レイニー・エンド
地下で殆ど空振りを味わったリンドとスライは、狭苦しい密閉空間から自由の約束された空の下を目指した。道中殆ど敵を見ることもなかったため思っていたよりも弾薬の消費が少なかったリンドは、これから逃走のために機体を軽く必要があり、だからといってただ捨てるのではもったいない。敵がどこかで出てきてくれれば少しの後悔ももったいなさもなく弾薬を消費できるのだが。
「もうすぐ外です」
赤色灯の向こうに出入り口を見たリンドは、例え降り続く鬱陶しい雨だとしてもこの嫌な感じのする地下よりはましだとペダルを踏む力を強めた。
〈マルーグル中尉、こちら四小隊のスライ曹長とオーセス軍曹。あと六十秒ほどでBゲートより基地を脱出します。注意を〉
識別装置があるため撃たれる心配はないと思うが、間違っても誤射なんかで死んでしまわないようにこういったやりとりはしておかなければならない。先頭はリンドの重ヴァルなので、万が一でも大丈夫だとは思われるが……
〈了解、ん?レーダーに反応が……航空機か!〉
よろしくない単語が聞こえ、リンドは昨年のクラーム平原での戦闘を思い出し身震いした。あの時は本当に生きた心地がせず、奇跡的にもあの白い鳥を撃破できたとはいえあれはまさにエースパイロットで二度と遭遇したくはないという畏怖と、男として、一人のALパイロットとしてあの機体を落としたいという欲望がせめぎ合っていたが、七割がた畏怖のほうが優勢であった。
〈距離は〉
スライが尋ねる。スライとリンドの機ではこの地下空間から遠くの敵機を補足することが出来ないので外の連中に尋ねるほかない。
〈距離四千二百m!〉
〈近いな、クソッ〉
敵陣真っただ中で対空支援もなく航空部隊に襲われるわけにはいかない、出来るだけ全員が帰還しなければならないからだ。だがこれから待ち受ける状況は芳しくなく恐らく斃れるものも少なからず出るはずだ。そうしてリンドたちが地下空間から脱出するころ、別れて行動していたヴィレルラルら三機も合流を図り基地の北門を目指し迂回していた。
〈敵は北から来る、オーセス軍曹とオルルカンはあそこの燃えてる陣地にて待機、スライ曹長は二人から七時方向、フーラーはあの崩壊してる防壁付近に行け。俺は司令塔に向かう〉
マルーグル中尉の迅速な指示により、簡易的な対空防衛の陣形を取りボルトラロールたちの到着を待つ。こうなっては確実に逃れられる術はないので、ここで迎え撃ち撃滅乃至撃退をするという二択しか、彼らには選ぶことが出来なかった。当然ながら、どちらも選ばないという選択肢などあるわけもなく。
「ここらへんか……よし。こちらオーセス軍曹、配置につきました」
リンドの重ヴァルは、指示された通りの場所に片膝をつき斜め上空に向かってガトリングシステムと両手の突撃銃を向けている。ロケットポッドの残りも一応展開していつでも撃てるようにはしておくが、誘導システムもないのにまず当たるわけはないということはリンドでもよく理解していた。
〈オルルカン、同じく配置につきました〉
〈よし〉
オルルカン軍曹の中ヴァルも、リンドの斜め右後方四十m程の所に立って上空を警戒する。すぐに他の者も指定場所にたどり着きいつでも迎撃が出来るように体勢を整えると敵が現れる時を待った。
この周辺は背の高い木々が全くなく、空は良く開けており晴れていれば空ははるか向こうの雲までしっかりと見渡せるだろう。
「見えないなあ」
リンドはレーダーでは敵航空部隊を捉えてはいたのだが、悪天候のため空は一面が曇天の模様で肉眼では微塵も敵機影を確認することができず、恐らく敵機は雲の上から降下攻撃を仕掛けてくるはずだが、それがどういう角度で来るかによって対応も変わってくる。浅い侵入角で突っ込んできてくれるなら地上からも劇激しやすい距離と角度なのだが、それが例えば急降下爆撃のように垂直に来られると対処のしようがない。重ヴァルのガトリングシステムは九十度上を向くことが出来ないのだ。とはいえ、そんな垂直に近い角度で攻撃することは敵にもかなりの危険性があり、より威力を高めるために速度を上げれば機首を引き起こすことが難しくなり場合によっては地面と激突してしまうこともあるのだ。もしそうなれば、遺体はほぼ原形をとどめないこととなるだろう。もしこれがプロペラ機を用いていたころの、数百年前の時代の戦争だったならば頻繁に急降下攻撃を見ることはできたであろうが、今はヘリや輸送機を覗いてジェットエンジンが九割九分であるため、まず見られない。
「隊長たちまだかなあ……」
ついついそんな呑気な声色で口走ってしまったのだが、もう敵は一キロ圏内に迫っていた。だがそういう気の焦りなんかが彼にそういった発言をさせていたことに一体誰が気づいたであろうか。ボルトラロールたちはもうすぐそこまで来ていたのだが、帰り際にも敵の反撃にあい足止めを余儀なくされていたのだった。
〈上空注意ーーー!!〉
オルルカンが叫ぶ。ハッとしたリンドは、顔を引き締めて操縦桿を握りしめると上体を逸らして敵の出来るだけ正面を向こうとしていた。そして現れたのは敵……ではなく銃弾とロケット弾であった。敵は当たりをつけて雲の向こうから対地掃射を行ったようだ。驚異的なランダムの面攻撃ではあったものの、こちらから向こうに狙いが定められないということはつまり向こうからもそれは同じことで本当にまぐれ当たりを期待しているような散らばった攻撃ではあったが、まぐれ当たりはやはり少なからずあるものであった。
リンドとオルルカンは幸いにも一発も食らわずに済んでいたのだが、その後方に着弾していった弾は丁度合流し基地内に脚を踏み入れた三小隊のヴァロト兵長は運が悪かった。丁度現れた彼の中ヴァルの側面にロケット弾頭が直撃、大爆発に巻き込まれてしまった。爆炎と共に中ヴァルの部品が飛び散り爆発が引いた後には壁によりかかるようにして動かなくなった機体が炎の中に照らし出されていた。機体は煤で左半分から真っ黒に染まっており当然ながら直撃を受けた左腕は基部からもぎ取られてどこに行ったのかもわからない。しかし、ロケット自体の威力が低かったのだろうか、胴体部分は損傷はあれど中身まで完全に破壊されているようには見えなかった。とはいえ、大変な事態なのは確かである。
〈ヴァロト!〉
マルーグルが叫ぶ。
〈ヴァロト無事か!〉
彼の機のすぐ後ろにいた三小隊の砲ヴァルのパイロットが、血相を変えて燃えさかる彼の機体に駆け寄ると、微かにだがヴァロト機の頭部右側面のカメラアイが輝きを残していたため機体はまだ生きていることが分かった。が、問題は中身である。いくら外側が無事でも中身が衝撃でやられていることは少なくない。彼はマニピュレータで機体をノックし反応を待つ。返事はないが二、三秒ほど右腕が前後したので生きていることには生きているとみられるのだが、今は機体を降りて確かめている余裕はないのでとりあえず彼の機を炎の中から引き摺って物陰に下げておくことにした。そうしている間にヴィレルラルは基地内に侵入し自ら敵を迎え撃つのに適切な場所を見出すとすぐにそこへと向かった。
〈敵機接近!!〉
またオルルカンが叫んだ。
「来い、来いよ!」
勇気を振り絞ってトリガーに指をかける。長い五秒間ののち、彼らは現れた。三機の飛行型ALが雲海から飛び出したかと思うと、まるでリンドたちを地上に鎖でつながれ這いずるしかない哀れな魂をあざ笑うかのように空を滑り地上に弾丸の雨を降らせた。皆がその攻撃ですぐに彼らは今まで対峙してきた連中とは違うということを理解し背筋を震わせる。三機それぞれが的確に弾丸を撃ち込んでいくのを目にしたスライが悪態をつく。
〈化け物かよ!〉
高速で飛行しながら命中弾を叩きだしてくる彼らは本当に化け物といっても過言ではなかった。だが、本当の化け物はすぐ上に控えていたのだ。




