シナイの森の喧騒(4)
ラルガーは巧みに木の間を縫うように接近し、マシンガンで仕掛けてくる。だがその弾の多くは二機には当たらず、木に当たっていた。
〈なんだ〉
「走行間射撃だ、当たる確率は低い!」
そのままラルガーはある程度接近するとやはり多くを外しつつ、一定の距離を保ち始めた。二人が押せば引き、引けば周囲に弾をばらまいてきた。そこに多少の作為的なものを感じたリンドは、考えを巡らせ始めた。だが、この状況下ではうまく頭が働かない。突然、大きな衝撃が機体に走る。モニターが一瞬ブラックアウトし、ノイズが走っている。どうやら遠くから砲撃を頭部に受けたようだ。生憎と重ヴァルの装甲の厚みは頭部でも変わらない。厳重に守られた頭部は、スラットアーマーがはぎ取られ装甲が一部抉られはしたものの、いまだ機能していた。
〈もう一機、来た!〉
マオールのアルグヴァルが別方向から来たラルガーを捉える。そのラルガーはバズーカを携えていた。これで合点がいった。今までのはこの到着を待つための時間稼ぎだったのかと。そうと分かれば迷ってはいられない。彼はマオールに支持を飛ばすと左のマシンガンを構え狙いを定めた。敵は停止し、狙いを定めている。撃つなら今しかない。リンドはトリガーを引いた。フルオートで撃ちだされた弾丸が、ラルガーに降り注ぐ。が、その直前に敵もバズーカを放っており、射出された弾頭はまっすぐマオールの横に聳え立つ巨木の根元に命中した。メキメキと轟音を上げ倒れる巨木。その背丈はゆうに40ミラスはあろうか。ALの倍の背丈を誇る巨木は、ゆっくりとしかし確実にマオーンめがけて倒れていった。
〈う、うそだろ!〉
足がすくんだマオールは、うまくペダルを踏めない。ここでリンドは思い切った行動に出た。
「ガトリング!」
両手を操縦桿から放し、上から生えている赤いレバーを力いっぱい引いた。背中に背負った二門のガトリング砲がおもむろに回転し始め、やがて地獄の嵐のようなけたたましい音を上げて一斉にマオールの頭上へ発射された。要塞の分厚いコンクリート壁すら粉々に打ち砕く弾丸が、木を破壊するのはたやすいことであった。たった3秒の射撃であったが、数百発の徹甲榴弾を浴びた巨木は真ん中から木っ端みじんに破壊され、残った塊ごと周囲に飛び散った。その上部が二人を翻弄し続けたラルガーを潰す。
〈ううう……ん?〉
頭を抱えコックピットの中でうずくまっていたマオールは、突如起った轟音と爆発音にも気づかず、今ようやく事態の変化に気づいた。
〈こ、これは……まさか使ったのか?〉
「ああ」
〈お、俺のために……すまねえ〉
「いいってことよ」
マオールは自分を再び恥じた。再び命を救われた上に、大事な武器を使わせてしまった。あの時自分が動けていればこんなことにはならなかったであろうに。
〈すまない〉
もう一度彼は謝った。
二人は気づいていないが、本当は敵はバズーカで直接二人を攻撃しようとしたのではなく、この周囲に乱立する巨木で押しつぶしてしまおうとしていたのだ。つまり先ほどのは攻撃を外したのではなく、狙って木を倒したのである。そんなこととは露知らず、二人は敵の策を切り抜けたこの二人は“何か”を持っているのかもしれない。この戦争の趨勢を変える何かを……
ミレース人:シェーゲンツァート帝国と近隣のタライラス王国、リッカルタンタ帝国などに分布する人種。言語はキラロル語。身体的特徴としては日差しの強さに適応したため肌は浅黒く、髪が黒い。
キラロル語:ミレース人の主要言語。国や地域によって多少の変化はあるものの、ほぼ通じる。特徴はなんといってもラ行の音で多くが形成されており、姓名だけでなく地名や単語もラ行で構成されているものが多い。ラ行の発音は全て巻き舌である。中には全てがラ行で構成された名前をもつ人物もいる。
リンド・オーセス:18歳 身長178㎝(センテミラス) 体重74㎏(コグ) 空軍伍長 シェーゲンツァート帝国西部沿岸部の小都市フォルティルゲン出身。オーセスの姓は父がシェーゲンツァート出身ではなく、ヴァスト国にかつて移民したミレース人の末裔で、先祖が現地人と交わり姓が変わってしまっているため。
ロレード・マオール:17歳 身長160㎝ 体重60㎏ 空軍伍長 南部山間地域にある農村ツァイク出身。空母に乗る次兄がいる。四人兄弟の末で実家の農業は長兄が継いでいる。姉は2年前に都市部に嫁いでいる。
蔓籠を作るのが得意。