戦神の名(2)
「もう、俺たちは限界だぜ……」
敵装甲部隊を退けた防衛部隊はもはや風前の灯火であった。遂にキサナデア軍にも死者を出してしまった、これにより彼らの戦闘能力は著しく低下し次を持ちこたえられるかどうか、というところであった。
兵士の消耗は激しかったが、医療品や食料品などといった物資に関しても損耗は激しく、既にもってきた食糧に関してはほぼ食べつくしてしまっており敵の死体から収奪してくるレーションは文化の違いもあってかあまり彼らの舌には合うものではなかった。
武器弾薬に関してはと言うと、小銃など人間が使う武器弾薬に関しては敵のものを拾えば問題は無かった。しかし戦車や対空砲の弾薬はそうもいかない。対空砲はもはやただのオブジェと化しており、一号車は榴弾及びHEAT弾を使い果たし、徹甲弾も残り八発というあと一度の戦闘で尽きる数になっていた。破壊された二号車は炎上してしまったため弾薬を拾ってくることが出来なかったのだが、そもそもあちらは駆逐戦車であるため使用する砲弾の口径がMBTであるアルカムB型とは異なっておりあってもどうしようもなかったのだ。そして、肝心のヴィルトリエは徹甲弾が残り六発、榴弾とキャニスター弾が残り二発、照明弾が三発といった有様で先頭続行はほぼ不可能であった。何より、こちらは既に二名の戦死者を出していた。機銃弾もお互いもう尽きており、兵士が押し寄せればあとは弱ったカブトムシに群がる軍隊アリのような悲惨な光景が待つばかりだった。
ヒエルは重たい足を引きずるように前方の機銃陣地に向かっていた。陣地でも三名が死亡、八名が負傷しており機銃が一つ著しくその性能を落としてしまっていた。
彼は塹壕で空の弾薬箱に腰かけているフルムーン軍曹に声をかける。
「どうだ、フルムーン軍曹」
上から声をかけられた彼は、数秒経ってようやく顔を上げると力なく笑って見せ降りるように伝えた。
「もしかしたらスナイパーが潜んでいる可能性もある……」
「はっ、なら俺は十回は死んでるだろうぜ」
彼は時間をかけて塹壕に降りると、機銃座の横に立ち機銃手と同じ目線で向こうを眺めた。死屍累々、これより向こうには敵の死体千以上が転がっている。車両やAWも二十を超す残骸を作っている。僅かに二十九人と三両の戦車という兵力でこれだけやれば十分すぎる戦果だろう。航空機だって二機くらいは落とした。
「向こうはどうなってるだろう」
彼は何気なく呟いた。今こちらが耐えている間に、主戦力が集中している反対側ではいったいどんな戦いが繰り広げられているのだろうか。
「冷えるな」
軍支給の戦車兵用の皮のグローブではこの季節はもう足りなくなってくるくらいに寒くなっていた。民生品である動物の皮を使った手袋が欲しいものだと、彼は手を揉んで白い息を吐いていた。出来れば本格的な冬が来る前に戦闘が終わってくれればよかったのだが、そんな早く終わる戦争があるわけもなくそんな空しい願い事をした自分を彼は笑っていた。
「今日は来ないといいなあ」
もう、戦いたくは無かった。
翌日、敵は日が暮れてからの移動を始めた。どうやら夜戦突撃を仕掛けてくるつもりらしい。ヴィルトリエが撃った照明弾に、地面全体がもぞもぞと蠢いているような錯覚を与えさせるほどの敵の大軍が、橋向こうに展開していた。
「いよいよ最後だな!」
髭面になったヴァートンが、空元気で無理くり作り出した笑顔で彼を見上げた。彼もまたやつれた無精髭の面で見下ろすと、ニヤリとさせて頷いた。
「ウッスナウの野蛮人どもをぶち殺そうぜ!」
彼の呼びかけに、車内は沸き起こる。それを通信機越しに聞いていたヴェルケも、それにちょっとだけ乗っかる。
〈ああ、奴らに自由を欲する者がどれだけ強いかを見せつけてやろうじゃないか〉
ヴェルケは語気こそまだ戦意を失っていない様子を見せていたが、実情は彼は戦場の不衛生さによる病に体を蝕まれていた。体はだるく熱も引かない。彼は力なく車長席によりかかって士気をするのが精いっぱいであったのだ。おまけに弱った体にこの寒さがより体を弱らせている。
「どうも俺の栄光もここまでのようだ、兄貴」
上着の胸に下げたいくつもの勲章に手をやりながら、彼は同じく軍人として勤めている兄のことを思い出していた。彼の兄は数少ない海軍の駆逐艦水雷長として今も同盟国の海軍とともに海を走り回っているだろう。どこの海にいるかは知らないが、きっと魚雷で敵を沈めているはずだ。
「中尉」
フィーレンが心配そうに彼を見つめながら、彼の腕をまくると注射を打った。
「これが最後です」
「そうか……まあいいだろう」
最後の抗生物質だったが、仕方あるまい。
彼はここにくる前のことを思い出していた。結局のところ、キサナデア陸軍司令部の約束した増援部隊は来ることは無かった、本当なら二個戦車師団と十個歩兵師団、二個戦闘ヘリ飛行隊がこちらに派遣されてくるはずであった。彼のヴィルトリエも本当はその師団の構成車両の一つであったのだが、不運が重なって彼ら一両だけが派遣されることとなったのだ。後から必ず追いつく、その言葉を信じて死地に赴いたがこうなるとは、いや、わかっていた。こんな任務の結果など誰にだってわかっていた。それなのに皆文句も言わずについてきてくれた。彼はその事実に涙した。
「痛みますか」
「いや、ああ、そうだ、大丈夫だ……」
彼らが育てばよりよい指揮官、あるいは教導部隊の教官として更なる後進の教育に寄与できたはずだ。彼らのような優秀な乗員を失うことは、軍全体の損失だ。
(結局のところ……キサナデアも)
これ以上は考えるのはやめた、これ以上続きを考えれば戦意を失いそうであったから。
最後の防衛戦は、フンジー兵長の狙撃から始まった。彼の覗いたスコープの中で、相手の歩兵部隊の指揮官が後頭部から血の花を咲かせて倒れた。他の指揮官の合図により、ミスライオ人歩兵部隊を先頭にしてAW、ビガール、装甲車による総突撃が行われた。
装甲戦力はアルカムとヴィルトリエで引き受け、残りのAWと歩兵は機関銃その他が受け持つ。AWは狙撃かあるいは拾ってきた敵のロケット砲を用いることで対応できる。
「見えにくいなあおい!」
機関銃でダカダカと絶えず弾幕を張り続け薙ぎ払っていきたいところだが、もう弾薬もワンケースしかなく、半分狙撃のような真似をするしか方法は無かった。制圧射撃を行えばものの数分ですべての弾を撃ち尽くしてしまうだろう、近くの敵を数発撃ったら次、数発撃ったら次、というようなけち臭い真似しか出来ないことに、機関銃員はイラついていた。
「なんで敵は機関銃を落としてないんだ!」
「そりゃ向こうが攻めてるからな」
「クソッたれ!!弾!……あ?」
機銃手は返事をしない装弾主の方を振り返ると、額のど真ん中に黒い穴をあけ、目をカッと開いたまま倒れている相棒の姿を見た。
「クソーッ!!リッター、装弾手頼む!」
彼は観測手のリッター上等兵に装弾主の代わりを頼むと、リッターはすぐに彼の元に駆け付け最後の弾薬箱を開けた。
「大事に使おうぜ」
「わかってらあ!」
夜の闇に、機関銃が弾を発射するたびに白い花が咲き誇る。敵は一つに減った機関銃のおかげでより接近が容易になり今までで一番近くまで侵攻していた。もう先頭が橋の上に乗り始めている。橋の上にもバリケードを置いているが、逆にそれが敵の隠れ蓑になっていることは皮肉であった。
アルカムの砲撃が、橋のバリケードを吹き飛ばす。数人の兵士が四散すると同時に、榴弾の爆発が橋一部を破壊、小さくない穴を空けていた。金属の軋みが、絶え間ない銃弾の音に紛れていく。




