帝都強襲(4)
四機のリガネウォースィンが地面を蹴る。整えられた芝生は、つま先に数十tもの重量が一気に集約されたことで一点に重さが集中したために一m以上も圧縮され、蹴りあげられた土が人間の背丈よりも高く舞い上がり地面に降り注いだ。庭師がこの光景を目にしたならば、きっと泡を吹いて卒倒してしまうに違いない。もっとも、既に戦闘によってあちこちが破壊され草木には血という水が与えられていたため今更というところはあったのだが。
それでも長い間戦火に巻き込まれることのなかった城内で育まれてきた伝統の庭は、あっという間に痛ましく荒らされてしまっており、歴史に好ましくない記述が加わることであろうことは必至であった。
迫りくる四機ものALに後れを取った謎のAL部隊は、一瞬の反応の遅れこそ見せたもののそこは特殊部隊、すぐさま対応策を講じていた。四機すべてに格闘専用のプログラムを搭載してあったためにそれぞれが腰からAL用のメイスを取り出すと、銃で牽制をしつつ振り上げた。
だが、リーチの差でこの衝突は親衛隊側に軍配が上がった。四機中三機が突き出していた重騎槍はバズーカランチャーを保持した機の右腕を貫いて粉砕させ、後の二機も敵機の胸部や装甲に少なくない損傷を与えることに成功した。大斧ベルドウンを持った機も、盾でバッシュを仕掛けた後に、相手がよろめいたところに思い切り重量に任せて刃を振り下ろす。轟く金属の破砕音と共に、まともにベルドウンによる一撃を食らった機は頭から胸部コックピットまで縦に切り裂かれてしまい、オイル等をおびただしく噴き出し庭を汚染しながらゆっくりと崩れ落ちた。あの様子なら恐らく中のパイロットも即死であろう。
一機撃破に一機に大きな損傷、残りの二機にも損傷を与えたことにより優勢であることを確認した親衛隊は、このまま押し切らんと残敵に襲いかかろうとした。
「次!」
すかさずフィルローログ少佐は一番損傷の少ない敵機にロックオン、それはシステムによって僚機に同時に送られることでターゲティングを共有することが出来、連携しての撃破を遂行することが出来る優れモノであった。三機の僚機もすぐにそちらの方へと機体の向きを変えようとした瞬間、重騎槍を持ったうちの一機のリガネウォースィンの胴体が爆発に飲まれる。
「なん!!!」
突然の出来事に味方は混乱した、一体何が起きたというのか。その原因はモニタに映る敵ALによるものであった。胸部を損傷していた一機が、背部にマウントしていた百二十mm重対ALガンを僅か五十mという至近距離で放ったのだ。盾を構えていたのだが、流石にこの距離であの大口径砲を受けては盾など意味を為していなかった。完全に盾ごと徹甲弾に貫かれたリガネウォースィンは、腹部に大穴を開けて大破しており、下半身は仰向けに倒れ六割ほど残った上半身は逆さまにひっくり返って側面に落ちた。
「クソ!!」
大事な部下をやられた怒りと、城内で撃破されるという屈辱の入り混じった眼でモニタの向こうに立つ敵のALを睨みつけると、少佐はすぐに陣形を組みなおすように指示した。
「エレビエ!」
そう彼が叫ぶと、残りの二機が隊長機の両側に構えた途端、次の瞬間にはその両側の二機は斜め前方へと飛び出していた。二機は緩やかな弧を描きつつ敵の両サイドへ回るとそのまま挟み撃ちをするように目一杯スラスターを吹かして突撃した。このままいけば、敵は対処することも敵わず挟み撃ちにされ撃破されるはずであったが、それを敵は至近距離での攻撃だったにも関わらず、冷静にそれに対応したのである。
ベルドウンを持った機と相対する機は、機銃で頭部を潰すと視界が大きく損なわれたところにメイスを正面から打ち込んだ。振り下ろされたベルドウンは食らうことなく懐に潜り込んで未然に防いでおり、代わりにメイスの先端が左胸部ごと左腕の基部を粉砕しており、甚大なるダメージを被ったリガネウォースィンはそのまま寄りかかるようにして機能を停止した。パイロットの安否は定かではない。
そしてもう一機、重騎槍を持った機に対しては、もう一機の敵機は同じように機銃で頭部を潰しつつ重騎槍を構えている右腕をライフルで破壊したが、右腕を破壊されていたためにうまく対応が取れず突進自体を止めることはできずに二機して倒れこんでしまった。
「うおおっ!!」
エレビエの陣はこれで終わりではない、一機がやられる直前最後に中心を務める少佐の機が両翼の機への対応に気を取られている間に側面から突撃をかけるのだ。これも、古くから伝わる由緒正しい戦法の一つである。ただし、これはこのように少数で使うものではなく、それぞれ大部隊を用いてとられる戦法ではあったが。
幸いにして残りの敵機は現在二機が挟み撃ちに追われ、もう一機も味方とこちらが近すぎて援護射撃が出来ずにいた。突進をかける彼の目の前で、一機が胸を潰されて撃破されてしまったもののその残骸でうまく身動きが取れず、もう一機も味方と共に倒れてしまってこちらに確実に対応が出来ない。こういう時、格闘機体は有利に働くのだ。
「まずは、貴様から!」
倒れていないほうの機に狙いを定めると、その無防備な横っ腹に重機槍を思い切り打ち込んだ。槍は突き刺さる直前に手前で槍頭の基部にあるノズルから勢いよくロケット噴射を噴き起こすと、瞬間的に加速して敵機の装甲を切り裂き勢い余って反対側まで飛び出した。コックピットが胸部にあるためパイロットは死亡こそせねど、機体は完全に動力炉周辺を破壊されてしまい、行動不能となった。
二機の折り重なったALが、ともにその場に互いを支え合うようにして立ったまま果てる。だが、ここでこのような先進的なモニュメントを眺めている余裕はない、少佐はそのままモニュメント的残骸を盾にして僚機を葬った百二十mm砲からの弾避けにしつつ、槍が引き抜けないことを確認するとさっさと槍を手放してしまった。そして倒れている敵機を、味方を傷つけぬように狙いを定め、その頭部を踏み抜いた。鋼鉄の塊に踏み潰されたのでは、この機の頑丈な頭部といえどひとたまりもなく原型をとどめないまでに粉砕されオイルを飛び散らせた。
「残り一機!」
向こう側にいる機を倒せば後は人間のみである。少佐は出るタイミングを窺おうと一旦足を引っ込めて残骸の裏側に隠れたその瞬間、目を疑う出来事が起きた。何と倒れている味方ごと敵はリガネウォースィンに百二十mmを撃ち込んだのだ。これには完全に意表を突かれたために、彼は狼狽え声を漏らす。
「味方ごと……!そういう覚悟が出来ているっていうのかこいつらは!」
確信した、これは玉砕覚悟の決死隊だったのだと。それもそうだ、こんな敵国のど真ん中に侵入してよしんば目的を達成できたとしても生きてこの国を出られるはずがない。この国はほぼ単一民族で肌は浅黒い、その中に外国人が混じれば否が応でも目立つもので、観光客の振りをすればそれに紛れて国外脱出も可能かもしれないがそれは平時の話だ。戦争中に、しかも世界大戦中に旅行をする間抜けなど居るわけがないので従ってこの国にはほぼほぼ外国人は存在しないのだ、同盟国など一部の領事館に努める人々を除いては。
立て続けに三発も撃ち込まれたリガネウォースィンと敵機は完全に破壊され炎上して溶け合っている。
恐怖すら覚えた彼は、この残った最後の一機が隊長機であることを確信した。




