進軍セヨ
「それじゃ、な」
二日後、セレーンの所属する部隊は予定通り別の場所へと進むこととなっていたが、負傷者の収容と物資の補填のために一旦後方のより大規模な基地へと戻ることなった。リンドたちはまだこの基地で輸送機を待つことにあるため、ここでセレーンとはいましばらくの間お別れである。名残惜しそうに、二人の若い恋人たちは互いの額をくっつけ合って別れの挨拶を交わした。
「リニィ、またボロボロになっても今度はお見舞いいけないからね」
彼女はうつむいたままそう彼に言った。つまり怪我には気を付けてといいたいのだろう。リンドは何度か軽く頷くと、そっちこそ、と彼女の運転にくぎを刺す。
「曲がり角に気を付けろよ。内輪差で壁をこするぜ」
「わかってますー」
二人の間を引き裂くように、セレーンの上官の声が届く。
「第六補給隊集けーつ!」
「もう行かなきゃ」
「ああ」
セレーンは何度もこちらを振り返りながらどんどん遠のいていった。彼は、彼女が乗り込んだ車両が見えなくなるまでずっと見つめ続け、車列が消えてしまうまでしばらくの間その場に立ち尽くしていた。
「じゃあな」
今生の別れにするつもりはない。これから自分は生き残って連合軍を殺して殺して殺しまくってやると決めたのだから。彼はようやくその場から動くと、基地へと戻ろうと振り返る。するとそこにはスライたちがニヤニヤとした表情でこちらを見ていたのだ。思いもよらぬ遭遇にリンドは面食らって後ずさってしまう。
「よう」
スライとジュードルがゆっくりと歩み寄ってくる。
「な、なんでしょう……」
まさかと思うが、いやこれは確実にセレーンと一緒にいたところを見られているに違いない。彼は仲間に弄られるのを、とりわけこの二人に見られるのを避けるためにセレーンと話したい気持ちをこらえて夜消灯前に短い時間だけ会うようにしていたのに、まさか最後になって見られるとは。
「カワイ子ちゃんだなあ。名前知ってるか?」
実にわざとらしい台詞であるが、リンドはわかっていながらもとりあえずは否定をすることにした。「さあ……」
続いてジュードルが進み出てくる。彼もまた、同様にいいおもちゃを見つけたぞといった顔で歩み寄ってくる。
「そうかあ?ほーん、へえー……」
後方を確認していなかったリンドは背中と頭を電柱にぶつけ、気づけば完全に逃げ場を失ってしまっていた。二人はリンドのすぐニ十センチにも満たない距離にまで近づいており、ベッタナ(タバコの一種)臭い息が間近に感じられ彼は思わず呼吸を浅く小さく落とした。
「いっちょ前に女作りやがって!吐けおらあ!」
「名前教えろよ!!」
「うわーっ!やめてください軍曹、曹長!」
リンドは二人の先輩にもみくちゃにされながらも逃げようともがいているが、さすがに二人の屈強な軍人からは逃げられるはずもなく、リンドは尋問を受け続けていた。その様子を離れたところからヴィレルラルとボルトラロールが眺めており、ボルトラロールはハハハと笑いながらヴィレルラルに言葉を投げかけたが、頷くばかりで返事もしない彼にやがて気の利いた返事を諦め、また笑いながらその光景を眺めていた。
第四小隊が再び出撃をすることとなったのはそれから更に二日後のことであった。予定よりも早くポーティアが手配されたために、彼らはバストマー連邦侵攻作戦の一翼を担うこととなったのであった。
作戦はこうだ、現在バストマー連邦には南と東側から同盟軍が侵攻しつつある。北側からは連合軍の増援が来ており、今回は二個小隊で西側から回り込んで敵の物資集積基地を叩き、その後地形を利用しつつ味方の前線まで後退するというものであった。
この作戦では、いつものように戦闘地域に強襲降下を行うのではなく、敵の眼を掻い潜って山脈地帯に降下、極力戦闘を避けつつ北東へと向かうのだが、敵のレーダー網の関係上若干目標より遠い場所に降りねばならず、集積基地までたどり着くのに最短でも十日はかかる見込みとされている。これからさらに敵から隠れたり回り道を強いられるなどして遅延が生じるものと見込まれていた。それだけでも億劫だがこの作戦は前述からわかる通り、味方の戦力とその場で合流するわけではなく敵に包囲されてしまわないようにさっさと撤退をしなければならず、そこから味方のところまでたどり着く必要があるのだ。果たして行きと帰りでどれだけの時間がかかることか。
こういった作戦は他の者たちなら既に経験済みのことではあったが、何日も進み続けるような長期の進撃はリンドにとって初めての経験である。サバイバルに関しては訓練で経験があったがいざ実戦ともなると些か不安が浮かぶのは致し方ないことであった。
アルグヴァルをはじめとしたALには食糧や水、医療品に人間用の武器弾薬が積まれていることが多い。特にアルグヴァルのような特殊部隊用のALには広々としたコックピット空間や十分な物資が搭載されていることが多い。またそういったものだけでなく、ハード面でもしっかりと装備はされており、例えばアルグヴァルで言えば光量の調節可能な丈夫なライトが五基各所に備え付けられている他、股間の部分にはウインチといった補助装備も存在していた。ある国には小型の折り畳み式バイクが搭載されている機もあるらしいが、定かではない。
基地の広々とした表には、十機のALとその後ろに付随するようにポーティアが待機しており、それらによって表の多くが占有されてしまっていたが、安全な離陸のためにはしようのないことである。もう既にALとヘリは四本もの太いワイヤーで接続基部とウインチが結ばれていた。これから順に上昇してワイヤーを巻き上げテンションを張ると上昇していく形となる。リンドの機体は剥がれた塗装も装備もそのままだがグレネードが新たに二発、バックパック裏にマウントされていた。これはポーティアが運んできた武器である。またスライが補給部隊の置き土産として八十mm滑降砲を右腕に抱えていた。いつもの突撃銃は左腕に収まっている。
「各員、戦闘だけでなく風土の病や虫、水、植物など環境面においても注意を怠らぬよう気を付けろ」
ボルトラロールが小隊員に注意を促すと、四人はすぐに機体に乗り込む。昇降用のワイヤーからリンドはコックピットに滑り込むと、待機状態にあった機体を起動させ機体のチェックを行う。大した損傷は無かったが、少なからず支障は出ていたはずだが、現状コンソールには一切のエラーもコーションも出ておらず、整備士の仕事に感謝するリンド。
時を待たずして右前方で第三小隊を吊るしたポーティアが順番に上昇を始めた。ポーティアはワイヤーがある程度しなった状態になるまで上昇すると、そこからはウインチがワイヤーを巻き上げ始め、既定のテンションがかかると自動的にウインチが停止しそこから機体を持ち上げるのだ。重たそうにポーティアは上昇していき、特に第三小隊の重ヴァルを持ち上げているフラフラとした姿を見て、リンドは緊張で忘れていた不安を重い出し血の気を顔から引かせていた。それでもどうにか重ヴァルは持ち上がっていくと、先行する機を追っていった。そしてようやく第四小隊の番であった。
ボルトラロール機、スライ機、ジュードル機、ヴィレルラル機と続いて最後にリンドの機が上昇を始める。コックピットの中にはワイヤーの張り詰め懸架用ラッチとこすれ合う音が微かになり続けており、背中をくすぐるような音量であったために恐怖は一層のものとなっていた。いつ落ちてもおかしくなさそうだという感想を地上に残る人々に抱かせながら、十機のALは敵地の空へと消えていった。




