帝都強襲(2)
「こちらベナン第二ライン!敵はAA及び歩兵を中心に城内に進行中!!特殊部隊のようだ!歯が立たない!!誰かーっ!」
ベナン門の第二防衛線にて、最後の一人の衛兵が逼迫した顔で通信機に向かって助けを求める声を上げるが、向こうからは部隊を展開中という返事ばかりが返ってくるだけで一向に増援の一人も差し向けられていなかった。彼は尻を仲間の血だまりで濡らしているにも関わらず、恐怖でそんなことには気づく気配もなく迫りくる死に怯えているばかりであった。
「誰かーっ!誰かあーーー!!」
泣き叫ぶ断末魔が、手榴弾の炸裂音にかき消された。
混乱が続く城内であったが、城外の市街地でも同様に混乱は生じていた。突然表門に乗り付けた数台のトラックから黒い特殊部隊の戦闘服に身を包んだ兵士たちが門にいた民間人と守衛を瞬く間に射殺、見る見るうちに城内へと侵入していったのである。当然門の前ではパニックが起き周囲にいた人々は悲鳴を上げて逃げ惑った。その後さらに壁内からは立て続けに銃声や爆音だけでなく煙も上がっており、それが戦争であることをシェーゲンツァート帝国国民は初めて知ったのである。
「やばいぞこいつは!!」
駆け付けた警察官は、パトカーを盾にし警察用ライフルを握りしめてその様子を窺っていた。始めはイカレた奴が銃の乱射をし始めたと聞いていたのだが、現場に急行して見れば事態はどう見ても情報とは異なっていた。
「ルビ巡査、これは軍の管轄ですよ!僕らじゃ無理ですって!」
傍らで部下の新人が涙を目に湛えながらそう訴える。彼の言うことはもっともで、いくら銃が扱えると言えども流石に戦闘訓練を受けた正規の軍隊には勝ち目はない。餅は餅屋、ここはやはり国軍に任せるべきであろう。すぐさま無線機で本部にそう要請すると、現在郊外にあるフェルタブナ陸軍駐屯所から戦車隊と歩兵師団が向かっているということだそうで、二人は取り合えず安心すると、物陰を利用しつつ近くのカフェに飛びこんだ。
「キャアッ!」
突然の乱入者に驚いた客が声を上げ、ルビ巡査は落ち着くよう店内の客に呼びかけるとともに、新人にとりあえずこの店内の市民の避難を誘導させた。
「地下壕はわかるな?連れていくんだ!」
「はいっ。で、でも巡査は……」
「俺は仲間を集めて残りの市民を避難させるからはよう行けっ」
「しかし」
「行けっ!!」
「は、はいっ!」
二人は店内に隠れていた店員と客他その場に居合わせた市民合わせて三十二名をまとめると、一番近くの避難用地下壕に避難させる。ルビと別れる時、新人は後ろ髪を引かれる思いで何度も振り返っては遠ざかりゆく巡査の姿を見ていた。それもやがて見えなくなると、彼は震える足を奮い立たせるように叩いて後ろに続く市民たちを誘導した。
「皆さんこっちです!落ち着いて!」
サイレンが鳴り止まぬ街の中を、列をなして彼らは抜けていった。
無事に地下壕にたどり着くことを願って、巡査は窓の傍から頭の上半分だけを出して外の様子を窺う。外にいるのはトラックの傍で見張りをしている三名だけ。だからといって別に倒そうというわけではないが、これを本部に伝えるべく無線機をつかおうとしたものの、いつも下がっているはずの無線機がない、ベルトに引っかけている。
慌てて辺りを見回すと、なんと無線機がパトカーのすぐそばに転がっているではないか。どうやらうっかり落としていたことに気づかなかったらしい、きっと銃声と緊張による意識の分散のせいだろう。
こちらから向こうが見えるということはその逆も然り、のこのこ通りに飛び出せばすぐに見つかるのが関の山である。どうするべきか、報告をしたいのはやまやまだが、命はそれよりも惜しい。それに、運人の真似事をしたって。
巡査がそうやって店内で右往左往していると、外に動きが見られたのばれたかと思い反射的にしゃがんで銃を構える。人生でこれほど心臓が拍動したことはいままであるまいというほど心臓が高鳴っている。今か今かと待ち構えていたものの、何故か足音一つ近づいては来ない。その代わりに何やら大型車両のものらしきエンジン音が近づいて来るではないか、それもいくつも。
「な、なんだあ……」
一体何事かと思い顔を上げると、門の前に三台の超大型トラックが停車しており、露出した荷台には大きな布がかぶせられており、彼は一目でそれが何かわからぬが良からぬものであることを察知していた。地上では何人もの兵士たちが作業を始めておりやがて荷台を覆う布が取り払われると寝かせられた大きな兵器が姿を現した。軍事には疎い彼でも、それが何なのかくらいは一目で見当がついた。なんてものをどうやってこの場所にばれずに運び込んだんだという感想でいっぱいいっぱいの彼の視線の先で、それは動き出した。
「アームド、ローダー……」
まさにそれはALであった。味方のALくらいなら駐屯地横を通り過ぎた時や、パレードの警備で目撃していたことはあったものの、敵のものを見るのは初めてであった。
「陛下、壁際に寄ってください!」
親衛隊たちの持つ大きなシールドに全体を覆われて守られながら皇帝は身を屈め肌を刺すように冷たい廊下の壁に体を押し付けて地下壕へと向かっていた。現在地は第一宮と中央宮を繋ぐフートー大廊下の始まり。ここから秘密の道へと進み地下を通る算段となっている。今の所敵の姿は見えないもののいつどこから仕掛けてくるかわからない、もしかすると遠くから狙撃を行ってくるかもしれない。常に最悪の事態を想定しつつ十人は進んだ。
「ここです」
副隊長であるミスルゥ大尉が途中で分かれ道を指す。ここから分かれているフィグノの廊下を進むとその道中に古くから存在する掃除用具入れがあり、そこから緊急用の避難廊下へと渡ることが出来る。隠されているとはいっても、特別な意味は無く内装を損ねぬよう壁の一部に見えるように造られただけのことである。それを利用して造られたのだ。こういった避難用の入り口は複数存在し、これを知るのは城内でもわずかに十五名に満たない、それゆえに今ここにいる親衛隊でも半分は初めてそのような仕掛けに驚いているようだ。
部隊は用具入れを覆うように丸く陣形を変えると、ミスルゥ大尉は慣れた手つきで用具入れの戸を開け更に所定の作業を行った。すると音もなく奥の壁が横にずれていき、下へ下へと続く階段が現れたのだ。
「これが、脱出用の」
皇帝自身もこの仕掛けは初めて眼にしたようで、戦争用にいくつもの仕掛けを盛り込まれているとは聞いていたが、いざ自分が使う番になると複雑な気持ちでいっぱいであった。
「ミスルゥ、アンター、先に」
ヒルト大佐の指示に従い、盾を横にして二人の兵士が先行して階段を下りていく。
「クリア」
二十秒ほどでミスルゥが安全を確保した旨を伝え、先頭にベグ少尉、続いて執務長、皇帝、そしてヒルト大佐が挟むように続くと、外で盾を構える残りの四名も外を警戒しつつ後を続いた。
地下道は予想に反してそれなりの明るさがとられており、各所に配置されたランプが、皇帝の足元を危うくせぬように照らしてくれている。
「これはあの扉が開くと油が流れ込みその重みを利用して着火するようになっております」
この仕組みを簡単にヒルトが説明するが、肝心の皇帝の耳には入っていないようであった。無理もないだろうこの緊急事態では。
彼らは一度の敵との遭遇もなく順調に地下を進んでいると、大きな揺れが地上から起き、埃がパラパラと床に降り注いだ。執務長が自分の頭に被った埃も払わずに皇帝の肩にかかった埃を払っている。
「近いな……それにしても大きい……」
怪訝な表情で上を見上げるヒルト、始めは爆発だと考えていたが、どうも爆発にしてはいやに連続で起きている。最初の振動ほどではないものの、常に多数の揺れが彼らを揺らしており、嫌な予感を全員が抱いていた。
「これはもしかすると……」
ヒルト大佐の予感は的中していた……




