アサルト・ウェイ(2)
駐車場に隠れたボルトラロール達が残りの二機のALを仕留める直前、別れたもう一機がリンドたちの潜むモールのまさにど真ん中を突っ切ろうとしていた。敵は少しずつこちらに近づいており、リンドたちが潜んでいるのは角を曲がった先の両脇であり、曲がられたら百パーセント見つかってしまう。何故なら三小隊の重ヴァルが機体をすべて隠しきれずに右半身が完全に露出してしまっているのだ。建物を崩してでも奥に入るかいっそさらに奥に進んで別の場所に隠れてほしいのだが、今更もう起動はできない、次の起動は敵を葬るためだ。今頃あの重ヴァルのパイロットは焦っているのかもしれないと思うと無性にその愚かさに腹が立つと同時にそれを笑ってみていた少し前の自分も恨めしく思っていた。
ハッチを開けて耳で直にALの歩行音を捉えるリンド。重たい金属が舗装路を踏みしめるその音は確実に大きくなってきており、最早逃れられる術はない。もし敵に見つからずに済む方法があるとすれば、左を一切目も振らずに右の隙間から出てくれることを祈るだけだが、まずその望みはないに等しかった。そんなバカなことを訓練された軍人がするはずがないのだ。
などとしようもないことを考えているうちにタイムリミットは訪れてしまった。慌ててシートに飛び込みつつハッチを閉める。起動には最短二十秒、敵の歩行速度からしても問題はないし、接射を受けても重ヴァルの正面装甲なら標準的なAL用ライフルの直撃にも耐えられる。しかし問題は敵に我々の情報を送られる前に敵を仕留める必要があることで、自分の腕でそれが出来るのか心配であった。
起動スイッチにかけた指が震える。密閉されたコックピットのため外からの音は遮断されているだけでなくモニターは完全に落ちて外の様子など全く分からないため、点けた瞬間にこちらに敵がライフルを向けている可能性すらあるのだ。
「た、たの、むぞ……」
彼が指に力を込めたその時、外から小さな爆発音のような音が鳴るとほぼ同時にもう一つ別の種類の爆発音が。何事かと思いすぐに起動させ外を覗き込む。すると、敵のALらしき機体が煙を上げそこらへんに部品を飛び散らせた状態であおむけに倒れている姿がモニター越しに彼の眼に映る。
「えっ、あっ……え?」
何故敵が撃破されているのかに気づくのに彼は十秒ほどの時間を要したが、ようやくそれが仲間の砲撃によるものだと気づいたとき、自分がまるでたった一人で敵を仕留めなければいけないというような感覚に囚われていたことを自覚して、ため息をついてしまった。
後ろにカメラを向けると、一機の砲ヴァルが主砲から煙を上げて頭と右腕を建物の影から覗かせているのが見え、その右肩のマーキングからヴィレルラル軍曹がやったのだということが判明する。彼はあらかじめ少しの姿勢制御で最低限砲撃に必要な頭とキャノンを露出させられるように待機しており、敵がこちらに姿を見せたことですかさず仕留めたのだ。
「流石ですね、ヴィレルラル軍曹」
彼からの返答は無かったが、恐らく満足しているに違いない。
(そうだよな、俺たちはチームなんだから自分で解決しようとするんじゃなくて連携しなきゃいけないんだよなあ……)
改めて自分は小隊を組んでいるのだと認識したリンドは、軽く頬をはたくと気を引き締めて任務に臨んだ。
〈そっちもやったようだな〉
ここでボルトラロールからの通信が入った。丁度ヴィレルラルが敵機を撃ち抜くほんの十五秒ほど前に彼らも二機仕留めたところであった。味方がやられたことに動揺して敵が足を止めたところでここぞとばかりにヴィレルラルが撃ったのであった。
〈速やかに離脱するぞ、全機集結次第作戦を再開する〉
「ハイッ」
こうして一旦わかれたALは再び隊列を組むと進撃を再開した。AL一個小隊が撃破されたことに敵が気づくまでそう時間はないだろう、故に敵が気づく前にどれだけ進めるかがカギとなってくる。目標地点まで残り百九十km、ALの足をもってすればさしたる距離ではない。彼らは敵と遭遇しやすいとされる街道を避け山道を迂回すると、途中設けられた敵観測所を破壊したり更なる回り道をしていなしていき、十三日目の夜、ようやく残り十kmまで来た。ここまでの道のりで可能な限り戦闘を避けてきたものの、それでも少なからず戦闘を行わなければならない場面もあった。それにより弾薬が一割消費されてしまったものの、施設爆破用の爆弾には一つも手を付けていないので、最悪これとあとALで直接踏み潰せばどうにかならないことも、ない…………だろうか。
リンドは疲労のたまった体を、ほぐすようにあちこち伸ばしてストレッチをしながら皆を見渡す。皆出てきたときと比べると髭も伸びて幾分やつれたように見えたが、それでもあのビスクスム防衛戦と比べればやつれているとはとても言えなかった。
(ALに乗れてるだけマシなんだろうな)
彼は自分は幸運なほうなのではないだろうかと考える。今回の道程を徒歩やトラックで進むことを想像すると、とても耐えられるようには思えない。果てしない雨や泥の道を進んできたが汚れ、濡れたのは全てアルグヴァルであって、リンドは全然汚れてなどいない。それが生身の兵士ならきっと泥に脚をつっこんで泥まみれになりながらぬかるみにはまったトラックを押していたのだろう。そんなの死んでも御免だった。
こうして最後の旅程の夜が更けていった。
翌明朝、彼らは素早く身支度を済ませると作戦の再確認を行い侵攻を再開した。心なしか彼らのペダルを踏む力は強く、アルグヴァルも雨の中ぬかるみをものともせず突き進んでいるようにも見える。十機の鋼鉄の巨人が、バストマー連邦の大地を蹴り進むその姿はまさに頼もしい限りであろう。だが彼らがこの任務についていることを知るものは極わずかであった。
今この任務を成功させるために陽動の戦闘を行ってくれている味方の犠牲を無駄にはしないため、彼らは進む。既に集積所は目と鼻の先、ここで二機の砲ヴァルと三小隊のヴァロト兵長の乗る中ヴァルが別れた。ここで彼らは先生砲撃を行いレーダー施設を破壊する。そこに残り七機が突っ込んで蹂躙するという算段だ。すぐさま砲ヴァルたちの砲撃が行われる。砲撃は地形データや偵察情報をもとに算出され、長距離曲射によって各機六発ずつ砲弾を撃ち込むことになっている。
収音マイクに後方から砲撃音が立て続けに六発、雨に紛れて大きな砲弾が連合軍の大物資集積所に降り注いだ。
まっすぐ地面に向かって撃ち込まれた砲弾は、地面や建物、物資などに直撃すると中に詰まった高性能炸薬が炸裂、一瞬のうちにして周囲の物体を木っ端微塵に吹き飛ばした。中にはレーダー施設も狙い通り含まれており、大きなセンサーアレイが根元から轟音を上げて屋根から落ちていった。巨大なアレイは下にある小屋や装甲車を下敷きにして道ずれにしてしまう。ようやく警報が鳴り始め混乱に包まれた集積所から次々とALや装甲車が発進する。そこに現れたのが、七機のアルグヴァルであった。彼らは二機の重ヴァルを先頭に武器を全機で正面に構える。
〈全機、撃てえーっ!!!〉
合図をきっかけに、一斉に砲弾が撃ち込まれる。リンドの重ヴァルはガトリングシステムを展開し、ガトリングが回転を始めると嵐が吹き荒れた。あっという間に出てきた敵兵力は屑と消えていく。隣りの三小隊の重ヴァルは片側二基ずつ計四門が並列した対空速射砲を展開、まるで高速ジャブのように炸薬弾を敵施設に撃ち込んでいった。
一瞬の内にして基地は壊滅状態に陥り、積み上げられていた物資もほぼ跡形もなく消え去った。あとは内部に侵入し、しまい込まれている残りの物資を焼き払うだけである。




