い深い海に沈んでしまっていた……




