平和の倫理(2)
ヒエルたちは慎重に声の主に近づいていくと、一人のミスライオ人が別の兵士の死体に折り重なれて身動きができずにいた。彼自身も負傷しているようで、声は弱弱しい。
「どうする」
ヴァートンは拾ったライフルを突きつけながらヒエルたちに尋ねるが、彼らもお互い顔を見合わせて判断しかねていた。
「……助けてやらないか」
そう最初に声を発したのはフルムーンだった。彼は同情心に満ち溢れた目でその哀れな異国の侵略者を見下ろしてそう口走った。彼の発言にヴァートンがその真意を尋ねる。
「なんでそう思った?こいつは敵だぜ。言葉もわかんねえ。野蛮人かもしれねえだろ」
「かもしれん。敵なのも紛れもない事実だが、ここで撃ったら俺たちは何か大切なものを失うような気がしないか?なあ」
彼の言葉にヒエルたちは顔を見合わせ頷く者もいた。それを聞いたヴァートンも声を張り上げて反論するということはしなかったのは、彼とてここでミスライオ人に止めを刺したいと思っていたからではなく、自分では決めたくないために周りの意見を求めていただけだった。皆が殺さないと決めたのなら彼も殺す気はない。
ヴァートンが銃を向けたまま他の者で死体をどかし男の体を掘り起こした。死体と地面に挟まれていた男は腹部に銃創を受けており怪我の程度は軽くはない。かといって彼を治療できる設備などここにもない。助け出されたミスライオ人は、怯えた目で自分を取り囲む外国人の兵士たちに怯えている様子ではあったが、敵対心というものは見られなかった。彼とて自分を助けてくれたのだということくらいはきちんんと理解していた。
ヒエルは陣地に戻ろうとしている荷車を止めさせて彼を載せようと考えていた。
「とりあえず運ぶか。ニザーラ、荷車を止めろ!」
「なんです?」
ニザーラと呼ばれた若い兵士はその場に荷車を止めて振り返る。
「こいつを載せる!」
「ええっ!それ敵じゃないんですか!」
「構わん!」
どうせそう長くはもつまい。口には出さなかったが、この男はこのままでは死ぬであろうことはよくわかっていた。彼が別段丈夫なら話は別だが。
「いっせーのーせ」
ヒエルとフルムーンで彼を荷車の端に載せると、荷車は再び進みだす。その後ろをヒエルたちもついて戻った。地面はいままで見たことのないくらいに荒れており、あたり一面が血やオイルやらで汚れてしまっていた。
「血で野菜は育つだろうか」
ふと力なくヒエルが呟いたのを隣にいたヴァートンが鼻で笑い飛ばす。
「ぬかせ」
「そうだな……」
陣地に戻った彼らをヴェルケは険しい顔で待ち受けていた。彼の言いたいことはわかる、荷車に載せている敵を捨てて来いというのだろう。その予想は当然のように当たっており、ヴェルケは少し母国語を混ぜながら語気を荒げる。
「それは何だというのだ曹長!そんなものを拾ってくる余裕など我々にはまったくもって許されないということが何故わからなんだ!!」
「それは、すまないとはおもっている。助けに来てもらっている分際で勝手をやってしまって」
「そこまでわかっていながら!君たちは戦争を同情ごっこだとでも!?」
「そうは思っていないが、だが、俺たちはウッスナウ人のような冷血動物とは違うんだよ、あいつらと一緒にまでは落ちたくないんだ、そう思ってしまって……」
「理解ができんな……勝手にすればいい。その男の分の物資はそちらから出すのだな」
ヴェルケは遂に呆れてしまって手を振るジェスチャーをすると、踵を返して戦車へと戻ってしまった。戻る途中に彼はヒエルたちに拾ってきた武器のテストや配備をしておくように言いつけた。
「わかったよ、中尉」
ヒエルはため息をつくと、男と武器消耗品を運ぶように伝えた。武器は試射と弾薬の分別が行われて各所に潤沢に配備された。ミスライオ人に配られたのは、オースノーツ連合所属国のディバイラ=ゲーネイ社会主義共和国の生産している安価なライフルMM110だ。ゲーネイが大量生産しているこの銃の特徴としては、生産性が極めて高く質もそこそこ極端に寒冷地でもなければちゃんと動くといういわば名銃で、4.48口径の銃弾を使用しているため少し威力不足という声が上がることもあるが、子供でも使いやすいというクソみたいな定評があることでも知られている。そんな銃を彼らは与えられていたようだ。
「扱いやすいな」
銃を受け取ったセバ軍兵士たちはその銃の性能に喜びの声を上げていた。セバ国民は体格が小さいためこの銃は非常に体にフィットしたサイズであり、また彼らが独自生産している90式カービンに比べると、先進国であるゲーネイ国が生産したMM110は性能も質も優れていたというなんとも皮肉なことが発生していた。彼らはMM110を受け取りその扱いやすさを味わうや一斉にカービン銃から持ち替えてしまった。カービンは弾が限られているが、敵の銃なら弾に困ることは無さそうであったのだ。
「戦車にも持ち込めるぜ」
とヴァートンがあまり苦でもなさそうに銃を抱えたままハッチから車内に滑り込んだ。カービンではストックの部分がよく引っかかって持ち出しにくかったので、この短い銃は戦車兵にもたちまち評価されることとなった。
そういうことで人気を博したこの名銃であったが、それでも自分の銃を離さないものは当然おり、それはキサナデア軍とフルムーン、そして狙撃手のフンジー兵長であった。キサナデア軍は当然だが、自前の更にいい銃を持っているのとプライド故である。フルムーンもセバ軍歩兵としてのプライドによるものだ。フンジー兵長はというと、ただ単にMM110では狙撃には適さないという職務上の理由であった。
彼は他の兵士と異なりカービンではなく88式狙撃ライフルを抱えていた。彼の慎重である160cmに迫る大きさの88式は元は海外製の狙撃中であったために彼らの体格には少し大きく重かった。だがその精度は抜群で国を問わずこの銃は多くの狙撃兵に愛用されていた。それを少し軽量化させ自国生産したものがこの88式であった。
「敵はどうだ」
双眼鏡で外を覗くヒエルに、ヴァートンが尋ねる。
「そうだな、斥候がちらほらと見える」
「ミスライオ人か?」
「んー、いやミスライオ人も……いるが背の高いのもいる。連合国兵だろ」
「そういえば、あのミスライオ人は?」
「あっち」
とヒエルは対空陣地の後ろ辺りを指さしたので、ヴァートンはハッチから頭を出して後ろを向いた。対空陣地の後ろにはトラックを利用した簡易診療所がある。当然衛生兵などいないが、今はセバ軍兵士のマッチャー軍曹が二号車の乗員と他に傷ついた兵士の面倒を見てくれている。
「どうだった?」
「まあ、ぼちぼちってところだろ。素人判断だが、あいつら結構丈夫みたいだ」
「なるほど」
十秒ほど後方を睨んでいたヴァートンは結果を聞いて安心したのか頭を引っ込めて照準器を覗き込んで敵を待ち構えていた。いつ第四波が押し寄せるかわからないが、きっとさらに大きな規模で攻めてくるだろうことは予想できた。敵は次かその次くらいで勝負をつけに来るかもしれない。
〈曹長、敵だ〉
「はあー、了解だ。お前ら敵だ……二時方向と正面から来るぞ」
唐突に敵の襲来を告げられた乗員は三者三様な反応で応えてくれた。
「もう?」
「そうだ。ポーター、榴弾込め」
「よし来た!」
「敵さんどれだけ兵力があんだよ全く!」
と愚痴りながらも砲塔を旋回させて二時の方角に砲身を向けた。
「俺たちもあいつみたいな扱い受けたいもんだぜ!!」
「全くだな、ヴァートン」




