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武装鉄鋼アームドローダー  作者: 戦艦ちくわぶ
第四章 空と陸の邂逅
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雨の帳

「ふぁーっ」

 座席を倒して半分ほど寝た状態にすると、彼はモニタを見ながら大きく欠伸をした。伸ばした腕が操縦桿に当たり、アイドリング状態のモニタが点灯した。画面には森越しに異国の夜空が浮かび上がっており、生憎と曇ってはいたが、その隙間隙間から星がちらついて見える。どこだって空は広くて、宇宙は黒く、そして星は美しかった。

「へっ、らしくねえやな」

 ちょっとロマンチシズムに浸った彼は、慣れない詩的な感傷に背中がむず痒くなってシートに収まったまま体を蠢かせて背中をシートにこすり付けていた。まだ二日目の夜が訪れたばかりである、まだまだ先は長いので、今のように体を休ませておける時にはしっかり休ませておきいざという時に疲労を可能な限り出さないようにしなければならない。兵士には休息も仕事の内なのである。

 とはいえ、今から彼は四時間の間見張りの番につかなければならないので、眠るのは深夜も半ばを過ぎた頃になるだろう。リンドはヴィレルラルと交代すると、首を鳴らしながら見張り番に臨んだ。



 見張りを始めて三時間のことであった。彼は時折寝落ちしかけながらもセンサーによって起こされるということを繰り返していた。

「うぐっ……ま、また寝てた……」 

 雨が機体にぶつかり、装甲の上を流れていく音がはっきりと聞こえる。こういう時に眠るのは部隊の全滅にも直結する問題行為であることは、スライたちから叩き込まれていたため自分がまずいことをしている実感はあったが、やはり眠いものは眠いのである。生理的欲求に逆らうことのほうがおこがましいのだ、などと彼は一人静かに憤りつつもシートに座り直しモニターを睨みつけていた。流石にもう目は覚めてしまったようで、この一時間後の交代があっても眠りにつけそうになかった。

「うーっ、喉乾いた。水水~」

 彼はシートの下から水筒を取り出そうとまさぐっていると、指先に水筒の蓋の当たる感覚がしたので手繰り寄せようと宙を掻いていたところ、モニターにごくわずかな時間であったが一瞬だけ反応が出たことに気づき、いまだ寝ぼけている手を止めた。彼は頬を手すりに押し付けたままの状態で目を見開き、モニターを見つめ続ける。カメラにも雨が伝っているため映像は歪んで見えるが、それでも高性能なアルグヴァルのカメラは可能な限り周囲を映し出している。

 彼の心臓は夜の帳を切り裂かんばかりに思われるほどに大きく高く拍動しており、体全体が心臓になったかのような錯覚にさえ襲われていた。

「ハア……ハア……なんだ、なんだよ………」

 どうか敵でありませんようにと祈りつつも、彼は自由な左手を操縦桿に伸ばす。顔はモニターに向けたままそっと体を起こして両手で操縦桿を握ると、いつでも撃てるように突撃銃を構える。味方はまだ誰も気づいていない。三小隊のほうも反対側を向いているため同じようだ。つまり、自分を含む十人の命運を握っているのは今自分だけだということになると彼は気づくと、そのプレッシャーに目をそらしたくなる。

「出て来いよ……こんにゃろう……」

 彼は夜の闇の恐怖に下顎を震わせ、歯をカチカチと打ち鳴らしていた。もう一度、先ほどとは二m離れたところで同じように一瞬だけ反応があり、彼は小さく悲鳴を上げながらそちらに素早く銃を向ける。彼はレーダーがあることを思い出し、三種類のレーダーに何度も何度も切り替えては周囲の反応を調べるが、ALや車両である可能性は熱反応が全くないためその線はないということが判明し、その時点で彼は幾分か緊張をほぐせていた。一応放射能センサーも見てみるが、規定値が変わらず検出されているだけで他の機体が向こうにいる可能性はこれでほぼ確実と言っていいくらいにはゼロになった。

 だとすると、敵は歩兵だろう。だが油断は禁物である。もしかすると敵は新型のありとあらゆる熱、電磁波、放射能その他諸々をカットしてしまう新型塗料を開発した可能性がないとは言い切れないのだ。そういうことを考えてしまったために彼は忘れつつあった不安を再び呼び起こしてしまい、今度は新型兵器に頭を支配され続けてしまっていた。

「どうか神様、この不穏な反応が敵ではありませんように。外国の小動物とかそんなのでありますように、どうかお願いしますこの小さき若者の心に平穏をお与えくださいませ……間違ってもオバケのような、そんなその……超常現象ではありませんようにどうかお願いしますっ!」

 とうとう神に祈り始めたリンド。恐怖で精神がやられたのだろうか。神に祈ったことなど滅多になかったというのに、こういう時ばかり神を頼るのは今のシェーゲンツァートの若者らしいと言えばらしかった。

 シェーゲンツァートにも宗教はある。ララットという宗教で、大きく二つの宗派に分かれてはいるものの、争いはなく精々たまにテレビで穏やかな比較や論争が行われるくらいのじつに緩やかな宗教であった。これにはかつて四百二十年前、今よりももっと宗教が根強く厳しかった時代に異なった宗派同士で血で血を洗う戦争が国内において繰り広げられ、三十年後の集結までに六百八十万人以上の人間が老若男女問わず殺害されたという苦い経験から、その後同国においては宗教についてかなりの制限が設けられ少しでも宗教に関する違反や暴力、詐欺などが見つかれば終身刑や場合によっては死刑が言い渡されるほどの厳しい罰則が待ち受けている。それでも宗教が禁止されないのは、皆宗教というものが人々の心の拠り所になりうるということを知っていたためであった。

 そういうわけで、彼は神に祈りながらも震える手で銃口を正面の、明かりもない森に向ける。暗いならばを点ければいいじゃないかという意見は最もではあったが、敵に見つからないために非戦闘時はライトの使用は禁止されているためサーモモニタに切り替えて目を凝らすしか為す術はないのである。

「んうっ!」

 収音マイクが向こうの木陰から物音を拾った。雨の中の森の喧騒の中ですら拾えた雑音なのだから、それなりに大きく動いたに違いない。だが何者かは彼が見つめていた正面ではなく右の方で草葉を鳴らしたようだった。

「もう二度とこねえぞこんな国、クソッたれだ!フアッグゥ……」

 バストマー連邦に悪態をつくと、彼は欠伸をかみ殺した。こういう時にすら欠伸が出るのは自分だけなのだろうかという今は心底どうでもいい考えは頭から追い出そうと実際に頭を叩いている。

 そのまま十分ほど時間が経過しただろうか。雨は未だ振り続けるばかりか寧ろ勢いを増していき、足元は未舗装の地面でありながら一cmくらいは水が溜まってきていた。なんという水はけの悪い土地だろうか。実は現在、この地域には一カ月も早く雨季が訪れてしまっており、例年の天気情報から得た情報で作戦計画を立てていたために、雨期用の装備が完全に整わぬままになってしまったのだ。こんな異国の地の天候など知らないリンドは、酷い雨だと文句を垂れながらもいつしか注意の対象は雨へと変遷していた。

 結局あの謎の正体はわからないまま、彼は交代の時間を迎えた。リンドは見張りをスライにバトンタッチすると、シートから降りシート下の凹みに体を横たえると、大きな欠伸を一つ、そう時間の経たぬうちにぐっすりと眠りに落ちてしまった。あれほど眠れないと思っていたのに、あれほど覚えていた存在もすっかり忘れ去ってしまった。 

 翌日から、二個空挺小隊及び、同盟・連合両軍は両者ともに想定外であった雨期に酷く苦戦を強いられることとなるのであった。

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