超高速降下(2)
未だ時速八十kmほどの速度を保ったまま前のめりにして倒れた重ヴァルは、硬い岩肌に表面を削られながらもようやく止まる。うつぶせに倒れたのは不幸中の幸いであった、仰向けに倒れたならば背中に背負っている五十mmガトリング砲が損傷し使えなくなっていただろうことは想像に難くない。
リンドはコックピットの中で腕を投げ出した状態で呻き声を上げていた。
「おおお……いってえ……」
やはりどうも自分にとって降下と被弾は避けられない運命にあるらしい。彼はそのままの倒れた状態で機器のチェックをしていく、機体には大きな問題は確認できなかったが小さなエラーは出ているようで恐らく中で細かな部品が損傷していると思われる。オイル漏れもあるかもしれない。
〈無事か〉
先行しているボルトラロールが、通信機の向こうから聞こえたリンドの叫び声で、リンド機が転倒しているのに気づき、彼の安否を確認する。
「は、はい。戦闘続行可能です」
頭をぶつけていたものの、きちんと軍規にのっとってヘルメットをしていたおかげで衝撃を受けるだけで済んでおり血を流すまでには至らなかった。
〈よかった。気を付けるんだぞ……よし全員降下したな〉
彼の言葉通り、レーダーには第四小隊と第三小隊全員が無事に降下成功し展開し始めていることを示す点が広がっていた。
〈ああ、こちらスライ。ヴィレルラルとジュードルも降下完了、後方三百mにて車列の護衛中。異常なし〉
そう投げやりな感じで報告をするスライの話し方は、キリルムに対するそれとは異なっており敬意というものを感じられない。そこまで新しい隊長を嫌う彼らの神経が若きリンドにはよく理解できずにいた。
そんな彼の話し方に対し、ボルトラロールも思うところがあったようだが彼は最前線で単機敵集団と戦闘を繰り広げており説教をしている余裕などなかったため、今のところはとりあえず見過ごすことにしたようだ。
「今自分も!」
リンドは機体を起こす。地面にこすり付けられた正面装甲は塗装が下地までむき出しになってしまっており、ところどころは装甲が浅く切られて金属自体が出ているほどであった。だが、それは重装型の追加装甲、本来のさらに内側にあるアルグヴァル本体の装甲はいたって無事であるから、重装型のメリットが生きてくるのだ。
ペダルを踏んで再びアルグヴァルを走らせる、下りのためいつもより速度が出るため地面には細心の注意を払って進まねばならない。前方でボルトラロールが斜面に身を隠しつつ敵に牽制射を行って補給部隊から敵をなるだけ離そうと試みているが、一人ではそれもなかなか難しいというもの。故にリンドは急いで重ヴァルを進めて支援の役目を果たすべくペダルを踏見込む力を強めた。
「ガトリング……いや、突撃銃だな」
複数いる敵を一掃するにはガトリング砲の使用が一番手っとり早く確実ではあるものの、ガトリングを使用するためには一旦立ち止まる必要があった。しかし緊急性を要するこの任務ではそれはあまり適切ではない。それにもし走りながら撃てたとしてもと弾がばらけてしまい、うっかり流れ弾で味方を巻き込んでしまいかねない。炸薬を詰め込まれた重ヴァルのガトリングの弾は、例え重装備のALの正面装甲ですら一発で二cmは抉り取るほどだ、薄い鉄板のトラックが耐えられるはずもない。戦場での誤射は世の常ではあるが、誤射にも限度がある。
「ふう……」
とにかくここは進むことを第一に考えた方がよさそうである。重たい体を目一杯走らせている重ヴァルの上を、砲弾が追い抜いていき飛行している敵の戦闘ヘリのメインローターを撃ち抜きヘリは変な向きでまっすぐ地面に突っ込んで炎上した。リンドはこけないようにするので精一杯で振り向くことが出来なかったが、その砲撃の主は砲撃型アルグヴァルに乗るヴィレルラルであった。彼は一番後方、山の中腹よりも上側から、腰を下ろして砲撃していた。その姿はまるでスポーツ観戦に来た人間のようであったが、砲撃型という実に重心バランスの悪いALが、このような足場の悪い場所で砲撃するにはうってつけの姿勢であった。恰好こそつかないものの、しっかり安定した姿勢で砲撃だけに集中して撃たれた弾は、狙い通りの場所に命中していった。
リンドがようやく隊長機の後方百五十mほどまで接近したところで彼は機を止め隊長と彼の後方にいるスライ機との中間地点に立って撤退の援護射撃を行うこととした。両手のマニピュレータに握られた突撃銃は、大きな空薬莢を次々と地面に降らせながら銃弾を浴びせていく。今回の敵は装甲車やヘリを中心としたソフトターゲットであるため、ALを相手取るときのようにフルオート射撃をする必要は無く、リンドは設定を三点射に切り替えて出来るだけピンポイントで無駄弾の無いように心がけていた。
装甲車を一両撃破、続いてもう一両の装甲車も木端微塵に片付けてやった。補給部隊を追撃していた敵はもう既にほぼ見られず、ひとまず先行している敵は片付けたようだ。あくまで先行している敵、である。当然ながら敵もたったこれだけの部隊を差し向けたわけではなく、重ヴァルのレーダーには向こう側から増援がこちらに全速力で向かってきているということが映っており、二個小隊は補給部隊の最後尾が通過していくのを確認すると、その殿を務めながらともに後退していった。今回はそのまま攻撃に転換するというようなことはなく、味方を基地まで護衛するだけである。ここで守り切ったからと言ってあとは安全というわけでもないため、最後までついていって護衛を果たさなければならないのである。
十機のALは、部隊の前方と後方に分かれて戻っていく。戦闘を第三小隊、後方を第四小隊が努め敵がもし待ち伏せをしていたとしても無事なようには構えていた。本当なら中腹にも配置をしたかったのだが、いかんせんこの険しい山の間の細い谷道では、ALと車両が安全な距離を保って並走することは不可能であった。そう、ALは時に転倒することがあるため、その横をAL以外が通行するときはALの高さ強の距離を保って離れておかなければいけないという決まりが大抵のAL採用国家にあるのだ。しょっちゅうこけているリンドには欠かせない決まりであるが、彼自身も自らこけに行っているわけではないのでこればかりはどうしようもないこともある。
リンドは時折後方を気にしつつ谷道を進んでいく。道は砂利が多く微妙に滑っていく感覚がペダルを通じて伝わってくるので、余計に転倒の恐れをいただきながらも進んでいたが、それは彼だけではなく他のパイロットたちもそうであった、そしてさらに車両のドライバーたちも同じであった。荷物は全て降ろしてきたものの、代わりに荷台には負傷兵や損傷した装備品、空になったジェリカンなどが積んであった、その上でトラック自体が重いためスリップには弱く時折モニターにはカーブでズリズリと横滑りしている車両が見受けられた。中には曲がり切れずに道から外れ深い両脇の溝に落ちてしまう車両もあった。そうしてスタックしてしまった車両は、ALが止まって持ち上げるなり押し戻すなりして助けていた。
そんな中で、遂にリンドの前でも一台の幌張りのトラックがケツを大きく横滑りさせてあわや横転というギリギリのところで溝にはまってしまった。
「しゃーねーなあ」
リンドは立ち止まると、トラックの後ろについた。
「押すぞー」
彼はスピーカーで下のトラックに向けて声をかけると、運転席からはやけに細い腕が突き出されて振られていた。
「せーのっと」
機体をしゃがませ突撃銃を他の車両の通行の妨げにならぬよう端に置くと、自由になったマニピュレータでそっと押してあげた。それでも少し、幌をはるフレームが歪んだ気がしなくもないが。ALに押し上げてもらったトラックの運転席からドライバーが顔を出してお礼を述べたが、その人物に彼は思わず声を上げてしまった
「セレーン!!」
助けてくれたALが何故か自分の名を知っていたため、ドライバーのほうも驚いていたが、すぐにその声が聞き覚えのある声だと気づき、まさかという顔をした。リンドはコックピットハッチを開け、シートベルトを外して外に顔を出しすと、その眼で直に見たドライバーは紛れもなく恋人セレーンであった。




