戦神の名
ヒエルたちがこの橋を守り続けて六日目となった。敵の襲撃がない日もあったものの、断続的に嫌がらせのような攻撃を受け続けた彼らの疲労とストレスは徐々に蓄積しつつあり、彼らの顔はやつれて見える。
もう何度目の襲来だろうか、今度の敵は今までの散発的な攻撃とは異なり、序盤のようにまとまった戦力を投入してきた。歩兵を中心に戦車を持ち出してきたらしく、型は初日と同様ビガールを中心にしているが、その後方に駆逐戦車らしき姿も認められ、そちらの撃破が先決となるだろう。それらの始末はヴィルトリエに任せ、一号車と砲手の欠けた二号車は近くの敵を撃破する役目を負った。
「グウッ……」
ビガールの徹甲弾が一号車の正面装甲に命中し、砲塔の端を抉って止まる。衝撃に乗員は呻き声を上げながら反撃を撃ち込む。
「ヒエル」
徹甲弾を撃った後にポーターが榴弾を抱えながら彼を見上げ呼びかけた。
「どうした」
「榴弾はあと四発しかない」
「何!?」
榴弾を次々と撃っていたが、もう切れかけているとは思わなかったヒエルはこれを退けたら後方に半埋没式にしてある弾薬庫に補給に行くことを考えていたが、ポーターはそれを読んでいたかのように続けた。
「あっちにももうない。これが最後のだ」
「クソッ!!」
彼はキューポラの壁に拳を叩きつけて悪態をつくと、大量に押し寄せる敵を恨んだ。どうしてこう歩兵ばかり寄こすのだろうか、戦車を倒すなら戦車を持ってこいというのだ。
「次、右ちょい、ビガー……ああ?」
ビガールを撃破した直後、双眼鏡を覗いていたヒエルは、炎上するビガールの後方に見慣れぬ戦車の姿を見た。それは今までの軽戦車や全てヴィルトリエ一両によってあっという間に撃破された駆逐戦車とも異なる姿をしていた。ヒエルは直感が悪いものを捉えた直後にヴェルケに報告する。
「トラックの間にある戦車の後方一号車より一時方向謎の戦車!」
「了解した……あれは」
すぐさま報告を受けた方向に双眼鏡を向けると、ヴェルケもまたその戦車の姿を確認しその名を呟いた。
「……デバキア」
デバキア、それはケレマーレ社会主義共和国で生産されている重戦車の同盟軍内での呼び名であった。最近姿を現したその戦車は、重戦車の名に恥じぬ重装甲と火力を持っており、キサナデア軍のヴィルトリエとも互角に戦える性能を有していた。ケレマーレでの正式な名称はネガ、山という意味だ。大きさは重戦車としては少し小ぶりではあるものの傾斜装甲を利用して装甲の厚み以上の防弾性能を誇る。欠点は今のところまだ発見されてはいなかったが、大方の見方によると装甲と搭載砲の大きさに対して車体が小さいため、居住性と弾薬搭載数が割を食っているのではということらしい。
ヴェルケでも初めて相対するその戦車に、彼は焦りを見せていた。どこがウィークポイントなのかがはっきりしておらず、その上一、二両ならまだ対応はできたものの、先頭車の後方に更に三両は姿が煙の間に見え隠れしている。
「ボラード、APFSDS装填!二十度右炎上中のビガール後方に見える重戦車を狙えフィーレン!」
今まで使用していた徹甲弾から変更し、確実に重戦車を仕留めるためにAPFSDSへと弾種を変更した。これはあまり積んできていないので、その時がくるまでは通常弾頭などを用いて積極的な使用は控えていたが、今がその時だとヴェルケは判断した。
二号車が放ったAPHEがデバキアの正面装甲に直撃し爆発を起こしたが、煙を纏いながらも依然として進んでくる車体は見えていたため、聞いていた防御力の強力さを認識する。
「撃てっ!」
APFSDSは安定した弾道を描いて戦闘のデバキアの砲塔に命中した。残念ながら撃破とはいかなかったものの、砲身に直撃を受けたため砲身が根元付近まで破壊されてしまったデバキアは、全身を止めビガールの残骸の後ろへと下がっていく。
「よし、次その後方!」
次のAPFSDSが装填され、フィーレンが引き金を引こうとしたその時であった。どこからともなく飛んできた砲弾がヴィルトリエの側面に直撃、小爆発を起こし黒煙を噴き出した。
ヴィルトリエの被弾に気づいたヒエルは、ヴィルトリエの左側面に被弾したことを見ると双眼鏡で左側を注視した。
「いた!」
彼はレンズの向こうに駆逐戦車が三両いることを確認すると、ヴァートンに左側をカバーするように指示する。対空砲兵が医療セットと担架を担いでヴィルトリエのすぐ後方に接近するが、敵の攻撃が彼らの行く手を阻み、彼らはやむなく近くの塹壕に飛び込んだ。
「中尉、応答してくれ、中尉!」
呼びかけるものの、返事はない。通信機の向こうからはただノイズが走り続けるだけだ。
「まずいな……」
ここでヴィルトリエを失えば、あっという間に敵の重戦車に蹂躙されてこの地点を抜かれてしまう。しかしヴィルトリエは砲身を力なく項垂れさせており、期待は出来なかった。が、ここで彼の眼に動き出すヴィルトリエの砲塔が映り彼は全身に鳥肌が立つのを感じていた。
「ごほっ、ごほっ……皆……無事、か」
ヴェルケは無事だった。頭をぶつけて血を流してはいたものの、砲撃による直接的な怪我ではない。顔を煤けさせてはいたが、頭の傷以外は無事なようだ。
「う、うう」
足元でフィーレンの呻き声が聞こえ、彼は車内に屈む。赤色灯が乗員たちを赤く照らしているため色はわからないが、血を流して居れば液体の反射でわかる。フィーレンにけがはない。二人いる装填手の一人ボラードも二人目のセカポッタも無事だ。
「メニェ、どうか」
彼は壁に突っ伏している通信手に様子を尋ねるが、返事はない。脈も無く心臓の拍動も感じられなかった。どうやら衝撃で命を落としてしまったらしい。そして操縦手は砲弾に貫かれて上半身を残して絶命していたのを確認し、完全にヴィルトリエはここから動けなくなったことが判明した。
「……仇を」
ヴェルケはぐったりとしながらも呟く。彼の言葉に乗員は頷くと、フィーレンは痛む体を押して砲塔を旋回、照準を覗き込みこちらを狙った駆逐戦車隊をサイトに捕らえる。弾薬は既に装填してある。
一両が一号車の放った砲弾を薄い砲塔部分に受け誘爆派手に吹き飛んでいった。
ヴィルトリエが生きておりその上自分たちに砲口を向けているのに気づいた駆逐戦車は慌てて後退するも、時すでに遅し。復讐心に燃えた彼らから逃れることは出来ない。動きのとろい駆逐戦車では旋回もすぐにはままならなかった。敵が重なったその時、フィーレンは砲弾を放った。撃ちだされたAPFSDSは、まっすぐ駆逐戦車に吸い込まれると、一両目のたった一枚の鉄板張りでしかない砲塔を貫きなお真後ろで横っ腹を見せていた二両目に命中、大爆発を起こした。一両目も、砲塔を撃ち抜かれたために車長他砲手と装填手、通信手を失っていたため戦闘不能となっていた。
わずかに一発で二両の戦車を仕留めたヴィルトリエは、それだけでは満足しないかのように砲塔を再び正面に向けると果敢に砲撃を始めた。先ほどよりもグッと砲撃速度が落ちていたものの、あまり精度に狂いは無く次々とビガールを撃破し、デバキアも破壊していった。
「まさに戦神とはあのことだ」
重傷を負って猶変わらぬ勇姿を見せつけるヴィルトリエに触発され、セバ軍兵士たちは失いつつあった戦意を取り戻し激しく抗戦を行った。
最後の一両となったデバキアが、二号車を狙う。二号車の正面装甲をデバキアのAPIが貫いた。その直後に炎上し二号車は遂に完全に沈黙を持って戦えぬということを示した。
これでこちらの機甲戦力は二両。内主戦力のヴィルトリエは中破してしまっている。敵の包囲網も狭まっており、彼らの最期の時はもはや目前まで迫っていた……




