戦神の名(3)
橋は同時に何台もの作物を満載したトラックが通過できるように頑丈で大きな鉄橋が国家事業として建設されたもので、海外の企業を招いて造られたために非常に丈夫でしっかりとした作りとなっており、今まで設計の不備による事故は起きたことは無くその重厚な存在感に村人たちは確かな信頼を寄せていた。
そんな橋も、戦闘による砲撃や爆発といった度重なるダメージによって少しずつダメージを蓄積させていた。路面にもアルカムの砲撃とそれによって誘爆した爆薬が大きな穴をあけており見るからに危険と判断できるが、暗闇、そして硝煙と残骸によって彼らの側からはそれを確認することはできなかった。
次々と押し寄せてくる敵を追い返すことが出来ない。敵は橋の中心を通過してしまっており、そちらへの対応に追われて対岸に集う敵集団の相手をすることが難しくなってきていた。
「撃て!」
一号車から徹甲弾が撃ち出され、八百m向こうにいるビガールの車体左側に命中、停止させた。
「いいぞ、次弾装填!」
「ヒエル、あと二発!!」
ポーターが残弾数を伝え、ヒエルは彼の方を見ずに頷くとそのまま装填させた。彼は必死に双眼鏡を覗き込み敵戦車の姿を確認しどれをまず先に潰すべきかを選定していた。一発必中、一撃必殺無駄撃ちできる弾はない。狙いを定めるとヴァートンについ先ほど潰したビガールの斜め後方から進んできている駆逐戦車を狙うように伝える。
「わかった!」
ヴァートンも霞む目をこすって照準を覗き込んでいる。狙いを定めて引き金を引くと、徹甲弾は闇夜を切り裂いて進み目標の車体にぶつかると傾斜装甲によって弾かれた。
「クソッ!」
直後、仕留め損ねた駆逐戦車の砲口が光る、それと同時に一号車の砲塔に穴が空いたかと思うや二度とその砲身が動くことは無かった。
三号車のヴィルトリエ内には絶えず跳弾による甲高い打突音と揺れが彼らを悩ませていた。一号車からの応答がなくなったことに気づいたヴェルケは、痛む首を傾けて斜め前方に鎮座する一号車の方を見やった。彼の視界から見える一号車に変わった様子は見えず今にも砲弾を撃ち出さんとしているように見えた。だが、どれだけ待ってもマズルフラッシュが見える気配がなかった。
「ダメか……」
そう諦めたヴェルケであったが、一号車の後方にある脱出用ハッチが開いたのを目にした。出てきたのはヒエルではない、あまり見覚えがないことから恐らく操縦手だろうか、彼に続いてもう一人姿を現したが、それは恐らく通信手だろう。体中に煤を纏った二人は戦車から這い出ると、そのまま背中を車体に預けて力なく手足を投げ出していた。
「死んだか」
先ほどまで通信機の向こうからヒエルの悪態が聞こえていたのに聞こえないことと、二人しか出てこなかったことで事を理解した彼は、力なく笑うと体を起こしてキューポラから外を覗き込んだ。体は急速に蝕まれているが幸いなことに目はしっかりと見えている。それはもう、今まで経験したことのないほど鮮明に。
「照明弾込め……」
もう残弾は今装填された照明弾と、徹甲弾が二発だけだ。照明弾では通常戦えないが使い方というものは何とでもなる。装甲を撃ち抜けない眩しいだけの弾でも、人体に撃てば有り余る効果を持っているのだ。
「いい、よし、右二度修正……仰角ゼロ………はあ……撃て」
通常の弾頭とは異なる軌道を描きながら照明弾は地面と平行に進み、対岸に固まっていた十数名の歩兵の塊の中心に突っ込んだ。眩い太陽が輝くと同時にその周りにいた人間はその光に焼き払われて火柱となった。
「徹甲弾、込めろ……」
本当に最後の弾が装填された。砲塔は異音を立てて左に旋回しデバキア重戦車の操縦手窓に狙いを定めた。デバキアの砲口が輝き、砲弾はヴィルトリエの側面に着弾した。
「下手糞め」
誰かが呟いた、そして徹甲弾が発射されまっすぐそれは狙い通り操縦手の視界用の窓に飛び込むとデバキアの穴という穴からオレンジ色の炎を噴出させた。炎は数十秒のあいだ噴出し続けてようやく収まり、あとには黒い煙をたなびかせて終わった。
「ここまでか……」
彼は拳銃を取り出すと撃鉄を降ろし頭に当てた。
「ドーヴァ・グラヴォイト(皇帝陛下に栄光を)」
そう言って引き金を引いた。赤黒い血と脳が車内に飛び散りその持ち主は拳銃を握った手を力なく下した。残された砲手、二人の装填手は車内に装備してある自動小銃を手に取るとハッチを開けて頭と腕だけを覗かせながら白兵戦を始めた。銃弾が何度も車体に命中しては金属音を上げているが、彼らはハッチを盾にして果敢に応戦していた。
その前方でも脱出した一号車の生存者たちが立ち上がり鹵獲した銃を手に応戦を始めていた。狙いも定まらない暗闇だが、敵が多すぎて闇雲に撃ったって当たる。
だが彼らも幸運はそう続かなかった。まず最初に操縦手の顔面に流れ弾が命中し、通信手も倒れた彼を助け起こそうと体を車体の影から露わにしてしまったために側面を撃ち抜かれてしまった。背骨を砕かれ、彼は屈んだ体勢で同僚の死体に折り重なるようにして倒れてしまった。
一方歩兵の陣地では、遂に互いの顔がわかる距離にまで接近されてしまっており機関銃手が手榴弾で斃れ、装弾主のリッターも頭を負傷、抑止力を失ったところに陣地への侵入を許してしまった。ミスライオ人の兵士が雄たけびを上げながら陣地に飛び込んでくる。フルムーン軍曹は拳銃で一発ずつのみで次々と返り討ちにしていくものの、いかんせん数が多すぎた。十発全てを撃ち尽くしリロードに手間取ったところに胸にニ十発もの銃弾を受けて彼は絶命した。倒れたリッターにも敵は容赦なく銃弾を浴びせていく。
最後に残ったフンジーは狙撃銃で一人倒すと銃を捨て、懐からナイフを抜き身をひそめる。心臓が再興に拍動し、今にも爆発してしまいそうだった。彼は涙を滲ませながら力いっぱいナイフを握りしめると丁度塹壕内に飛び降りてきた敵兵の背中に力の限りナイフを突き立てた。兵士は声にならない呻きを上げて壁によりかかると絶命した。ナイフを引き抜いたフンジーは同じ作戦を取ろうとして振り返ると、塹壕の上でこちらにライフルを向けた兵士が三人もいたのだ。彼は口をポカンと開け放ったまま、直後に数十発の銃弾を浴びていた。
遂に、残ったのはヴィルトリエの砲手フィーレン、装填手のボラードとセカポッタ三人だけになってしまった。彼らは依然として車内から防戦をしているものの、敵は次々となだれ込んでくる。
そして、ヴィルトリエは完全に囲まれてしまった。
「グウッ!?」
くぐもった声を上げて、頭を値に濡らしたセカポッタが車内に落下した。側頭部を撃ち抜かれた彼はまるで理解できないといった表情で固まっており、頭を引っ込めていたフィーレンは彼の亡骸をヴェルケのすぐそばに座らせた。
「二人」
消え入るような声でつぶやいた。戦おうにももう弾はなく、そしてボラードが逝ったのが目の前で血を滴らせている彼の体でわかった。
「キサナデア本国は……こんなに甘くはないぞ」
そう彼は本国の擁する強力な本隊に蹂躙される敵の姿を思い描いていたが、銃声が止んだことに気づいた。彼は恐る恐るハッチを開け頭を出すと、彼の眼に映ったのはこちらに銃口を向ける何十人もの連合兵が自分を見上げている姿であった。彼はおもむろに車外に出るとハッチの上に立ち上がる。彼は懐に手を伸ばすと、ナイフを取り出して一番近くの兵士にとびかかった。
一斉に銃声が轟き、フィーレンの体は体中に穴をあけられて地面に叩きつけられる。彼の顔は、その終わりに反して笑っていたという。
防衛する最後の兵士が死した直後、彼らの背後で轟音を上げて橋が崩れ落ちた。橋にはまだたくさんの兵士たちが渡っている途中であり、一気に百名近くの兵士が川に引きずり込まれて消えた。崩落に巻き込まれた兵士はそのほとんどが助かることは無く死んでしまったため、ミスライオ人兵士たちは皆戦士たちの呪いだと恐れてしまい、その後しばらくの間使い物にならなかったという。
兵士たちが稼いだ時間によって、メチエ村の村人たちはグルーフィンに到達することができグルーフィンが攻撃を受ける直前にセバ共和国は降伏を受け入れた。結果として、彼らが命懸けで守り抜いたこの国はあっという間に降伏をすることとなってしまったが、彼らが守りたかった農民たちの命は無事守られた。
しばらく後、再びメチエに戻ってきた農民たちは依然とまるで姿が変わってしまったその場所に茫然とすると同時に、なお残り続ける対空砲と三両の戦車の残骸、そして塹壕の跡地を見て涙を流した。
小さな戦いの英雄たちはそれからずっとこの村に記念碑として残り続けていく。石碑には誰の名も記されてはいない、彼らがそこに配備されたという公式記録がなかったからだ。それでも、それでも……それでも。




