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武装鉄鋼アームドローダー  作者: 戦艦ちくわぶ
第三章 移りゆく戦局
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帰還

「どうしようもねえだろこれ!」

 と叫ぶとリンドは操縦桿と四つのペダルを駆使して、と言えば聞こえはいいが、実際には遮二無二動かしまくってどうにか敵から逃れようとして機体を大きく機動させる。結果としてこの行動は敵の攻撃を一時途絶えさせることに成功する。

 不審な動きをし始めた脱走シュリーフェンに警戒して追っ手の三機は攻撃を取りやめ様子見をする。奪われたシュリーフェンは見る見るうちに高度を下げていき、そびえる木々のギリギリを飛行していた。つま先は何度も木の上部に接触しており、折れた枝葉がスラスターの噴射で舞い上げられている。

 リンドの行動がただのヤケだと判断した追っ手は、再び攻撃を仕掛ける。今度はフォーメーションを組むようなじれったい真似はしない。彼らは少しだけ焦りを覚えていた。何故ならもうすぐ連合軍の領空を外れ、ビスクスム国の領空に近づいていたためだ。基地からはかなり離れてきてしまっている。もしここで敵の大軍に鉢合わせれば、逃げ場も増援も無く危険である。さっさと始末するか捕獲するかして危険な場所から離れてしまおうと考えるパイロットたちは、一直線にリンド機へと突っ込んでいった。

「っげえ!」

 後方から三機が突っ込んでくるのをレーダーで確認したリンドは呻くと、高度を上げてペダルを踏み込んだ。これ以上速度を上げて低空を飛行できる自信がない。

 それでも敵の方が早く、一瞬にして距離を縮められ背中に攻撃を浴びる。マシンガンを背中から浴びたために、第三エンジンが大破、炎上しながら翼から脱落して森に落ちる。さらに右脚と後頭部にも被弾、機体は酷く損傷していく。バランスを崩したシュリーフェンは、機首を下げて森へと突っ込む。

「うわあああーー!」

 悲鳴を上げながらも必死にペダルを踏みこむと、すんでのところで墜落は免れ高速で飛行しながら地面を蹴り進む。今まで経験したことのない速度で木々が真横を通り過ぎていく。遊園地の絶叫マシンに乗ったが如き悲鳴を上げ続けながら、リンドは森を駆け抜ける。時速三百キロで地面をスキップしているため、目の前に現れた木を避けることなどできず、木々をなぎ倒しながら進んでいった。

 その内に何度も木の直撃を受けた翼の内右主翼が基部から引きちぎられ吹っ飛んでいった。またその際のダメージが第二エンジンに不具合を引き起こし、異常加速を始めたために機体は一転、森の中から一気に外へと急上昇した。

 それを安全な高度から見ていた追っ手はリンドが復帰し上昇しようとしていると勘違いし止めを刺すべく銃撃を始めた。しかし、先ほどの単調な機動とは異なりまるで引っ張られているような飛行をしているために、先ほどのようにはうまく当たらない。

「何か制御するシステムは無いのか!!……読めねえ!!」

 一人言のやかましい男である。とはいえ、彼も姿勢制御を行いたいのはやまやまだったのだが、何分急加速によるGで体がシートに張り付けられていたのだから為す術もなかった。今はただ歯を食いしばって目を見開き、操縦桿を握るので精一杯であった。

 そんな彼を襲うのは、突如として現れた対空砲の雨であった。森の中から急に振り出した弾薬の雨が、リンドのシュリーフェンに浴びせられる。小口径の機銃弾なら問題はなかったが、二十五㎜程のものになってくると話は変わってくる。低空を飛行するシュリーフェンに地上から至近距離での対空砲が浴びせられたのだ。装甲は穴が次々と空いていき、各所から黒煙を噴き出し始める。

 この対空砲火がシュリーフェンを襲ったということは、この弾幕の主は恐らく自由同盟軍のものだ。つまり彼は今味方に撃たれている状況であった。 

そんな対空砲は当然追っ手の三機にも浴びせられる。重対空砲の直撃を受けた一機が、胴体から真っ二つに裂け森に落ちる。一機は敵の対空陣地に入ってしまったことをすぐに察知し僚機に撤退を促し自身も高度を取りつつ反転、下がっていく。だが残りの一機はこの状況下でなおリンドを仕留めようと攻撃を仕掛けていた。

 シュリーフェンがシュリーフェンを攻撃していることに違和感を覚えた同盟軍だったが、それでも攻撃の手を緩めない。リンドの乗るシュリーフェンは大きく破壊され黒煙を各所から吹きつつも辛うじて飛行を保っていた。彼の通り過ぎた後には装甲片とオイルの落とし物を地面に残していく。どうにかリンドは前線の対空陣地を抜けることに成功したが、追っ手の方も同様に対空陣地に通り魔的攻撃を仕掛けつつ抜けきった。

「ま、マジかよ」

 モニターは攻撃の影響で一部が裂けて隙間から風をコックピットの中に呼び込んでいた。アルグヴァルならこうはいかなかっただろう。既に右足と左腕を失っているシュリーフェンは、いつ墜落してもおかしくはなかった。それでも飛行し続けられたのは、リンドの悪運の強さとオースノーツの技術力の高さの証明であろうか。

 だが、彼の背後には魔の手が迫っている。マシンガンを破壊されていた追っ手のシュリーフェンは、止めを刺すために格闘兵装のショートブレードを抜き放ち、加速する。ショートブレードは刃渡り三ミラス程度の短いAL用剣だ。飛行型AL用に搭載するため小型軽量のこの武器は、超音波を利用し刃を高速振動させ敵の装甲を切り裂く。とはいってもスパスパと鉄板を切り裂けるわけではなく、じっくり押し付けるか何度も突き立てねばならないのだが、その前にまず刃が折れるという欠陥があった。そのため飛行型ALには実体格闘兵装はほぼ乗せられない。

「見えた!」

 敵が迫る中、ノイズの走るモニターに入り込んだのは基地であった。恐らく場所からして味方の基地だろう。基地では敵機襲来のため、部隊が緊急出動している様子が見えた。戦車やAL、AWも見える。それらはこちらに砲口を向けると、今にも撃たんと待ち構えていた。

 恐ろしい光景だが、躊躇っているような余裕はない。リンドは腹を括って最後の加速をかけた。このまま基地に突っ込む腹づもりである。

 シュリーフェンが迫る。最早ALの腕一本分の差しかない。満身創痍のこの機体ではこれ以上速度を上げられないのだ。そして、敵の懐に入りシュリーフェンが腕を振り上げる。

 万事休す、振り下ろされたショートブレードは背部飛行ユニットの中心部を切り裂き、そのまま折れずに切り下げた。ガクンと速度が落ち、地面につま先が触れる。

 最早ここまでと言ったところであったが、このダメージが彼を救った。リンド機がダメージにより高度を突然下げたために、追っ手のシュリーフェンの姿が同盟軍側に丸見えとなった。その瞬間を待っていたかのように、次々と砲撃が加えられ、シュリーフェンは五秒と経たず空中分解を起こし地面に降り注いだ。

 難を逃れたリンドであったが、一難去ってまた一難、今度は墜落の危険が眼下に迫っていた。これ以上高度は上げられそうにない。リンドはシートベルトしていることを確認すると減速もせずに着陸の体勢に入った。

 火花を上げながらコンクリートを抉る足。その勢いに耐えられず、左足のくるぶしから下がもげ、バランスを崩したシュリーフェンは、そのまま姿勢回復もできず地面を転がる。遂に墜落したシュリーフェンは、ゴロゴロと高速で回転しながら基地の舗装路を転がっていった。腕が、翼が、エンジンが、次々と機体から外れていき散乱する。

 三百ミラスは転がっただろうかというところでようやく停止したシュリーフェンの周りを消防車と兵士たちが取り囲む。消防車がしこたま水をかけ燃えていた部分を消すと、兵士は包囲網を狭めていき、やがて十人ほどが機体に近づくと、大型工具で歪んだコックピットハッチをこじ開けた。

「おい、こいつはミレース人だぞ。それに囚人服みたいな格好だ」

 懐中電灯で、火花のほとばしるコックピット内を照らした兵士が外の仲間に向かって報告する。

「こいつは驚いた、じゃあこれは脱走した捕虜だってのか。だから味方同士でやり合ってたんだよ」

「生きてるのか?」

「ベルトをしているから、かもしれん。おい、救護班!」

 血が、だらりと垂れ下がった手足から垂れる。腕は変な方向に曲がっており呼びかけても返答はない。

 彼らは命からがら逃げだしてきた同胞を丁重に担架に乗せると、弾丸のように基地を飛ばしすぐさま医療施設に運び込んだ。

「よくもまあ、こんな奴乗れたもんだ」

 と一人がシュリーフェンの残骸に手をかけて呟いた。それを聞いた内部で調べ物をしている者がこう答える。

「多分ALのパイロットだったんだろ。それもセンスのある」

「なるほどねえ」

 リンドの帰還は、すぐに味方の基地に伝えられ、身分証もなく大怪我を負っている彼の顔からどうにか個人を判別すると、彼の生存報告は本国にいる第四小隊のメンバーと、彼の無事を信じていた家族に伝えられた。

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